01 勇者じゃないのか?
俺の名前は、アルテシーク・トルファー。トルファー王国の第一王子だ。
もの心着いた時には、魔法、剣術、弓術、身体能力、学力レベル全てにおいてチート級。
これだけのスキルなら、魔王も倒せるし、天下も取れる。
しかも、鏡に写る自分は金髪にシーグリーンの目に女子のように色白だ。自分で言うのもなんだけど、容姿端麗とは自分の事だと自負できる。でも、以前の自分とは全然違うと思った。
・・・・あれ?
以前の自分ってなんだ?
違和感を感じながら10歳11ヶ月に突然、前世の自分を思い出す。
それは、珍しいお茶が入ったと侍女が緑茶を淹れてくれた時だった。
濃い緑のお茶を飲んだ瞬間に、テレビを見ながら姉とおかきを食べている自分を思い出した。
そう、ここにはいない姉が映像化された。
そうだ、俺は日本の高校1年生。高田光一。学校帰りにトラックが突っ込んできたんだ。
この世界は姉がはまっていた
『The last innocent kingdom of orcs』
通称『ラスキン』の世界だ。
このゲームは大学生の姉に言われて、レベル上げる為にかなりやり込んだ。だから、内容はしっかりと覚えている。何度も難しいクエストをやりきった後、別のルートが出てくるんだ。選択コースで姉は『至宝の鍵』を手に入れるコースを選んだ。そのコースは『最後の愛』を手に入れる事が出来るんだ。
『至宝の鍵』を手に入れた姉が歓喜の声をあげていたな。扉を開けて叫んでいたなー・・思いだした。
そう思って見渡すと、確かにこの部屋は何度も見た事がある。ヒロインが戸惑いながら、攻略対象(俺)とこの部屋でいちゃいちゃするんだ。
ーー{侍女} 異国のお茶は不味かったのかしら?
(・・? 今、侍女が思っている事が聞こえたような気がしたが、気のせいか?)
ーー{侍女} 何?王子様私を見ているけど、私もしかして顔に何か変な物が付いてるのかしら?
うん、はっきりと聞こえた。これ以上侍女の顔を見ていると変に思われる。俺は侍女の心の声を無視し、悟られないように平然とする。
ドキドキしながらまた、お茶を飲んだ。
スキルは全てチート。ゲーム内容も完璧。しかも、人の声まで聞こえるとは・・天下を取れるぞ。
はははは・・・
乙女ゲームで天下を取ってどうする。
あれ? 俺ってもうすぐ11歳だったな。そしたら、婚約者のルシアにもうすぐ会う筈だ。
考え込んでいたら、また侍女の心の声が聞こえた。
ーー{侍女} 随分と深刻そうに悩んでいらっしゃるけれど、明日の婚約者の方との初顔会わせを考えているのかしら?
俺は顔をバッと上げてしまった。
侍女は驚いていたが、俺も驚いた。ルシアに会うのは明日だったのか。
15歳で始まる『ラスキン』のゲーム前の段階で既に決まっていた婚約者。
ゲーム時には、もうすでにかなり闇落ちしていたルシアに、明日会うのが怖いな。
ルシアは恐ろしい手口で、ヒロインに襲いかかっていた。しかも、第一王子(俺)が少しでも、ヒロインを見ようものなら、その嫉妬は恐ろしかった。ゲームのあのおぞましいBGMが脳裏に流れた。
◇□ ◇□ ◇□ ◇□ ◇□
婚約者との顔合わせの日がきた。
俺は自分の部屋で、ルシアの到着を待っていた。
衣服を整えていると、侍女はルシアが王宮に着いたと知らせに来た。
応接間に入ると、ルシアが慌てて見事なカーテシーをする。
「お目通り頂きありがとうございます。私、ルシア・ヴォルダと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
ーー{ルシア}どうしよう、緊張して声が震えてしまったわ。殿下のお顔も見れない。
「始めまして、ルシア。私はアルテシーク。これからはアルって呼んでね。ルシア、楽にしていいよ」
ルシアは緊張で頭を下げたままだ。顔を見たいけど、全然見れない。
俺はもう一度ルシアに顔を上げるように促した。
「ルシア? そんなに俯いていたら、お話出来ないよ。顔を上げてくれないかな?」
「・・・!!」
なんてこった。
めちゃクチャかわいい。
10歳とは思えない。
ブルネットの髪がふわふわしていて、黒い瞳は緊張からか、潤んでいる。
この子は将来ものすごい美人になる。
俺は確信した。
あれ?ゲームのルシアはそこまで、美人じゃなかったけど、どうしてだ?
