立花麗3
Day0 9:21 立花麗
「この問題は……」
今は数学のテストの返却時間。数学のめぐみ先生が解けなかった人が多い問題を解説している。めぐちゃん先生はまだ二十代で生徒との年の差が近いが、生徒との距離感はきっちりとっている。小テストをよく出して生徒の反感をかい、授業中にふざけたり、眠っている生徒には厳しく声を上げる。だけど、授業は分かりやすく、生徒からの授業の質問も真剣に聞く。真面目でいい先生だと私は思う。
そんなめぐちゃん先生には申し訳ないが、現在、私は授業に集中できていなかった。美咲の後ろ姿が妙に気になる。黒い長い髪が背中の上の方まで長さに切り揃えられた美咲。
(あー集中できねぇ。何、この気持ち?胸の奥が苦しいー)
私は右手で髪をいじり、この感情を忘れようとした。
一方、美咲は授業に集中し、板書している。一年のころから難関大学を目指している美咲は、授業は絶対に邪魔されたくないタイプだ。
私は何かを我慢しているのか、無意識のうちに足を小刻みに揺っていた。それに気がついた美咲が振り返って、どうしたのと口で尋ねてきた。
二重がくっきりと主張する目、色がついたリップが塗られた唇。シミ一つない肌には目立たない程度にメイクがされている。親友だが贔屓目なしに、このクラスで一番綺麗だと思う。可愛さならミヤだが、綺 麗なのはと聞かれると美咲と一番に答える。
髪の間から見える首に目が奪われる。今までこんなことはなかった。
(本当どうしたんだろ?)
返事をしない私を訝しげに見て、美咲は黒板の方に向き直った。
(落ち着かねー)
私は授業に集中しようと気を引き締めなおした。
Day0 16:58 立花麗
あの後も授業に全く集中できなかったが、テスト返却の時間でしかなかったので、あまり問題はなかった。午前中で今日の返却分の科目は終わり、昼ごはんは近くのファストフード店に三人で行った。いろいろと他愛もない話をして店を出た後、レンタル屋さんに映画を借りに行った。ミヤは嫌がったが怖い映画もいくつか選び、10本ほど借りた。ミヤには悪いが怖がってもらおう。
それで、一旦、美咲とミヤは荷物を取ってくるということで解散し、私はひとり家に帰ってきた。着替えて、リビングのソファでゴロゴロしていると、インターホンが鳴った。美咲から『RINE』でもう着くと連絡があったので、玄関の鍵を開けに行く。
私はドアを開け、外を確認する。私服姿の美咲がいる。ノースリーブの白いブラウスに、青いスカートを穿いている。
「やっほー美咲。入って!」
「お邪魔します。麗、ミヤはまだだよね?」
美咲は屈みこんで、玄関に靴をきちっと並べた。
「うん、まだ。どうせ、持ってくるもの決めそびれてもたついてそう」
ミヤは、ルーズな性格だ。
「あり得る。てか、飲み物もらっていい?外暑くて」
美咲は手をパタパタし、涼もうとする。その仕草にまた胸が苦しくなった。
「おっけー。先に私の部屋行ってて、クーラー点けといたから。飲み物何がいい?お茶とジュースがある」
なんとか平静を装った。
「んー。お茶でいいよ。ありがとう」
「いいって。じゃ、取ってくる」
「ありがとう」
美咲は階段に向かった。
(美咲を見る何故か胸がざわつくんですけど…。これって恋?まてまて。それはないっしょ
)
私は気の迷いだという結論を出し、キッチンへ飲み物を取りに向かった。
Day0 18:30 立花麗
ミヤはまだ来ない。
「ミヤ遅い。またゲームしてるんじゃない?」
美咲はベッドを背にカーペットの上に座って、私が持っている漫画を読んでいた。ミヤはソシャゲーにどっぷりはまっていた。私も一緒にやっているがミヤはやりこみ具合が違う。
「『RINE』に連絡こねー。いつものことではあるけど」
「ねっ」
(それにしても遅い)
私は自分の部屋で美咲と待っていた。美咲とミヤはたびたび私に遊びに来る。ミヤが遅れて美咲と部屋で駄弁ることも何度もあった。
(美咲……)
膝を三角にして座っている美咲を見つめる。体が先ほどから熱い。興奮している時みたいだ。
美咲がチラッと私の方を見る。
「どうしたの麗?朝からおかしいよ?」
「い、いや。何もないし……」
「顔が赤いし、熱でもあるんじゃない?」
美咲は読んでいた漫画を机に置き、椅子に座っている私のもとに来た。すると私の髪をかき分け、額を手で触った。
「熱っ。麗、すごい熱。大丈夫…?」
「はあはあ……」
