『信仰』
おはこんばんあけおめちは、向日です!
はい、今のは「おはよう、こんにちは、こんばんは、あけましておめでとうございます」を全て混ぜた素晴らしい挨拶です。あら、需要なさそうですね(((
さてさて、二週間経ちましたので定期更新です。
本日は『信仰』です。
何故人は何かを信じているのか?
それを書いてみました、どんな内容かはお楽しみに。
それでは、御話の世界にあなたをご招待!
祈りとは、信仰の証だと思います。
私は特に信ずる神様は居ないのですが、常世には様々な神様を信仰する人が存在しますね。場所次第では、八百万の神々にそれぞれ信仰が存在したりするそうです。
心の拠り所として、或いは豊穣の祈願だったり、健康を祈ったり、他にも様々な要因を以って信ずる力とは存在します。
ただこれをするには、唯一必要なものが存在します。
信ずる〝モノ〟が必要なのです。
仰ぐモノが無ければ、信ずることすら出来ない訳です。
例えば神様、例えば情念、例えば夢――全てが仰ぎ見る為の大きなファクターであります。
故に人は、その〝モノ〟を探し始めます。
いつ見つかるかは当人次第。
人生を賭けた、かくれんぼ大会が始まるのです。
見つけたから運命が変わったり、勝ち組になったり、なんてことはないのですね。あくまで自己満足の域を脱さない訳ですが、それでも少しだけ変わるとしたら?
それは〝彼女〟を見てみましょう。
彼女は――人生の全てを信仰に注いだ人ですから、信仰の先に何があるのか、その答えの片鱗ぐらいは見つかるかもしれませんよ?
信仰の先に、見えるものだってあります。
いや、見ているものもあるのですよ?
だって私達は、必ず祈っているのですから。
いつも通りの昼下がり。
今日も今日とて、カランコロンと乾いた音がする。
「いらっしゃいませ」と事務的な挨拶をこなす年齢不詳の少女、それは蒼い髪を携えた雰囲気ある魔女が放った一言でした。えぇ、私――シャルロットにございます。
「らっしゃい」と続いて気だるげに挨拶をするのは、私の家の居候であり、ペットであり、彼女ではないですが自宅警備員であります。ハスキーボイスが癖になる、青と灰のグラデーションが綺麗な毛並みの子犬――フェンリル君です。
本日は珍しく店頭で声を出しています、とうとうマスコットとしての自覚が目覚めたのでしょうか、非常に喜ばしいことです。
実際は、そんな理由ではないのですけどね?
理由は簡単。
「こんにちは」
本日お越しになったお客様が原因です。
薄暗い店内を丁寧な足取りで歩む姿だけで、育ちの良さが窺えます。純白のローブにロングの銀髪を携え、十字架のペンダントを下げる彼女は私より御年が召しております。えぇ、今回のお客様でした。
紅く光る瞳は全てを暴く探偵が如く、凛として凍て付く空気を放ち続けるお客様は私の前まで来ると、硬い表情を更に強張らせ、私をねめつけるよう視線を送ります。はい、一言にすっごく怖いです。
「こんにちは〝ヨハンナ〟」
ですが、私は知っています。
〝彼女〟が顔を強張らせた時は、彼女が笑顔を表現しようと頑張っている様子だと、なので私は朗らかに笑んで歓迎します。
分かってか分からずか、彼女――ヨハンナと呼ばれた彼女は不満げな表情を作ると、
「シャルロット、毎度言っているでしょう。
〝ファーストネーム〟で私の名前を呼ぶのはやめなさいと」
淑やかに私を窘めるのです。
そこには怒りは皆無、純然として相手の全てを見て、必要な言葉を必要なだけ分け与える。慈母が如く人を思い、老若男女関係なく平等に知識を分け与える。
等しさを〝平然〟とこなす彼女は、
「私は〝クロード〟だと何度言えば分かるのですか」
私にも特別何かをする訳でもなく、淡々と回答するのでした。
〝ヨハンナ・クロード〟
それが彼女の名前。
私が住む一帯の地域では、彼女の名前を聞いた人間全てが首を垂れます。なにせ、名立たる宗教〝神仰派〟の司祭にして、出世街道まっしぐらの世間では鉄血少女なのですから。真を説き、人を導き、神を拝み、神の御使いとして近くの教会では教師に成り代わり教鞭を振るう、民を思うスーパーウーマンなのです。
巷では、時たま見せる笑顔が一部のファンには堪らないらしく、ネットオークションでは彼女の写真が高値で売買されているとか。
敬虔且つ清廉潔白、夫が居なければ過去に男性との経験もゼロ。純心のままに神を信仰する淑女に蝿が如く集るのも、分からなくはないです。
