『夢』
おはこんばんちは、向日です!
お待たせしました、十九時に投稿予定が今にまで延びちゃいました。
申し訳ございません、ただし!
今回はある程度のボリューム感で書きました。
少し長くなるかもしれませんが、お付き合い頂ければと!
今回は夢です。
皆さまは、どんな夢をお持ちでしょうか?
皆さまの夢を思いながら、少しでもこの小説が糧になれば幸いです。
それでは、小説の世界にご招待です!
夢を見た。
それは、儚く咲く一輪の椿。
堕ちゆく定めを秘めた可憐でいたいけな花。
誰の――夢だろう?
私が望んだ夢ではない。
胡蝶の夢、だろうか?
見ている。
悲哀に満ちて手を伸ばしたくなる。
でも決して届かない。
届けられない、すると伸ばさなくなる。
意識が逸れた間に、花は花弁をそっと閉じた。
見られぬなら咲く意味がない。
咲く意味がないのなら、花弁などいらない。
逆行する時が如くみるみる椿は姿を変えていく。
蕾、葉、小さな幹、果てには種へ。
だって意味がない。
ないんだ。
意味が。
咲き誇らなくても、誰かがやるだろう。
他の花が、大輪を飾り有終の美を飾るだろう。
私は――わたしは、何の為に生まれてきたの?
◇◇◇
――カランコロンと乾いた音がする。
「いらっしゃいませ」と店のカウンターに座り、事務的な挨拶で出迎えるのは私――シャルロットにございます。本日も蒼い髪と特徴的なローブを着込んで、相対するお客様を楽しみにお待ちしておりました。
私に続くように「いらっしゃいませ!」と元気よく声を出すのは、私の弟子には少し勿体ない栗色の茶髪はふんわりとして、いっぱい笑っては周囲に元気を振りまく彼女――アスカにございます。今日は店内の掃き掃除をしてくれていて、私は感無量です。えぇ、私の弟子で本当にいいのでしょうか?
本日の店番は二人でこなしており、残りの二人は森に散歩とアトリエにて研究の真っ最中みたいです。ちなみに、前者はフェンリル君で後者はイリスですね。フェンリル君はどこかのタイミングで、ふらりと帰ってきそうですがいいでしょう。なにせ、
「ふぅ~ん、魔女のお店って初めて入ったかも」
お客様がお客様ですからね。
艶めかしい声にピンク色の髪は長髪、漂う妖気は甘く相手を懐柔させるフェロモンが混ざっています。目はハートのハイライトがうっすらと見える紫色の瞳、恰好は一応と言いますか……露出を多少控えている程度の正装です、だいぶ着崩していますので肌色が多く見えます。
ですが、それは至って問題ではありません。
問題は――彼女の背中の辺りから生える漆黒の翼、お尻からは尻尾が見えることです。
つまり彼女の正体は、
「あ、あくまさんです。はじめてみました!?」
アスカの言った通り、正真正銘の悪魔だということです。
驚嘆と興味に満ちた表情を浮かべ、箒を持ったままお店の端へと逃げたアスカは目を光らせていることでしょう。私の角度からは分かりませんが、以前アスカの興味を刺激するお客様と出会った際、同じ反応でしたから予想は大体つきます。
「おやおやぁ、これはこれは可愛い魔女見習いさんじゃないの」
対する悪魔のお客様もファンサービスと言わんばかりに、翼と尻尾をくねらせたりしています。その度にアスカは「はわわぁ」とか「えっちぃです」とか様々な反応を見せていて、やっぱり可愛いと思うのは私だけなのでしょうか。親馬鹿……ならぬ、弟子馬鹿ですかね?
