立花麗2
Day-1 21:43立花麗
私はベッドに寝ころび、部屋の天井を眺めていた。今日あったことを思い出す。美咲とミヤと遊んだ後乗った電車の中で、女性がおばさんを襲った。人が人に噛みつき、肉を引きちぎる場面に遭遇したことなど、今までにない。そんな経験している人などいないだろう。
幸い、救急隊の人が、おばさんの出血は多いが命に別状はないと言っていた。
それを聞いたときは、さっきまで私と話していた人が死ななくてすんでほっとした。
おばさんが病院に運ばれた後、警察の人にいろいろと聞かれた。当時の状況と女性が普通ではなかったことを伝え、最後に電話番号を一応聞かれた。警察に引き渡された女性は暴れることなくおとなしくしていたが、話すことなく、空を見る女性に警察の人も普通ではないと思っただろう。
私は警察に解放されると家にまっすぐ帰った。気分が悪かったのだ。家に着くと、私の顔を見たお母さんが、何があったか聞いてきた。私の様子がおかしいことに気がついたのだろう。さっきあったことを話す気にもなれず、調子が悪いと言いすぐ風呂に入った。風呂を出た後は、自分の部屋に直行した。
実際、あの女性が抱き着いて何か得体の知れないものを私の中に入れた時から、頭が痛く、熱っぽかった。
(どうなるんだろ……)
私もあの女性の様になるのかと思うと少し怖くなった。警察の人にもこのことは言わなかった。
(まぁなんとかなるっしょ!)
首を少し振り、気分を入れ替えた。寝るまで時間があるので、ベッドの上に置いていたスマホを取り、ユーキャスで動画を漁った。
動画を見ていると次第に眠くなり、明かりを消して目をつむった。
Day0 6:30 立花麗
私はスマホのアラームで目を覚ました。寝ながらベッドに置いているスマホを手で探る。
(ねっむ)
スマホの画面をタッチし、アラームを消した。ベッドの上に胡坐をかいて座り、目を手でこする。
「ふぁ~ぁ」
まだ眠り足りないと言わんばかりのあくびが出た。手で口を押さえる。今日も学校があるからしたくしないといけないと思い、一階にある洗面所に向かう。階段を下りると、キッチンでお母さんが料理をしている音が聞こえる。
「おはよう、麗」
お母さんの声に、まだ覚醒しきっていない頭で何とか返事をした。
今気がついたが、昨日の体調の悪さが嘘だったかのように直っていた。
(結局、何ともないのが私だよねぇ)
昔から、風の類は寝たら治るのが私の長所でもある。洗面所に着いた。蛇口をひねり、水を出す。顔を濡らし、洗顔用の泡で顔を洗った。
(すっきり)
顔を洗うと頭がさえてくるのがいつものルーティン。その後、歯磨きを磨く。今日は寝癖どんな感じだろうと鏡を見た。軽くダークブラウンに染めた肩にかかるぐらいの髪はまだセットしていないので内側に巻かれてはいなかった。
「へっ??」
口の端に歯磨き粉がよだれのように垂れた。
ダークブラウンに染めた髪の間から茜色の角がちょこんと二つ出ていた。鬼のように生えたそれは昨日の女性のものと似ている。歯ブラシを持っていない左手を伸ばして触ると、思ったよりも柔らかい。表面のトゲトゲも指先に刺さることなく、ぷにっと反発する。
「何これ」
洗面台に身を乗り出してよく見る。手で引っ張っても取れることはなく、頭にくっついている。温かくもあり、鼓動が感じられた。
(あの女の人の移ったくない?何かの病気かな?)
強く引っ張って、取れないか確認していると、ぴょこっと髪の中に隠れた。
(生きてる?!)
髪の中に戻ったそれは、私の手が離れたことを確認し、また中から出てきた。
気持ち悪いが、どことなく可愛い。
(キモカワじゃん…)
肩にかかるぐらいのダークブラウンの髪の私にその赤い角は似合っている気さえする。去年、美咲とミヤとコスプレした時のような感じ。
(意外とありかな?)
鏡の前で、プリクラをとるときの様に手を使って、決め顔を作った。
(いやいや。このままじゃ学校いけないじゃん。どうしよ。お母さんに言って病院に行こうかな)
そう思ったところ、頭にあったプニプニした物体が頭の中に引っ込んだ。
(私の心を読んでる?)
