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むくのアトリエ β  作者: いすみ 静江✿
―― 旅路 ――
19/28

β19 風の呼び声

□第19話□

□風の呼び声□


「黄昏て来たのう……」

「そうですね。ウルフおじいちゃま……。少し涼しくなって来ましたね」

 二人は、開け放した教会の入口からの風を甘く感じていた。

「寒いのかのう?」

「いえ……。それより、ウルフおじいちゃまは、絵を描かれていたのですか。初めて知りました」

 “ジレとアデーレ” は、取り出さずに、隠したままだった。

 隠したと言う事は、何か意味があると思ったからだ。


「昔は絵が好きでの。あそこにある、“最後の晩餐” 風の油絵は、儂が描いたのじゃよ」

「ん……。“ジレとアデーレ” とは、又、違った雰囲気ですね。“Leonardo(レオナルド) da() Vinci(ヴィンチ)” の構図を借りて、オリジナルに落とした様な感じがします。むくは、ウルフおじいちゃまの描いた絵が好きです」

 首を傾げてにこりとした。

「“ジレとアデーレ” が特別なんじゃよ」

「特別と言うと何ですか?」


 ウルフは、語り出した。

「むくちゃんも高校生になったし、夏休みになったからの。儂の昔描いたこの絵を見せたくなったのじゃよ。この絵に、託した、“遺志” を伝えるのは、儂の使命じゃと、子が生まれ、孫が生まれるに従って、強く思う様になったのじゃ」

「“遺志” ……。“ジレとアデーレ” に託された、“遺志” ですか……」

 むくには、幸せな恋人と言う印象が強かった。

 一体誰のどんな、“遺志” なのか、考えていた。

「そうじゃ」


「儂は、にゃんこっこにて、“未来への手紙Jの刻印撲滅機構” の男に接触されたのじゃ」

「どうしてですか? その方とお知り合いですか?」

 むくには、謎ばかりであった。

 

「知り合いではないの。“ジレとアデーレ” に某かの価値があるらしく、それでじゃ」

 某かと、ウルフは、敢えて伏せた。

 それは、誰かの気配を感じていたからであった。

「Jの刻印と聞くと、美術部員に届いたあの封蝋を思い出します。Aya様が持っていらしたあの手紙は関わりがありますか? 質問ばかりでごめんなさい」


「あの白い手紙は、むくちゃんと美術部員が受け取り、むくちゃんがアトリエで、“ジレとアデーレ” を探し当て、その絵を見てくれはしないかと仕向けたのじゃよ。儂のした事じゃ。それから、今は、Kouさんが本物の虫食いの手紙を持っておる」


「ウルフおじいちゃま……」

 むくは、甘い風が強くなったのを感じて、髪をおさえた。

「むくちゃんが見たなら、用は済んだしの。どんな利用をされるか分からん。誰かに見つかる前に、ベルリンへ運んだのじゃ。空港からこの教会迄は、Kouさんにも手伝って貰っておる」

「はい。幾つかの不思議な事が分かりました」

 

「“ジレとアデーレ” は、儂の……」


 ドシュッ。


 教会入り口の砂利が弾け、雑草が千切れ飛んだ。

「お話を聞かせていただいたわ。ありがとう。その絵を待っていたわ」

 肩幅に足を開いて立つ烏が教会から見えた。

「Aya様……! いつの間に……」

「悪い事は言わないわ。その、“ジレとアデーレ” をくださらない?」

 手招きをした。

「まだ、我々の遺志は繋いでいないのじゃ。そうそう渡せんぞ」

 語気は強めであった。

「止めてください、お二人とも」

 むくが、駆け寄ろうとした。


「銀髪のお兄さん。母が標的を外したのは、後にも先にも貴方だけだと思うわ。今度は私が逃さない……!」

 Ayaは、“Schwarz(シュヴァルツ) Drache(ドラッヘ)” を向けた。


 ドシュッ。


 ウルフは、“マグダラのマリア” を背にしていた。

 弾丸を避けずに、右手をさっと前に出し、素手で止めた。


 カラーン……。

  カラーン……。

   カラーン……。


 未だ屋根も壊れていないこの小さな教会で、ウルフの手から落ちた玉が反響した。

「う、うっそ……」

 Ayaは、一歩後ろに下がった。

「後ろに、“マグダラのマリア” があるでの」

「信じられない! 今、弾丸に触らなかったでしょう? 空気抵抗みたいな物が見えたわ」

 Ayaは、自分の目を疑った。

「教会にも、銃は相応しくないぞ」

 ウルフは、狼の目をしていた。

「Aya様、ウルフおじいちゃま、拳銃とか止めましょう。お怪我はないですか?」

 むくは、ウルフの近く迄寄った。


「……わかったわ。これ以上、撃たない。だから、Kouの居場所を教えてください」

 両手を上げて、降参のポーズにした。


「そうか。アトリエにある『無垢の妖精』のフレームにキーがあるの。しかし……」

 ウルフは、言い淀んだ。

「しかし?」

 Ayaに焦りが見えた。

「しかし……。Kouさんとは、会わない方がええぞ」

「それは、私が決める事よ」

 強気に出た。

「年寄りの話は聞くものじゃ。傷付いてからでは、可哀想だからの」

 ウルフは、眼差しで哀しみを物語った。

「まあ、いいわ。とんぼ返りになるけれど、サヨウナラ」


「待って……。ウルフおじいちゃまの話を聞いてください。何も根拠がなくてお話しする方ではないのです」

 むくは、弱々しくも駆け寄り、Ayaの腕にしがみついた。

「他人が何を知っていると言うの? むく様」

「いや、ええよ。Kouさんから、直接聞けば、納得もするじゃろ」


「……そんな。何かに傷付いてしまうのでしょう? むくは見逃せないです。ね、Aya様。アトリエに行くのは、一緒にしましょう」


 ザッヒュー。

 カラッカラッザザザ……。


 その時、一等強い風が吹き、辺りをさらった。 

「……急いでいるの。会いたいのよ。ただ、会いたいだけなの。一刻も早くね」

 むくは、振り払われたが、めげなかった。

「むくが、力になります。だって、『無垢の妖精』は、自分の作品ですから」

「でも、ヒントだけでいいわ。私は、日本に帰る事にします」

 振り返り、残して行った。


「ありがとう、妖精と銀髪のお兄さん……」


 黄昏の風が去り行く中、烏は歩んだ。

 あの人は、そう、生まれ故郷を探すかの様に……。

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