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自撮り界隈殺人事件

作者: あ

 彼は、26.65m²ほどの小さな探偵事務所の窓側の受付デスクの上で国内唯一の両切り煙草のピースを嗜みながら、デイトレードを行っていた。

 そして、ある程度利益が出たら、暇つぶしがてらにクラウドソーシングでお小遣い稼ぎをしていた。

 ピンポーンと事務所の電子式ドアチャイムの音が響く。

「久しぶりの“仕事”か」

 彼は、事務所のドアを開く。彼の眼前には一人の少女の姿があった。

「なんだ、早苗か」

「なんだじゃないでしょ、ジュン兄。」

 ジュン兄と呼ばれたデスクに座る“鈴木ジュン”は、ピースの先端をこすった。

「大体、君はプロの探偵でしょ!もっとちゃんと仕事しなきゃダメじゃない!」

「仕事ならやってるよ・・・」


 と、ジュンはパソコンのディスプレイに顔を向けた。

「いや、デイトレードとクラウドソーシングが仕事だっていうの?お兄ちゃんの仕事は、“探偵”じゃない!」

「そもそも、誰がバイト代払ってるんだと思ってるんだよ・・・、そもそも“雇用主”である俺に対して態度がでかいぞ」

「お兄ちゃん、もっとまじめにやってよ。そんなふざけたお兄ちゃん嫌い」

「悪かったよ、早苗」

 鈴木探偵事務所は、祖父の代から次ぐ歴史のある事務所であった。

 しかし父の急死により、当時フリーターだった鈴木ジュンに事務所は引き継がれた。

 そして、ジュンの妹である早苗は、高校生でありながらアルバイトで鈴木探偵事務所にて勤務していた。


 早苗は、机に積まれた書類に目を通し、一方ジュンが、ピースに火をつけようとすると、再度ドアチャイムが鳴った。

 ジュンがドアを開けると、彼の眼前には、一人の女子高生がいた。

「あの、ネットの誹謗中傷がひどくて起訴したいんですけど・・・。」

「俺は弁護士じゃないし、ここには弁護士はいないから、訴訟とかは起こせないよ。

「・・・ネットに強い法律相談事務所には行ったの。

 でも、探偵である以前にフォロワー100万人の大手ツイッタラーとしての鈴木ジュンさんに相談したくて」

「なるほどね。確かに俺は、そこらへんのツイッタラーよりかはネットに強いからな。

 話だけ聞くよ」


 彼女とジュンは、事務所のソファに腰を掛けた。

 そして、ジュンは彼女に聞き込みを行った。

「アカウントを教えてもらえる?」

「れふって検索すれば出てくると思います」

「れふねぇ」

 ジュンは、ツイッターの検索画面で「れふ」と検索した。

 すると、一番上に出てきたアカウントのアイコンは、加工に加工を重ねた“れふ”の自撮りだった。

「これがあなた?」

 ジュンは自分のスマホの画面をれふに向けた。

「はい」

「#美男美女さんと繋がりたい

 #いいねした人フォローする

 そして一枚の自撮りに対し、加工アプリであるビューティプラスとSNOWとSODAを使い、別人になる。

 そこらへんのメンヘラのアカウントっぽいな。

 フォロワーも多い、5万人、芸能人や女優なみのフォロワー数だな」

「はい」

「実物全然違うけどな」

「黙れ」

「え?」

「で、リプライを見てください」


 彼女の固定ツイートに張られているリプライをジュンは一通り目を通した。

 慇懃無礼にも感じる褒め言葉の下には数々の誹謗中傷や、彼女の本物の“自撮り”の画像まで貼られていた。

「こ れ は ひ ど い」

「訴訟できる見込みがあるかだけ、伺いたくて」

「君、ネットやめれば?」

「それは・・・、できないです。」

「周囲から認められたい、可愛い自分を見てもらいたい、そのバカみたいな軽率な思いで自分の個人情報をさらし、そして叩かれて泣き寝入りする。

 バカ女がよくやりそうなことだ」

 すると、お茶を汲みに行ったはずの早苗がジュンの元に近づく。

「早苗、さっさとお茶」

 早苗はジュンの頬を打った。

「いってぇ」

「女子高生になんて酷いこと言うの!」

「うるせえよ馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ」

「私が話を聞くわ、」と早苗が言うと、暗い顔を見せたれふが「もういいです」と椅子から立ち、事務所の後にした。


 そして、数日が経った頃。

 れふが首無しの死体となって、粗大ゴミ置き場で発見された。

 警察に、れふの殺害に関して調査を依頼された。

「君が私立探偵鈴木マサムネの息子、鈴木ジュンくんだね」

 そう彼に声をかけるのは、彼の父と関わりのある山本警部だった。

