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04 幸せなサンドイッチ


侯爵夫人の落馬事故は、世間を騒がせる事になった。

犯人は捕まったものの、ノーク元男爵の三男による逆恨みによる犯行は、ゴシップ好きの貴族の間で収まりが付かなかった。


その結果俺はルシアに会いに行くことも儘ならなくなった。

王太子の婚約者の家という事で、俺が動くとますます噂に尾ひれが付く。


大人しく書類に目を通したり、町の視察に行って平静を装って、我関せずを貫いた。


今日も町の商業施設や、孤児院視察に行く。

幼い子供たちが俺を見ると嬉しそうに寄ってくる。

以前ここは、施設長が寄付金を誤魔化して私腹を肥やしていた。


俺が『ラスキン』を思い出してからここに来たときに、子供達の顔は暗かった。それから『お腹が空いた』と言う心の声を聞いて施設長を調べて横領の罪で逮捕した。


新しい施設長は公明正大な経費の使い方をしている。


子供たちの顔を見ると、頬はピンクで表情も明るい。

どの子の心の声も生き生きとしている。


俺は子供たちと遊んでから、孤児院を出た。


町中を帰っていると馬が飛び出した猫に驚いた為に馬車が急に止まる。


「殿下、少し車輪の確認するので、少しお待ちください」

騎士達がきびきびと馬車の回りの護衛を固める。実際に暴漢が襲ってきたら、俺がやっつける方が早い。しかし、彼らの仕事を奪ってはいけないので、大人しく車内で待つ。


ーー{男の子} このまま死ぬのかな? お母さん・・


今、確かに弱いが《声》を聞いたぞ。

俺は馬車を降りて声の主を探す。


「殿下、危ないのでどうぞ中にお入り下さい」

そう促されるが、声の主を探す為に護衛騎士を押し退けた。


「俺は大丈夫だ。それより、少しこの場所を歩くので付いて来い」


どこだ?

途絶えた《声》を探す。


細く暗い路地に何か薄汚い固まりが動いたような気がした。


「お待ちください、殿下」

そんな声を後ろに聞きながら、その路地に入って行く。


汚れた布の固まりは男の子だった。

「おい、大丈夫か?」


もう心の声も聞こえない。

俺は急いで、男の子に治癒魔法を掛ける。

少し目を開くが、そのまま意識を失った。


他の者に面倒を見させる事もできたのだが、どうしても置いていけなかった。

俺は自分の馬車に乗せて王宮に連れて帰った。


骨と皮だけの痩せ細った身体には

虐待の傷もあった。


男の子の顔が苦痛に歪む。

うなされているのか?

ーー{男の子} お母さんを助け下さい。どうして助けてくれないんだ。お前のせいでお母さんは・・・


男の子が細い腕を伸ばす。俺はその手を掴んで、その子に「もうだいじょうぶだから、ゆっくりとお休み」と声を掛けた。子守り歌を歌ってあげるとすうーっと寝息を立て始めた。

顔が穏やかになった。もう大丈夫そうだ。


その子を医師に任せて自室に戻ると、ヴォルダ侯爵から手紙が来ていた。


手紙には侯爵夫人の事件で、俺の侯爵家に行く回数が激減したことで、王家が婚約破棄を考えているのではと憶測が流れていると言うのだ。そして、その噂をルシアが気にしていると書かれていた。


俺のルシアを落ち込ませるなんて、どこのどいつだ。そんな噂を流した奴は!!


