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むくのアトリエ β  作者: いすみ 静江✿
―― 瀕死の白鳥 ――
12/28

β12 絆の消失点

□第12話□

□絆の消失点□


 ――四日後。美術部室に集合。


 徳川学園の美術室は、板張りの北窓であり、むくもよく片付けたり清掃をするので、夏の涼さえ感じられた。


「今日は、美術部員の皆の中間発表をして貰う」

 亮が、この部室に揃った四人全員を確認した。

 各々、制服に黒の仕事着で、ここの脚の長い椅子に腰掛けていた。


「先ずは、部長の僕から」


 イーゼルにあるキャンバスを指した。

「神崎亮、『街と黄昏―消失点より』、油彩画、一点。ほぼ完成に近い。前から描いていたシリーズの集大成として、部長最後の作品にしたい。夏休み中には納得の行く形にしたいと思っている」

 左手の拳に力を込めた。


「次は、朝比奈麻子副部長」


 カルトンからたった一枚描いたのを出した。

「あたしは、『ビーナスの横の顔』、木炭画、これだけ!」

「もう、フィキサチーフを掛けたので、これでお仕舞い!」

「夏休みは、後は、お遊び!」

 つまらなそうにシャギーをかき上げた。


「次、神崎椛」


 画板に固定したままの絵を二つ出した。

「はい、私は、『静物―果物と瓶』、水彩、二点の内どちらか。水彩って、べたべた直すものではないから、もう、無理かな。描くなら最初からになるよ」

 肩を竦めた。


「最後、土方むく」


 ボードとフレームに入れた二つを出した。

「はい、むくは、『檸檬(れもん)』、精密デッサンと平面構成で一点。もう一点、『猫と少女』、水彩色鉛筆です。この二つは完成しています」

 申し訳なさそうに続けた。

「もう一点の『タイトル未定』は、お見せできません。ごめんなさい」

 頭を下げた。


「各々研鑽を積んで来たと思う。簡単な反省会を行う」


「『街と黄昏なんとか』、いいわ、亮!」

 麻子がねっとりとした。

「そうね、亮兄さん。『街と黄昏―消失点より』、渾身のなんとか?」

「ケソ妹、会心の一撃だよ」

 椛と亮は、相変わらず仲が良かった。

「素晴らしいです」

 むくも讃えた。


「朝比奈副部長、タイトルですが、提案です。『ヴィーナスの横顔』は、いかがでしょうか?」

 おすまし椛がきりっとした。

「えー?」

「もみじんが面倒臭いよー、亮ー!」

 余りにもべたべた話すから、朝比奈麻子に他にも友達がいるのか、むくは、疑問に思った。

「まあ、賛成かな」

 口元を触りながらにやりとした。

「どっちに?」

「どっちに?」

「……」


「で」

 亮は、切り返した。

「椛は、いいな。好きにしなさい」

 見てもいなかった。

「何よ、亮兄さん。兄さんぶって」

「兄だから。いや、部長命令かな」


「所で、土方むく。見せられないと言うのはどう言う事だ?」

 亮は詰め寄った。

「ごめんなさい。私が未熟だからです。本当にごめんなさい」

 むくは、ごめんなさいと言う度に頭を下げた。

 その折り、カチューシャにかかる様に、翠髪が揺れた。


「例の、“ジレとアデーレ” の様なのをまだ描きたいとか思っているのか?」

「あたし達にもうモデル要らないって言ったよね?」

 亮と麻子のダブルの応酬はきつかった。


「止めたのか……?」

 亮は、何故か関心があった。

「い、いえ……」

 むくは、首を振った。

「まだ描いているの? むっくん」

 麻子の呆れた顔は、間抜けだった。


「二つ出したのだから、大丈夫だよ、むくさん」

 椛の助け船が来た。

「分かった、分かった。むくは、いずれ提出する事。全会一致で決まり」

 むくは、頭を垂れた。

「出た、全会一致、亮兄さん」

「ケソ妹は、静粛に」


「以上、中間発表終わり!」

 最後を無理矢理締め括った。


 がちゃがちゃと解散して、後は、美術部を離れ、各々過ごした。


  ***


 ――その日の夕方。むくの自宅。


 徳川第二団地四〇一号室に、むくは帰り着いた。

 土方家である。


 シャラン。

 シャラン。


 ベルを鳴らし、鍵を開けて入った。


(れい)ぱーぱ、美舞(みまい)まーま。ただ今、帰りました」

 にこりとした。

 しかし、ひたすらに静寂が広がっていた。

「誰もいないのですね」


 カチャリ。


「ふうー」

 むくは、水色や水玉に囲まれた自室でため息をついた。


「神崎部長と朝比奈さん、今日も仲良く手を絡めたり、いちゃいちゃしていました。神崎部長は、どうして朝比奈さんを恋人にしたのでしょう。……訊いてもいいですね」

 ベッドに腰掛けて、スマホを見つめた。

「うーん。コミュニケーションアプリか電話か悩みます」


 コチコチコチコチ。


 壁掛け時計が焦燥感を煽る。


「電話にします」

 スマホの電話帳を開いた。

「あ、か。か、か、か。かんざき……」

 五十音で探した。

「椛さんとご自宅しかないです」

 神崎椛と神崎渓(かんざき けい)お父様のナンバーが出て来た。

「う、むむむむ、違うです」

 電話帳を更に睨んだ。

「び、美術部部長でしたか! アチャ」


 トゥルルルル。


「電話に出てくれますか?」

 カチャ。

『はい、うん。むくか? 僕だ、神崎亮だ』


 むくは、疑問に思っていた事を勇気を出して訊いてみた。

「あの……。単刀直入に伺います」

『な、なんだ?』


「何故、神崎部長と朝比奈さんが恋人になったのですか……?」


『……どきゅんだな、むく』

 亮は、暫し考えた。

『答えると思っているのが、むくだよな。まあ、仕方がない。少し話す』


『――あれはな、菊ばっちゃが亡くなったお通夜の日の事だ』


 神崎亮が語り出した。


 絆の消失点が見えようとしていた。


 むくと亮との……。

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