宿場町サブレ
怒るブラウンをラルフが宥めていた。
「でも、いつもよりは大分多いんでしょ?
レイジが作ってくれたお金なんだから、それでいいじゃない。」
マリーが口を挟むと、ブラウンは渋々黙ってしまった。
「まあまあ、折角隣町まで来たんですから、酒場にでも行きましょうよ!」
御者たちがブラウンとラルフの背中を押して、また町の中へと消えていった。
取り残されてしまった俺が立ち尽くしていると
「レイジは行かないの?」
マリーが話かけてきた。
「いや、酒場の場所も分からないからさ。」
「あ、そうよね。初めて来たんだものね。」
「マリーは何回も来ているのかい?」
「そうね。換金の時に同行させてもらうことも多いから、それなりに来てるわよ。
良かったら案内しましょうか?」
マリーは微笑むのが得意だな。
俺はマリーに町の中を案内してもらうことにした。
石畳みの両側には一軒家がずっと並んでいる。
「西側は居住区なの。私はここのパン屋さんが大好きよ。」
パン屋を横切りながらマリーが言った。確かに良い香りだ。
所々に飲食店や商店があって、利用しているのはいかにも地元の人って感じだ。
しばらく歩くと広場に出た。
「ここが町の中心部で、真ん中に立っているのが初代町長の像よ。」
銅像は農夫の格好をしており、肩には鳩が乗っている。
「ここから真っ直ぐ行くと、港町へ向かう門に出られるわ。商業施設も割と多いわね。左へ行くと王都へ向かう門があって、そっちは宿泊施設が多いかしら。」
マリーの説明を聞きながら、まともに説明できているマリーに関心してしまった。
色々と寄り道したかったが、日も暮れ出している。
「ブラウンたちは何処にいるんだろう?」
「たぶん、王都側の酒場ね。大体いつもそこにいるから。」
マリーは苦笑いしている。
広場から北側に少し歩くと、大通り沿いにその店はあった。
「ここよ。″海鮮酒場 Mermaid 宿場町サブレ店″よ。」
「あ、チェーン店なんだ。」
思わず拍子抜けしてしまった。
西部劇に登場しそうなスイングドアを開けると、
反動でベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
奥からいかにも町娘って感じの女の子が元気よく出てきた。
「マリーちゃん!久しぶり!元気してた?」
どうやらマリーのことを知っているらしい。
「ブラウンさん達なら奥にいるわよ。」
そう言うと町娘は軽く手を振って、忙しそうに奥へと消えていった。
「いきましょうか。」
がやつく店内を少し進むと
「うぉ~い!レイジ様ぁ~!」
店の奥側のテーブルでブラウンが大きく手を振る。
その瞬間、店内が少し静かになり、俺に視線が集まった。
「おい!」
ラルフがブラウンの口を咄嗟に塞ぐ。
「あちゃ~。」
マリーが頭を抱えている。
静けさは次第にヒソヒソとした声へと変わり、
依然として俺へと注目が集まっているが、
マリーが先へと進むので、俺もマリーの後へとついていくしかなかった。
奥の席へと着くと、ブラウンが気不味そうにしている。
「ブラウンさん?」
「ごめんなさい。」
マリーの一言に反応してブラウンが謝った。
「どういうことですか?」
俺の問いに答えるように
「はい。とりあえず″エール″置いておくわね。」
先ほどの店員が俺とマリーの分のエールを運んできた。
「お兄さんは、貴族?それとも召喚された人?
どちらにせよ、その格好で出歩いてちゃ此処の人たちには好かれないわよ。」
そう捨て台詞を吐くと、また仕事に戻ってしまった。
「貴族は態度が大きく、徴税など激しいですからね。
召喚された方々に関しては、まぁ…貢献次第というところですが…。
大半はレアリティがNで大した魔物も退治できず、かと言って労働力にもならない方が多いですからね。」
ラルフがそう補足をしてくれていると
「最近は召喚者狩りを行う賊も出てきていますから、気をつけて下さいね!」
マリーがさらに余計な補足をしてくれた。
「レイジ様に喧嘩売ったら返り討ちに遭うだろうけどな!」
不謹慎に酔ったブラウンが爆笑している。
席を離れていた御者の二人が席へ戻ってきた。
「なげぇ便所だったな!」
ブラウンはご機嫌である。
「大変な事になったぞ。」
御者たちは席に着くなり、真剣な表情で話し始めた。
「どうしたんだ?」
冷静さを保っているラルフが二人の心中を察するように聞く姿勢を整えた。
どうやら、首都から東に位置する場所に急に城と城下町が現れ、
そこから武装した軍隊が旧道を通り南下しているとのことだった。
「ということは、ジェネシスに向かっているということですか…?」
マリーが確認を入れる。
「おいおい、″百合の山道″を通るってことだろ?
もう俺たちも通らないような道だぜ?
魔物も強くなってきているらしいし、なんせ″山百合の一族″が住んでいるんだからまともに通って来れるとは思わないがな。」
少し酔いが冷めた表情でブラウンが言う。
御者の一人が話を続けた。
「それが、軍を率いているのはどうやら召喚者らしく、
とんでもなく強いらしいんだ。」
俺はアイテムを買い取っていった会長の言葉を思い返していた。
「もし、その人が俺と同じような強さだったらどうなんですか?」
俺の言葉に、ブラウンとラルフが顔を見合わせた。
「…飲んでる場合じゃなさそうだな…。」
「…ああ。」
ブラウンとラルフが立ち上った。
「急いでジェネシスへ戻るぞ!」
そう言うと町の東門へ向かって走り出す。
御者たちもブラウンたちに付いていく。
マリーは少し落ち着いて、支払いを済ませにいくと
「いつも大変ね。マリーちゃん。」
町娘が気の毒にという顔をしていた。
俺とマリーもブラウンたちの後を追う。
東門で追いついたところで、
ラルフが老騎士と交渉をしているようだ。
「若いの。無理せず頑張れよ。」
老騎士が自分の馬を俺に預けた。
馬車から馬を外し、俺たちはそれぞれが馬にまたがり、
創生の村 ジェネシスへ急ぐのだった。
「パン、食べたかったな。」
俺の後ろでマリーが呟いた。