「ごめんなさい、冗談が言いたかったのです〝ロード〟」
かくいう私は彼女の事を〝ロード〟と呼びます。ロードには「なんだか、トップに立つ人間でもない私がロードと呼ばれるのは、皮肉が効いていませんか?」なんて、不満そうに答えられていましたが、
「――なら良いでしょう、寛容な心で貴方を赦します」
今では慣れた御様子です。
特に変化させない表情に彼女の真意が解りかねる人が多く、誤解されがちの彼女ですが、案外乙女チックな面もあるのは私の知るロードの姿でもあります。
「ありがとうございます、ところで今日は何の御用でしょうか?」
「そうだぜ、今日は俺もいるかんな。そうそう面倒なことは言わせねぇぞ?」
でもって、私の住む地域以外にも日夜、多くの教会を駆け巡る彼女に暇は少なく、お店に顔を出しに来る時は決まって、
「そこの駄犬は黙りなさい――でも、
面倒という面では駄犬の言い分も合っているので、
駄犬ではないのでしょうか?」
「いえ、駄犬で大丈夫ですよ?」
「シャルロット、お前が言うなし!」
私の力が必要な仕事の〝依頼〟になるのです。
フェンリル君は怒りの面持ちで私の膝の上に乗り掛かると、顔だけカウンターから出して、低い唸り声を上げながら私とロードを睨みつけます。
私はというと、いつものことなので特段構える様子もなく、淡々と事務処理のように話を進めていきたいと思います。常連客ですからね、贔屓は出来なくても、他のお客様より対応が変わるのは致し方が無いかと。
「フェンリル君、しーですよ。お口チャックです。」
「ガキ扱いすんなし、で――なんだよお前の面倒って」
お店側の人間(?)によるラフな会話が弾むのも致し方が無いですね、しかし珍しく話の進行を務めたのは、まさかのフェンリル君でした。
「むぅ、聊か話の進められ方は癪ですが、いいでしょう。
本日は〝薬〟を作ってもらいたいのです」
彼女も予期していなかったのか、驚嘆と拗ね交じりの表情を浮かべつつも、自身の立場を思い出し、案件を提示していくのです。
「〝薬〟ですか、どんな処方箋にしましょう?」
一息、彼女が飲み、吐き出された息には、
「〝信仰を忘れる薬〟です」
落胆が滲んでいました。
◇◇◇
「おいおい、お前それ……中々にエグい事を口にしてるって分かっていってんのか?」
基本、他人には優しいフェンリル君が耳をぴくぴくさせながら、叱責に近い口調で問いかけました。すると、ロードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、
「いや、私でも分かっているのです。
大事な信仰です、当人達にはやっと見つけた信仰の対象なのでしょうけど……」
彼女らしくない弱気な雰囲気で言葉を紡いだのでした。いけません、緊急事態です。しおらしくする彼女が可愛いです、えっ――いつもアスカを見ながら言っている。そうですね、今もイリスのアトリエでイリスとアスカは二人でお勉強中の筈です、可愛いですね。
じゃなくて、
「具体的な理由を聞かせて頂いてもいいですか?」
私も仕事となれば真面目に相対するのが礼儀、親しき中にも礼儀ありですよ。
私がロードに真剣な眼差しを送ると、更に唸り声をあげ、観念したように、
「……し、シスターや神父によると、
ふぁ……〝ふぁん〟と言うモノが付いたらしく、
何処の教会で講義や勉強会を開いても来る人が数名居て、正直困っている。
私は人に出来るだけ平等を貫きたい、それが私の信念であり、
使命であるからして、少数の私の追っかけを贔屓していると思われたくない」
溜め息交じりに言葉を紡いだのでした。
ロードの話を聞いた私とフェンリル君は、
「あぁ、まぁ、そうですね。確かにロードは可愛いですし」
「誰にでも笑顔ふっかけてやがるし」
「教える時の愛想は良いし」
「出るとこは出て、引っ込む箇所は引っ込んでやがるし」
「おまけに敬虔な司祭ですからね」
「あわよくば、その身体を俺のモノにしたいとか、
考える奴が存在しても不思議な事じゃないっちゃないんだよなぁ」
やけに納得してしまっていました。
それに〝神仰派〟という宗教は、私の住む世界では五本の指に入る宗教であって、その広大な土地に周知されてしまった教えには、少なからず私情が挟まっていたり、好きな方が信仰しているから自分も齧ってみようかな……とか思って初めてみたり、純粋な気持ちで信仰するロードとは違った、別アプローチでの信者も沢山存在するのです。