「魔女さん、この子可愛いわね」
「えぇ、それはもう激しく同意致します」
とてもいい笑顔の悪魔に、私も満面の笑みを浮かべます。悪魔とは言え、アスカの可愛さに気付けるとは中々の慧眼です。感服している私と笑顔のままアスカと遊ぶ悪魔でしたが、はたと我に返ったアスカは私の座る椅子の近くまで一目散に退散してきました。
「もうっ、おふたりともわたしであそんで、ほうちなんて!」
カウンター越しから、アスカ専用の踏み台(フェンリル君がアスカの身長を鑑みて作った品)に乗った彼女は頬を膨らませ、私と悪魔を交互に見ながらぷんすかと怒っていますね。怒る姿も可愛いですね、えっ――いい加減にしなさいと……えぇ、そろそろ自嘲しましょう。
「あはははっ、元気があってよし!」
悪魔は高らかに笑って私とアスカを交互に見た後、少し黙考の後に何かに納得したかのように頷くと、もう一度笑顔を浮かべてカウンターの方に寄ってきます。
アスカは私のローブにしがみつき、私はいつも通りの業務モードに移行して、相対の準備は万全です。
「それで、本日はどのような御用件でしょうか――〝サキュバス〟」
なにせ相手は悪魔です。でも、それと同時に、
「あらぁ、分かっていたのね。
だけど残念……今回は争いに来た訳じゃないから、
貴女の周囲に放つ超高濃度圧縮魔法を解いてもらえると嬉しいな。
これ以上近付くと、私消えちゃうわ」
「――手荒な挨拶で、誠に申し訳ございません」
大事なお客様でもあります。
見て図るのは私の眼。
ミスを犯して傷を負うのは私とアスカ。
なら多少は無礼でも、安全策を取るのは守る為の常套手段でしょう。
私は非礼を詫びると同時に、周囲の〝真空〟状態を解きました。
そう、私の得意魔法である〝再構築〟は〝世界が経験した事象の全てを呼び起こす〟魔法でございます。故に、真空であろうとも呼び起こすのは容易です。
私は、自分とアスカの周囲限定に真空状態を作りだし、真空の中に私の魔力を注ぎ込むことで、空気を媒介にしないと振動が伝わらない音を空気の代わりに、魔力を媒介の代替品として会話をしていたのでした。
尚且つ、真空空間の至る所に彼女の指摘する超高濃度圧縮魔法である、通称〝魔の奔流〟を仕掛けていました。彼女が仮に敵対者であるなら、相応の迎撃がお見舞いされる筈だったのですが、
「いやいや、いいって。それぐらいの反応が〝普通〟だから」
彼女の笑顔を見ていると、不発に終わって良かったと心の底から思います。ちなみに〝魔の奔流〟は触れると、相手の体内に入り込んで一帯を巻き込んで大爆発を引き起こす魔法です。はい、とても痛いですよ。
周囲の魔力と同調するように魔法を解きながら、改めて彼女の反応に違和感が残ります。
辛辣且つ厳しい対応に慣れていて、それでいて私の魔法に気付ける技量。
生半可の経験を得てはいないでしょう。
だからこそ私は、
「それで、お客様」
いつものように問うのです。
「本日は私に、どのような用件でしょう?」
毅然とした態度を以って、礼節を払い、対象をお客様と認識します。
相手も私が本題に入ったのを気付いたのか、先程までの緩い空気を引き締めて、答えます。
「魔女さん、あのね。今日は薬が欲しくて来たの」
「ふむ、その薬とは?」
私が更に問うと、彼女も一層表情を強張らせて言うのでした。
「〝夢を見る薬〟」
私は無言のまま、彼女の視線を一時も逸らさず見つめていました。
そこに宿るのは真意か、それとも――悪意か。
私は見届けましょう。
夢魔の抱く夢の先を。
私は祈りましょう。
彼女〝達〟の求める夢の果てに幸あれと。
そして、決して後悔はしないと。
◇◇◇
「ほんじつは〝ちーずけーき〟で、
のみものは〝れもんてぃー〟をおもちしました。
ゆっくりとあじわってください!」
彼女が私のお店を訪れた要件が分かった後、微妙な空気が店内に充満していたこともあり、仕切り直しとしてアスカには簡単な接待セットを準備してもらいました。
いつもの接客カウンターに並べられた美味しそうな品の数々、お客様には椅子を準備して私はいつもの定位置へ、アスカは奥から自分の椅子を持ってくると、そこに座り準備完了です。
