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野良怪談百物語

じっと見つめてみる

作者: 木下秋

 幽霊。――それは死者の魂が、現世に現れるものを指す。



 太古の昔よりその存在は、世界各地で信じられてきた。技術が発達し、活動の場を宇宙にまで伸ばした現代においても。――その存在は、信じられ続けている。



 ――しかし、それは“見える人”と“見えない人”がいる。そのバランスは、昔から変わっていないように思われる。もしもこの世界に生まれてきた人、全員がそれを見ることができるのであれば、卑弥呼のようなスーパーシャーマンが歴史に名を残すこともなかっただろうし――それはスーパー陰陽師であるところの安倍晴明にも言えることで、現代の(ホンモノかニセモノかもよくわからない)霊能力者だって、別の職業についていたことだろう。



 ちなみに、私は“見える人”だ。



 ――もし幽霊を見てしまったら、あなたならどうする? ――叫ぶ? 逃げる? おののく? 見なかったことにする?



 私が初めてそれを見た時、とった行動。それは――




 ――“じっと見つめてみる”。――だった。





     *





 私が五歳だった頃の話である。“生まれた時の記憶を持っている”だなんて人は、おそらく、私の知る限りではいないが、思い返していけば“最古の記憶”というものがあるだろう。――私にとっては、それがそうだ。


 その日、私は母方の実家にいた。そこはとある山奥にある小さな村で、下手したら築百年を越すのではないかとも思われる、茅葺屋根かやぶきやねの家だった。



「この部屋はねぇー。“お化け”が出るんだよぉ~」



 まだ若かりし母は、幼い私を脅かすようにそう言った。しかし、私は齢五よわいいつつにして、(“お化け”だなんて下らない)。そんな生意気なことを思った。私は「ふーん」と軽く流すと、母が昔使っていたという部屋に寝転がり、子供っぽくやたら元気に、無駄に走り回るということもなく。ただ、天井を見つめていた。



 ――夜。遠出で疲れた私は、夕食を食べるとすぐ床に就いた。田舎の夜はひたすら静かで、むしろ耳鳴りがうるさかった。だが、疲れもあってかそれもすぐに気にならなくなり、私は深い眠りに落ちていった。



 ――深夜。目が覚めると、ふと縁側に目をやった。部屋に、細長い影が伸びていたのだ。


 見ると、そこには“美しい”女性が座っていた。――“美しい”とはなんぞや、ということを誰かに教わらずとも、子供でもその感覚を理解してしまうのだから、“美しい”と思う感情は不思議だなぁ、と今にして思う。


 その人は、身体を斜めにして座っていた。暗闇でよくわからなかったが、紺色こんいろの着物を着ていたように思われる。右手に団扇うちわを持ち、まるで花火を見るような面持ちで、空を見上げていた。見ると、大きな満月が出ている。その光に照らされた女の横顔は滑らかな曲線を描き、私は一瞬でとりこになった。


 私は、それをすぐ“お化け”だと思った。それは、確信に近いものだった。なぜなら、そんな女がこの家にいるはずもなかったし、また、その“美しさ”がこの世のものとは思えなかったからだ。


 しかし。それがわかっていても、私はその人を“怖い”とは思わなかった。私は叫びだすほど狼狽うろたえてはいなかったし、逃げ出そうとも思わなかった。もちろんおののいてなんかいなかったし、見なかったことにして再び寝ようとも思わなかった。


 ただ、“じっと見つめてみる”。私が選んだ選択肢は、それだった。その女が危険な存在だとは、微塵みじんも思わなかった。



 ――そのまま、数十分が経過した。静寂が続き、動いたものは月明かりに照らされた女の影だけだった。


 影を見つめ、最初見た時自分が寝ている布団に触れていなかった影が、今は触れていることに気付いた。それが動いた分だけ、時間が流れていたのだ。――その時、影がゆらりと動いた。


 女の方を見ると――彼女がこちらを向いていた。私も、その目を見た。彼女は少し驚いたような表情で、私の顔をじっと見た。私も意地になったように、見返す。



 ――何十秒そうしていたのだろう。とても、長く感じた。私の視界は静止画のように動きを見せなかったが、女はゆっくりと半透明になってゆき、やがて――フッ……と消えた。


 目を降ろすと、やはり影も消えていた。




     *




 あれから何度もあの部屋に泊まったが、その女を見ることは二度となかった。――少年だった私は、それをとても残念に思ったものだ。



 ――私はそういった霊的な存在を、それ以降よく見るようになった。しかし、私が取る選択肢といえば、相変わらず“じっと見つめてみる”だ。


 私はその存在が悪意を込めて見てきたりなんかしたら、睨み返してやる。「肉体を持たない“死に体”の分際で、生者である私に喧嘩を売ってんのか? ん?」と、念を込めて睨みつけてやるのだ。


 絶対に、勝つまでそらさない。すると、だいたい数分もすればかつての女のように段々薄くなり、消えてしまうのだ。



 もしあなたがそういった存在を見てしまった場合、叫ばず、逃げず、おののかず。ただひたすらに“じっと見つめてみる”ことをお勧めする。



 ――……まぁ、それで取り返しのつかないことになったとしても、責任は取れないが。

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