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11  その笑顔は禁止


ヒロインのアデラが何をしようとしているのか掴めないまま、時間が経過した。


ヒロインは時間を見つけては、森や林に入り、木々の下を探している。

「今日も見つからなかったわー。日本だったらどこにでもいるのに」

アデラは顔に泥をつけながら、目を凝らしている。


「取り巻きの男子生徒がいないと寂しいのよね。そのうち陛下の分もいるし、王子様はあれがなくても私の虜だから必要ないわよね~」


俺がいつお前の虜になったんだと、式神に八つ当たりしそうになる。


「さぁ、宝石も二つ揃ってるし、後三つもチャチャッと取りに行こう。フレディーなんて私の質問に、いつもおどおどしながら『綺麗』っていうんだもの可愛いわ」


ヒロインの前向きな解釈はすごいな。フレディーの大根役者も真っ青な棒読みの台詞に気がつかないなんて。でも、スペシャルな前向きで良かったよ。


俺の監視つきとは知らないヒロインのアデラは、授業が始まるギリギリまで探し物をしていたが、諦めて帰っていった。


アデラが次に狙っているのは俺の侍従のトマスなのだが、トマスがアデラを気持ち悪がりすぎて、避けていた。トマスの影さえ見る事が出来ず、アデラは焦っていた。


「おかしいわ。こんなにトマスが見当たらないなんて。もしかしていないなんて事はないわよね? もしそうだった困るわ。至宝の鍵が手に入らないじゃない」


この時俺はトマスの攻略方法の事をすっかり忘れていた。


トマスの亡くなった母が、彼の幼少の時に子守唄をよく歌っていた。

しかし、トマスはそれ以来その歌を聞いていなかったが、ヒロインがその歌を口ずさむ。驚いたトマスが心を開くというものだった。

しかしこのエピソードを俺はすっかり失念していた。


ある日の午後。

「殿下、この書類整理を終わりました。次はこの案件を調べておきましょうか?」


トマスはいつもの速さで仕事を終わらせていく。


「ありがとう。私もこれで終わるから、トマスも一緒に休憩しよう。ノアンにお茶を淹れてもらうが一緒にどうだ?」


専属執事のノアンの淹れる紅茶は最高で、いつもならトマスも喜ぶのだが、その日は断られた。


「いえ、今日は遠慮しておきます。目が疲れたので外で遠くの緑を見てきます」


トマスはグレーの髪をなびかせて、部屋を出ていった。


最近トマスにはお気に入りの場所がある。図書館の屋上に上がると遠くの景色まで見えるのだ。

そこに、休憩用のベンチによく寝転がって休んでいる。


しかし、その場所は数日前にアデラの取り巻き男に気づかれていた。


トマスが休憩を兼ねて、ベンチで横になったところにアデラがそっと現れた。


俺はアデラにつけた探察用式神の報告で、トマスにアデラが近付いた事を知った。


急いで図書館に向かう。


トマスに近付いたアデラは、彼の傍で、例の子守唄を歌い出した。


ここで俺はトマスが久しぶりに聞いたこの歌で攻略されるという事を思い出した。


「ヤバイ、うっかりしていた」


どんなに急いでも間に合わない。



アデラの歌でトマスが起きた。


「ごめんなさい。うるさかったですかぁ?」

アデラがいつもの鼻に掛かった甘えた声でトマスに聞いている。


トマスは答えない。

目を見開いてアデラを見つめていた。


「どぉしたの?」

ーー{アデラ} 掛かったわ。お母さんの子守唄を聞いたトマスも、やっぱり私に落ちたわ!!この驚いた顔。次の台詞を言わないとね。


「さっきの歌が嫌だったの?」


「・・・嫌じゃないよ。素敵な歌だった」


ーー{アデラ} やったー。これでトマスも私の物だわ。グレーの髪に金の瞳。目付きが鋭いイケメン最高ー。


俺は焦る。トマスの映像が頭に送られて来るが、今までのフレディーやクレマンの時のように台詞がカタコトや棒読みじゃない。

しかも、トマスは滅多に微笑まないのに笑っている。

笑った顔は俺よりも美形だ。

ルシアの前では見せないようにしよう。

そんな事を気にしている場合じゃなかった。


攻略方法の歌をしっかりと聞いてしまったトマスは、本当にヒロインに惚れてしまったのか?


