短編小説② 『16時に恋をした』
いつからだろう。
私が、16時という時間に恋をしたのは。
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毎日同じように目覚め、同じような服を着て、同じような仕事をこなす。
最近は行き帰りの電車の時刻まで同じで、8時15分の電車で行き、17時15分の電車で帰る。
毎日、同じ車両の同じドアから乗る。
代わり映えのしない乗客たち。
そして私は、いつも空いているあの席に座るのだ。
何をするでもなく、ただ電車に揺られるだけの時間。
私には恋人がいる。
運命、と呼べるほど大層なものではないが、それなりに心を動かされることもあって、今こうしてお付き合いをしている。
彼からのLINEには、いつも語尾に『笑笑』が付く。
『。』でも『!』でも絵文字でもなくて、『笑笑』。
私はこれがあまり好きではない。
『笑笑』。
どこか、馬鹿にされているような気がするのだ。
それと同様、『お前』と呼ばれるのも嫌い。
なぜ上から目線で呼ばれなければならないのだろう。
私にはちゃんと名前があるのに。
そうそう、名前と言えば。
私は私の名前が嫌い。
花子。
これが私の名前。
ね?普通でしょ?
ありきたりすぎる。
算数の文章題でよく出てくる、太郎くんと花子ちゃん。
それがいちいち嫌だった。
私は私の性格が嫌い。
いや、顔がそこそこ良いのは自負してるの。
恋人だって途切れたことないし、綺麗な女友達だって沢山いる。
けど、多分奴らは全員、私の"側"目当てで。
だってこんな性格の悪い今の私に喜んで近寄ってくるなんて、それしか考えられないもの。
変化の無い日常。
それを讃美するJ-POPが流行っているけど、私は嫌い。
だって退屈なんだもの。
毎日新しい出会いに溢れ、刺激を受け続ける人生の方がよっぽど楽しいよ。
私は今、少し体調が悪かったので会社を早退し、いつもより1時間ちょっと早い電車に乗ってる。
16時。
いつもと違う時間の電車だから、いつもと違う人が乗ってる。
前に座ってるのは高校生の男女。
カップルなのかな。
さっきから楽しそうに会話してる。
いいな、楽しそうで。
毎日がキラキラしてるんだろうな。
私にもそんな時代があったな。
そっか、私が『16時』に恋したのは、学生時代の下校時間だったからだ。
なんの遠慮もする必要のない親友と帰ったあの時間。
ただ隣にいるだけでドキドキしてしまうほど大好きだった、あの人と帰ったあの時間。
キラキラした、あの時間。
いや、『16時』に恋したんじゃないよ。
私、『青春時代』に恋してたんだ。
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