人の数だけ信仰もあり、千差万別なのは当たり前。
だから、彼女が可愛い司祭で彼女に会う為に信者になろう、なんて考える信仰心皆無のファンが存在してもおかしくはないのです。
だって、信仰なんて信じて仰ぐ対象が存在するなら、既に信仰なのですから、宗教とはき違えても可笑しくはないのです。
宗教は神を信じて、仰ぐもの。
ファンも同じで、今回の場合はロードという可愛さや神聖さを信じて、仰いでいるに過ぎません。なので、
「うぅ、わ、私が悪いのかな?」
凄く弱気に両手を胸元に持ってきてギュッとし、瞳を潤ませるロードは絶対にファンの方に見せてはいけない禁忌だと悟りました。えぇ、可愛いですとも、眼福過ぎて幸せいっぱいです。
「それは違ぇよ、おめぇは悪くない。問題はそのファン共だろ?」
私が満足している間に、すかさずフォローを逃さないのはハスキーボイスなフェンリル君、いい声で語りかける姿は多くの女性を誑かしてきた淫獣の片鱗を見た気がしました。
ですが、言っている内容は私も頷ける内容です。
「でもですね――」
「お前、何でもかんでも自分が悪いと思うなよ。
勿論、普段はそうじゃないんだろーがよぉ。
一回考えてみろよ、自分視点で見るな。
傍観者視点で立った時に自分を見て、それを信者って言えんのかよ。
そもそも、信仰ってなんだよ、えぇ、司祭様よぉ――いてぇ!?」
「言い過ぎです、フェンリル君」
凛とした姿が常日頃のロードからは見られない、珍しい不安げな姿。純粋に理解出来ない、知らない人の顔を浮かべていましたから、私はフェンリル君にストップをかけたのです。
「それに、お客様の言葉を遮って話すのは反則です」
既知の事柄ならまだしも、知らないことを責めるのは御法度です。
なので、順に理解してもらいましょう。
「うぅ、これぐらい言わねぇと、分かんねぇ堅物には分かんねぇぞ?」
「――聞き捨てならない言葉です、駄犬。
私は敬虔だと自負はあります、しかしそれを堅物と言われるのは、
見聞広める私には侮辱の言葉と捉えました。
いくら神々に近い身の上だとしても、許し難い言葉です」
丁度、弱々しい状態から一転、やる気満々のロードに戻りましたから、こうなったら彼女は当面止められないですね。
慎重に言葉運びをしましょうか。
「ごめんなさい、フェンリル君は一旦お口閉じましょうね」
「ぬぅ」
不満げに口を閉じると、顔をカウンターから除けて、ぽふんっと私の太ももの上で丸くなると聞き耳だけ立てて、大人しくなっちゃいました。あくまで〝今回〟は主導権をロードに取られたくないようです。前例があるので、否定は出来ないですし、心強いので、よく出来たの印に撫でてあげましょう。
「それではロード、私は幾つか〝当然〟の事を聞くかもしれませんが、
私の愚行にご留意頂けますか?」
仕切り直しに口上だけはきっぱりと、私らしい振る舞いを取り戻します。
「勿論、赦そう」
対する相手も臨戦態勢は整っているようです。
漸く、御話が出来そうですね。
「分かりました、それではまず――信仰とは何ですか?」
だから何度も何度も私が彼女から聞いた、ごく当たり前の質問ですら改めて聞くのです。
「――信仰とは、自分の〝信〟じたモノを〝仰〟ぎ見ては尊ぶことです。
対象は何でもいいのです、
個人的には神を信仰して頂ければ嬉しいですが、
信じることは心の支えになります。
生活の基盤にもなるでしょう、夢に繋がるかもしれません。
生活になくてはならない大黒柱であり、
これが無い人は真に生きている実感は無いでしょう。
つまり、目的でもあるのです。
私はこうありたい、信ずる何かに向かって突き進む。
為すべきことでも構いません、そこに迷信は皆無で結構。
ひた向きに己の信ずる心のままに尊び、
これが信念であり、祈りでもあり、信じる――つまり、信仰なのです」
「ありがとうございます、ですが今ロードがしようとしていることは何ですか?」
「信仰を忘れること、ですね」
「信仰を忘れた人にも、生きている実感は沸かなくなると思うのですけど、
どうなのでしょう?」
「私は、信仰の対象を正しく、見定めてほしいのです。
私なんかよりも、もっと神聖視すべきで魅力ある存在は多く存在する。
だから――」
「だからと言って忘れさせると、その人は空っぽになりませんか?」
