立花麗1
Day-1 17:48立花麗
(うぜぇ)
私は電車の中で、大音量で音楽を聴く男にイライラしていた。どこに行ってもマナーがーと言われるこの時代に、この男は10年前からタイムスリップしてきたのかと思うほどの大音響。耳に付けられたイヤホンは意味をなしていない。
今日はテスト返却日と言うことで、午後は美咲とミヤと遊びに新宿に行っていた。前から食べたかったおいしいパンケーキ屋さんに行ったり、ミヤが服を買うというのでブラブラ歩いてエンジョイしたのに、この男のせいで上がっていたテンションが盛下がった。
美咲に用事があるということで早めのお開きとなったので、帰宅ラッシュの時間とは被らなかったが、それでも電車の席は埋まり立っている人もちらほら見える。
私は、腕を組んでドア横の壁にもたれかかり、反対側のシートの端に座るマナーの悪い男を見ていた。イヤホンを耳につけ、スマホをいじっている。見た目から大学生だと思った。
(あーうるせぇ、誰か注意しろし。結局、私が言うしかないじゃん)
周りに座っているリーマン達はしらを切っており、大学生風の男に注意することはない。私は、嫌々もたれていた壁から離れ、男に注意しようと歩いていく。
「すみませーん!音うるさすぎるんですけど!」
睨みを利かせ、男がつけている片方のイヤホンを引き抜き、注意した。男は私にビビっているのか、何も言わずに音量を下げた。私は舌打ちを去り際にして、もといた所に戻った。
(何も言い返せないのなら初めからやんなし)
根性もなっていない男にさらにイラつきが増した。私はスマホをポケットから出した。クマのキャラクターがプリントされたカバーが目に入った。『クマゴロー』。女子に人気なクマの可愛らしいキャラクターだ。私はこのクマゴローが大好きで、家にはヌイグルミが何個もある。スマホの電源を付け、メイン画面が映った。壁紙も勿論クマゴロー。目は点で大きな顔の真ん中に他の鼻、口と集まっている。可愛い。クマゴローに癒され、気分が落ち着いた。
SNS『トイッター』を見ようと、アイコンを親指でタップした。小さなトリが画面の下から飛び立ち、アプリが起動した。トイッターは好きなことを呟け、多くに人と交流することができるアプリだ。私は、親友の美咲に口酸っぱく言われたので鍵をかけているが、鍵をかけなければ全世界の人に情報を発信することができる。友達が今何をしているのかを知れる非常に便利なアプリだ。
早速、ミヤがさっき帰りに取った三人での写真を挙げていた。全員の顔には写真加工のアプリのスタンプがされている。その辺のことに厳しい美咲を気遣ってのことだろう。ミヤはお気楽な性格だが、友達思いなのだ。ミヤの配慮にちょっぴり心が温かくなる。
私も『今日は楽しかったよ。また遊ぼうね!』と呟いた。暇なのでトイッターのタイムラインを遡ろうとした時、また車内が騒がしくなった。電車の進行方向先のシートの方を見ると、立っていたであろう女性が蹲っていた。少し遠くて、よく見えないが相当辛そうだ。
乗り合わせていた中年のおばさんが駆け寄り、肩を揺すって大丈夫かと聞いている。私も何かできないかと女性のもとに行く。
「大丈夫?」
おばさんが女性に確認するが、息が詰まったような音しか蹲っている女性からは聞こえてこない。
「椅子に寝かした方がいいかも」
私はおばさん言った。おばさんは私に首を回し、声の主を確認する。
「そ、そうね。ちょっと、そこで退いてもらえる」
蹲る女性の容態がよくないことを察した横の椅子に座っている人たちが、全員立ち上がりその席を譲った。
「非常ボタン押した方がよくないですか」
近くの男性がそう言った。車掌に知らせる必要があるだろう。ボタンがある方に他の乗客が急いで向かう。
「お姉さん、椅子に寝られる?」
私は女性に聞いたが、首を振るなどの反応がない。
「おばさん、肩担ぎましょう。私こっち持つんでそっちお願い」
女性の左腕を首に回し、担ぎ上げた。おばさんも意図を察して、反対側の腕を持ち上げた。
「せーので立ち上がらせましょう。せーの」