 山本警部とは、ジュンが幼少期の頃から認識があった。

「はい、現在は鈴木探偵事務所の跡継ぎをやってます」

「君の事務所に生前彼女が訪れたとか」

「はい、この女は馬鹿ですよ」

「きみぃ、何てことを言うんだね!」

「自撮りをネットに盛った自撮りをあげて、承認欲求を満たそうとしている女に頭が良いやつなんていないですよ!みんな馬鹿でメンヘラですよ!」

「言葉を慎め。彼女と昨日何を話した」

「誹謗中傷の訴訟の現実性です。」

「SNSの誹謗中傷か。女性プロレスラーが誹謗中傷によって自殺した件は、まだ記憶に新しい。

 この件があってから、誹謗中傷リプライに対する訴訟が増えたと聞くな」

「もし、自撮りをあげて批判されるのが怖いなら、SNSなんか最初からしなければ良い。

 ネットをするならそれなりのリスクを知り、そして、ネットを行う理由を明確にすべきだ」

「お前は何故ツイッターをやってる」

「自分はあくまでも個人事業主なので、仕事を獲得するためです。

 もっとも自分はネットに強いので、ネット絡みの依頼が殆どですが」

「ほう・・・」

 ジュンは、死体を見つめた。

「でも他殺なんですね。誰かに恨みを買われたのか」

 ジュンは、れふのアカウントを検索した。

 しかし、彼女のアカウントは消えていた。

 そこでれふのアカウントに書き込まれた誹謗中傷を検索するために、れふのidを検索した。

 多くの慇懃無礼な褒め言葉に埋もれた数々の誹謗中傷と、“クソリプ”。


「吸える場所に行ってきていいですか?」

「よろしかったら私と吸わんかね」

「良いですよ」

 死体発見現場から徒歩12分ほどの喫煙所。

「最近煙草が吸える場所が少なくなって嫌になりますよ」と、ジュンはピースの先端に火をつける。

「お父さんそっくりだね。ショートピースとは、若いのに渋い趣味をお持ちだ。」と山本警部は、ラークの先端に火をつける。

「警部さんは、いまだにラークを吸ってるんですか?」

「僕は、学生時代からラークを吸ってるよ」

「警部さん・・・」

「それより“クソリプ”ってなんだね」

「クソなリプライ のことで、主にTwitterをはじめとするSNSにおいて、見知らぬ人から的外れであったり、不快であったりするような返信がくることやその返信を指す言葉です。

 クソリプに傷ついて、自殺するならわかるけど、何故彼女が被害者なのか」

「彼女は、どうやら学校では虐められていたらしい。友達はおらず、教室でスマホばかりいじっており、成績順位も下から見た方が早かったそうだ。」

「なるほどそうなんですね」

「ふむ」

「考えるに」

 彼は1本目のピースを吸い殻入れに捨て、2本目を吸いだした。

「彼女がSNSで交流している“誰か”に殺された可能性が高い。

 そのために大手ツイッタラーである、俺が中の人間関係の輪に入り潜入捜査しますよ。もちろん裏垢でね」

「協力できることはあるかい?」

「警部さん、あなたに依頼したいことがあるとすれば」

「うむ」

「缶ピースを10缶買ってほしい」

「・・・心筋梗塞になっても知らんぞ」

「ネットのことは僕の方が上だ。IPアドレスから、殆どのアカウントの住所は特定できるが、僕には時間と煙草が必要だ。」

「シャーロックホームズの生まれ変わりかね、君は」

「ヘビースモーカーであることは間違いないね」

 ジュンはピースを吸い殻入れに捨て、その場を立ち去った。

「・・・そうだ」と、ジュンは何かを思いついたように、アカウントを作成しながら、事務所に戻った。


「早苗、時給10万円でモデルになれと言ったら?」

 受付デスクでパソコンを使っている早苗にジュンは、言った。

 早苗は首を傾げた。

「本当の自撮りを使えってわけじゃない。

 盛った自撮りをツイートしてほしい。“内部”の人間に近づくにはそれが手っ取り早い。

 そしてアカウント運用を手分けして行いたい」

「やっとまじめに仕事してくれる気になったのねお兄ちゃん」

「前から働いてはいるよ。じゃ、頼むな」

「わかった!」

「あと、なるべくれふの自撮りに近い加工、そしてれふと同じ角度でを撮るんだ。頼むよ。俺は、散歩でもしてくるよ」

「うん」

 早苗は事務所の壁側で自撮りを撮影し、その間、ジュンは散歩をしながら、ひたすら犯人の動機を考察した。

 しかし、手探りに動機を探しても、何も浮かんでこないジュンが事務所に戻ると、憤慨した表情の早苗がいた。

「早苗どうした」

「ねえ聞いて。自撮りにめちゃくちゃ誹謗中傷を書き込まれるし、変なDMも大量に届くし、男性の大事な部分の写真をめちゃくちゃ送られるし、ツイッターってこんなに馬鹿が多かったの?」

