13 アデラのスキル
リタの様子がおかしくなり、カンデが助けを求めて俺のところに来た。
「リタが、どうしたんだ?」
カンデの悲壮感溢れる顔に、俺は最悪の事を覚悟した。
「リタが、俺の体にすり寄ってきて誘惑しようとするんです!!」
俺を含め、部屋にいた侍従のトマス、専属執事のノアンは『こいつは何を言っているんだ?』
の顔を張り付けたまま、カンデを冷ややかな目で見ていた。
皆の冷たい態度で、カンデは説明を変えた。
「違うんだ、リタが甘えた声をだして、あの女・・そう、アデラみたいなしゃべり方をするんだ」
漸く事態が飲み込めた。
「もしかして、リタはアデラと接触したのか?」
俺は急いでアデラに張り付かせている探察用式神の映像の録画を見る。
すると、酔っぱらったカンデが映る。そして、アデラが何かをコップに入れる。それをカンデに飲ませようとする。しかし、ここでリタが来てその妖しげな水を飲み干してしまった。
皆で見ていて、カンデがどんどん小さくなる。
「俺は言ったよな? この件が終わるまで禁酒をしろと」
俺は怒りで、いつもの言葉が消え失せた。
カンデはますます体を縮ませた。
「もう、終わった事は仕方ない。あの映像でアデラがリタを奴隷だと言っていたな。やはり、アデラに操られていると考えた方がいいだろう」
「どうやったんでしょう? あの水に魔力を込めてリタを操っているのでしょうか?」
トマスが何度も映像を確認している。しかしなにも映っていいない。
「アデラのスキルはテイマーだが、その力はレベル0.8で魔力は1とかなり低い。そもそもテイマーは人間を使役できない。どうやってアデラはリタを自由に動かせるんだ?」
何か手がかりをと、現在アデラに張り付いている他の式神の映像を見た。アデラはまた森に入っているようだった。
アデラの草を踏む音が聞こえる。
『折角捕まえたのに、カンデに使わずにその婚約者に使うなんて、
付いてないわ~』
付いていないと言いながら、この状況をアデラは楽しんでいるようだった。
「やはり、アデラはあの水に何かを入れていたようだな」
「殿下、あの女を捕らえて下さい。そして俺に取り調べをさせて下さい。絶対に白状させてやる」
カンデは今は冷静になれない。だから無茶な要求をしてきた。
「カンデの気持ちは分かるが、何の証拠もないのに逮捕できない。少し落ち着け、カンデ」
俺はカンデの肩を叩いた。
焦る気持ちは分かるが、ここは慎重に行動したい。
あの女は問い詰めるだけでは何も答えないだろう。
探し物を続けるアデラの独り言が大きくなる。
『この世界でレベルが1以下とか、詰んだと思ったけどまさかここにロイコクロリディウムに似たのがいるとは思わなかったわー。さぁてと、カタツムリさんを探そう~』
カタツムリ?
ロイコクロリディウム?
あれ?俺その名前を聞いた事がある。そうだ。寄生虫だ。
その寄生虫の生態を思い出した。鳥の体内にいるロイコクロリディウムは卵を鳥の糞と一緒に外に出す。ロイコクロリディウムの卵と葉っぱを一緒に食べたカタツムリの中で成長する。そしてある段階になるとカタツムリの体を操って鳥の目に付きやすい木の上に登らせ、自分はカタツムリの触覚に擬態する。そして鳥に食べさせて再び鳥の体内に戻り卵を産むのだ。
昆虫の中に寄生して体を操る寄生虫は多い。カマキリの中にいる針金虫は有名だ。やつはカマキリを操り水の中に入らせて宿主を溺死させ自分は水中に戻る。
俺は再び式神を通して、アデラの鑑定をする。今度はきっちりとステータスを全部しっかりと見た。
アデラ・トロシン
レベル0.8 総合魔力1
スキル=パラサイトテイマー
・・・やはり、姓名がナバロウではない。つまり伯爵の娘ではなかったのだ。そして問題のスキルだが、普通のテイマーではなかった。
この世界にもパラサイトはいる。それを使っているのか?
