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黒猫珈琲3

 遠くから半鐘の音が聞こえる。

 銃声が聞こえたことで警察が動いたようだ。様子見に外へ出ている住民の声も混ざり、騒ぎが大きくなってきた。


 向こうのことはイゼルグがうまくやってくれると信じて、今目の前にいる青年に注視する。

「えーと……」

 声をかけようとしたところで、彼は首を振り、はっきりとした声で告げた。


「僕は殺していない」


 エメラルドグリーンの瞳が月明かりで煌めいた。彼はじっと私を見つめている。


「知ってるよ」

 私が肯定すると、青年は目を見開いた。


「安心して。私は貴方を助けにきたんだ。すぐに信じてもらうのは難しいかもしれないけど……。あっそうだ、これをどうぞ」

 私は鞄から赤茶色の液体が入った小瓶を取り出した。

「それは……?」

「血液」

 青年がギョッとした顔をしたが、問答無用と構わず押し付けた。


「後は、これも渡しておくね」

 名刺サイズのカードも一緒に手渡す。カードには「黒猫珈琲」と店の名前が印字されており、小さな地図も載っている。

「もし困ったことがあったらそこに来て。私もマスターも貴方のこと手伝える準備が出来てるから」

 相手を怖がらせないよう、にっこり微笑んでみる。


「もしかしてバンピールの支援をしてるっていう喫茶店の……?」

 青年がカードと私を交互に見つめながら、ぽつりと呟く。

「そうそう! なんだ知ってるなら話が早い! 良かったら今からでも……」

 そう言いかけたところで、こちらに光が近づいてくるのが分かった。


「誰かいるのか?」

 見回りの警察官がそろそろと歩いてくる。

 私の事情聴取は避けられなさそうだ。青年と一緒にいるところを見られたら話しがややこしくなってしまうので、急ぎ壁を越えられるかどうか尋ね、青年は問題ないと頷く。


「ここは誤魔化しておくから、行って」

「……ありがとう」

 青年は三メートルは優に超える壁をものともせず駆け上がった。やっぱりバンピールってすごい身体能力なんだなと感心する。


 壁の頂上からこちらを心配そうに見下ろした青年に、大丈夫と右手を軽く振って見せる。

「名前、聞いておいていい?」

 私の問いに青年は一瞬躊躇ったように見えたが、小さな声で答えた。

「ラウル」


 ラウル……!?


