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山川渉1

テンタクル 

Day0 20:14 山川渉

 意識がもうろうとしている中、なんとかタクシーの運転手に運賃を渡した。

「ご利用ありがとうございましたぁ」

 覇気のない運転手の声を聞き流し、外に出た。夏真っ盛りということもあり外に出るとムワッとした熱気が全身を襲った。蒸し暑いこともあり、ワイシャツの袖は折り返していた。

 今日は働いている会社の飲み会だった。今日になって急遽決まった飲み会だったが、参加しなかったら上司にいびられるので、いやいや参加した。同じ部署の人の中にも、乗り気の人もいたが少数派だ。

 今年入社したばかりの俺はまだこの飲み会には慣れておらず、あまり楽しくない。仕事に厳しい上司の目の前で仕事の愚痴を言えないので、身の上話が主だった。といっても、趣味がネットゲームで彼女なしの俺にはあまり話のタネがなかった。

 一方で、例年にない猛暑が続いているので、仕事終わりのビールは格別だった。ついつい飲み過ぎてしまった。上司の人生観などの話を聞きながら、グラスを傾け、アルコールをつぎつぎ飲んでいった。全て新人の俺以外の人で割り勘と言うことだったので、この点は上司に感謝した。

 おぼつかない足取りのまま住んでいるアパートの階段を上る。金属の製の階段が一歩上るごとに軋み、ギシギシと音が鳴った。

 大学時代から住み始めたこのアパートに、気が付いたら五年も住んでいた。外見は木造で少し古めかしい、悪い言い方をすればおんぼろだが、内装はリフォームされたこともあり、綺麗で住み心地がいい。そして、就職した会社が、丁度このアパートからも通える距離にあり、卒業後も継続してこのアパートに住み続けている。70歳を超え今なお空手を続け、元気な大家の脇さんの人柄の良さも住み続けている理由の一つだ。就職活動中になかなか内定がもらえなかったときに、親身に俺の話を聞いてくれた。そのおかげで今の会社に就職できたといってもいい。就職した後も、いろいろ相談に乗ってくれる人生の先輩だ。

 階段を上り終えると、見慣れた廊下があった。俺の部屋は2階の階段から一番遠い部屋だ。

 部屋へ向かおうとするが、視界が所々ぼやけ揺れて、まっすぐ歩くことができない。相当酔っていた。壁に手を当てて、一歩一歩進む。やっとの思いで自分部屋の前に着いた。

 ズボンのポケットに入れていたカギを取り出そうとするが、ポケットの中にそれらしきものがない。リュックの中にあるかと思い左肩の方はかけたままでおろす。チャックを開け確認しようとしたとき、玄関の扉が開いた。中から、髪が異様に長い女性が顔を出した。

「あれ?」

 思わず間抜けな声が出た。

「ここって俺の部屋だっけ?」

 酒のせいで冷静な思考ができない。確かに端の部屋、205号室なのだが。目の前の女は何かを考えているのか、黙ったまま動かない。

 ドアの横の表札を確認しようとしたとき、胃のあたりから消化しきれていないものが喉にこみあげてくる気がした。気分が悪くなり、しゃがみ込む。

「すみません。トイレ借りてもいいですか。気分が悪い」

 俺の様子がおかしいことを察したのか、女は俺の右手を肩に回し家の中へと招き入れた。

 靴を脱ぎ左手に見えるトイレへと運ばれる。トイレの中に入ると、喉の中にまでこみあげていたものを吐き出した。何とか、胸の違和感は無くなったが、アルコールによる頭痛で気分が悪いままだ。そのままトイレの床に寝転がった。視界の隅に女が見えた。こちらを見た後ドアが閉められた。あの人だれだっけ。そんなことを思いながら、眠りについた。


Day1 8:58 山川渉

 

 二日酔い特有の体のだるさを感じながら、目を覚ます。目の前には、いつも使っている洋式のトイレが目に入った。白色の壁紙が張られたどこにでもあるタイプだ。確か昨日は、飲み会で飲み過ぎ、そのまま帰ってきて、ここで寝た。

 手で目をこすり、腕を挙げ変な体勢で寝て凝った体をほぐした。

 風呂にも入らず、汗ばんだ体に不快感を抱いた。トイレの中は、一晩扉を開けることなく眠っていたので、熱く淀んだ空気が充満している。

 早く風呂に入ろうと、ドアノブに手をかけ、下におろし外に向けて押したが、扉はびくともしなかった。おかしい。中からしかカギがかけられないはずだが、開けることができない。

 何度も開けようとしたが開く気配がない。玄関とトイレの扉以外は木で出来た扉だが、リフォームの際に、大家の脇さんが玄関とトイレだけ良いものにしたいといい何で出来ているのか知らないが殴っても壊れない扉にしていた。何でなんだよ。体当たりして扉を開けようとしたが固定されたように1ミリも動かない。それほどのこだわりがあるが、この部屋の扉は立て付けが悪く、開きにくくなるかもといい放置している脇に少し怒りが沸いた。

 外との連絡を取ろうと思ったがスマホはリュックの中だ。

「これ、詰んでね?」

 非常にやばい状況だと気が付く。

「すみませーん。誰かいますかー」

 大声で叫んでみた。このアパートの壁は薄くはないが、大人の男の大声をも全て通さないようにはなっていないだろう。だが、返事は帰ってこない。あわよくば隣に住んでいる大学生に助けを呼んでもらいたいと思ったが、そんなにうまくはいかないだろう。腕時計を見ると朝の九時を指している。土曜日だが、多忙な生活を送っている大学生ならこの時間には家から出ていても不思議ではない。

 一回落ち着いて考えてみる。隣の大学生が帰ってきたときに叫んで呼べばいいのではないか。それまでは待つしかない。となるとそれまでこのトイレでどう過ごすか。朝の時点で、このトイレの中は、熱気がこもり、早く出たいと思うほど居心地が悪い。昼になるとさらに暑くなるだろう。額の汗を手の甲でふき取り、便座のふたを閉めその上に座った。座ってみると、喉がカラカラで水が飲みたくなった。だが、トイレの中にはもともと洗面所は併設されておらず、蛇口がない。水が飲みたいとなると、便器の中の水を飲むしかない。さすがにそれは気が引けた。自分しか使っていないが、衛生的にきつい。

「あ!」

 あることに気が付いた。便器の中を流すために水がためられているタンクの中の水ならまだ綺麗ではないか。陶器で出来た蓋を両手で慎重に持ち上げ中の水を手ですくい飲んだ。干上がった喉が潤され、気分が幾分かましになった。さらに何度か飲み水分を補給した。

「ふぅ。生き返る」

 口元を着ていたワイシャツで拭った。水の問題は何とかなったが、このトイレのサウナのような熱のこもりはどうしようか。窓は生憎ついておらず、換気扇は最近調子が悪く、動いてはじきに止まる。一応スイッチを押しつけてみるが数分したら消えた。

 仕方なくワイシャツと下に着ていた肌着を脱ぐ。

 「お願いだから早く帰ってきてくれ」

 隣人が早急に帰ってくることを祈りながら、トイレの便座に腰をかけ直した。



有難うございました。

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