「あらあらぁ、
美味しそうなケーキじゃない……私なんかには勿体ないぐらいね?」
「いえ――〝美佳〟さんはお客様ですから、当然の事ですよ」
任せている間に彼女から聞いたのは名前と境遇、それに彼女が本当に悪魔かどうかという点です。
名前は美佳で、東方の人間に名付けてもらったらしいですね。過去に私が旅行に行った観光地でも似た文字が使われていたので、間違いないでしょう。
次に境遇です。
彼女はとある成人男性に拾われ助けられたらしく、共同生活をしているらしいです、来月は拾ってもらった男性と結婚をするらしく、綺麗な指輪が手に光っていました。
最後に正体なのですが、やはり彼女は悪魔〝サキュバス〟とのこと。
サキュバスは〝他人の夢を喰らって生きる悪魔〟です。
楽しく、明るく、鮮烈で愉快、当人の満足のいく夢であればあるほど彼女達にとって最高の食事らしいです。
しかし、彼女は旦那となる男性と約束をしたそうです。
皆の夢を喰らわない、と。
その約束をしたが故に、彼女は一生悪魔としての摂食を契約によって禁じたそうです。ちなみに、生きる糧は人間と同じ食事でも生きていけるのですから、様々な摂食方法を持つって便利だなぁと感心したのは、秘密の御話です。
そもそも、私達の世界では悪魔は日常茶飯事に存在します。本日お客様として現れる程度にはポピュラーな世界の住人ですが、偏見は強いです。
悪魔は〝悪いことをする〟というレッテルが、烙印として人間の中から消えず。魔女や勇者にも、彼らに対して悪い印象を抱く者は多いでしょう。
なにせ、悪の反対である正の権化――〝天使〟の敵対者ですから、正の反対はと聞かれると反射的に悪になるのでしょうね、世間体的には。
実際はと言えば、
「んぅ、美味しいわ。
滑らかでしつこくない、
少しふわっと仕上げていて、
レモンティーとも相性がいいなんて、最高ねっ!」
「はわわわぁ、すごくほめられちゃいました。
きょうしゅくです!」
アスカや私と笑ってお茶を楽しんでいるのが実情。
どうやら、作った本人が一番顔を真っ赤にして喜んでいるみたいです。よく出来た弟子がいると、私も嬉しいモノですね。
「アスカちゃんが作ったの、小柄なのになんでも出来るのね」
「えへへぇ、おししょうさま。ほめてもらいました!」
「よかったわね、アスカ」
「はいっ!」
私も思わず笑顔でアスカを撫でると、気持ちよさげに目を瞑っていますね。はぁ、なんでこの子が私の娘じゃないのでしょう?
いえ、冗談ですよ?
ともあれ、悪魔とて悪い者も居れば美佳さんのような悪魔もいるのです。
これが嘘の微笑みとは、思いたくないですし。
多少の雑談を挟みながらチーズケーキを平らげると、話は本題へ。
「それで、悪魔として夢を喰らう必要のなくなった貴女が、
どうして〝夢を見る薬〟を必要とするのです?」
ここからは、接客タイムです。
彼女の真意へと近付かなければなりません。
アスカも先程とは打って変わり、真面目な表情を浮かべます。
丁度レモンティーで口を潤していた彼女は、ティーカップをお皿に乗せると困り果てた表情で言葉を紡ぎました。
「私の居る社会では、まず〝夢が殺される〟の」
「ゆめが、ころされる?」
「そう、小学生までの子には夢を与えられるのだけど、
やがて子供は大きくなるでしょう。
その過程で大人が夢をどんどん殺していくの」
「その心は、一体?」
「合理性の確立の為、だそうよ」
唖然として聞く私達に、美佳さんは失笑を浮かべます。
「本当に愚かよね、私はその愚か者達を搾取する側だった。
今もその考えは根底から消えてはいない、
本質は悪魔だからどうしてもね」
「……」
無力さなのかもしれません。
「でもね、私は見てしまったの」
或いは悪魔の本質が、彼女の心を蝕んでいるのかもしれません。
「大人達が作る夢を殺す体制と、それに抵抗出来ない愚かな庶民の悲鳴を」
その指輪の主との出会いが、変えたのかもしれません。
「私は夢魔、あくまでサキュバスだから夢には敏感なの。