「ツイッターの平均知能指数は、ほかのSNSよりも低いからね。特にひどいのが『れふ、生きていたのかお前を殺す』ってDMが来たんだよね」

「へえ・・・、れふはそいつに恨みでも買われたのか。」

「ねぇ、ひどくない?」

「少しDM拝見するぞ」

 捜査用に作ったアカウントにログインしたジュン。すると、因縁をつけられたかのように、しつこく殺害予告のDMが届いてるのが発覚した。

 ジュンは、山本警部に電話し、このアカウント主の情報開示を依頼した。

 名前は、小池ひろし。自殺により弟を亡くしている。現在は無職で母親と二人で生活をしているらしい。

 ジュンは小池のツイートのいいね欄を見ると、ひとりの少女がいいねしているのがわかる。


 ジュンは、パソコンの前に座り、そして犯人を特定した。

「こいつだ」


 ジュンは、警察署に赴き、推理を話した。

「犯人の特定ができました。」

「なんだと」

「僕の推理を聞いてください」


 ジュンは、差し出された緑茶に口をつけ話しだした。

「この事件は、“とある誤解”によって生じた事件です。

 まず被害者であるれふは、自撮り界隈で有名な人です。フォロワーは5万人と、一般人よりフォロワーが多かった。ゆえに彼女の自撮りは様々なところに転載されており、そしてれふの偽者さえも現れるほどだ。

 そして、その偽者は、ある一人の男子の自撮りツイートに対して、誹謗中傷をした。

 男子はメンタルが弱かったのか、その後電車にて飛び降り自殺を行った。

 その彼のアカウントを兄が引き継ぐと、ある少女と交際していたことがわかった。

 少女は、るみねというアカウントでツイッターを行っていた。

 ある日、兄は、自分が小池ひろしではない、小池ひろしの兄ではないことを彼女に伝えた。

 彼女は怒り、れふに“殺された”と信じ込み、れふを殺すことを決意。

 そして、れふの死後、バラバラにした死体をゴミ袋に詰めて粗大ゴミ置き場に置いた。

 犯人は、るみねだ。だが、真の黒幕は小池ひろしの兄なんだ!

 これは完全な計画殺人だったんだ。

 小池ひろしは、家族からも好かれており、顔もそれなりにイケメンだったが、彼の兄はそこまで頭もよくなく、弟と比較されることに強いストレスを抱えていた。

 そこで病み垢兼自撮り垢を作った。だが、それこそれふにリツイートされて、れふのファンに誹謗中傷され、ファンに対して復讐しようと考えた。

 そしてれふの裏垢を装ったれふのアカウントを作り、ひろしに誹謗中傷をしつこくリプライをした。

 んで、ひろしの個人情報や、ひろしに対する誹謗中傷を複数のアカウントで書き込み、ひろしは精神的に追い込まれ自殺に至った。

 そして、ひろしが付き合っていたるみねに、ひろしを殺したのは、れふだということを伝え、犯行に至らせた。そして、そのるみねも殺害されたことが他のツイッタラーの情報でわかった。

 つまり、犯人は小池ひろしの兄、小池太郎なんだ!」


 山本警部はジュンに質問した。

「その根拠はあるのかね」

「僕が小池太郎のパソコンをハッキングして、そこから情報を探ったのと、誹謗中傷のIPアドレスでたどった住所が限定されていたからだ。」

「警察の方でも操作を進める。ありがとう、鈴木ジュンくん」


 こうして事件は解決し、晴れて小池太郎が犯人だと確定した鈴木ジュンは、受付前の椅子に腰をかけた。


「お兄ちゃんすごいね」と早苗が言った。

「・・・、こんな悲惨な事件が起こらないために、本来は承認欲求を満たすためだけに自撮りをあげてる女たちに忠告したいよ。」

「お兄ちゃん・・・」

「さて、妹よ、事務所閉めるぞ」

「待ってお兄ちゃん、また依頼が来てるわよ」

「えぇ・・・」


 ジュンは大きくため息を吐き、ピースの先端に火をつけた。


 完

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