β15 巣の蟻
□第15話□
□巣の蟻□
壁側の席で二人は、楽しげなにゃんこっこタイムの喧騒に紛れていた。
「むくは、Aya様のお役に立ちたいのです」
ココアで手をあたためた。
「あら、絵を売ってくださるの?」
すっかり、二杯目のアッサムティーを飲み干していた。
「今、それ以外に方法を考えています」
ココアに口をつけて、黙っていた。
「好きな人との別れはつらいです。むくは、様々な声が聴こえる様になって、睡眠不足です。同じ想いをして欲しくないです」
「あの絵は、一体……? 特別な意味があるのかしら? むく様」
むくから聞き出したかった。
「むくの……。初戀が詰まっているからです。激しい恋です」
俯かずに、前を見つめていた。
「そうね。そう見えるわ。初戀のムードが良く出ているわ。微熱と言うより、情熱かしらね」
Ayaは、デジカメの写真を目を凝らして見た後、ちらちらと店の入り口を気にし続けた。
「私には、好きな人が生きるか死ぬかの問題だわ。どうにかならないかしら……」
むくもAyaも、自分の恋にしがみつくばかりに必死であった。
しかし、お互いを他人とも思えず、解決の糸口を探っていた。
♪ にゃんこっこのこっここ。
パチパチパチパチパチパチ。
にゃんこっこタイムが終わった。
にゃあおーん。
にゃにゃん。
にゃあにゃあ。
なおっなおん。
BGMは、スターにゃんこの可愛らしい声になった。
その時、新しく男性が入って来た。
「いらっしゃいませ、にゃんこっこ!」
「いらっしゃいませ、にゃんこっこ!」
男性は、上着も脱がずに、案内を制止する合図をした。
「大丈夫、知り合いが、先に来ている」
そう言って、さっと壁側のテーブルに向かって来た。
「初めまして、土方むく殿」
むくに、挨拶の握手を求めて来た。
「きゃ、きゃあ、久し振り!」
Ayaは、頬に両手を当て下に顔を埋めた。
「どうした、Aya」
「え?」
耳迄赤くしていた。
「らしくもない」
Ayaのはしゃぐ姿は、浮いて見えた。
「初めまして、土方むくです」
差し伸べられたていた手に握手しようと手をふいっと上げた。
すると、そこには手はなく、むくの姿勢がぐらりとしてしまった。
今、店に入って来たと言う人物はいなかった。
どこにも……!
「Aya様。今、何方かいらっしゃいましたよね?」
不思議に思い、訊いてみた。
「え? いるでしょう?」
掌を来客に向けて、むくに、自慢気にKouを紹介した。
「むくは、Aya様の好きな方が、いらしたと思いました」
「まさか……! 今、この席に……。彼がいないですって? むく様は、“裸の王様” をご存じですか?」
Ayaは、何が何やら分からなかった。
「むくが、王様は裸ですと言った子供ですか。……そうかも知れませんね。ごめんなさい」
むくの優しさからであった。
「ごめんなさい?」
Ayaがその真意を問いかけた。
不思議な事に、Ayaの妄想にむくは邪魔をしてしまった様であった。
「はい。優しくて毅そうな方が、見えたと思いました。でも、Ayaさんの好きな方のイメージだけでも伝わって良かったです」
否定してはいけないと笑みで返した。
「そう。彼はいつも私を見守ってくれるのよ。きっと、隅っこの席が好きだから、今はそっちにいるのよ」
「所で、一体、むくの絵はどんな風にお役に立つのですか?」
疑問の根本に辿り着いた。
「私の思い込みだったのかしら」
Ayaは、むくの絵への執着を説明し難かった。
「あの絵で安らぎを得たかったのかも知れないわね……」
「分かりました。むくの絵はお貸しいたします」
突然の申し出に、Ayaは、揺らいだ。
「え? 借りる……。それは、考えていませんでした」
むくから誘った。
「アトリエに行きますか?」
「分かったわ」
Ayaは、緊張の面持ちで頷いた。
むくは、窓際の席にいるウルフに手を振った。
ひょいとウルフが、来た。
「むくちゃん。じいじは、先に帰るかの?」
「ウルフおじいちゃま、一緒に帰りましょう。Aya様、こちらは、祖父のウルフです。ウルフおじいちゃま、こちらは、Aya様です」
「初めまして。むく様のおじいさま」
「車はガタガタだが、腕ぶれておらんぞ」
にこっとした。
***
――またもや、ウルフとドライブ。
ガタンコッガタン。
むくのアトリエに向かった。
Ayaは、蟻地獄の巣に落ちたKouと言う蟻を救いたい。
その為に自分も巣に落ちた蟻になっていた。
むくは、あの時から、気になってしまう初戀の神崎亮を、自分の胸の内から解き放ちたい。
もう泣きたくない。
苦しい声を聴き続けたくない。
立ち上がってみせる。
そんな気概があった。
二人の巣の蟻は、ずり落ちない様に果敢であった。