息が苦しい。
「麗?苦しいの……?あれ、これ何?」
美咲の手が頭に伸びた。
「頭から何か出てる…」
何故か頭から出てきていたプニちゃんを美咲が手で引っ張った。
「何だろう…?」
美咲は椅子に座っている私の頭をよく見るために中腰になった。美咲の顔が目の前に近づいた。その時、私のそれまで抑えていた気持ちが爆発した。私は頭をのぞき込んでいる美咲のお腹に両手を回すように抱き着き、そのままベッドの方まで連れていき、押し倒した。美咲に馬乗りになる
美咲は何も言わなかった。その綺麗な顔が驚愕の表情に変わっている。驚きのあまり声が出ないみたいだ。
「もう無理…ごめん美咲…」
そういうと私は美咲の首筋に噛みついた。白く、汚れがない肌から血が溢れ出た。私はそれをストローでチューチュー吸うように飲み込む。美咲は手足を少し動かしたが、抵抗する力は弱い。
(美味しい……)
美咲の血は今までに飲んだことがない味をしていた。口の中に入るとほんのりと甘く、何杯でも飲みたいと思った。全身が幸福感に包まれる。私は喉を鳴らしながらひたすらに飲んだ。周りの状況が見えないほど、飲むという行為に没頭する私。
気がついたときには、美咲は動かなくなっていた。
「美咲…?起きてる?」
美咲は目をつむったまま動かない。その目からは涙が流れている。私は体の奥底から沸き起こった衝動に突き動かされ、取り返しのつかないことをしてしまった。
「ごめんごめん……」
「美咲、何とか言ってよ…」
目から涙が出た。美咲は死んだかのようにベッドの上に仰向けに寝ている。息をしていない。私は悲しさのあまり美咲に馬乗りになったままだ。私は美咲の上から降りた。
視界にプニちゃんが映った。
「プニちゃん…?」
プニちゃんは頭から伸びてきて、目の前でそのプニプニをゆらゆらと振っている。そして、そのプニプニの先端が美咲の方をツンツンと動きながら指した。
「美咲がどうかしたの…?死んじゃったよぉ…?」
涙を手で拭った。プニちゃんはその体を揺らした。
「死んでないの…?」
プニちゃんはプルプル震えて、そうだと訴えてきた。すると、プニちゃんが伸びていき、美咲の口の中へと入った。少しの間そうしているとプニちゃんは私の髪の中へ戻った。
(美咲は無事なの?)
美咲の顔に耳を近づけると呼吸音が聞こえた。スヤスヤと眠っているようだ。美咲は無事みたいだ。一時は息をしていなかったが、プニちゃんのおかげで何とかなった。
(プニちゃんありがとう!)
彼女?に感謝しつつ、美咲を起こすため軽く体を揺らした。
「…ぅん……」
美咲が目を覚ました。
「みさきぃよかったよぉぉ」
私は体を起こした美咲に抱き着いた。さっき安心して止まっていた涙が再びあふれてきた。
「ちょっと、麗!鼻水が付くから離れて!」
美咲は私の体から離そうと押してきた。
「さっきはごめん…。私我慢できなかった…」
鼻をすすり、涙を拭きとる。ベッドの上で私たちは座り、向き合った。
「びっくりしたよ。てか、何したの、麗?飛びかかってきたあとの記憶があんまりない」
「えっと…血を少し飲んだ?ごめん…」
両手を合わせ、頭を下げた。
「いったいどうしうたの麗?熱があると思ったら、私の血を飲むし…」
心配そうにこちらを見る美咲。私が襲い掛かったことは気にしておらず、美咲は純粋に私を心配している。プニちゃんのことを話すしかない。
「ええっと…。昨日何もなかったって言ったじゃん…朝さ…」
「うん」
「実は、あのおばさんを襲っていた女の人にキスされたんだよね…」
「キスゥ?!」
やたらと大声で反応した美咲に驚いた。美咲は少しこっちに身を乗り出した。
「あ、はい。で、この頭のプニちゃんが生えてきたわけ」
頭を指でさす。プニちゃんがニョッキリと出てきた感触がした。
「それで、今朝から美咲を見るとこう、なんだろなぁ?気になる的な?で、さっき美咲の顔が近づいたときに血が飲みたくなりました…はい。ごめんなさい」
「ははは、なにそれ、吸血鬼か何かかな?頭のプニちゃんだっけ?大丈夫なのそれ?」
「うーん。今のところは、美咲の血が飲みたくなった以外にはないかなー。プニちゃんのことは私と美咲だけの秘密と言うことでお願いできる…?」
「うっ…。わかったよ。何か危険があれば病院ね」
「ありがとぉ。美咲ぃ」
「しょうがないなぁ」
美咲に抱き着き感謝した。プニちゃんは守らなくてはいけない。そんな気がした。