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Succubus Honeymoon~魔界旅行記~  作者: 晦
砂漠の花
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ザガンの猟犬・1

 タイガたちが宿を取った町から西に進むにつれ、ひび割れた地面が徐々に黄砂に隠されていき、やがて完全に見えなくなる。

 ここからは本格的に南部の荒野だ。

 まばらにサボテンやごく一部の熱に強い植物が生えている部分もあるが、基本的には何もない砂漠の世界。

 その砂の大海で、人と馬の小さな集団がテントも張らずに野営していた。

 前日にタイガたちを襲ったあの盗賊たちである。

 今日も擬装用に黄土色の服を纏い、数人が遠見鏡を除きながらあちらこちらへと頭を動かしている。

 彼らはこの辺りのオアシスを中心に活動しているのだが、昨日散々な目にあって敗走したばかりというのに、懲りずに獲物を探しているらしい。

 もっとも、これぐらいたくましくなければ盗賊なんてつとまらないだろうが。

「お頭、ダメですね。鼠一匹いませんや」

 若い男が仲間たちの下に戻って報告した。

 バイコーンは目立つため、小高い砂山の裏に隠してあった。

 その馬体を風よけに、見張りの当番が来ない間、盗賊たちはカードに興じたり昼寝したりとダラダラ過ごしている。

「見つからないのに戻って来るんじゃねえ!交代はまだ先だ!」

 一番の新人をいびりながら、腹が丸く突き出た頭領は不満そうな顔で馬にもたれた。

 ここしばらく、盗賊家業は行き詰っていた。

 というのも、彼らの主な獲物だった旅人が、強力な用心棒を雇うようになったからだ。

 仕事で南方を訪れる連中に至っては傭兵団ようへいだんを連れている者たちまでいた。

 他の地方は平和になって金が余っているのか、北限連合やフローラリアといった国では、南部で働く者に安全確保のための資金を援助してくれるらしい。

 軍隊並みに武装した相手に噛みつくわけにもいかず、最近ではあまりに食えないため、盗賊を引退した者もいる。

 引退と言ってもまともな職につけるわけもなく、たいていは物乞いや、スラムで細々と活動する犯罪集団の下っ端になるかだ。

 頭領は自分が貧民街の片隅で物乞いをする姿を想像して、バリバリと頭を掻きむしった。

 何から何まで、全てが面白くない。

 昨日は久しぶりに馬鹿な旅行者がいたと思ったら、そいつのせいで仲間が三人も死んでしまった。

 頭領はポケットの中を探った。

 大した価値も無いであろう、どこかの国の銅貨が一枚。年代物のパイプと、四角く固められた煙草の葉が二個。爪を削る用途の小さなヤスリ。虫歯の時に噛んで使う、痛み止めの薬草が一枚。これは使用した形跡あり。

 これが両手を落とされて失血死した仲間の遺品だ。

 別にそれらを眺めていても、憐憫れんびんの情など浮かんでこなかった。

 むしろ、もっと気が利く物を残して逝けと、死者に対してとんでもない横暴を押し付けて、また勝手に苛立った。

 そもそも、頭領たる自分がまったくいい思いをしていないのに、その部下が値打ち物など持っているとも思えないが、そんなことには考えが至らないらしい。

 何か愉快なジョークでも飛んだのか、談笑していた部下たちがゲラゲラと笑った。

「うるせぇぞ!」

 頭領は額の血管を膨らませながら怒鳴った。

 場は一瞬で静まり返った。

「人が考えてるときにギャアギャア騒ぎやがって!」

 これまた身勝手な理屈を振りかざす頭領だったが、急にその表情から怒りが抜け落ちた。

 部下たちが自分を見ていないことに気付いたのだ。

 視線を追って振り向くと、そこには月を背後に六体の騎馬が横一列に整列していた。

「な、なんだテメェら!」

 頭領は動揺しながらもセオリー通りにがなり立てた。

 ――――いつの間にこんなに近づいた!?

 自分にも他の連中にも気づかれず……そう言えば、見張りに立たせていた部下が見当たらない。

 混乱が徐々に大きくなるなか、その集団のリーダーらしき男が言った。

「我ら、領主ザガン様の命で参った。貴様らがこの界隈かいわいで働いている悪事は全て我らの耳に入っている。神妙に裁きを受けよ!」

 名乗りを聞いて、さっきまで笑っていた部下は、皆が頭領にすがるような目線を送った。

 相手が普通の役人ならすぐに短気を起こして刃を振り回すところだが、向こうのリーダーが白い頭巾で眼以外を隠しているのを見て、相手が領主直属の部下のラショウ一味であると気が付いたのだ。

 盗賊たちは彼らの仕事を直接見たことはなかったが、全員が恐ろしい能力ちからを隠し持っており、また冷酷無比な処刑人であることは、この辺りに住む者なら子供でも知っている。

 頭領は最初に逃走を考えたがすぐに改めた。

 噂では、彼らは獲物を一度たりとも逃がしたことはないらしい。それに、見張りの部下が音も無く消えた事実を考えると、一瞬でも彼らに背中を向けるのが恐ろしかったというのもある。

