06 先輩とテコ入れ ~迷走編~
「合宿をしよう。ハルト君。」
部室で一人クロスワードパズルに興じていた僕に、先輩はどこからともなく湧いたかと思うと高らかにそんなこと宣言した。
「はあ、合宿ですか…。」
「なんだ、その煮え切らない返事は!見損なったぞハルト君。」
僕の気のない返事に先輩は何やらご立腹だ。まいったな。最近先輩との間にテンションの差を感じずにはいられない。ありていに言ってしまえばなんかめんどくさいなこの人。
「合宿と言われても…そのピンとこなくて。僕らは映画研究部ですよね?何をするんですか?」
「合宿と言ったら修行に決まっているだろう!私はビンビン来ているぞ。さあ、ハルト君。支度をしたまえ、出発だ!!」
目を輝かせながら先輩は僕の手を取ると強引に引っ張り出す。先輩の主張については一切理解することはできないが、おそらく何かのアニメか漫画に影響されたのだろう。
先輩は影響を受けた結果、どのようなアウトプットが行われるかは人知をもってしても理解することはできないが、インプット元となるのは漫画、アニメ、特撮のほぼ3択だ。
まあ、それが分かっていても対処できなければまったく意味はないのだが…
。
どうでもいいことを考えていたら、いつの間にか僕は先輩に部室から引きずり出されていた。まずい早く対処しないと、いったい何処へ誘われるかわかったもんじゃないぞ。
「先輩、待ってください。修行ってなんですか?何を鍛えるんです?申し訳ないですけど、高校生活上、今の僕はとくに不足しているものないと思っているんですが…。」
「何を言っているんだハルト君。油断大敵!慢心にもほどがある!!いいかい?ハルト君今の私たちには圧倒的に不足しているものがある!」
「よく分かりませんが、すごい気迫ですね。先輩。」
「ふざけている場合か、ハルト君。」
よく分からないが先輩に怒られた。くそ、なんか釈然としないな…。
「今がどういう時期かハルト君は理解をしているのかい?物語に例えるなら…そう六話くらいだ!」
「そうなんですか?あまり実感はないですね。」
「何を呑気な!いいかいハルト君。六話だよ六話。六話と言ったら1シーズンのアニメに例えるなら、もう半分も消化してしまっているんだ。」
「アニメに例えられても…。」
「シャラップ。君の異論は受け付けない。いいね?」
「…はい。それで六話になったことが何か問題なんですか?」
「六話にもなって、話に盛り上がりが欠けるのだよ。私たちは!」
「そうですか?僕としては十分な気が…。」
「普通のアニメなら、私が敵にさらわれるとか、君が未知の力に目覚めるとか、異星人に映画でカルチャーショックを起こすとか…こう、いろいろあってしかるべきなんだよ!」
「ごく普通の高校生の僕としては、どれも遠慮したい展開ですね…。」
「ハルト君、君は本当に分かっているのか!?大衆はエキセントリックで、バイオレンスな展開を望んでいるのだよ!…もはや一刻の猶予もない。修行という名のテコ入れで、共に新たな領域へと駆け上がろう!ハルト君!」
僕の目を力強く見つめる先輩。これはまずい。大分キマッている。それはかなりやばい深さでだ。
先輩の意志は固い。これを覆すことはできないだろう。説得を試みようとした僕は、その行為の無意味さに気が付くとふっと肩の力を抜く。
「負けましたよ。先輩の言うとおりです。僕が間違っていました。」
「理解してくれたのかい…ハルト君。ありがとう。君ならばそう言ってくれると信じていたよ。さあ、行こうハルト君!新世界へ。」
先輩が僕に手を差し出す。だけど、僕はそれを掴むことはなかった。
「僕は…行けません。先輩とは。」
「どうして…わかってくれたのではないのかい?ハルト君。」
「だからですよ。先輩。」
「…どういうことだい?ハルト君?」
「今、僕と先輩が同時にここを離れるようなことがあれば、おそらくは部室が持ちません。誰か一人は残らなければならない。…だったら僕が残るしかないじゃないですか。」
そう言うと僕は頬を歪める。それは少し歪だったかもしれないが、今の僕にできる精一杯の笑顔だった。止めることができないなら、せめて先輩を笑顔で送り出してあげたかったから。
「…君にそこまでの覚悟があるとは…。分かったよ、ハルト君。…私が帰るまでの何とか持ち堪えてくれ。信じているよ。」
先輩の言葉に僕は力強く頷く。それを見た先輩は満足げにほほ笑んだ後、踵を返し立ち去っていた。
「…やれるだけのことはしたはずだ。それでも…僕には先輩を止めることができなかった。」
立ち去る先輩の後姿を見送りながら、僕はそうつぶやくと先輩に背を向ける。
さて、部室に戻ってクロスワードパズルの続きでもするとしようか。