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山川渉3

Day4 14:08 山川渉

 

 何とか人が横になって通れるぐらいの穴が開いた。キャビネットにある邪魔なものは、森下には悪いが、トイレの方に移動させてもらった。

「いざ、出発」

 四日ぶりの外の空気を吸えると考えると居ても立っても居られない。早くここを出よう。腰を屈み、頭から穴の中に入る。シンクから繋がっている排水管のホースが邪魔だ。何とか避けてキャビネットの扉を内側から押して開ける。

「お邪魔しまーすっと」

 一応、挨拶しておくが、返事はない。頭をキャビネットから出し周りを確認する。俺の部屋と同じで左側には玄関、右にはダイニングがあった。もぞもぞと体を出し、最後に足を抜き出し、床に尻をつき、一呼吸置く。

「いやぁ、疲れた。空気がおいしい気がする」

 トイレにこもった元々のにおいと体臭により鼻が麻痺していたが、どことなく良い匂いのするこの部屋の空気に癒される。

「と、こんなことを考えるとか変態じゃん」

 一人突っ込みを入れる。それにしてもこの部屋は涼しい。さっきまでの熱々サウナトイレとは違って、快適に過ごせる温度に調整されていた。

「エアコン付けっぱなしか、おい」

 立ち上がり、リビングの方を見ると今まで気が付かなかったがテレビも付いたままだ。ニュース番組が流れている

「森下さん、案外ズボラかもな」

 一時的に、家に上がらせてもらっている以上見過ごせない。善意で、テレビとエアコンを消しておこうとリビングへと歩いた。決して、部屋を覗き見ようという気持ちはない。絶対に……。

 俺の部屋とは違って、家具がなかなかしゃれていた。右側の壁にテレビがあり、テレビが置かれている台には、どこかで見たゆるいキャラクターのフィギアが並べられ、その前には四脚で丸長の白い机と紺の三人ぐらい座れるソファが配置されていた。ソファの上には、かわいらしいクマの人形がちょこんと座っている。その下には茶色のカーペットが敷かれ、綺麗に部屋が整頓されていた。

「かわいいもの好きか。ギャップ萌えはポイント高いっす」

 どちらかと言うと綺麗系やカジュアルな服装なのを偶に目にする程度だったので、森下のかわいいものが好きだという意外な一面を知れて、好感度がグッと上がった。

「いけない、いけない。早くリモコンを探さないと」

 テーブルの上にはなく、ソファの方を見ると、クマのぬいぐるみの下にテレビとエアコンのリモコンがあった。エアコンの電源をまず切った。テレビの電源も切ろうと思ったが、気になるニュースが流れていた。

「東京で凶暴化した男性が地下鉄の列車内で女性に噛みついた今回の事件ですが、ここ数日で連続して起きている傷害事件と関係していると思いますか?」

 司会の芸人の男性が、コメンテーターの女性に話を振った。

「SNS上で拡散されている映像を見ると、共通点がありますね。自我を失っているような様子、そして、頭から角のように出たゼリー状の物体。全て関連していると思いますよ。海外でもこのような事例が、ここ数日のうちに何件も起こっていますし」

 手元の資料に何か書くためかぺンを手でいじくりながら、女性は話した。

「もう一度見ますか。VTR見られる?」

 司会の男がスタッフに聞いた。

「あ、見られない。そうですか。この事件について政府、警察からは何も発表がないのが気になりますね。続いてのニュースです」

 どんな映像か気になったが、そこでテレビを消した。

「トイレにいる間に物騒な事件起き過ぎ。動画は気になるから、ユーキャスで見るかぁ」

 リモコンをもとにあったところに置く。ユーキャスは誰でも動画を投稿できるインターネット上のサイトだ。大体の動画はこのサイトで見ることができるので、きっと件の動画もあるだろう。

 さぁ、やることはやったし大家さんに報告に行くとするかと思い、玄関に向かおうとした。その時、右の方で物音がした。俺はそっちを見た。部屋の端にある扉が微かに開いていた。俺の家と同じ間取りなら、扉の向こうは寝室になるだろう。何か嫌な予感がした。額に汗が流れる。唾を飲み込み、絶対に行くべきではないと言う直感に逆らい、扉へと歩み寄る。