噂を払拭すべく、俺はヴォルダ侯爵の派閥ではないやつらが行く御用達の店で、沢山の買い物をした。

そして、その届け先をルシア・ヴォルダとした。


そして、荷物がルシアの元に届く頃にルシアに会いに行った。


久しぶりに会うルシアは、少し痩せていた。


「ルシア、ご飯はきちんと食べているのかい? こんなに細くなって私は心配だよ」

本当に顔色も悪く、どこか病気なのではと思ってしまうほどに青ざめていた。


「あの・・アル様に会えて元気になりました。とてもお会いしたかったです」


クソッ、誰もいなかったなら抱きつくところなのに・・・

婚約者が可憐すぎるのは、我慢する俺の身体によくないな。


「私もルシアに会いたかった。今日はゆっくりできるから、沢山お話をしよう」


ヴォルダ侯爵夫人のサーシャは、つわりで辛いにも関わらず、部屋に挨拶に来てくれた。


「わざわざ娘の為に、我が家にお越し頂きありがとうございました」

こちらもやつれた顔で、ご飯を食べているのか不安になる。


「出迎えありがとう。夫人は一人の体ではないのだから、体を大切にして欲しい」


俺の言葉を聞くと

夫人よりも、ヴァルダ侯爵が

「では、お言葉に甘えまして」

とさっさと婦人をドアの向こうに連れていった。


ルシアと二人きりになった。が、ヴォルダ侯爵が部屋の扉を全開で出ていったので、外からは丸見えだ。

しかも、扉のすぐ後ろにルシアの侍女を配置している。

ヴォルダ侯爵の抜け目なさは、感心してしまう。


「ルシア、痩せたよね?」


「いいえ」と首を振るが手首が棒のようだ。

「そうだ、一緒に食べようと思って町で人気のケーキを取り寄せたんだ。どう? 食べられそう?」


ルシアが目を輝かせて微笑む。その笑顔で俺は目眩(めまい)が起こりそうだった。


「果物をふんだんに使ったケーキですよね? 食べてみたかったんです。ありがとうございます」


侍女がケーキを切り分けて、紅茶を淹れてくれた。


ーー{ルシア} アル様が買ってきてくれたケーキは今まで食べた中で一番美味しい。何より私の為に選んで下さったのが嬉しい。


「本当に女の子はケーキが好きなんだな・・今度来るときも

また選んで持ってくるよ。だから、噂なんて放っておいて、私だけを信じていてね?」


ルシアの目から大きな涙がポロリとひとつ零れた。


可愛い子って涙を流す時も綺麗なんだな。

うっかりルシアの涙を惚けて見ていたが、我に返って慌ててハンカチを出して、ルシアの涙を拭いた。


「アル様のハンカチを汚してしまって、ごめんなさい」


ーー{ルシア} こんなに泣いてばかりじゃ嫌われてしまうわ。


「君の涙が美しいから、見惚れたよ」


ーー{ルシア} アル様、今の一言で気絶しそうです。


自分でも気障(キザ)な台詞で吐きそうだが、ルシアの気が晴れるならなんだって言えるさ。


コンコン。開けっぱなしの扉をノックする男。もちろんいつものヴォルダ侯爵だ。


今の台詞を聞かれたのは、さすがに気まずいし恥ずい。しかし、王子足る者これくらいであたふたは出来ない。

俺は堂々と「どうぞ」と微笑む。


「妻の様子をお知らせしようと、来たのですが、お邪魔でしたかな?」


ーー{ヴォルダ侯爵} 急いで来て良かった。奥手のわが娘に百戦錬磨の魔王のような王子と二人きりなど危なくていかん。この若さであの台詞、娘が気絶しそうだったではないか。



・・・・誰が魔王だ。邪魔する気で来たくせによく言うな。

だが、ルシアの頬がバラ色に変わって良かった。


「お父様もケーキをどうですか? アル様がわざわざ取り寄せて持ってきてくれたのです」


「「可愛い」」


クソ、また被った。


親父が邪魔だが、仕方ない。ルシアが嬉しそうなので、三人でケーキを食べる。


「ヴォルダ侯爵、この前の湖の犯人は単独犯でしたか?」


「今のところ裏で糸を引く人物は見当たらないが、暫くは屋敷の警戒を怠らないようにしています」


「アルシーク殿下も色々とお調べ頂いて本当にありがとうございます」


「私の大事な婚約者の家族に関わる事です。私でできる事は全力でしますよ」


ーー{ヴォルダ侯爵} 本当に11歳か?


「随分とゆっくりとしてしまった。ルシア、またすぐに会えるように機会を設けるよ」


俺が席を立つと、ヴォルダ侯爵はホッとし、ルシアがしゅんとする。




俺が帰った後、ヴォルダ侯爵夫妻が話していた。


「『君の涙が美しい』って11歳が言うか? 本当に殿下とルシアを二人きりにすると、あっという間にルシアは食べられてしまうぞ」


ヴォルダ侯爵は先程見た光景を身振り手振りで、ベッドで横になる夫人に伝える。


「あなた、殿下は本当にルシアを大切にして下さっていますよ。あの子が嫌がる事はしませんし、信頼できるお方ですよ」


「いやいや、殿下を子供だと思っているのは貴族でも少数なのだよ。大人顔負けの剣術に知識も豊富。私でさえ怖くなる時があるのだ。殿下はもう立派な狼で、男だ」


「じゃあ、益々良い事ではないですか? 軟弱な王子が多い中、そんな立派な王太子様ならルシアも嫁がせて安心ですわ」


「そうなのだが・・だが、ルシアはまだ婚約者の身分だ。私の目の黒いうちは殿下から守らなくてはいかん」


「・・・・」

サーシャは夫の子離れがいつになるのか心配になった。

ルシアも父と殿下に挟まれて大変そう・・でも最強な二人に挟まれて幸せなサンドイッチよね。

その様子を思い浮かべてうふふと笑う。






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