ーー{ルシア} 殿下が素敵過ぎる。光るようなプラチナブロンドに夏の明るい海の緑を思わせる瞳。どうしよう。私なんかじゃ釣り合わない。
また、ルシアが俯いた。
全然、いい子じゃないか。
こんなに素直で綺麗な子が、あんなに恐ろしく闇落ちしちゃうなんて・・・俺は必死で思い出す。
そうだ、ルシアの11歳の誕生日の三日後にルシアの母が遠乗りで出掛けた際、落馬してなくなるんだ。その後妻の死から立ち直れないヴォルダ侯爵は妻に似たルシアを見るのが辛くて、放置する。父親の愛をアルテシークに求め、執着するようになる。
これが、ゲーム中に2秒だけながれるんだ。
読める訳ないだろうって怒ってたけど、なぜか今は頭に入っている。
流石、俺。
こんなに素直で大人しくて、優しそうな女の子だったんだ。
闇落ちする原因にもなった、ルシアの母の落馬事故をなんとしても食い止めないといけない。
まずはルシアの誕生日だ。
「ルシアは誕生日っていつなの?」
「私の誕生日ですか? 私は殿下の誕生日の1週間後です」
「え? 一週間後か・・さっきも言ったけど私を呼ぶときはアルでいいよ」
ーー{ルシア}・・・アル
心の中では呼んでくれたんだ。
でも、実際は・・
「アアアアの殿下、急には恐れ多くて・・すみません」
しゅんとするルシアが可愛い。
「うん。私が急ぎすぎた。悪かったね。でも、次に会う時はアルと呼んで欲しい。私達は婚約者同士なのだから」
ルシアが顔を真っ赤にして、両手を頬に当てて震えている。
ーー{ルシア} 殿下が優しすぎて、・・・心臓が爆発しそうです。
本当はルシアの隣に座ろうかと思ったが、今俺が隣に行くと大変な事になりそうなのでやめておいた。
こんなに可愛い子が傍にいてくれるなら、どんなにヒロインが可愛くても、俺はルシアがいい。
よし、この子を悲しませないように俺の無駄にすごいチートを注ぎ込む。
そして、この子を全力で守る。
俺が決意してから1ヶ月後に、俺の誕生日のパーティーが盛大に行われた。そこで、ルシアと婚約したことを正式に発表した。
俺はルシアの手を取ってエスコートする。
小さく震えるルシアは、健気にも必死で微笑みを絶やさず頑張っていた。
ーー{ルシア} 殿下・・じゃなかったアルってお呼びしなくては、あれだけ練習したんだもの、大丈夫。
俺を呼ぶ為の練習をしてくれたんだ。そう思うとルシアを握る手につい力が入ってしまった。
ーー{ルシア}痛!!
「ごめん。ルシア大丈夫?ルシアが可愛くてつい手に力が入ってしまった」
ーー{ルシア} アル様が私の事を可愛いって仰った? どうしよう。頭が回らなくてダンスが出来ないわ。
これから始まるダンスは、俺たちが暫く踊ってから皆のダンスが始まるんだ。ここでルシアを失敗さすわけにはいかない。
「ルシア、私がリードするからダンスを楽しもう」
「はい、よろしくお願いします」
ルシアは真剣な顔付きのまま返事をする。ダンスが始まると流石侯爵家のお嬢様だと感心した。とても上手だ。
「ルシアはダンスが得意なのですか? とても上手です」
俺は楽しんでもらおうとルシアの耳元で囁いた。
これが失敗だった。
ーー{ルシア} 耳元に本物の王子様の声が・・殿下の息がかかる。アル様って呼ばないと。それに今のお言葉にお返事をしないと・・ああどうお返事するのがいいのかしら・・誰かぁー教えて
ルシアがパニクった!!と思ったと同時にそれまで流れるようにステップを踏んでいたルシアが乱れた。
俺の足を踏んで転びそうになる。
俺はグッと腕に力を入れて、ルシアの体を浮かせて持ち上げたままターンをする。
これでごまかせただろう。
このターンを合図に他の出席者もホールで踊り出した。
俺がホッとしたのもつかの間だった。ルシアの顔が青ざめている。
もう、真っ青だ。
「ルシア、大丈夫か? 顔色が悪い。少し休憩出来る所に行こう」慌てた俺は、ルシアを横抱きで王家のプライベートルームに連れていった。
あちこちでキャーキャーと悲鳴が聞こえたが、俺はルシアが気になってそれどころではなかった。
部屋に入ると、侍女に冷たい飲み物と温かい飲み物を両方を用意するように言った。
「ルシア、ここは他の者は来ないから、ゆっくりするといい。冷たいのと温かい飲み物はどちらがいいかな?」
ーー{ルシア} まだ、お名前もお呼びできていない私なのに、なんてお優しいの。私は不釣り合いだわ。
可愛い婚約者に劣等感を持たせてどうする?
俺は慰める言葉を慎重に選んだ。
「ルシア、私達は出会ったばかりだ。これから一歩ずつ二人で進んでいこうね」
自信をなくしたルシアに元気になって欲しいとルシアの頭をポンポンと優しく触れる。
ーー{ルシア} 優しい・・・殿下の傍にずっといたいな。
心の中でも、殿下呼びなのか。でもルシアらしい。
ずっと傍にいたいと思ってくれたのは嬉しい。
さて、この一週間後にルシアの誕生日。それから三日後にルシアの母が事故に遭う。
これをなんとか回避する方法を考えよう。
読んで頂いてありがとうございます。
アルが次回も頑張りますので、宜しくお願いします。
衣 裕生