迷子の少年、王宮にて
ヨハン視点です。プロローグ4の子です。
王城、というのは王家がその仕事を行う場所であり、そして住む場所である。つまり本質は職場と家が一体化しているよくある建物だ。ただその権力を見せつけるためにちょっと、豪華に、派手に、大きくなっているだけだ。
…というのは、この城に連れてこられたときに、冗談交じりに案内の人が言っていた言葉である。いや、もう少しフランクだった。あの時はまだ幼かったし、年相応に対応されたはずだ。
正直、「ちょっと」の言葉では済まないくらいの規模ではあるが、少なくともあの案内人…というか執事さんは、あの時の俺に対して分かりやすく、そして王城という場所を恐れてもらいたくないがために発したのかもしれない。後半の内容は本人の意向はなかったかもしれないが、すくなことも俺はあの時、それで少し、よくわからないまま連れてこられたこのだだっ広い建物が「だれか」の家なんだ、という考えに落ち着き、ちょっとだけ安堵した覚えはある。
とはいえ。やはりここは広い。
初めてこの場所に来て、そしてここに住まう…というより実験に協力することになってからしばらくは、よく迷子になっていたものである。自分の住んでいる宿舎から指定された場所までの場所があんまり覚えられずに、よくそこら辺の見当違いの廊下をうろうろとしていた。そのたびに城の使用人やら若めの役人やらに、やたらニコニコされながら助けられたのを覚えている。…あれ絶対「この子かわいい」とかそんな感じのことを思われてた。今でもその人たちにそれでいじられてるし。本当にやめてほしい。
まあ、そうであったのも最初のうちだけで、しばらくしたらそのうち、自分のよく使う場所とその周りの地図はすんなりと頭の中に入るようになり、そこからじわじわと、知っている場所を広げていった。城に来てから10年と少し経ったいまでは、ほとんどの場所を把握するようになった。…さすがに王とかの居室の場所までは知らないけど。あの区域に入れる人はそういない。
結局、王城という場所は、慣れた人は迷うことなく暮らせる場所ではあるが、それ以外の人にとっては格好の迷いの場所なんだ、ということを
「……あれ、この後どっちに行けばいいんだっけ?」
目の前の人を見ながら思った。
☆☆☆
状況的にはとてもシンプルである。目の前に、迷子の人間がいる。それだけだ。
……たぶん、俺と同年代位の年齢の男。首元には、王城の来客者であることを示すガラス製のプレートがかけられている。どう見てもこの城に来たのは初めてなのだろう。こんなところを一人で歩いているなんて。一体何をしているんだろう。
……というか、初めて来たのならおそらく案内人の類とかいるはずだよな?じゃあなんでこの人ここで一人で迷っているんだよ。
…本来なら助けるべきなんだろうが、生憎と俺は、昨日王子から直々に頼まれた「ギフテッド鑑定」のための資料運び中である。過去のギフテッド該当者の資料や鑑定の仕方について、方々集めまわっているところである。手にはしっかりと大荷物。そこそこに重い。早く運び終わりたい。
しかし、周りに俺以外に彼を助けることができる奴がいないのも事実である。でも今面倒ごとは増やしたくない。どうしようか
「……よくわかんないけど、とりあえず、門の方で警備の人に道を尋ねよう…ってあれ、門の方にもどう行けばいいんだっけ?……あれ、どうしよう。」
「……あの、もし迷っているなら、ご案内しましょうか?」
見捨てたらヤバい気がした。俺が助けるしかないじゃないかこれ。
☆☆☆
「本当にありがとうございます。道に迷った…というか途中にあった庭を覗いていたら、気付いたらどっちに行けばいいのか分からなくなってしまって…」
「いえ、いいですよ。ここは大体、はじめての人はみんな迷う場所ですから。」
……話しかけた同年代の少年は、申し訳なさそうにしながらも、顔にはニコニコと笑顔を浮かべていた。器用な奴。対する俺は、城の招待客に対して下手な態度を取れず、丁寧口調を取り繕っている。
「それにしてもやっぱりお城っておおきいですよねぇ…。」
「……」
…そういえば、こいつはどうして城に招かれているんだ?と思いはしたが、何となく詮索をしてはいけない気がする。
「僕の故郷の村からここに来るまでにも、いろいろと大きな建物を見てきましたけど、ここまで大きいものはなかったですよ…。って執事さんに言ったら笑われちゃいましたけど。」
「……」
どうせ案内し終わったらおせっかいは終わりだし、俺との縁も切れるだろう。個人の事情には立ち入るべきではない。と頭の中で完結させて触れないことにした。
「でもやっぱり、驚きというか感動というか…そいうものがなんかこう、胸からあふれてくるというか…。うぅん、レイアのやつにも見せてやりたかったなぁ、あ、レイアというのは僕の幼馴染でですね…」
…件のこいつはさっきからしゃべり倒している。…俺があまりにもしゃべらないから、変な気を使っているのか、それとも王城に来て緊張しすぎているのか。……申し訳ないがあまり聞いていない。相槌を打つべきなのだろうが、正直彼の独り言に付き合っていられ
「でも僕と同い年くらいなのに迷わずにこのお城を案内できるってすごいですね。ここにはよく来るんですか?」
「っ」
独り言かと思ったら、こっちに話題が飛んできた。
「い、いや、よく来るというよりは、ここで働いていますね。」
「え、そしたらお貴族様なんですか?」
「…いや、貴族では、ないですね…」
「貴族ではないけど、ここで働いているんでね…。すごいです!」
…申し訳ないがそのすごいは、本当にすごいと思って言っているのだろうか。
「…っと、お待たせしました。ここが、応接室です。」
「ありがとうございます!助かりました!」
なんだかんだで、彼を目的地にたどり着かせた。
「それでは、私はここで。仕事がありますので。失礼いたします。」
「本当にありがとうございました!」
そして、そいつは部屋の中に元気よく入っていった。それを見届けてから、俺は元の自分の作業に戻った。はやくこの資料を運び終えて読み込まなくては。
☆☆☆
資料を自分の部屋に運び終わった俺は、王子殿下からの書置きを見つける。曰く、応接室で待っている、とのこと。
…応接室ならさっき行ったが。行き違いになったか。しまったな。
荷物を自分の部屋に置いた俺は、そのまままっすぐと応接室に戻った。
そしてそこで、
「というわけで、アーク君こちらが君のことを調べてくれる宮廷付き魔術師のヨハン君です」
という王子と
「さっきはありがとうございました……。え、偉い人だったんだ…」
という、さっき俺が道案内をした少年と再会を果たした。
…なんだ、この展開は。
うぅ。やっぱり難しい…。