この世界のパラサイトを知らなければ、リタは救えない。
ここまで完璧だった俺のスキルもこの分野はお手上げだった。
俺は急ぎこの世界のパラサイトを研究している学者を呼び集めた。
が、来たのはだた一人だけだった。
クレメンテ・フォーム。72歳。
「ふぉふぉ、だれも研究している者もいない分野のジジイに何の用ですかいのぉ」
ボロ布を纏った偏屈そうな老人が、愉快そうに長い顎髭を撫でている。
「貴方に是非聞きたい事がある」
俺はこの世界に寄生した先の宿主を操るパラサイトがいるのか尋ねた。
「ほーほー。殿下はそれはハードンカプリですな」
「ハードンカプリ・・それは人間の体内に入るとどうなりますか?」
「そいつは運が悪いと人の脳に入り病気になるが、普通は自然治癒できるはずじゃ」
クレメンテはのんびりと答えているが、急に何かを思い出した。
「そう言えば、この分野に興味を持つ変わった女の子もおったのう。卵の取り出し方や育て方も詳しく質問していたぞ」
カンデが前のめりで聞く。
「もしかして、この子ですか?」
アデラの絵姿を見せるとクレメンテは嬉しそうに頷いた。
「そうそう、この子じゃ。とても熱心に話を聞いておった」
きっと今まで誰からも相手にされていなかった研究を知ってもらい嬉しかったのだろう。
そんな彼にこれから言う事はとても、心苦しい。
しかし真実を隠しての説明は難しい。それにまた彼女に他の寄生虫を教えて協力してしまう可能性がある。
クレメンテに事情を話し、今起きていることを説明する。説明を聞くごとに彼の顔の皺が深くなっていく。
悲しみと憤りを交差させて、クレメンテは最後までじっと話を聞いていた。
そして、最後に頷いてアデラが来ても新しい情報は伝えないと約束してくれた。
また、今被害にあっている人の治療をいくつか試して見ようと言ってくれた。
カンデはクレメンテの手を握りしめる。
「どうか先生、俺のリタを治して欲しい」
カンデの涙ながらの訴えに、クレメンテは彼が悪い訳でもないのに、頭を下げて謝った。
「わしがアデラに寄生虫のハーデンカプリを教えたせいで、貴方にも婚約者にも悲しい思いをさせてしまった」
「いえ、貴方のせいではありません。一番悪いのは・・・」
カンデが項垂れた。
「そうだ。酒を飲んでしまったカンデさんのせいだな」
俺の言葉に、カンデがさらに崩れるように土下座をする。
「殿下、もうカンデも十分に反省をしています。それくらいで許してやってください」
ノアンが、カンデの背中をさすりながら、俺を睨む。
クレメンテとカンデはリタの元に行き、少しでも改善をする方法を模索し始めた。
俺は王宮の飲み水を全て浄化するために、あちこちの水を浄化しに回った。
それと、口にする水は必ず沸騰させてから使うように徹底した。
そして、すぐにヴォルダ侯爵の屋敷に行き、水の沸騰を徹底するように言い渡した。
「アデラがルシアを操って何か目論む事は容易に考えられる。ヴォルダ侯爵、是非注意をしてください」
「殿下、お任せ下さい。このままお帰りですか?」
ルシアに会わずに帰る俺に、首をかしげる。
ルシアに会いたい気持ちはあるが、今カンデとリタが苦しんでいると思うと、ルシアに会う事に気が引けた。
今回、油断していた自分にも十分に腹がたっていた。
「今夜は帰ります。ルシアには宜しくお伝えください」
ヴォルダ侯爵と別れてすぐに、式神から映像が送られてきた。
リタがベッドの上に立っている。
リタの両親やメイドが騒然となっている。
よく見るとリタは自分の首筋にナイフを当てている。
「早くカンデを呼んできて頂戴」
リタとは思えない金切り声で叫んでいる。
「リタ落ち着け、今カンデ君を呼んでいる」
リタの父は娘に何が起こっているのか分からない。
「そんなになってどうしたんだ? もしかして、カンデ君が浮気でもしたのか? リタが婚約を取り消したいと言うならそうしても良い。とにかくそのナイフをこちらに寄越しなさい」
いつも冷静な娘がこれほど取り乱すのは、カンデが何かしたからに違いない。リタの父は他に理由が思い付かない。
そこにカンデが到着した。クレメンテもそこにいた。
「リタ、俺だよ。お願いだ、元のリタに戻ってくれ」
カンデの願いも虚しく、カンデを見つけたリタの表情は妖しいままだ。
「カンデ様ぁー、私を死なせたくないならぁ、家宝の青い宝石がついた短剣を持ってきて下さいよ」
リタの顔なのに、話口調はアデラその人だった。
話しているのはアデラだ。
カンデは脇差しから短剣を取り出す。そしてリタに・・アデラによく見えるように青い宝石がついている事も確認させる。
「ほら、これだ。いつも見ているからリタなら本物か分かるだろう?」
リタは首に押し付けているナイフではない手でその短剣を受けとろうと、手を伸ばす。
が、しかしそれを拒否するようにリタの手が震えて止まる。
苦悶の表情のリタは、何かと戦って短剣を取る事を躊躇っていた。
「いいんだ、リタ。受け取らないと君が苦しむ。ほら、受け取れ」
カンデはリタの意識が、カンデの大切にしている短剣を受けとる事に拒否していることを知っている。
だから、彼女の苦しみを長引かせたくなかった。
カンデは自分からリタの手に短剣を握らせた。
リタはもうアデラに戻っていた。
「ありがとう~。じゃあ、みんなはそこから動かないでねぇ。カンデ、それに皆さん、私の後をつけたら私、死んじゃうから」
そう言うと、リタは2階の窓からフワッと飛び出して、屋根伝いに羽が生えているように、屋敷の塀も乗り越えて消えていった。
呆然としているカンデの横を俺の式神が素通りして、リタを追う。
俺も式神の後を追うべく、急いで馬に乗ってその場所に急ぐ。
リタが向かう先はアデラのいる場所だ。
しかし、飛ぶように屋根を渡っていくリタに俺も含め誰も追い付けない。
リタに辿り着いた時には、リタは橋の下で倒れていた。
短剣も持ち去られた後だった。
俺とカンデがリタを抱えてリタの両親の元に帰ると、涙を流して喜んでくれた。しかし、依然リタの体内にハードンカプリがいる状態では助かった事にはならない。
その重苦しい空気をクレメンテが打ち破る。
「ああ、そうじゃ。ハードンカプリを体内から誘い出せばいいのじゃ」
カンデがクレメンテにズイッと近寄る。
「リタを助けられる方法を思い付かれたのですね?先生早速試して下さい」
「任せておきなさい」
クレメンテが力強く答えた。
誤字脱字報告承りました。
早速訂正しました~今後もお気付きの点がございましたら、どうぞよろしくお願いします。
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