アデラがトマスの首のネックレスを見つける。


ーー{アデラ} これってお母さんの形見の紫のネックレスよね? 今ならトマスもすぐにくれそうだわ。


「トマスさん、あなたのそのネックレス私すごく欲しいの。頂戴」


アデラは可愛く首を傾げて、両手を付きだした。


「ああ、これかい? 君がそんなに欲しいならあげるよ。これは君にこそ相応しい」


トマスは何の躊躇もなく、自分の首からネックレスを外して、わざわざアデラにつけてやった。


「・・・綺麗だ」

トマスが見惚れながら、呟く。


授業をしらせる鐘がなる。


「トマスさんありがとう。授業が始まるから私は行くわね。また会いましょう」


アデラは三つ目の宝が手に入り、ご満悦で去っていった。


俺は途中で屋上に着いたが、既にトマスがネックレスをアデラに渡しているところだった。


俺はアデラから見えないところで遣り過ごし、トマスに近付く。


「・・・トマス、お前・・」


振り返ったトマスは美しく微笑んでいた。

遅かった・・俺は愕然とした。


だが、次の台詞に俺は固まった。


「やっぱり俺の演技力って主演男優賞ものですよね?」


「・・・?」


「あれ? まさか俺があのヒロインに惚れたとでも思ったんですか?」


「違うのか? だって子守唄だって・・」

俺はあのゲーム通りに行われたスチルを思い出していた。だって、ヒロインは完璧にミッションをこなしていたじゃないか?


「あんなに下手くそな子守唄、興醒めですよ。音程は外れてるし、それだったら、殿下が歌ってくれた方が完璧でしたよ」


え・・・?

俺、いつ歌ったっけ?


そんな?顔の俺にトマスが言う。


「忘れたんですか? 殿下が死にかけていた俺を助けてくれた日ですよ。生きる気力もなかったんですけど、苦しい時に殿下が俺の為に子守唄を歌ってくれたんです。それが俺のお母さんの歌と同じで、落ち着いて眠れたのを今でも覚えています」


全然覚えてない。でも、苦しそうだったからせめて眠れば苦しみから解放されるんじゃないかと知っている子守唄を何曲か歌ったのは覚えている。


そのうちの一曲があの歌だったとは・・。自分でもビックリだ。

そうなると・・・もしかしてトマスは俺に『♡』なのか?


「え~と? 悪いが私に惚れられても困る。私にはルシアがいる」

俺はトマスから一歩下がり、真顔で「ごめんなさい」と頭を下げた。

しかしトマスはふんッと鼻を鳴らし眉間にシワを寄せる。


「惚れる訳ないでしょう。でも、あの時から殿下にどんな時もついていこうと誓ったんです」


ああ、それで俺の言う事は否定せずについてきてくれるのか。ずっとトマスが俺に従順なのはゲームの強制力だと思っていた。


「しかし、本当にアデラに惚れたのかと思うほど演技が上手くて焦ったよ」


あの笑顔は本当に主役級の笑顔だった。


「フレディーのように大根役者ではありませんから。いつでも役になりきれますよ」

トマスは先程見せた甘い笑顔を俺に向けて微笑む。

グフッ。俺がその気になりそうな微笑だ。危険過ぎる。本気でルシアには見せないようにしないといけない。


「・・・まぁ、これでアデルが狙うのは俺とカンデの二人になったな」

俺はいいとして、カンデが問題だ。

カンデは現在18歳で婚約者がいる。彼女が恐ろしくカンデ命の女性だから、カンデに女性が近付くのを許さないだろう。


カンデの父、騎士団長のカジョからもらった青い短剣。

これをいかに愚直なカンデがスムーズにアデラに渡せるかが問題だ。


さらに、代々続く酒飲みに暫くの間禁酒を言い渡しておかないとな。



今日は2話投稿します。

11話を20時に投稿して、

12話を21時に投稿します。




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