私の掛け声とともに、女性を持ち上げた。女性の顔を見る。目を閉じ、ぐったりとしている。そのまま、女性を隣のシートに寝かせた。女性はいまだ苦しそうに息をしている。顔も熱がある様にほんのりと赤い。
「このまま駅まで、安静にしておきましょう」
おばさんが私に向かってそう言った。私は首を縦に振った。
「いったいどうしたんだろう。大丈夫かな」
疑問を口に出した。
「私も近くにいたけど、突然床に倒れたのよ。それまでは、スマホを見ていたし。重病じゃないといいけど……」
おばさんは口に手を当て、心配そうにシートの上で寝ている女性を見ている。
「熱中症かも。友達も熱中症で急に倒れたし」
今年の夏は例年に比べて一段と熱く、朝礼の時に同じクラスと友達が熱中症で倒れたことがあった。
「そうね…」
おばさんとの会話はそこで終わった。
私は次の駅につき、駅員さんが来るまで彼女の横にいることにした。苦しそうな女性はスーツ姿だ。最近、美咲から過労死とか長時間労働とかの話を聞いたのでそれかなとか思ってみたりもした。
苦悶の表情を浮かべる女性の顔を見ていると、ふと彼女の頭にある小さな茜色をしたものに気がついた。
「ん?」
顔近づけてみる。消しゴムほどの大きさのそれは、表面にトゲトゲした突起がポツポツとある。薔薇の茎みたいだ。角の様に頭の前の方に一つあった。何だろう。私は顔を上げた。
おばさんにこの角みたいなものを見てもらおうと時、急に女性が上半身を起こした。その起こすスピードがあまりに早く立っていた私はビクッと体が動いた。
「だ、大丈夫ですか?」
おばさんは恐る恐る女性に尋ねた。苦悶の表情を浮かべていた女性の顔は、今や何の表情も浮かべておらず、どこか不気味でもあった。
女性は椅子から立ち上がった。私と同じぐらいの慎重だが、こちらを圧倒するような圧が感じられた。女性は椅子の前に私と一緒に立っていたおばさんの方を向いた。すると、いきなりおばさんに飛びかかった。
「キャーァァァアア」
おばさんは悲鳴を上げた。女性はおばさんの両腕を抑え、肩に噛みついた。おばさんはさらに叫び声を上げた。
「取り押さえろ!!!」
「ちょっと手を貸して!」
周りにいた男性達の乗客が引きはがしに駆け寄る。
(まじやばい。何この状況…)
私は、女性の常軌を逸した行動に固まってしまった。
男性が噛みついている女性の腕を引きはがそうとするが力が強く引きはがすことができない。女性の後ろからもサラリーマン風の男性が羽交い絞めにして剥がそうとする。その間に、何回も女性はおばさんの首に噛みついた。
おばさんの肩からは今まで見たことがないほど血が流れている。女性は一度おばさんの肩から顔を離した。女性の口には、おばさんの肉が頬張られていた。
「早く離せ!!!」
新たに駆けつけた男性の怒号が飛ぶ。その男性も加わったかいあって、やっとおばさんから女性が剥がされた。女性は男性三人に床に押さえつけられている。
女性は暴れてはおらず、肉を口の中で噛んでいた。
(うわ…吐きそう…)
グロテスクな光景に胃の中のものがでそうになる。
口に蓄えた肉を飲み込んだ女性が私を見た。その眼はどんよりと濁っている。私を見た瞬間どこから力を出したのか分からないほどの力で、上から押さえつけていた男性三人を払いのけた。女性は手と足を床に着き、力をためるそぶりを見せた後、跳躍し、私に抱き着いた。
(えっ?)
私は声が出せなかった。そのまま、後ろにあったシートに座る様に倒される。女性の顔が目の前にあった。
(殺される!!!)
私は目をつむる。すると、唇を女性の手によって無理やり開けられた。目を開けて、状況を確認する。女性が私の口に自分の口を押し当てようとしていた。唇と唇が触れ合う。何かが口の中に入った。それは喉を通っておなかの中にもぞもぞと移動していった。
女性が私から離れた。すると、棒立ちになり、動かなくなった。
「大丈夫か?何もされてない?」
周りにいた乗客が私に聞いてきた。私はまだ自体が呑み込めず、頷くしかなかった。