そう、これはフラスコに注がれた水を抜き出す作業に近いのです。フラスコは信ずる心、水を信仰心のエネルギーとすると、その信仰というエネルギーを枯らす作業になるのです。
ロードを信じて作り上げたフラスコをロードの手によって、その水が汲み取られるとするなら、それは、
「それなら、冒涜者ですよ。
人に信を説く人間のする行為ではないです。
だって貴女に裏切られるのですよ、ファンの皆さんは」
何を信じて良いのか、分からなくなって、最悪破滅しかねません。
水を注ぎ形状を維持していたフラスコが、水を失い環境に耐えかねて破損するなんてよくある現象。魔女や錬金術師は多く経験し、科学に携わる一部の人間も理解出来るでしょう。
「私が、裏切る?」
「えぇ、だから考え直してください。
確かに追っかけは面倒です、
ですがロードを好いて毎度毎度と講義を聞きに来てくれているのですよ。
たとえ、疚しい思いがあるかもしれません、
フェンリル君が言うように貴女の身体目当てで接近している人もいるでしょう。
盲目的な信者もいるかもしれませんが、
それはロード自身がいつも見ている信者と同じなのですよ。
信じたいのですよ、
貴女と言う敬虔な宗教の使徒という存在を、
自分も信じられるかもしれないと思った対象を、
ロードという人間性をファンの方々は信じていたいのです。
だから、そんな簡単に忘れさせたいなんて、言わないでください」
「――」
「かくいう私もロードのファンなのですよ、いいのですか。
私がロードへの思いを忘れても?」
「そ、それは……嫌」
「でしょう、ならファンの方も一緒なのですよ。
迷惑かもしれません、
平等に人と接する関係上もどかしいのかもしれませんが、
一度対話することで解決するかもしれませんし、
それでも過剰になるなら神仰派側に相談を持ち掛ければいいと思います」
私は一息吐くと、私はフェンリル君の両脇を持ち上げてから、立ち上がり元々座っていた所にフェンリル君を座らせると、私は店内の奥に少しは言って行くとティーカップとティーポッドを準備します。
はい、喉が渇きました。
お湯を魔法で作り出す辺りに風情は皆無で、尚且つアスカの淹れてくれるお茶には到底及びませんが、それでも、
「どうぞ、良かったら飲んでください。
普段飲んでいる高いお茶に比べれば美味しくないかもしれませんが――」
喉と、心を潤すには十分です。
「そんなことはないです。
いつも、シャルロットの淹れてくれるお茶は、
何となくですけど、一番おいしいから」
「それならよかった」
「おい、俺には?」
「フェンリル君にはお肉あげますね」
「お、おぅ、何か優しくて逆に調子狂うな?!」
「たまには、いいでしょう?」
「いつもが良いなっ!?」
きっと信仰なんて、単純な理由から始まるのです。
かつての聖人達もそうだったと私は信じています。
幼くも、信じるモノが出来る嬉しさや神話という伝奇な御話は、人の夢や希望、信仰を生むには持ってこいの素材です。
でも信じると言うのは、依存です。
依存は人を良くも悪くも変えてしまいます。
信じ、念を貫く者は夢や希望を幻想として一度は砕けてしまうかもしれません。一方で、信じず己自身に依存すると、他人に頼る方法が分からなくなり、社会的に孤立して未来は信念次第となります。
こう聞くと信じることは悪く聞こえるかもしれません。
ですが、一度信じてみて下さい。
例えば、神――宗教を信じてみましょう。
夢や希望は砕けても、同じ志向を持ち違う考え方の多くの方が救済してくれるかもしれませんし、違う道を指し示してくれるかもしれません。解決方法も見つかるかもしれません、最終的には司祭様や神官様に聞くのもありでしょう。
己に依存をしていても、同じ夢を抱いた御話の主人公や登場人物、或いは現実で似たような境遇の方からの貴重な意見があるかもしれません。
全ては可能性の御話。
ですが、可能性も信仰です。
触れるかもしれない世界線を信じて、一歩踏み出すか踏み出さないかは自由ですし。信じないことを信じるのも信仰です。
そう思うと、やっぱり皆何かを信じているのですよ。
過去の人々が多くの宗教を愛し、信仰し、発展していたことには意味があるのですから。
信じていたいのです。
何かを。
私も、信じていたい。
ロードが私という〝異端者〟との親交を持つのが、純粋なものであると。