「森下さん?いるんですか?隣の山川ですけど、トイレに閉じ込められて、壁を破って森下さんの部屋に来たんです。壁とかは俺が修理するんで。すぐ出ていきます。すみません」

 だが、返事はない。おかしい。心臓の鼓動が耳に響く。扉の前に立つ。

「森下さん、いるんですか?開けますよ」

 ドアノブを握る。ふぅと一呼吸置き、ドアを開けた。

 覗き込むようにして中を見る。薄いピンク色の毛布が掛けられたベッドの横に、薄着の森下が立っていた。上は、黒色のロゴ入りのTシャツで下は腿ぐらいの長さの白の短パン。普通なら、この光景を見て、うれしい意味でラッキーこの光景一生忘れませんと心の中で叫んでいただろう。

 だが、森下は普通ではなかった。横を見たその顔は見ることはできないが、トレードマークとなっている首にかかるぐらいに短く整えられている髪の上に黒色のゼリー状の物体がニョッキと生え、壁の方をじっと見て立っているのだ。

 手のひらぐらいの大きさだろうか、触手のようなその物体は、時折左右に動き、生きているようにも見える。表面には凹凸があり、気持ちが悪い。

 森下は俺が入ってきたことに気が付いていないのか、動かないままだ。俺は恐る恐る声を出した。

「森下さん、大丈夫ですか?その頭の奴やばくないですか?」

 森下は声に反応しない。どうすべきか。見るからにおかしいが気になる。意を決し、異様な姿の森下に近づく。肩に手が届く距離に近づいた。壁の方をじっと見て、横向きの右肩に手を伸ばした。俺はトントンと森下の肩を叩いた。

「森下さん?大丈夫?」

 俺が肩を叩いたのに反応し、森下の顔がこちらを向く。至近距離から見た森下の顔は、普段通り目が光れるほど整っていたが、その眼は虚ろで、俺の顔を見ているのか分からなかった。

 森下は体もこちらに向けた。その瞬間、森下の手が俺の肩を掴んだ。両肩に置かれたそれぞれの手は、女性とは思えないほど力が入り、骨を圧迫し、痛みを生み出す。

「ちょっと!?森下さん?!」

 肩の骨が悲鳴を上げる。身長が180㎝ある俺の肩を下から、手を伸ばしガッチリと森下は捕らえた。そして、そのまま自分の身体に近づけようと俺の身体に力を入れた。

 俺は森下のそれぞれの腕を横から掴み、離そうとしたが、力が強く振りほどけない。そこで、強引に森下を両手で突き飛ばす。上手く離せたと思ったが肩に掴まった森下の手によりに引きずられるようにして一緒に倒れこんだ。

 俺は両手を森下の頭の横につき、覆いかぶさるような体勢となる。

 森下の身体がクッションになったが、咄嗟に手をついたので、両手がジーンとした痛みが走った。

 森下は背中から床に倒れたというのに痛そうな様子はない。森下が頭の横についている俺の手を見た。すると、突如として、口を開き、その小さな口で俺の右腕に噛みついた。

「痛てぇえええええ」

 右腕に激痛が走る。あまりに痛みに、左手で森下の頭を殴り飛ばした。右腕から森下の口が離れた。森下に噛まれた箇所は肉が食いちぎられ骨がむき出しになっている。出血も酷い。俺は床に尻をつき後退する。森下は俺の肉を咀嚼している。

 命の危険を感じ、立ち上がり逃げようとしたが、トイレでの生活の疲労と目の前の恐怖に動くことができない。森下は肉を飲み込むと、立ち上がりこちらに一歩、また一歩と近づいてくる。

「や、やめろ」

 俺は足をじたばたと動かし、後ろに逃げる。背中が壁に当たり進むことができなくなった。森下が俺を見下ろす。その可愛らしい見た目は、今や恐怖の対象でしかない。

 そのまま、森下は口を開け、俺に飛びかかってきた。咄嗟に先ほど噛まれた右腕を曲げて上げた。森下は右腕に噛みつき、腕の肉を噛み千切った。傷口から流れる血が、俺の足を経由し、綺麗だった床を汚した。

 極度の緊張と疲れにより、意識がもうろうとしてきた。森下は俺の右腕の肉を食べ続けている。痛みはあるが、何故か声は出ない。黒く不気味な触手が頭から出たこの化け物は一体何なのか。そんなことを思いながら、俺の視界は暗転した。


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