死に逝く夢の悲鳴は、不甲斐なく亡くなる人々の無念や憎悪と変わらない。
夢を殺されると、生産性だけを求める機械に成り果てる」
彼女の心と、抱く希望の大切さを。
「無機物と変わらなくなるのよ」
だから――。
「だから、私は――皆に夢を見てほしい。
夢に生きる人間達は輝かしくも微笑ましくも思うのよ。
彼らは生きているんだって実感するの。
それに比べて、今の人達は現実の語り手に夢を壊され過ぎている。
勿論、嘘を語るのはいけないわ。
だけど、合理性を求め過ぎた結果が、現実主義は合理主義になっている。
理に適えばいいわけじゃない、
時にはふざけて、時には道を逸れて、
時には思い描く未来に立ち向かったっていいのよ、
彼ら――人間と言う生き物は」
「それは、指輪の主から貰った〝夢〟ですか?」
「!?」
私も問わなければいけません。
「それとも貴女の夢ですか」
「わ、私は……」
たじろぎ、言葉に詰まる美佳さんに私は言わねばなりません。
一応、大人として。
「別に責めるつもりはありません。
答えはどちらでもいいのですよ、貴女の夢でも貴女の旦那様の夢でも、
ただの理想論として語りさえしなければ」
「魔女さん、それは〝私達〟を――」
怒気を含んだ言の葉は、空気をざわつかせ支配しようとします。
ですが、ここは私のお店です。
「えぇ、馬鹿にしています――でも、同時に尊敬もしています」
「みかさんのことばは、たくさんのゆめがつまっています。
だけど、どうじにうごこうとするりゆうが、
〝あわれみ〟? からきているようなのです」
「……」
〝私達〟も言葉を紡いでいきます。
アスカは使い慣れない言葉に「あっていますか?」と、小首を傾げて私の様子を不安げに確認してきますが、私が肯定の意味を含めた笑みを向けるとホッと安心したようです。
対する美佳さんは難しい表情を浮かべています。
でも、それが〝夢〟を語るなら苦悩して欲しいのです。
理念は正しいのです、美佳さんはきっと指輪の主から語られたのでしょう。
希望と言う名の夢を。
そして、同時に美佳さんの夢にもなったのでしょう。
旦那様に感化され、彼女が夢を語れるまでに思いは膨らんで、行動へと至らせたのでしょう。
ひとえに奪うことしか出来なかった夢魔が、夢を与える側になる。
中々、皮肉が効いています。
「でも、でもですよ。みかさんのおもいはただしいとおもいます」
「正しい?」
「えぇ、私も同感です。
夢なんて最初はひょんなことから抱くのですよ。
カッコいい人を見たり、本を読んだり、話を聞いたり、
動機なんて何でもいいのです。
でもそこに夢と合わせて、
叶える合理性も必要なのですよ」
「だけど、それだと人は合理性を求め過ぎるのよ。
そうして潰える夢だってあるはず」
「なら、潰える程度の夢なのですよ」
立ち上がりドンっとカウンターに拳を叩き付ける美佳さん、食器達がお互いの身を寄せて衝撃を和らげ、カップの中は揺れる波紋が行き交います。
小さな悲鳴をあげたのはアスカ、更に苛烈さが増していく彼女に私は小さく溜め息を吐きます。
「夢は、叶えるものです。
見るのはその過程でしかないのですよ。
見て、感じて、想って、思い描くのですよ。
その為には合理性は不可欠なのですよ、
誤った道を歩いていても目的地に辿り着かないのと同じです。
但し、行き過ぎた合理性は強制力が働くのですよ」
「そう、だから私は――」
「なら、合理を適度に求めるだけでいいのです。
毒も薬になるのと同じで、必要量を摂取し、
使い方さえ間違えなければいいのです」
「でもそれだと連鎖するじゃない。
人間は同じ罪を繰り返す、
今までも夢を追い続けてきた人達は何度も潰されてきた、
私は何度も見てきた、だから!」
「貴女は神じゃないのですよ」
「……私は」
「かくいう私も神じゃないのです、
だからこそ救う人には限界があるのですよ。
残念ながら、ね」
私の言葉を口切りに、店内には静寂が満ちます。
夢を見るには丁度いいぐらいの程良い静けさは、私達を虚仮に思わせる程度には酷く、凄惨な終わりを告げるのでした。
「美佳さん、貴女〝達〟は間違っていません」
