01 先輩と僕
帰りのHRを終えた教室で、友人達と他愛のない会話をしていた僕だったが、友人が一人また一人と去っていき、ついには僕一人が教室に取り残されてしまった。
さて、そろそろ映画研究部の部室へと向かうとするか。
部室をドア越しに覗き込んだ俺は、室内に人影があることに気が付く。どうやら先輩は今日も部室に足を運んだらしい。
まあ、先輩がいようといまいと僕がすることは変わらないのだからいいんだけどね。
「先輩、来てたんですか。」
先輩への挨拶もそこそこに、僕はカバンを机におろし席に着いた。
「ああ、ハルト君か。こんにちは。今日もいい天気だな。」
先輩に対して失礼ともとられかねない態度をとる僕に対しても、先輩はとくに気にした様子もなく、にこやかにほほ笑む。
ホント、見た目だけなら僕の好みど真ん中なんだけどな。
(まあ、いまさらか。)
僕は軽い溜息をついた後、カバンから勉強道具を引っ張り出す。
「勉強かい?相変わらず、ハルト君はまじめだな。あれかい?一年の内からそんなに勉強に励んでいるということは、難解な大学を目指していたりするのかな?」
「適当に復習と次回の課題をしているだけですよ。家に帰るとテレビとかゲームと…いろいろ集中できないので。」
「ははは、相変わらずハルト君は面白いこと言う。この部屋にいるじゃないか。気になるもの…というか人が。思春期の男子的に?」
「…いますかね?」
「いるよ!?一つ年上の先輩とか!」
先輩が何か訴えかけるように机にへばりつき僕を見つめてくる、なんだかやりにくいな。
僕は仕方なく勉強道具を片付けると、先輩に話に耳を傾けてあげることにした。
僕の態度に先輩はうれしそうに微笑むのであった。
映画に興味がない僕が映画研究部に入部した理由は…大した理由じゃない。新入生歓迎会の部活説明で見た先輩に一目ぼれしたからだ。それ以外の理由などない。
熱に浮かされた僕が勢いのままに入部届を提出してしまったのは、今となっては笑い話だが…。入部した当時は自分思い描く理想の先輩とその実情に思い悩んだものだった。
今となってはいい思い出だが、ともかく先輩は僕は憧れとする人物とは少…いやかなりズレている。その…悪い人ではないんだけどね。
「それで、先輩は僕に何をして欲しいんですか?」
「相変わらず君は冷めているな…。いいかいハルト君?今君が置かれている状態をよく考えるんだ。みだらな欲望を持て余した若いオスが美人な先輩と部室で二人っきり。君の後ろに空気を読んだ8ミリカメラがこれ見よがしに転がっている。ここまで条件が揃っているというのに君ときたら、選んだ選択肢は部室で勉強?私をバカにしているのか!」
まずいな、今日はやたらとハッスルしているようだ。下手な返しをすればさらに炎上しかねないここは撤退だ、
「すみません、やっぱり家に帰ります。お疲れ様でした。」
「ちょ、ちょっと待つんだ。そこはおもむろにカメラを手にした君が、私にのしかかりお望み通り撮ってやるよ。先輩の恥かしい姿とを…私は必死に抵抗するんだが、年下とはいえ男の腕力に敵うはずもなく…。まて、手首とかロープで縛ったほうがいいのか?」
「そんなの知りませんよ。なんで僕が先輩のポルノムービーを取らなくちゃいけないんですか。
」
「映画研究部だぞ!作らないでどうする?映画を!」
「嫌ですよ、そもそも僕映画とかあんまり興味ないし…。」
「映画に興味がないなら、君はなんで映画研究部に入ったんだ!それこそ私の体目当て意外あり得ないじゃないか!」
意外に鋭いところ攻めてくるな…。先輩の追及に僕は思わず何も言えなくなる。
「ほら、何か言ってみたまえ?ぶっちゃけ私目当てだったんだろ。そうだったんだろ!?」
得意げに僕の顔を覗き込んでくる先輩。悔しいがこの事態を収めるには認めるしかなさそうだ。
「それは…そうでした。ぶっちゃけ僕、先輩目当てで入部しました。」
「え、ホントに!?ちょっと冗談のつもりだったんだけど?ど、どうしよう君の顔がやたらイケメンに見えてきた。や、やだ。自然と私の下半身が開いてく。」
「閉じてください。早急に。」
「れ、冷静だな。これでも君のやりたい女ランキングNo1が誘っているんだぞ?もっとこう動揺してくれないと私の立場というものが。」
「すみません、それ過去9か月前のランキングです。今の先輩はとろろ昆布の次くらいにランクインしています。」
「…それは私ととろろ昆布プレイがしたいということなのか。」
「違いますよ。」
「…そうか。」
そう言って先輩は何やら考え込む仕草をする。ようやく静かになった先輩を尻目に僕は再び次の授業の課題に取り掛かるのだった。
10分ぐらいそうしていただろうか、課題に取り掛かる僕に対し、先輩がおずおずと尋ねてきた、
「その…、一ついいかな?君は私に欲情して入部したと言ったが…。」
「言い方に気をつけろよ。」
「やだ、ハル君たらこわーい。思わず先輩キュンときちゃっとぞと。」
「帰るぞ。」
「す、すまない。私が悪かった。」
「分かればいいです。それでなんです?」
「あの、ハルト君は…その私にあこがれて入部したということで間違いないんだよな。」
「はい、そうです。」
「そ、そうか!それで今の君にとってとろろ昆布はどのくらい好きなんだ。」
「食べなければ死ぬという状況にならない限り食べないくらいですかね?嫌いなんですよぬるぬるしたのが。」
「それじゃまるで私がヌルヌルしているみたいじゃないか!!」
激昂しながら先輩は机を激しく叩く。そろそろめんどくさいな、この人。
「なら乾いているって言って欲しいんですか?」
「おっと、うまいな。ここで私が渇いていることを否定しても肯定しても、なら俺が確かめてやるグヘヘという訳か!やるじゃないかハルト君。」
「そうですか?すいません。先輩ほど頭が回らないもので、そういう意味にとられるとは思っていませんでした。」
「まったく、気をつけたまえ。いいかいハルト君自然界では。1歳に満たない生物がメスを狙い発情行動をとることも珍しくないんだ。君も気になる異性がいたならもっと積極的にアピールしたまえ。」
「そうですか?」
「そうだとも!いいかい私が君にアドバイスしてあげよう。たとえばこんな感じだ。よう良子ちゃん。じつは可愛い柄の避妊具を見つけたんだ、よければ一緒に試してみないか。…私ならこんな感じでさりげなく誘われたら思わずうなずいてしまうだろう。」
何やら一人で頷く先輩。そんな先輩の様子を見た僕は思わず立ち上がる。
「すみません、部活の退部手続きについて職員室に聞きに行ってきます、」
席を立った僕と行かせまいとする先輩の低レベルな攻防は1時間にわたり繰り広げられた。