 馴染みのある名前に動揺する。

「えっ、ラウルなの……!?」

 私が問い返すと、ラウルと名乗った青年は不思議そうな表情を浮かべた。

「えーと……えーと……ええっと……私、アテシア」

 予想外の出来事に、しどろもどろになりつつも、とにかく名前だけは伝えておかなければと言葉を紡ぎ出す。


「えっ、アテシア……!?」

 ラウルも驚いて声を上げた。


 警察官の足音がすぐそこまで迫っているのを感じ、慌てて会話を打ち切り、早く行けと促した。

「また後で!」

 ラウルの姿はすぐに見えなくなった。


 やって来た警察官は私を見て目を丸くした。そして、「こんな夜中に何やってるんだ!」とものすごい剣幕で怒り出したのだった。


「ごめんなさい、喫茶店の方から大きな音が聞こえた気がして、マスターが心配になって出て来てしまいました……」

 しゅんと肩を落として私は謝罪した。イゼルグのことが心配なのは事実だし、全くの嘘というわけでもない。

「マスターならさっき会ったから心配ないよ。無事で良かった」

 ほっとした表情でそう言った警察官は、喫茶店に時々訪れる顔馴染みのおじさんだった。これは両親にもバレて怒られるやつだな、と覚悟を決める。


「いくらマスターが好きだからって、殺人犯がどこにいるかも分からないのに! もう危ないことはしちゃダメだよ!」

「はは……」

 絶対勘違いされている。イゼルグのことは家族みたいに思っているけど、そうじゃないんだ……。

 訂正するタイミングを見失ってげんなりした気分で家に帰った私を、喧騒で起きた両親が待ち構えており、私は夜通し謝り続ける羽目になったのだった。



 次の日、喫茶店にラウルがやって来た。

 ちょうど夕方で客が途切れたタイミングだったので、イゼルグは早めにクローズドの看板を外へ出した。

 今日は貸し切りだと楽しげに話す。


 ラウルはイゼルグと同じく、一緒に何度も異世界を渡り歩いて来た同士だ。

 こうして三人揃うのは前の世界以来なので、私は懐かしさで胸がいっぱいになった。

 イゼルグが三人分の珈琲を入れてくれてテーブルにつき、ここでの生活や喫茶店での仕事など、思いつく限り話し尽くした。


 暴走したバンピールはハンターによって殺され死体は回収され、人目につかないよう秘密裏に処理されるそうだ。

「暴走したら元に戻す方法はない。被害を最小限に食い止めるためには仕方のないことだ」

 イゼルグは淡々と言う。

 ハンターとして暴走したバンピールと対峙してきた彼は、そのことを当たり前のこととして受け入れているように感じた。


 昨日見た姿が脳裏によぎる。

 暴走を止めることも手を下すことも、今の自分にはどうにもできないと分ってはいるのだが、もやもやした何かが体の中で燻り続ける。


 騒ぎが大きくなってしまったこともあり、ハンターの男はラウルのことは見逃してくれたらしい。事件が解決したらすぐに姿を消してしまったとイゼルグは締め括った。



「それにしても、アテシアだって分かったときは、本当に驚いたよ」

 カップを静かにテーブルに戻しながら、ラウルは私へと視線を向ける。

「私もびっくりした。ラウルはバンピールに生まれ変わってたんだね」

 私がまじまじとラウルの姿を見つめていると、悪戯っぽい笑みが返ってきた。

「ふふ、一分一万ゴールドで自由に見ていいよ」

「高っ……!」


 ラウルは首都ナビスからは数キロ離れた街に住んでいたそうなのだが、過激派のハンターに襲われたことで、こちらへ引っ越すことにしたらしい。


「バンピール支援の喫茶店があるって噂に聞いてはいたんだけど、どこにあるかまでは分からなくて。まさが二人がやってるとは思わなかったよ」

 ラウルは感慨深そうに言う。


「店が見つからなかったら、どうするつもりだったんだ?」

 厳しい顔をしたイゼルグの問いに、ラウルは肩を竦めた。

「レジェさんは僕のいた街でも有名だったから、探して話を聞こうと思ってたんだけど、思ったより早く欠乏症状が現れてしまって……正直、危なかったと思う。本当に助かった」

 そう言ってラウルが深く頭を下げたので、私とイゼルグは気にしてないと慌てて伝えた。


 ラウルは昔から物事を先読みして動くタイプで、余裕がないところをあまり見たことがなかったので、少し不思議な気分になった。それをそのまま伝えてみたところ、

「うーん、環境が変わると性格も多少は変わるのかなぁ……」

 ラウル自身も思うところがあったらしく、そう言って首を傾げた。


「珈琲のお代わりはいるか?」

 いつの間にか空になってしまったカップを見て、イゼルグは立ち上がった。

「いる!」

「僕ももう一杯お願いするよ」

 私たちの返事を聞いて、イゼルグはいそいそとカウンターへと向かっていった。ほどなくしてほろ苦くも心地よい香りが漂ってくる。


「イゼルグの入れてくれる珈琲好きだったけど、ついにお店始めちゃったかー」

 二杯目を受け取ったラウルは、からかうように言った。

「悪くないだろ?」

「うん、美味しい。フルーティーないい香りだね」

 皆でゆっくり珈琲を味わう。

 長時間話し込んで少し糖分が欲しいなと思ったので、一杯目よりも砂糖を増やしてみた。深みのある甘さが体に染み渡っていく。


「そういえばアテシア、イゼルグのことマスターって呼んでるんだね」

「あっ、そうそれ……! 小さい頃からマスターって呼んでたせいで、今更イゼルグって呼べなくなっちゃったんだよ……!」

 私が大袈裟に頬を膨らませると、ラウルは笑いを堪えた。


「ラウルもうちで働くか?」

 イゼルグがふと思いついたように尋ねた。

「それはありがたいけど……僕が働いても大丈夫なのかな?」

「ちゃんと給料も出せるぞ?」

 イゼルグが軽くウインクして見せる。

「はは、じゃあ僕もマスターって呼ぼう。よろしくお願いします、マスター」

 ラウルはぺこりと頭を下げ、微笑んだ。



 かくして「黒猫珈琲」は明日から三人で再スタートを切ることになった。

 これは異世界を渡り歩いて来た三人が、またどこかの世界で出会うまでの物語。

この世界についてはここで一区切りです。

次は違う世界の話になる予定。

読んでくださってありがとうございました!

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