重苦しい静けさを最初に壊したのは、勿論私です。
私は彼女の瞳をしかと受け止め、未だ残る熱意の焔を噛みしめます。
なにせ、彼女は私のクライアントです。
ここまで語る彼女を無下には出来ないでしょう。
残滓を見てホッとした私は、
「ちょっと待ってくださいね」
席から立ち上がると、アスカに美佳さんのことを耳打ちでお願いしてから店のアトリエに消えます。
そして数分後、
「お待たせしました」
私は小さな小瓶を持って、彼女の前に再び現れます。
綺麗に片付けが済まされたカウンターに小瓶を置いて席に座ると、私は彼女の視線を再び受け止めて、微笑みます。
「お望みの品をお持ちしました」
「えっ、でも」
不思議そうに困惑する美佳さんに、アスカが向日葵の如く笑います。
「おししょうさまは〝つんでれ〟さんですからねっ」
「「えっ!?」」
思わず驚愕に声をあげてしまいました。
全く、どこの犬でしょう……アスカにあんな言葉を教えたのは、後で詰問タイムですね。あたふたしながら「アスカ!」と呼ぶ声も裏返っています。
ですが、小さく舌を出して「ごめんなさい、おししょうさま」という姿に胸を打たれたので仕方ありません、可愛いので許しましょう。
私は「もう」と小さく溜め息を吐くと、次いで一つ咳払いをして仕切り直します。
「それは貴女の受け取るものです。
勿論、対価は支払って頂きますが、
貴女達が勝ち取ったものですから、どうぞ受け取ってください」
「本当に、いいのですか。
だって、私達に渡しても合理性に欠けていて、
貴女の語る夢の在り方には到底……」
「だからですよ、これから夢を〝叶えて〟ください」
そう、彼女達は色々話した結果、私に会いに来たのでしょう。
合理的だと思い出した結論が今ならば、彼女達は正解を弾き出したのです。
夢は、叶えるもの。
見るものでもありますが、叶えなければ泡沫と変わりません。
泡沫を語るだけなら、何も思考せず突き進む猪突猛進な人の方が余程夢に近いのです。ただ彼女達は突き進む夢の為、思考の末に私に出会ったのです。
ならこれを合理と言っても、遜色ないでしょう。
時にはミスをして、時には挫け、時には諦めかけて、夢見ることを止める人は数多くいます。合理に押し潰され、夢を殺され、夢すら見られない現場が存在することも知って〝います〟。
私自身も人を救う、夢追い人ですからね。
だからこそ、同志を救ってあげたい。
私の夢で、彼女の夢を叶えられるのなら、私は救いましょう。
それが私の夢です。
一つでも多くの夢が語られ、その夢が世界に充満していくのなら、それはきっと鮮やかな世界だと、私は信じたいのです。
本当の夢を見られない、私の代わりに皆を――。
◇◇◇
美佳さんが来てから一週間が過ぎました。
今日の店番は私一人で、他の皆はお昼寝中です。
私は静寂に満ちた店内で、思惟に耽っていました。
美佳さんにお薬を渡し、対価である金貨をお支払い頂いた後、彼女は唐突にこんなことを言ったのです。
「色々と教えてもらった挙句に、
おやつまで御馳走になっちゃったし、夢占いをしてあげる!」
夢魔である以上、他人の抱く夢を覗くのは容易なのでしょうけど、まさか占夢術なんて聞いたことがありません。
なので、興味津々で彼女の占いの結果を聞いてみたのです。
その占いの結果。
まず私は「真っ暗で何も見えないわ、どうしてっ!?」と驚かれました。それもそうです、私は〝設計された人〟ですし、今までに夢なんて見たこともありませんから当然と言えば当然でしょう。
次いでアスカですが「ふむふむ」と頷きながら黙考した占いの結果は「非常に優秀な魔女になるわ、だけど貴女次第ね」と私を見ながら言われてしまいました。
これは責任重大です、努めてアスカをいい魔女にしてあげないと、なんて今まで以上にやる気十分で張り切りモードな私です。はい、まさかアスカの占いの結果を聞いて奮起するなんて、思いもしませんでした。
笑顔で私達の占いの結果を言うと、美佳さんはお薬を持って自分の住まう世界に帰っていきました。
でもって、先程……彼女から手紙が届きました。
