第一話 水星人ちゃんと話してみた
僕の名前は青木凛。年齢は15歳で、高一だ。
ところでみんなは、目が覚めると、見知らぬ女の子が隣で寝ていた。って経験はある?
そんなの、漫画やラノベでは見飽きたけど、実際に起こることなんてないに決まっているだろ! とか、言うかもしれない。(僕自身もそう思っていた)
でも今、僕はその状況にいる。まさに、見た目中学生ぐらいの女の子(しかも、途轍もなくかわいい)が、隣で寝ているのだ。
そりゃあ初めは〝これは夢なんじゃないか?〟とか思って、ほっぺたを引っ張ってもみた。でも、普通に痛かったし、それが現実だとわかったところで何をすればいいのかもわからず……。
つついてみる? いやいや、そんなことして「きゃっ! セクハラっ!」とか言われたらどうしよう……。とか考えていると、
「お兄さん……? うん、やっぱり私のこと見えてるんですね! よかったぁ~。いやぁ、それにしても、おどおどしすぎでしょ! ほんと、もうちょっとで吹きだすところでしたよぉ! あーでも、もうちょっと狸寝入り頑張って、お兄さんのおどおどしてる姿見たかったな~。 というか! 地球ってほんとに〝オトコノヒト〟がいるんですね! あれ、迷信だと思ってましたよ~。そうだ! 握手してくださいよ! 握手っ!」
女の子はそう言って、笑顔で俺の手を握ってきた。
えっ、なにこれ、どうすればいいの?
もともと困惑しているうえに、さらに困惑させるようなことをべらべらと話し出す女の子。
だめだ! このまま黙っていると、圧倒されてしまいそうだ……! 何か話さなくては……。
「……えっと、新手の詐欺かなんかですか?」
うん、オレオレ詐欺とかもあるし、これは詐欺なのかもしれない。
いやいや、女の子を男子高校生が寝ている隙に添い寝させるって、どんな詐欺だよ!
だめだ、訳の分からないことを話してしまっている。何せ、本当に頭がこんがらがってしまっているのだ。
しかし、彼女から返ってきたのは、
「あぁ、地球には〝鷺〟という、美しい鳥がいるというのは聞いたことがあります! もぉ、お兄さん! 私を鷺に例えるなんて、ポエマーさんですねっ!」
なんて、チンプンカンプンな回答だった。
なんなの? ボケなの!? ツッコんであげた方がいいの!??
しかしなんだろう。さっきから、〝地球には〟とか、まるで、地球外からやって来たような言い方じゃないか……。いや待てよ? これはアレだ! アレしかない!
「ズバリ、君は不思議ちゃんキャラを確立しようとしているんだね!?」
「?? 不思議ちゃん……?」
彼女は小首をかしげる。
天然なのか? いや、いくら天然なんだとしても、重症すぎる! とにかく、少しずつほどいていこう。
「えっと、何個か質問してもいい?」
そう聞くと、彼女はにやにやしながら、
「まぁ、お兄さんが困惑するのもわかります。というわけで、私が丁寧に、この事態を説明してあげましょう! なにか質問があれば、その後に聞いてくださいねっ!」
と言って、説明を始めた。
「えぇっと、まず、私は水星から来ました。まーきゅりーってやつです! 昨日の午後十時二十五分に地球につきました。その頃、お兄さんはお風呂に入っていましたね。その後、お兄さんが寝るのを待ってから、お兄さんの首を少し噛ませていただきました! それによって、お兄さんは私の姿が見えるようになったってわけです! 以上です! ご清聴ありがとうございましたぁ~」
「……いや、なんで得意げな顔しているんだよ」
「へぇ? 大体の説明はしたと思うのですが……」
「誰がこんな話を信じるんだよ! 信じたとしても、肝心なことが全然わからないじゃないか! そもそも、なんで家に来たのか、その説明が全くないんだよ!」
「ご、ごめんなさい……!」
まずい! 感情に任せて怒ったら、自称水星人ちゃんが涙目になってしまった! 泣き落としとは、なかなか高度なテクニックを使ってくるじゃないか。
「い、いや、急に怒ったりして悪かったよ。だけど、なんで家に来たのかは説明してほしいんだが……」
「その件ですが、お兄さん。めーる、というものに心当たりはありませんか?」
「メール……?」
僕は普段、メールはほとんど使わない。強いて言うなら、たまにフィッシングメールみたいなのがくるぐらいだ。
……いや、ちょっと待てよ? もしかして、あのメールが……!?
「……心当たりは、あるかもしれない」
☆
あれは、一週間ほど前のことだっただろうか。
僕がスマホでゲームをしていると、一件のメールが届いた。
【差出人:Hawkman
君は、宇宙人は存在していると思うかい?
