表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
むくのアトリエ β  作者: いすみ 静江✿
―― 瀕死の白鳥 ――
15/28

β15 巣の蟻

□第15話□

□巣の蟻□


 壁側の席で二人は、楽しげなにゃんこっこタイムの喧騒に紛れていた。


「むくは、Aya様のお役に立ちたいのです」

 ココアで手をあたためた。

「あら、絵を売ってくださるの?」

 すっかり、二杯目のアッサムティーを飲み干していた。

「今、それ以外に方法を考えています」

 ココアに口をつけて、黙っていた。


「好きな人との別れはつらいです。むくは、様々な声が聴こえる様になって、睡眠不足です。同じ想いをして欲しくないです」


「あの絵は、一体……? 特別な意味があるのかしら? むく様」

 むくから聞き出したかった。

「むくの……。初戀(はつこい)が詰まっているからです。激しい恋です」

 俯かずに、前を見つめていた。

「そうね。そう見えるわ。初戀のムードが良く出ているわ。微熱と言うより、情熱かしらね」

 Ayaは、デジカメの写真を目を凝らして見た後、ちらちらと店の入り口を気にし続けた。

「私には、好きな人が生きるか死ぬかの問題だわ。どうにかならないかしら……」


 むくもAyaも、自分の恋にしがみつくばかりに必死であった。

 しかし、お互いを他人とも思えず、解決の糸口を探っていた。


 ♪ にゃんこっこのこっここ。

 

 パチパチパチパチパチパチ。

 

 にゃんこっこタイムが終わった。


 にゃあおーん。

 にゃにゃん。

 にゃあにゃあ。

 なおっなおん。


 BGMは、スターにゃんこの可愛らしい声になった。


 その時、新しく男性が入って来た。


「いらっしゃいませ、にゃんこっこ!」

「いらっしゃいませ、にゃんこっこ!」

 男性は、上着も脱がずに、案内を制止する合図をした。

「大丈夫、知り合いが、先に来ている」

 そう言って、さっと壁側のテーブルに向かって来た。


「初めまして、土方むく殿」

 むくに、挨拶の握手を求めて来た。

「きゃ、きゃあ、久し振り!」

 Ayaは、頬に両手を当て下に顔を埋めた。

「どうした、Aya」

「え?」

 耳迄赤くしていた。

「らしくもない」

 Ayaのはしゃぐ姿は、浮いて見えた。

「初めまして、土方むくです」

 差し伸べられたていた手に握手しようと手をふいっと上げた。


 すると、そこには手はなく、むくの姿勢がぐらりとしてしまった。

 今、店に入って来たと言う人物はいなかった。

 どこにも……!


「Aya様。今、何方かいらっしゃいましたよね?」

 不思議に思い、訊いてみた。

「え? いるでしょう?」

 掌を来客に向けて、むくに、自慢気にKouを紹介した。

「むくは、Aya様の好きな方が、いらしたと思いました」


「まさか……! 今、この席に……。彼がいないですって? むく様は、“裸の王様” をご存じですか?」

 Ayaは、何が何やら分からなかった。

「むくが、王様は裸ですと言った子供ですか。……そうかも知れませんね。ごめんなさい」

 むくの優しさからであった。

「ごめんなさい?」

 Ayaがその真意を問いかけた。

 不思議な事に、Ayaの妄想にむくは邪魔をしてしまった様であった。

「はい。優しくて(つよ)そうな方が、見えたと思いました。でも、Ayaさんの好きな方のイメージだけでも伝わって良かったです」

 否定してはいけないと笑みで返した。

「そう。彼はいつも私を見守ってくれるのよ。きっと、隅っこの席が好きだから、今はそっちにいるのよ」


「所で、一体、むくの絵はどんな風にお役に立つのですか?」

  疑問の根本に辿り着いた。

「私の思い込みだったのかしら」

 Ayaは、むくの絵への執着を説明し難かった。

「あの絵で安らぎを得たかったのかも知れないわね……」


「分かりました。むくの絵はお貸しいたします」

 突然の申し出に、Ayaは、揺らいだ。

「え? 借りる……。それは、考えていませんでした」

 むくから(いざな)った。

「アトリエに行きますか?」

「分かったわ」

 Ayaは、緊張の面持ちで頷いた。


 むくは、窓際の席にいるウルフに手を振った。

 ひょいとウルフが、来た。

「むくちゃん。じいじは、先に帰るかの?」

「ウルフおじいちゃま、一緒に帰りましょう。Aya様、こちらは、祖父のウルフです。ウルフおじいちゃま、こちらは、Aya様です」

「初めまして。むく様のおじいさま」


「車はガタガタだが、腕ぶれておらんぞ」

 にこっとした。


  ***


 ――またもや、ウルフとドライブ。


 ガタンコッガタン。


 むくのアトリエに向かった。


 Ayaは、蟻地獄の巣に落ちたKouと言う蟻を救いたい。

 その為に自分も巣に落ちた蟻になっていた。

 むくは、あの時から、気になってしまう初戀の神崎亮を、自分の胸の内から解き放ちたい。

 もう泣きたくない。

 苦しい声を聴き続けたくない。

 立ち上がってみせる。

 そんな気概があった。


 二人の巣の蟻は、ずり落ちない様に果敢であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