悪役令嬢に捧げる歌
前作はボケまくったので今回は真面目に書きました。
読み終えてから裏切られた気分になるかもしれません。
ざまぁはありません。
ああ、なんて事でしょう…。
私は魔法学校の入学案内書を見た瞬間に前世の記憶を思い出した。
ここはゲームの世界だということに…。
私はマリアベル、ガスティ公爵家の娘。
ここは乙女ゲームの世界。私は第二王子のレオン様の婚約者で、レオン様ルートになるとヒロインに嫌がらせをする悪役令嬢なのです。
嫌がらせは最初は人前でキツい注意をする程度だったものが、後半になってくると本気で殺そうとしてレオン様にとうとう見限られてしまい。
正義感の強い王子に私は嫌われて最終的に、卒業パーティで断罪され死刑になる未来が待っています。
思い出して良かったのか悪かったのか…。
私に出来ることといったら婚約破棄の心の準備と、ヒロインに周囲から嫌がらせをさせないように気を配る程度の事しかない。
殿下の気持ちが離れてしまったらそれは仕方のないことですから…。
そう思いながらも私は既にレオン様を愛しています。この気持ちと折り合いをつけなくてはなりません…。
ヒロインが入学するのは確か最終学年の一年だけでしたね。
つまりその期間、穏便に過ごせば私は断罪させることなどないはず…。
それまで、殿下との付き合い方を考えなくてはいけません。
「どうしたんだい?そんなにも沈んだ顔をして…。憂いを帯びた君も素敵だが、花が綻ぶように笑う君の方がずっと美しく私は好きだというのに…。」
今日は魔法学校に入学してから元気がなくなっていった私のために、レオン様が二人きりのお茶会を開いてくれていた。
護衛の方が見えないところに居るようですが…。
王族専用の寮の中庭には私の大好きな赤いバラが生い茂り、まるでバラ園でお茶会をしているような気分になります。
『私の憂いは貴方自身です。』などと言えるはずもなく私は俯いた。
「その、この庭は…。マリアが赤いバラが好きだと話していたから、少しだけ手伝ったんだけど…。どうかな?」
レオン様は顔を庭のバラのように真っ赤にさせてそれ以上は何も話さなかった。
きっと私が少しでも楽しく学園生活を送れるようにそのように手配したのでしょう…。
ここまで庭を作りあげるのにはかなり時間と手間がかかったのだと思います。
もういいでしょう…。
精一杯私に想いを注いでくださるレオン様に心の底から喜びを感じました。
例え気持ちが離れてしまっても『今』は愛して下さっているのです。
だから、想いが離れてしまっても私は『今』の喜びが一生分の幸せだと思えたのです。
その時が訪れてもすがり付かないで、私は笑顔で別れを受け入れる事にします。
「レオン様。お願いがあります。もし、他に好きな方が現れたら私に教えてください。身を引く覚悟はあります…。」
私がこんな失礼極まりない事を決死の覚悟で言うとレオン様は困ったように眉を寄せます。
「そんなバカな事を言わないでくれ…。私には君しか居ないのだから。」
彼は歯が溶けてしまいしまいそうなくらい、甘い言葉を言うから余計に胸が苦しくなりました。
あぁ、今だけはバラの香りと共にこの幸せに酔いしれてしまいたい…。
それから2年という月日はあっという間でした。
バラの蕾は入学した時よりも多くつくようになり、それと同じように私達は愛を育み続けたと思います。
けれど、そんな日々も終わりを告げました。
ヒロインであるアリシア様が入学してきたのです。
彼女は持ち前の明るさや、心の美しさで周囲を文字通り魅了しました。
思い遣りの欠ける宰相の息子のアレク様は、彼女のお蔭でとても優しくなったと聞きました。
やや脳筋気味の騎士長の息子のユージン様は、彼女のお蔭で弱い者を気にかけるようになったそうです。
二人とも彼女に恋しているのは一目瞭然で、しかも二人とも婚約者が居ないものですからそれを周囲は微笑ましく見ていたのです。
その中にレオン様が加わってもそれは変わりませんでした。
そろそろですね…。
「レオン様。おはようございます…。あの…。」
私はいつものようにレオン様に挨拶をかわし、あの時の『願い』を聞き入れて貰えるように声をかけました。
「あぁ、マリアベル嬢。おはよう。すまないが急いでいる。」
けれど、レオン様は私と話したくないとばかりにその場から立ち去ってしまいました。
もう私と挨拶をするのも嫌なのですね…。
私は彼との愛の証の赤いバラの前に佇むと、私の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちました。
皮肉な事に赤いバラは暫く行かないうちにさらに蕾を増やしていました。
