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06  忙しい


今日も探察用式神が動き回っている。式神が俺の弟のクレマンとトマスに張り付いている。そして、クレマンの家庭教師の様子とトマスの動きを逐一知らせてくれる。


山積みの書類を片付けていると、式神から直接伝え聞こえる物音がした。

ガシャン!!

それに続いて家庭教師の厳しい叱責の声が聞こえてきた。

これはクレマンに付けている式神からのものだ。



『何度言えば分かるのです。あーほらここが間違えていますわ。本当に嫌になるわ。妾の子を教えなければならないなんて! あーなんて卑しい目をしてこっちを見てるのよ! ほらほら早くして!!』


『妾の子』その一言で、怒りが沸点に達した。俺は執務室から、飛び出した。怒りで王宮を粉々にしそうだ。冷静になれ。

そう思うがクレマンの部屋に近付く程、爆発しそうだ。


扉を警護している騎士に手で追い払う。

騎士は俺の形相を見て飛び退いた。

騎士達が下がった瞬間、俺の手から魔法が放出していた。

ドォーン

扉が吹っ飛んだ。


驚いているクレマンと腰を抜かす家庭教師。

そのまま座り込んだ家庭教師の前に立つ。

「おい、お前。俺の弟を妾の子呼ばわりしたな? 不遜な態度で弟を傷付けた罪は重いぞ。衛兵こいつを連れていけ。不敬罪により一年の服役に付かせろ」


「お許しください・・夫が他の女の所に行ったまま帰って来ないのが辛くて・・つい」

女は床に這いつくばって許しを乞うが、そんな理不尽な理由でクレマンを傷つけていたのかと余計に怒りが増した。


「それで、俺の弟を傷付けてよい理由になると? 百叩きも付けないと駄目だな」


「お兄様、そこまでしなくていいです。僕が本当に出来なかったから・・」

優しいクレマンは俺の手を握って、家庭教師への処罰を止めようとする。


「私はクレマンが一所懸命に頑張っている事を知っている。もっとお前の様子を見ていればわかったのに、それが悔しい。しかし、クレマンの願いは聞き届けよう。おい、お前の仕打ちにクレマンが慈悲を願ったんだぞ。クレマンに感謝しろ。百叩きは取り下げてやろう。連れていけ」


女は衛兵にズルズルと引きずられて行った。


「陛下の側近に家庭教師を選抜させたのがよくなかった。これから、全ての家庭教師を私が選び直そう。それまで、勉強は私が教えるがいいかな?」


「ほんと?お兄様が教えてくれるの?」


「ああ、でも新しい先生が来るまでだよ」


クレマンがこの件で先生という者にトラウマにならないようにケアをしよう。


今はクレマンを一人にしたくなくて、今日はこのまま弟を連れて図書室で、勉強をした。


暫くして執務室に帰ると、書類の山が山脈に変わっていた。


宰相のガルシアが申し訳程度の書類を抱えて、出ていった。

もっと手伝ってくれよと言いたい。

専属執事のノアンを見ると肩をすくめただけだった。


書類を手に取り読み出した時、また式神からの報告が聞こえた。

今度は何だ?


次はこの前助けたトマスが動き出したようだ。

今度は慎重に動かないといけない。時期を間違うと、トマスの額に傷を作ってしまう。あの傷は一歩間違えば死に至る傷だ。


隠密のスキルを使って、トマスの後を付ける事にした。

窓から出ようとした俺を、ノアンはため息を付きながらも、見送ってくれた。


ノアンは大体俺の好きにさせてくれる。または諦めているのかも知れない。



トマスが向かった先は、ロコン伯爵の邸宅だ。

以前住んでいたからか、裏の抜け道を熟知している。

さっさと屋敷に侵入したトマスは、屋敷の小さい小部屋に隠れた。

俺はスキル隠密が発動中なので、通りかかった人でも見つけられない。


トマスは小部屋から屋根裏に入り、ロコン伯爵の部屋に入る。

俺もその部屋に入る。トマスに気づかれないので、好きに見て回る。


ほう、面白い物を見つけたぞ。袋に入った金貨が無造作に何袋も置かれている。俺のスキルで金の含有量を見るとかなり少ない。粗悪品だ。この金貨は一部で、まだどこかに隠していそうだな。


