表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
むくのアトリエ β  作者: いすみ 静江✿
―― 瀕死の白鳥 ――
11/28

β11 ウルフの危惧

□第11話□

□ウルフの危惧□


 ――三日後。ウルフのキッチンより。


「ウルフおじいちゃま。ごちそうになっています」

 アトリエの隣にあるウルフの家で、お昼をいただいていた。


 今日のむくちゃんファッションショーは、サマーニットに水色のタイトスカートが一推しであった。


 絵を描くときは、スモックの膝丈迄ある仕事着を着ていた。

 美術部では、むくのお手製で、これ又、むくの好きな水色であり、寅祐の刺繍をしてある仕事着を愛用していた。

 学園の授業では、指定の黒い仕事着を着る事になっている。


「むくは、稲庭うどんの桜色、初めて見ました。綺麗です」

 目をきらきらさせて、秋田名産の稲庭うどんをそそと食べていた。

「むくちゃんのほっぺも桜色じゃよ」

 ウルフは、微笑ましかった。

「アチャ」

 ほっぺに両手を当てた。

「わはは……! むくちゃんの、“アチャ” が出たら、一安心じゃよ」


「美味しかったです。ごちそうさまでした」

 至福の顔は、ウルフを喜ばせた。

「洗い物は、一緒にします。大丈夫です」

 笑って、下膳した。

「そうじゃのう。仲良く洗うかのう」

 最強のじいじとお孫ちゃんコンビであった。

「じいじとむくちゃんで、すっぺしゃーるコンビを組まないかな? “JM(じいむく)” ? “WM(わしむく)” ? どっちがいいかのう」


 そんな話をしながら、食器洗いを一緒にした後、お茶にした。

「ココアがあたたまります。はふう……」

 にこやかなのは、ウルフの優しさに触れているからであった。

「ははは、むくちゃん。可愛いのう」


「ウルフおじいちゃま。おじいちゃまは、(れい)ぱーぱに似ている気がします」

 ゆっくりとココアを飲んだ。

「どんな所がじゃ?」

 聞いて欲しくて、直ぐに答えた。

「包容力があって、優しく、そして、優しさを裏打ちするかの様に(つよ)さを持っています。むくの理想の男性です」


「所で、アトリエ通いに精が出るのう、むくちゃん」

「はい、九時五時で無理なく、集中力を欠かさない様にしています」

 ウルフには、無理している様に思えた。

「自分を追い込まないようにな、むくちゃん……」


「……心が傷付いた時、精神科に行っても、薬と患者さんのバランスを取りながら、長くかかる場合は、少なくないものじゃ。病院を否定しておらんぞ。ただ、フラッシュバッグの様な辛い思いはさせたくない」


「ウルフおじいちゃまは、お医者様でしたね……。そんなに心配してくれて、ありがとう、ありがとうございます」

 碧眼にも琥珀色の瞳にも、うっすらと涙を浮かべた。

「むくを愛してくれているウルフおじいちゃまには、何もできなくて……。むくを邪魔とさえ思う人をそれでも好きでいるなんて……。むくは、道を間違えた様です」


「心配は、要らないぞ。すっぺしゃーるコンビじゃ。二人で乗り越えような、むくちゃん」

 

「そうでした。ウルフおじいちゃまとむくは、すっぺしゃーるコンビ、“JM(じいむく)” です。じいじの方が儂より可愛いと思います。“JM(じいむく)” で、がんばります」

 むくは、明るく振舞った。

「そうじゃな」

「うふ」

 右にちょいと首を傾げて、肯定した。


  ***


 ――アトリエにて、孤独に。

 

 そして、むくは、アトリエに入った。


 バタム。


「今日、構成を決めます」

 ぱらぱらとスケッチブックの新しい紙迄めくった。

「神崎部長は、ここに居てください」

 イーゼルに亮の写真をクリップで留めた。

 画鋲は使う訳がない。

「笑っていて、いいお顔です。椛さんに高一の頃と聞きました」

 二次元の写真の神崎亮を先ず左にざっと描いた。

「……。ごめんなさい、むくです」

 目線に置いた鏡の中のむくを見つけた。

 さくっさくっと描いた。

 亮の隣に……。

 

「似ていないです。形は描けているのに」

 思うように描けずに、四苦八苦していた。


 ――アーッハハハ。


『亮に愛されていないから、むっくん』

 朝比奈麻子の声がした。

『いちゃついて何が悪いの?』

『恋人って言うのは、やる事やっているに決まっているでしょう!』

『あたしと亮みたいに!』

 え?

 何で聞こえるの?

『靴買ってやったりする身にもなれよ、麻子』

 か、神崎部長の声に驚いた。

『それ位、あたしには当然の事じゃない!』

『むっくん、本当は奪いたい?』

『体で?』


 ――クックックックッ。


『高一にもなって未だなんて、大嘘!』

 痛さは、狙撃された様に伝わって来た。


 むくは、幻聴らしき物を無視する事に努めた。


「絵に集中です」

「絵に集中です」


 シャッシャッシャッシャッ。


 鉛筆の運びが、速くなった。

「描き込めば、思う様に描けます」

「むくは、がんばります」

 己を追い込んで新しく肖像画を進めた。

 自分を蝕む過去に真綿が巻きつく様に縛られて。


 アトリエの夏は、蒸し暑く、むくの汗と涙を気が付かせなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