バラの香りが慰めるように私の身体を包みました。
泣くのは今日だけです…。
私はレオン様から引導を渡されるその時までじっと待ちましょう。
そしてそれを彼が好きだと言ってくれた笑顔で受け入れましょう…。
アリシア様は本当に周囲の方を男女問わず心酔させ続けました。
誰にも知られないように探りましたが、彼女に嫌がらせをするような輩は一人も居ませんでした。
こんなにも周囲に好感を持たせるような彼女こそが王妃に相応しいと私は思うのです。
けれど、どれだけ待ってもレオン様から婚約破棄の申し出はありませんでした。
そしてとうとう卒業パーティの日が来ました。
予想通り『エスコートは出来ない。』と断られ私は一人寂しく会場に向かいました。
私はその間、胃に石が入ったように重たい気持ちでいました。
もしも、していない事で断罪でもされたら…。
私は誰も味方になってくれるような人なんて居ないことに気が付いたのです。
誰からも愛されるヒロインと、名前だけの婚約者の悪役令嬢では勝負にもなりません。
このまま石を吐き出して逃げてしまいたい…。
けれど、レオン様がそれを望むのなら私は受け入れるしかありません。
どんなに酷くされてもやはり私はレオン様をお慕いしているのですから…。
私がパーティ会場の扉を開けるとそこにはレオン様を囲うようにたくさんの人が居ました。
みなさん私の顔を見た瞬間に、ある映画の1シーンのように道を開けてくださいました。
私はこれから何が起こるかわからない恐怖を感じながら、レオン様のもとに向かいました。
「待っていた。マリア…。」
レオン様の横にはアリシア様が寄り添うように立っていました。
これは、何度もゲームで眺めた光景です。
私…っ。断罪されてしまうのですね…。
絶対に泣かない。醜い姿なんて見せない。それだけを心に誓いました。
レオン様はなぜか緊張したように引き吊った顔をして私を見ていました。
「私の…。俺の!気持ちを聴いてほしい!!」
その瞬間です。なぜか私達のところにスポットライトが当たりました。
そして人だかりが消えるとそこには…。
ドラムセットの中で佇むユージン様と、ギターを肩にかけてアリシア様を手招きするアレク様が居ました。
アリシア様はベースを肩にかけてアレク様のところに走っていきます。
そして…。
三人の真ん中にこの世の主人公だと言わんばかりにマイクを持ち、大きく口を開けて笑うレオン様が居ました。
レオン様は私にちゃんと片目を閉じられないウインクと投げキッスをしました。
何故でしょうかある意味嫌な予感しかしないのは…。
そんな私の不安を無視して、物々しいこの世の終わりのような重低音が会場を響きます。
まるで、地獄に堕ちたような錯覚を覚えました…。
レオン様は頭を悪霊に取り憑かれたようにブンブンと振り回し出しました。
そして、地を這うようなデスヴォイスで叫び出しました。
彼はその声のまま重低音の音と供にこの世の終りの歌を唄い出しました。
君の瞳は映した相手を石にするくらい美しい
私は君の瞳を見るとそれだけで心臓が止まりそうなくらい固くなってしまう
もっと私を見てこのまま二度と動けなくなってもいい
ただ私だけを見ていてほしい
あぁ愛している
君の声は死人も飛び起きるようなくらい凜としていて美しい
その声を聞くだけで私は鈍器で殴られたようになる
ずっと私の名前を呼び続けてほしい
このままその美しい声で私の頭を殴り続けてほしい
あぁ愛している
あぁ、君をどこにも出さないで閉じ込めてしまいたい
ずっとそばにいたい
髪の毛一本から寝顔も笑顔さえも全部私のものにしたい
愛しているんだ
離れていかないでくれ
君の涙はダイアモンドのようにキラキラと輝くから
僕は君を虐めてその美しい瞳から流れ出るそれをずっと見ていたい
もしそばに居てくれたら毎晩君を泣かしてあげよう
何度でも愛を囁こう
きっと私の想いなど半分いや1/3の伝わらないのだろう
愛している私の鬼子母神のように美しい人…。
何故でしょうこんなにも嬉しくないのは…。
殿下が私の為に愛の歌を歌ってくださっているというのに、急速に彼への想いが冷めていくのを感じました。
今、氷点下まで冷めました。
百年の恋も覚めるってきっとこの事なんでしょう。
「愛してる!マリアベル!」
殿下はマイク越しに私に愛を訴えてくださります。
けれどそんな訴えすらも今の私にとっては皮膚が粟立つのです。
「ごめんなさい!無理です!!」
私はようやく殿下にそれだけ返します。
『そんなバカな!!』
会場の皆さまが吹っ飛ぶように転びました。
今回は真面目にボケました。
ヒロインは転生者です。結婚プランナーでした。