トマスには悪いがこの金貨を俺が見つけてしまった以上、ロコンに関わらないでもらいたい。


贋金貨は国を揺るがす事になる。どこで製造しているのか、調べる事が最優先事項になってしまった。


「ねえ、トマス」


「うぁー?」


急に声を掛けられたトマスは口から心臓が飛び出すんじゃないかというくらいに驚いた。


「ああ、急にごめんね。トマスはここでロコンにお母さんの仇討ちをしたかったんだよね?でも、ここでこの贋金貨を見つけてしまったんだよ。だから、このまま大人しく王宮に一先ず帰ってくれないかな?」


「俺はこの為にだけ、生きたいと願ったんだ。だから、帰るわけにはいかない」

始めは驚いていたトマスだが、グッと俺を見据えた。

決心の変わらないのは、心を読んでわかっていた。


「君が望むのは一時だけの苦しみをロコンに味わわせるだけでいいのかな? これで君が引いてくれたら、ロコンは爵位を奪われ路地裏で食べ物を探す事になるだろう。君はどちらを選ぶ?」


トマスは苦渋の決断を強いられていた。心の声はロコンを討ちたい思いと俺に対しての恩を感じて諦めるという選択で揺れていた。


「今ここで、俺が引かなかったらアルテシーク殿下が困るんですよね? だから、俺は殿下に従って帰ります」


悔しいだろうに、ここまで俺の為に諦めてくれるなんていい奴だ。


「ありがとう。トマスに誓って必ずロコンを牢屋にぶちこむから」


「はい、殿下の事を信じてます」


俺は数枚の贋金貨をポケットに入れトマスと共に王宮に帰った。

もちろん探察用式神をロコン伯爵の邸宅にあちこち置いてきた。




次の日に、ガルシア宰相だけを呼んだ。誰がこの件に関わっているかわからない以上、話をするのは信頼出来るものだけに限らせたかった。


「おはようございます。急な呼び出しで嫌な予感しかしませんね。出来ればお聞きしたくないのですが・・無理でしょうね」


俺の目の下の隈を見て、大問題が起きた事を察知したのだろう。


「昨夜、ロコン伯爵の邸宅でこれが見つかった」


俺がテーブルの上に贋金貨を置くと、ガルシアはまじまじと見て、眉を吊り上げて驚いた。


「これはよく出来た贋金貨ですね。これはもう出回っているのですか? というかなぜロコン伯爵の屋敷で見つかったのですか?」


「これは偶然私がロコン伯爵邸に忍び込んで見つけたんだ」

この言葉にガルシアは口を開きかけた。しかしガルシアが何か言う前に言葉を続けた。

「わかっている。それについては今は小言は後回しだ。それから、まだ調べたところ国内ではほんの一部だけ出回っていたが、市場を左右されるものではない。恐らく贋金貨の出来映えを確かめる為に使ったのだろう」


「さすがですね。一晩でそれを突き止められるのは殿下しか出来ません。私にしか話さないのは、この裏に大物が絡んでいると見ているのですね?」


「ああ、ロコン伯爵などがこんな事を考えられるわけがないだろう。トルファー王国の根底を揺るがそうとしている者がいる。だから、ガルシア宰相には最近この国で価格が少しでも上がっている物や、流通が押さえられている物があったら教えて欲しい。資料はここから探してくれ」


俺の山と積まれた書類を指すと、うへぇーという顔をする。


一国の宰相が何て顔をしているんだ。


「探すにも、品数が多いです。せめて探す目星はありますか?」

ガルシア宰相の30歳のキラキラ瞳は遠慮したいので、素直に答えた。


「そうだな、きっと生活に必要不可欠な食品が不当に制限されている可能性がある」


「と言いますと?」


「質の悪い金貨や流通する貨幣が増えると貨幣の価値が下がる。すると物価が高騰しインフレーションが起きる。更にその前からその食品が品薄な状態なら、もっとその食品は値段が上がるだろう。庶民が困れば王家に不満が向く。それを狙っている奴がいる」