だって、ただ信じない捻くれ者になりたくないですし、何より私は何かを信じられる人でいたい。
彼女だって――。
信仰の果てに、彼女のように、確かな何かになりたいですね
◇◇◇
「はい、きっかりかっちり金貨二枚頂きました。ありがとうございます」
小さなお茶会の後、私とロードとフェンリル君は〝信仰〟について語り尽した後、ひっそりと井戸端会議が繰り広げられていました。
他愛のない話を駄弁る司祭様の姿は、年相応の女性ですね。「実は、私だって誰かを好きになりたい」とか「オン……セ……ン? という所に誰かと旅行に行ってみたい(ちらりと私の目を見てみる)」なんて、もう欲望や煩悩塗れでロードにも人間らしい面があるのだなぁと、改めて認知した所で本日は解散。
もっと御話したかったのですが、ロードが次の教会への移動に時間が掛かるらしく、そろそろ移動しなければならないらしいです。
「今日はありがとう、すまない……何か愚痴ばかりで」
真面目モードが抜け落ちて、しゅんとした茶目っ気モードのロードは申し訳なさそうに首を垂れます。
「いいのです、今の私が在るのはロードのおかげですから、
これぐらいのお返しが出来ないと正直言って、物寂しいですからね」
「私は人助けと言う当然のことをしただけ、気にしてはだめ」
これをさらりと言ってのけるのですから、ロードは凄いのです。
「ありがとうございます、
それとこれは次また私のお店にちゃんと来られるようにと、
〝お祈り〟を込めた〝御守り〟です。持っていってください」
だから、私も再度仕返し(?)の一手です。
ローブのポケットから徐に出したのは、古風で和風な御守りです。以前、日の丸の国に出向いた時、神の御社に住まう巫女が販売していた品を真似て作った一品です。
「これまた特殊な御守りを……」とフェンリル君は物珍しく、私の手の上に置いている御守りの匂いを嗅いでいるようです。ロードも似たような反応で、中腰で顔を左右に揺らしながら観察すると、私の目を見て「取っていい?」と聞くので「いいですよ」と即答、大切そうに両手で持つと、
「ちなみに〝まじない〟じゃない?」
一応確認を取ります。えぇ、私はこれでも一般的には宗教側の人間と対立の深いとされている、正真正銘の〝魔女〟ですから。まじないが施されていると、神官や大神官に悟られてしまう可能性があります。なので、
「今回はちゃんと〝お祈り〟を込めました。
まじないだと効力が強い分、魔女からのアイテムと悟られやすいですからね。
――遠方でのご活躍、お祈りしております」
礼節に則って、彼女に祝福を。
「大切にします、ありがとう――それでは行きますね」
「はい、行ってらっしゃい」
「気を付けて行きな、一応はめんこい女子なんだからなぁ」
「五月蠅いです、分かっています。それと〝クリスマス〟ではありがとうございます、フェンリル」
「はっ、気にすんなんって、あばよ」
笑顔で私のお店から出ていく彼女は、やはり信仰が厚い敬虔な神仰派の司祭であり、年頃の少女であり、私の数少ない大切な友人であります。
また、会いたいですね。
私も信仰しましょうかね。
えっ、何にですかって?
旅の神に、でしょうか。
「それにしても、平等平等って言っておきながら、
思いっきりシャルロットの事を贔屓してやがるな、アイツ」
「――それ、当人に言うと一カ月の間、
クローゼットの角に小指をぶつける〝祝福〟をかけられますよ?」
「呪いじゃねーかよ、それ」
今日も他愛ない、重要性の欠片もない有限を語る。
本日も私のお店は平常通りです。
如何でしたでしょうか?
私の思う信仰=モノという対象を信じ続ける継続力です。
色んな宗教家の方々は、延々と同じ宗教を信じています。
でもよく考えてみると、これってすごいことなのですよね。
私達は流行で何かのゲームや本、雑誌や習慣をこなしていたりしますが、それを生まれてから死ぬまでずっと同じ神様を崇め続けているのですから、恐ろしい継続力ですよね?
そう言った意味では、同じアニメや小説のジャンルを好きであり続けながらも別のモノに移ろい続ける私は継続力は無いのかもしれません。
皆さまはどうでしょう?
信仰してるもの、いえ、信じているモノってありますか?
改めてそれを思い出せて頂けたのであれば、この小説に価値はあったのでしょう!
さて、次回はまた二週間後です。
なので……次は24日に再び御話の世界へご案内しましょう!