 となれば、選択は一つだ。

「馬鹿が!六人で相手する気か?こっちは倍以上いるぞ!」

 空元気を振り絞り、鞘から剣を抜いて吠えたてる。

 頭目に劣らず単純な部下たちは、数の上で圧倒的に有利なのに考えが至って、曲刀を抜くや頭の上に掲げ、言葉としては特に意味を成さない歓声を思い思いにあげた。

 それに元気づけられ、頭領も気を持ち直した。

 前日たった一人を相手にして手痛い反撃を受けたことは、本気で忘却していた。

「ダチュラ」

 役人のリーダー――――ラショウの言葉に、一人の女が馬から下りた。

 上半身がオーガ族で下半身が蛇の胴体を持つ蛇亜人ラミアの女だ。

 緑のうろこが並んだ体を揺らしながら一人盗賊の前に進み出たダチュラは、両手の指を絡めて印を組むと、熱を感じさせない瞳を閉じた。

 他の役人たちは微動だにせずに、その後ろ姿を見守っている。

 盗賊は武器を手にしたまま、しかし女一人に誰も突撃しようとしない。

 蛇女から吹きつける並々ならぬ妖気に縛りつけられていたのだ。

 ダチュラは両手の印を次々と変えながら何か唱えていたが、不意にカッと眼を見開いた。

 盗賊たちは口をポカンと開けたまま、瞬きも忘れて硬直した。

 それぞれの手から曲刀が落ちて、砂の上にバラバラと散らばった。

「おお、女だ!」

 頭目が叫んだ。

 いかにも、目の前にいるのは女に違いないが、様子がおかしかった。

「あちらにもいる!」

 後ろの男たちも口々に叫ぶや、砂に顔から飛び込んで手足をばたつかせた。

 そのうちの一人は既に倒れていた仲間の頭に飛び込んだせいで鼻血を出したが、意にも介さない。

 笑いながら砂とたわむれるそれは、現実にいる者の目からは水遊びをする子供のようだった。

 だが、彼等には言葉通りの物が見えているのである。

 裸で折り重なって、誘うように笑う女たちが――――。

 その幻は男たちから正常な判断力を奪って、狂気の坩堝るつぼへと引きずり込んだのだった。

「泳げ泳げ!この世に二つと無い女の海じゃ!」

 盗賊連中の狂態を見下ろしながら、ダチュラは高笑いした。

 それにフラリと近づいた者がいた。

 一人だけ薄汚れた頭巾で顔を隠したその盗賊は、他の仲間と違い、地面で泳いだりはしていない。

 両の足で立ち、その手にはしっかりと得物が握られているのに気づき、ダチュラは驚いて声を上げた。

 が、その刃が振るわれる前に、盗賊の体は横から突き飛ばされたかのように飛んだと思うと、そのまま宙に浮かんだ。

 ダチュラの後ろに控えた役人の一人から、半透明の青黒い影のような物が伸びている。その先にあるのは蛇の頭だ。

 盗賊は男の体から伸びた大蛇に咥えられ、かん高い悲鳴を上げながら曲刀を蛇の喉に突き立てた。

 だが、斬れない。

 刃は蛇の体を透過してしまった。

 さらに数度斬りつけるが、結果は同じだ。

 実体を持たない蛇だったが、盗賊が受けている痛みは本物であり、その証拠に牙が食い込んだ皮膚から血の線が幾筋も流れている。

 やがて、グシャリと恐ろしい音と共に噛み砕かれた盗賊は、死を迎えた体に特有の痙攣を起こした。

「よくやった、マハール」

「……ああ」

 リーダーの賛辞に不愛想に応じた男の腹に、幻の蛇は巻き付いていく――――と、その姿がすうっと消えて、マハールの体を一周する青い大蛇の刺青が現れた。

 この男は自身の体に彫った平面図を立体化させ、生ける武器としたのである。

 ダチュラはできたての死体に近づくと、頭巾を剥ぎ取った。

「女か……」

 忌々し気な呟きが漏れた。

 ラミアの術に掛からなかったその盗賊は、唯一の女性だったのだ。

「気をつけろ、おぬしの術は男にしか効かぬゆえ……」

 不可思議な蛇を操った男の言葉には、古風な大和の国の訛りが混じっていた。肌の色もサンドオーガとは違って白い。

 ダチュラは仲間に向けるとは思えない剣呑な眼差しを向けたが、助けられた身ゆえか、結局何も言わなかった。

 一同は、地面の上で転がったり、魚のように跳ねたりしている男たちに眼をやった。

 仲間が恐ろしい死に方をしたというのに、それにも気づかないらしく夢想の中でご満悦といった様子だ。口いっぱいに頬張っている砂も、美姫が注いだ酒だと思っているのかもしれない。

「……どうする?ラショウ」

 仲間の一人が言った。

「大して見所もない奴らだ、こんなに持って帰っても仕方ない。一人一体でよかろう」

 リーダーの言葉に従い、各々一人ずつ担ぎ上げて馬の背に縛った。

 残った盗賊はそれぞれ喉を裂かれて絶命した。

 だが、その死相ににんまりとした嫌らしくも幸福そうな笑みが浮かんでいるのがなんとも不気味だった。

「ジャミ。前日こいつらを蹴散らしたという二人組はどうだ?」

「特に連絡はない。町に一泊するのだろう」

 ざらざらした声で応えたのは、見るも恐ろし気な犬のような顔をした男だ。

 顔面から首まで……いや、全身を黒く細かい毛に覆われた姿だが、多毛症のオーガというわけではないらしい。

 おそらく獣人――――だが、狼亜人ウルフリンクとはどこか違うようだった。

「そっちが本命だ。しっかり見張れよ」

「わかっている」

 めんどくさそうに答えたジャミを最後に、一同は何も言わずに馬に跨った。

 向かう方角の遥か先には、強大な竜巻が幾本も集まって唸りを上げていた。


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