髪の中から一本だけプニプニが出て、長くなったり短くなったりした。ハイと言っているようだ。
(それじゃあ、外では出てこないこと!あと悪さしないこと!)
すると、先ほどと同じ動きで、分かったと伝えてきた。こんな生物のことは聞いたことがなく、自分の中にいると思うと、少し怖かったりもするが、日常生活に支障がなく、意思の疎通が可能ならまぁいっかという結論に至った。
(後は名前を付けて上げないと)
「麗、朝ごはん食べないの?」
お母さんがキッチンから、呼ぶ声が聞こえた。早く食べないと、化粧と着替えの時間が無くなってしまう。私は急いだ。
Day0 8:12 立花麗
教室の自分の机に鞄を置いた。窓際の後ろから二つ目。夏休み前のくじ引きで勝ち取った席だ。夏の窓際の席は、昼の日差しがクーラーの快適な室温と相まって、心地よい眠りを提供してくれる当たり席だ。
教室にはちらほらと生徒がいるが、美咲とミヤはまだ来ていない。椅子に座り、スマホを取り出す。『トイッター』に昨日のおばさんが女性に噛みつかれている動画が上がっていて、かなり拡散されていた。私が女性にからまれた所までは撮られておらず、一安心した。
「おはよう」
顔を上げると、美咲が前の席に座っていた。席替えで運よく美咲が前の席になっていた。
「おは」
「何見ているの?」
「聞いてよ、美咲。昨日さぁすごいの見たんだよ。これ。帰りに、ここに私も偶然居合わせたてさ」
美咲にスマホの画面を見せる。美咲は真剣に画面を見つめている。
「やばいね。これ本当なの?」
画面に目を合わせたまま美咲は聞いてきた。
「まじまじ。ほんと突然この女の人がおばさんに噛みついてビビった」
「麗は大丈夫だった?この動画にも映っているけどかなり近くにいたんでしょ?」
「うーん……、まぁ大丈夫。この通り怪我一つないでーす」
立ち上がり、ドンっと体を美咲に見せた。
「ならいいけど。気をつけなよ、麗は直感で行動するタイプだから」
美咲にも流石にプニちゃんのことは言えない。プニちゃんとは、頭から出てきた生き物で、電車の中で考えた名前だ。
「おはよー。ねえねえ何見てるのー」
鞄を置いて、ミヤが話に来た。
「これ。麗が映ってる衝撃映像」
美咲はミヤが見やすいようにスマホを動かした。ミヤはスマホを覗き込んだ。
「あ、これニュースにもなってたやつだ!麗近くにいたの?大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。ミヤも心配し過ぎー」
「そりゃ心配するよー。血がいっぱいだし、ミヤなら失神しちゃう」
「ミヤならありそう。すぐビクッてなるしね……ワッ!!」
「きゃっ」
美咲が手をパーにしてミヤを驚かした。ミヤはビクッとなって、可愛らしい声を出した。
「もー。美咲すぐからかうー。怒るよ?」
口を膨らまし、不満げな顔をするミヤ。それ可愛い。
「はいはい。それで、今日から麗の家に泊まりに行くの問題ないよね」
私たちは、テストが終わったら、お泊りをしようと言う計画を前から練っていた。そして、テストの返却が終わる金曜日の今日から日曜日までうちで遊ぶ予定だったのだ。
「うん。用意できてる。丁度、親も旅行で出かけてるし、ウェルカムカム」
「それじゃあ、今日の帰り映画でも借りよっか」
映画を夜に見て過ごすのもいいと思った。さすが美咲。
「いいねー。ミヤにおすすめの映画あるし。借りるのあり」
「何何?」
「人が生き返る…」
「ゾンビじゃん!!!無理だよー」
「ははは。じゃあ、帰りに映画借りて、私とミヤは一回家に荷物を取りに帰ってから麗の家に
行こう」
「おーけ。待っとくよー」
「はーい。了解!」
ミヤはビシッと敬礼した。
「ワッ」
「きゃっ!?もう、麗!!!」
ミヤは怒って、ポカスカと私の肩のあたりを叩いた。私と美咲はミヤの可愛い反応に笑いあった。