「わかりました。調査します」

ガルシア宰相は、早速立ち上がってくれた。


おっと、早速ロコン伯爵が動いた。俺は隠密スキルで出掛けようとしたら、ガルシア宰相が後ろで咳払いをして、独り言のように声を掛ける。


「王子が一人で行動するというのは本来なら、お止めするところですが、今回は大目に見ます。どうか気を付けて」


「わかっているよ」


さっと窓から飛び出した。


ロコン伯爵の後を付けるのは、驚くほど簡単だった。あまりに不用心に動くので、これは罠なのではと思ったほどだ。しかし、あっさりと贋金貨工房に案内してくれた。ロコン伯爵の領地内の坑道に建物を作って、そこで大勢の人達が働かされていた。


「よしよし、いい出来だ。まだまだ作ってくれよ。あの方が指定した期日はもうすぐだ。頑張ってくれよ」

ロコン伯爵は、金貨を手にとって確かめると、また帰っていった。


こんなに無造作に贋金貨を家に置いて置くような不用心な奴をよく手下に使ったな。俺は裏で糸を引いている大物になぜこいつを使ったのか聞きたくなった。


このどんくさそうな奴が何かしでかすとは思わない。そこを逆手に取って手下に加えたのだろうか?

それと、いざという時に切り易いからなんだろうな。


あっさりと贋金貨の作られている場所を見つけ、俺の執務室に帰るとガルシア宰相がゆっくりとお茶を飲んでいる。

その横には、ぐったりとした少年がいた。


「お帰りなさいませ。殿下、朝に申し付けられた高騰している商品、並びに流通の量が明らかに減っている物を見つけましたよ」


「凄いな、流石ガルシア宰相だ。所で、そのぐったりしている子は?」


「ああ、この子はわが息子のフレディー・ハイネルです。以後お見知り置き下さい。少し手伝わせたらこの体たらくです」


寝ていると思った少年はむっくり起き上がって、父親に指を指して抗議する。


「少しって、私ばかり書類を探し回って、お父様は指図するばかりだったじゃないですか!」


「フレディー、ご苦労だったね。この件が片付いたらお詫びに何か贈ろう」


俺が声を掛けると、フレディーは我に返った。


「すみません。つい父の言いぐさに腹が立ってしましました。お見苦しい所をお目に掛けて申し訳ございませんでした」

フレディーは父と違って、生真面目さが全面に出ている。


彼もヒロインの攻略対象だ。


俺と同じ年で、10歳離れた妹を溺愛している。彼の妹であるナタリア・ハイネルと仲良くなることで好感度が上がる。


「それで、この2品目が最近の価格と流通状況です」


フレディーが出してくれた品目は、小麦と豚肉だ。

一番食卓に上る率が高い二品だ。


「この二品を操作できるのは特産物で扱っている領地を持っている貴族だ。他の地域の買い占めを行っている者。それに加えて反王室の立場の奴がいるところだ」


「思い当たるのはビトシオ伯爵だな。探察するが明日にでも結果は出る。それと贋金貨が出回る前に押さえるから、2、3日は二人とも城内で泊まり込みで仕事をしてもらうよ」


ーー{ハイネル親子} 鬼がいた。人の仮面を被った鬼だよね?


二人の心の声がハモっている。

「・・・さぁ、もう一踏ん張り仕事をしてもらうよ。騎士隊を踏み込ませる準備と手筈を頼んだよ。それと後で不正な流通操作をした罪状の書類を作っておいてね」


ーー{ハイネル息子}父上、この方は本当に鬼ですね。

ーー{ハイネル親} ただの鬼ではないな。鬼畜だ。


二人は以心伝心が出来るのかと疑う程に、心の中の会話がリンクしていた。

俺は彼らの心の声をシャットアウトして、証拠集めに出掛けた。


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