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むくのアトリエ β  作者: いすみ 静江✿
―― 瀕死の白鳥 ――
10/28

β10 写真の亮

さてさて、新章「―― 瀕死の白鳥 ――」が始まります。

再び、むくにスポットライトを当てて、彼女の揺れる想いに触れ合い、お楽しみください。

――瀕死の白鳥――

□第10話□

□写真の亮□


 ――翌日。むくのアトリエ、喫茶コーナーより。


 コンコン。


「あ、椛さん」

 むくは、ドアを開けると、お友達にほっとした。

「むくさん、お電話いただいた通り、アトリエに来たよん」

 主は、笑みで歓迎した。

「いらっしゃいませ」

 ぺこりとお辞儀をして、飲み物のあるコーナーへ招いた。


 むくは、今日は水色の水玉ワンピース、椛は、淡い桃色の丸襟シャツに薄墨のスカートとお洒落を楽しんでいた。


「何か飲みますか?」

 小さな冷蔵庫と電気ポットが備えてあった。

「そうね。ミカジューで」

 みかんジュースの事である。

「昭和が来ました、椛さん」

「すべった!」

「面白かったです。しかもあります」

 ミカジューでもてなした。


「お土産あるよ、むくさん」

 椛は、紙袋をがさがさとして、お店を広げてしまった。

「え。そんな悪いです。そんなに」

 むくは、手をぱたぱたと振って遠慮した。

「結構、カセットテープ持って来たよ。BGMにいいでしょう」

 にこりとした椛。

「そうですね。ここ、カセットデッキしかなくてごめんなさい」

「昭和、来たー!」

「面白いです」


 あはは。

 うふふ。


「それで……。椛さん、お願いがあります」

 やっと用件を切り出した。

「むくさんの頼みなら、何でもござれですよ」

 胸に掌を当てる頼もしい椛であった。

「あの……」

 恥ずかしかったが、言ってみた。


「お兄さんの神崎部長の写真を貸して欲しいです……!」


「あ、亮兄さんのね」

 むくは、こくりと頷いた。

「うん、いいけど……」

 椛が前からの疑問を投げた。

「所でさ、どうして、神崎部長としか呼ばないの?」

 むくは、どきりとして、少し顔を赤らめた。

「私は、妹だからさ、例え、“クソ” の進化級 “ケソ” 妹でも、ファーストネームで呼ぶわ」


「そ、それは……」

 視線を外した。

「むっ無理です」

 顔は、真っ赤になった。

「恥ずかしくて難しいです」


「亮兄さんは、三國志の諸葛亮から命名されたと聞いたよ?」

「素敵です……! ご両親からですか?」

 むくは、ぱあっと顔を煌めかせた。

「うんにゃ。神崎菊(かんざき きく)と言う父方の祖母なのよ。亮兄さんは、まあ、“(きく)ばっちゃ” と呼んでいたわ。もう亡くなっちゃったけどね」

 二人とも哀しげな面差しになった。


「亮兄さんと親しくなりたいの? むくさん」

 ずばりの質問に、むくは困ってしまった。

「臆せずに話し掛けたら?」

 椛ならそうするとの思いを込めて伝えた。

「亮兄さんは、朝比奈麻子なんて女の物ではないのだから!」

「そうならいいですが……。お二人は、モデルをなさってくれている間も仲が良さそうでした」

 むくは、奥手の上、気弱になっていた。

 男性と手だってつないだ事がない。

 それすらも口にできない。


「私なら、朝比奈麻子より、むくさんの応援をするな」

「ありがとうございます。むくは、嬉しいです」

 叶わなくても、それでも良かった。


「神崎……。神崎部長には、むくの気持ちは……」

 どきどきして訊ねた。

「察していると思うわよ」


 ザシッ。


 胸を突かれた。

 痛くて、心の臓から血が引いた気がした。


「がまんです」

 小さく自分に言い聞かせた。


 それから、暫く、学園の話やなんかをした。

 楽しく過ごす事は、不思議な事や嫌な事の続くささくれた今の美術部員には、大切な事であった。


「うん、ミカジュー美味しかった」

 帰り支度の椛。

「祖父の手絞りです。料理が趣味なのです」

 むくは、ウルフおじいちゃまが好きで堪らなかった。

「へえ、凄いね。ごちそうさまをお伝えください」

 むくは、ずっとずっと見送った。

「家迄来るの?」


「アチャ! うっかりです」


  ***


 ――そして、アトリエに一人。


 神崎亮の写真を手にしたむく。

「新しく描き始めます」

 スケッチブックを、開いた。


「仕切り直しです」

 神崎亮の写真をスケッチブックに固定し、鏡を用意した。

「やはり、恋人の肖像画を描きたいです」

 鏡の自分を見つめた。

「お相手は、むくです……」

 むくと神崎亮の、“ジレとアデーレ” の様な肖像画を目指した。


 むくの純粋さでは、完成と言う目的地に着くには、長い道程となった。


 未だ、痛みを覚えていたから。

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