表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
むくのアトリエ β  作者: いすみ 静江✿
―― 瀕死の白鳥 ――
17/28

β17 黒龍のサヨウナラ

□第17話□

□黒龍のサヨウナラ□


「Ayaさんや、又、来ておくれ。むくちゃんは、少し疲れておる。それから、アトリエに銃は相応しくないの。どうしたのじゃ」

 ウルフは、優しく話した。

「匂いで分かったかしら? 母の形見なのです」

「ほう。儂は、Ayaさん、見掛けた事があるのじゃがの」

「どちらでですか?」

 Ayaは、びくっとした。

「あそこじや、あそこ。随分な、教会だったの」


  ***


 ――あれは、異国。


 しみったれた街の片隅に、その母子(おやこ)はいた。


「母さん、今夜も冷えるね」

 母の名は知らない。

 母さんとしか呼べない。

 そして、その名を呼んだのは、自分のフルネームを知らない、Ayaであった。


 二人とも翠の髪を束ねて、黒い格好をしているが、目鼻立ちは、似ていなかった。


 ここは、古びた教会であった。

 屋根にも穴が開き、モザイク画もぽろぽろと欠けている。

 その隅を片付け、飲み水と簡単に火を扱える様にして、暫く前から住み始めた。


「スープ、できたから。はい、母さん」

 母は、殆んど話さない。

 黙って、具などないも同然のスープを口に運んだ。

「もう直ぐ春にならないかな? 三月が私の生まれた月なのでしょう? 今度、(とお)になるんだよね。ふふふ……」

 Ayaは、寒さでぶるっと震え、薄い毛布にくるまった。

 Ayaの分までスープはなかった。

 明日、何とかしようと呑気に考えていた。

 欠けた月が、大丈夫と囁いていた。


「明日は、お仕事かなって訊いても教えてくれないよね? ……あ。母さんは、もう、お休みか」

 母は、背を向けたままだった。

 白い布で簡単に間仕切り、Ayaも眠った。


 そんな、ある朝。


「大切にしな、Aya」

 黒く重いものを渡された。

「母さん、これ何? おもちゃ?」

 Ayaは勿論、モデルガン等も知らなかった。

「Ayaの一〇歳のお祝いさね」

「うわあ。私、一〇歳なの? お誕生日プレゼントなのね。嬉しい。こんなに綺麗!」

 初めての自分のお誕生日に嬉々とした。

「母さん、ありがとう」

 黒く重い物を両の掌に乗せて見つめた。

 

「人に使えば殺しちまうからね。気を付けな、Aya」

 母の凄味のある語り口だった。

「え? 何で……」

 Ayaには、分からなかった。

「後で、仕事に連れて行ってあげるよ」

「う、うん。母さん、先生なのでしょう? 私、学校は初めてだわ!」


「ふう……。母さん、雪が、ずんずん降って来るね。白湯を作ろうか?」

「勿体ないから、Ayaが飲みなさい」

 母は、珍しくAyaに優しかった。

「私も要らないわ。勿体ないから」

 白く足跡もない朝、母から与えられた最初で最後の物。

「それは、コルトパイソン、銃って言うんだよ」

「母さんが、持っているのを見た事があるよ? 遊び方が分からないけど」

 屈託もないAya。

「ふっ……。遊びかい。Ayaは子供だね」

「母さんの子だよ。父さんは亡くなったのなら仕方がないよ」

 Ayaは、母がとても好きだった。


「これが、仕事だよ」

「母さんは、学校の先生なのよね?」

「見れば分かるよ」

 母は、銃を構えた。

「これが、学校なの? へえ。ありがとう。真似してみるね」

 母の様に構えた。

「あは。私の手には、大きいや。ぶかぶかの服みたい」

「直ぐにしっくり来るさ」

 母は、獲物から、目を離さなかった。

「あれ? 朝だから良く見えるね。銃口に、白い龍が碧玉(へきぎょく)を持っているペインティングが施してあるし、トリガーに、何かの名が刻んであるよ」

「さて……。無駄口叩かないよ、Aya」


 ズガンッ


 反動があった。

 母の弾丸が、遥か向こうの銀髪をかすった。

「銀髪は、一二本散った」

 Ayaは、視力が獣並に優れているので、見えた。

 その銀髪の男はこちらを真っ直ぐに見つめ返した。

 刹那、何かの光が眩しくなった。

「はっあーっ! 目が痛い」

 男は、消えた。

「母さん、私、全部見てた……」

 Ayaは、唖然とした。

 銃の手解きを母から受けた訳ではない。

 ただ、この日、母と仕事を共にしただけであった。


 あくる日は、小春日和だった。

「今日は、清々しい気分だね、母さん」

「今日こそ具のある物を食べようね、母さん。……母さん?」

 白い布で仕切られただけの母の寝室を開けると、母は消えていた。


「こんな、こんな、誕生日は要らないよ……! 特別な事は、要らないよ……!」

 Ayaに哀しみが生まれた。

「母さん、何も言わずになんて。私が邪魔だったの?」


「私にAyaという名は、残してくれた。それから、銃に、“Schwarz (シュヴァルツ) Drache(ドラッヘ)” 黒龍 という名も……。だけど!」

 Ayaに毅さが生まれた。


 Aya がその時感じたのは、母が出で行く気配に自分が気付かなかったという未熟さのみであった……。

 Ayaは、十になったばかり。

 普通の少女ならば、未だ母に甘える時期であろう。

 しかし、Ayaは、母の面影を追うつもりはない。

 ただ、心の何処かで、再び会う事があるのではないか……という期待、いや予感だけがあった。


「サヨウナラ、“Mutter(ムッター)” 母さん」


 今、あれから十余年が経った。少女は成長し、コードネームで、Ayaと呼ばれるようになった。

 そして、その誇り高さと銃の腕前から孤高の黒龍とも呼ばれ、ターゲットからは、恐れられている。


 それが、私ことAyaの話だ……。

 そして、この銃の話……。


  ***


 ――そして、元のアトリエ。


「もしかして、銀髪のお兄さん……」

 Ayaは、今、気が付いた。

「そうじゃよ。そうじゃ」


「戸締まりは頼むの、Ayaさん」


 ウルフは、アトリエを片付けた後、むくのトゥシューズを脱がせて、抱き上げた。

「むくちゃん、難しい事は、考えなくともよいぞ」

 むくは、ウルフにもたれかかった。

「むくちゃん、小さい頃に、美舞まーまと来た事があると思うが、覚えとるかいの。そこに向かうぞ」


 むくは、眠たそうであった。


 うとうとと綺麗な妖精が、銀髪に包まれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