えぇ、魔女の世界にも郵便局は在りますし、会ったことある人になら何でも届ける凄い魔女達が日夜、手紙を届ける為に奔走しています。
そんな郵便を介して届けられた、一通の手紙。
内容は、お薬への謝辞ともう一人の居候の夢占い結果。
つい興味本位で見たことの謝罪が綴られた後、本題の内容が書かれ、様々な憶測と警告が記されていました。
最後には、
『魔女さん、人の夢に殺されるわ』
なんて物騒なことまで。
驚きの内容ですが、あの熱く語れる彼女の事ですから嘘偽りはないのでしょう。
でも、私は彼女〝達〟を信じていたい。
手紙を読み終えて尚、そう思えるのですから、余程お人好しなのかもしれません。綺麗に便箋にしまい、ローブのポケットに仕舞ったところで――カランコロンと乾いた音が店内を満たします。
入ってきたのは中年の男性、質素な格好にやつれた顔。
彼はカウンターの向かい側に座る私を見ると、ずかずかと進んできます。
「おい、あんた魔女さんだよな?」
「いらっしゃいませ、いかにも――私が魔女にございます」
事務的な挨拶も済ませて相対した相手には、覇気は皆無なのに生きる力だけは感じます。
妙に苛立ちを募らせ、何とも表現し難い表情を浮かべる彼は唐突に、
「良かった。なぁ、あんた――〝現実を見る薬〟を作ってくれねぇか?」
なんていうのです。
いきなり要件に入るものですから、驚きには満ちますが私は冷静に、
「その心とは?」
理由を聞きます。
すると、お客様は露骨な舌打ちをして、頭をぐしゃぐしゃと掻くと語り始めました。
「数日前から俺の周りの奴らが夢ばっかり語りやがって、
おかげで生産性が落ちて合理性を失って、
金が無ければ夢も語れねぇ馬鹿共が先走って夢を語ってやがる」
「ほう」
「それは、夢じゃなくて幻想だ。
愚かな悪魔に唆されたのか知らねぇが、
若い連中は揃いも揃って辞職しやがった。
腕に自信がある奴らはフリーに転職しやがるし、
そのせいで会社は丸潰れだっつーの。
だからよ、魔女さん。
俺に〝現実を見る薬〟をくれねぇか、金だったら幾らでもくれてやる。
これは俺達の未来が掛かっているんだよ、
彼奴らには改めて現実ってやつを教えてやらねぇとな」
「はぁ」
語る論調には、落胆を覚えました。
いえ、一理はあるのです。
言いたいことも分かります。
ですが、美佳さんには程遠いみたいです。
「お客様」
「あんっ?」
高圧的に話すお客様は相手を馬鹿にしているのか、それとも私を〝何でも屋〟と勘違いしているのか、手には既にお金が握り締められています。
私は溜め息を吐くと、紡ぐのです。
「私は――夢も現実も大事だと思います。
いいのではないのでしょうか、
多少は無理な夢を見ても、全ては経験であり、学びであり、
それら全てが現実に繋がるのですから。
一個人の利益だけで現実をみせてはあげられませんね」
そう、貴方みたいな人間が居るから世界は勘違いするのですよ。
「おい、俺はお客様だぞ。調子に乗んなよ?」
カウンターをドンと叩き付けますが、やっぱり足りません。
語り手としての力が。
彼女の方が強い意志が。
ここまでの違いがあるのかと。
私は立ち上がり、彼を冷たい視線で射抜きます。
「私は貴方のような品位に欠けて、
自己中心的で愚かしい人間に薬を売りはしません」
そこに居るのは〝有限の魔女〟
世界最強の名に一歩届かなかった魔女は、
「失せろ、二度と私の店に入るな」
夢を抱いて、今を見るのです。
叶える願いの為、世界の全てを。
お疲れさまでした、如何でしたでしょうか?
夢を追うことと、現実を見る境って案外難しいのです。
かくいう私もその狭間で悩んでいます。
色々と、悩んで書いたりもしています。
そんな皆様に少しでも、笑顔を届けられたらと思いますので、これからも頑張って書いていきます!
さて、次回は二週間後です。
またまた長くなりますが、気長にお待ちいただければということと、もしかしたら新しい小説も発表出来たらと思いここにフラグを置いていきます。回収できるかどうかは知りません!
それでは、次回の御話でお会いしましょう