地球には数多くの生物が存在している。それならば、地球以外の惑星にも何らかの生物は存在しているに違いない。そう思って私は宇宙を旅することにした。
その旅路、水星でたくさんのヒト型の生物を発見することができた。水星の文明はまだあまり進んではいないが、彼女たちは地球人よりも高い潜在能力があるようでね。そこで、水星の発展のために地球に留学生を派遣することにした。
そこでお願いがある。君の家に留学生を泊めてはくれないか? そして、地球のことを彼女らに教えてやってほしい。
無理ならば、返信でその旨を伝えてくれ。返信がなかった場合は承諾したとみなす。】
これを読んだとき、迷惑メールだと思った。このメールに返信すれば、さらにたくさんの迷惑メールがくるというようなやつだろう、と。
それ故に無視していたのだが……。
☆
「そうですよ、お兄さん。これです。ほら、ちゃんと留学生のお世話をしてくれって書いてあるじゃないですかー!」
メールを覗き込む水星人ちゃん。顔が近い……。じゃなくて!
「いや、このメールひどくない? 〝返信がなかった場合は承諾したとみなす〟って、これ詐欺……じゃなくて、騙しているようなものじゃないか」
「なら、返信すればよかったんじゃないですか?」
そうか、水星にはフィッシングメールみたいなのが存在しないのか……。なら、これも勉強だ!
「いい? 地球にはね、フィッシングメールっていう、それに返信したらお金が請求されたりするメールがあるんだ。このメールは文面的にも内容的にもそれにしか見えないんだよ……」
「それなら……。私を泊めることはできない、ということですか……?」
またしても、涙目で僕の方を見つめてくる。あぁ、そんな顔をされると断りづらい……。
女の子との生活とか結構憧れていたし、別に断る理由は……
「あ、もしかして、お兄さんってお付き合いをされている方がいるのですか? それで私と暮らしていることがばれたらまずいとか……」
水星人ちゃんが何かを言い出した。
「……それなら大丈夫です! 先程も言った通り、私の姿はお兄さん以外からは見えないのでばれることは……」
「彼女はいないよ‼」
「あ、すいませんでした……」
どうやら、余計な心配をさせてしまったようだ。はぁ、心が痛いなぁ!
断る理由はない。
強いていえば僕の理性の問題だ。しかしそれを理由に断るのも、なにか負けの気がする……。
あれこれ考えて、僕はひとつの結論を出した。
「よし、わかった。今日一日の行動を見て決めることにしよう」
水星から来たとか、その辺の話が正直言って信じられない。今日一日一緒に過ごせばその辺の真偽もわかるだろう。そういう意図でこの結論を出したのだが……。
「わかりました。わたし、超頑張ります! ご奉仕します‼」
とてもやる気に満ち溢れていた。というか、〝ご奉仕〟とか言われると早速僕の理性が……!
「そ、そうだね。お互い頑張ろう」
「……お互い?」
ようやく冷静になれた時、僕は大切なことを思い出した。今日が何の日であるか、を。
「ねぇ、瞬間移動とかって……、できる?」
「で、できます!」
「ほんとに!? いやぁー、よかった! 今日が入学式ってこと忘れててさ。瞬間移動できなかったら遅刻するところだったよ」
入学式で遅刻とかいう、最悪の高校生活になってしまうところだった。もしかしたら、この水星人ちゃんはすごくいい存在なのかもしれない!
「……お兄さん」
「ん? どうしたの?」
「……お兄さん、本当にごめんなさい。実は、その……、見栄を張っちゃいました」
「ふぇ? ……ということは」
「はい、本当は……、本当は瞬間移動なんて使えません‼」
え……。
「なんでそんなことで見栄を張ったんだよ!」
「ごめんなさい! ここで正直に〝使えません〟なんて言ったら見放されると思ったんです!」
「期待をさせておきながら落胆させるなんて、一番使ったらいけない手法だよ! まぁでも、そもそも忘れてたのは僕だからなぁ。仕方ない、ぼちぼち歩いていくとするか」
それから僕たちは学校に行く用意をした。
入学式の日の朝がこんなにドタバタするなんて、夢にも思わなかった。もっとわくわくした気持ちで学校に向かうはずなのに、正直あまり学校のことは考えることができない。
「お兄さん! 用意ができました!」
と、水星人ちゃんが制服姿で現れた。見た目がすごくかわいいだけあって、制服がとても似合っている。
「おぉ、その制服、似合ってるね」
僕が思わず声に出すと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます! お兄さんも制服似合ってますよ! あと、お兄さん。朝ご飯は食べないといけませんよ?」
なかなかに気が利くじゃないか。ソーセージ一本というチョイスは微妙だけど、これも彼女なりに考えた結果なんだろう。
「ありがとう。……」
「どういたしましてです! お兄さん、どうかされましたか?」
「いや、そういえば名前を聞いてなかったなと思って……」
「名前ですか。実は、私たちには名前がないんです。地球では一人ひとりに名前があるという話を聞いてから、名前に憧れを抱いてはいたのですが……。だからお兄さん、その……、名前を付けて頂けませんか……?」
「僕なんかが付けてもいいの?」
名前を付けるなんて、責任重大だ。そんなことを僕がやってもいいのかなぁ。
「はい!お兄さんに付けてもらいたいのです!」
そんな迷いを打ち消すほどの輝いた目で、彼女は答えた。
「オーケイ! めちゃくちゃいい名前を考えてあげるよ!」
「ありがとうございます! 楽しみにしてますね!」
「うん! ……あ、結構話し込んじゃったね。それじゃあ、学校に行こうか!」
「はい!」
僕たちは、学校に向かって歩き出した。




