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#04「Sweet16」

この作品のタイトル名・サブタイトル名は、歌手の「佐野元春」さんの楽曲名を使用しています。次回以降のサブタイトル名も同様です。

文章内では歌詞は引用していません。しかし、簡単な単語は用いてます。名詞・固有名詞程度です。


 #04「Sweet16」



 ――その朝。

 子供達の弁当と朝食の用意に忙しく動き回る“岡本敦子”の姿があった。

 下の幼稚園の娘を起こして食卓へと促した。

「はぁーいママ!」

 高い椅子に無理して腰掛ける。小さくても女の子らしく髪型を気にしていた。

 上の娘は小学校高学年なので、自分でトーストを焼く。たっぷりの地元産ママレードを塗りたくって頬張っていた。


 今度は、担任教師の目線となる。“愛”は了解する。


「せ、先生!」

 自分の勤める中学校の校務員が血相を変えて玄関先で叫んでいた。

 この人はいつも大げさだから……。

 そう思い、エプロンをゆっくりと外しながら玄関へと向かう。

「先生のクラスの子が落ちた!」

 落ちた? 誰が? 何処から?

 理解するのが難しい。


 要領を得ない話ぶりなので、サマーセーターと携帯電話だけを持って家を出る。

 セーターを羽織る。胸のポケットに携帯電話を押し込む。

 食事中の娘達の面倒は、まだ寝ていた高校教師に託すことにした。

 夫の事である。

 自宅は教員用の市営住宅。中学校と、夫の勤める高校は目と鼻の先にある。

 徒歩5分ほどで学校に到着する。

 救急隊員達が、人の乗ったストレッチャーを救急車に向けて運んでいた。


 サイレンを止めてはいるが、赤い回転灯が回ったままだった。普段の学校とは不釣り合いな異質さが際立っている。

 慌ててストレッチャーに駆け寄る。

「あなたは?」

 救急隊員の一人が制止する。

「私は、この中学校の教師です」

 乗せられている生徒の顔を確認した。

「“藤田”さん――」

 少女は濡れそぼっていた。青い顔をしている。

「――どうして……」

 未だに状況が飲み込めないでいる。


「同乗しますか?」

 訪ねられたが……やるべき事が多くあることに気がついた。

「三村さんお願いします」

 傍らで立っていた校務員に声を掛ける。


「え、あたし?」

 年老いた校務員が聞き返してきた。

「私は、親御さんと学校関係者に連絡をします。三村さんは何処の病院に搬送されたのか、詳しい状況がわかったら学校に電話して下さい」


 テキパキと指示を出す。校務員の乗り込んだ救急車を見送り、胸ポケットの携帯電話を取り出す。彼女の自宅に電話をする。

 ――父親が出た。

「……」

 父親は沈黙していた。搬送先が分かり次第連絡する――そう告げて電話を切る。

 この後、何件か電話を掛ける。

 緊急時のマニュアル通りの仕事が終わった。

 そして、放心状態となる。


「先生!」

 知った声を聞き振り返る。

 少し安心して本心を漏らしてしまった。

「“国重”君……私……また失敗した」


 私の失敗……。



 場面は変わる。


 高校の教室。黒板には大きく「自習」と白いチョークで太く書かれていた。

 “田村敦子”は高校二年生であった。

 紺色の半袖セーラー服。襟には臙脂えんじ色の二本のラインが入っていて、同色のスカーフをしている。


 クラスメイト達は当然の如く、黒板の指示を無視している。各々が勝手なことを始めていた。

 大声で会話を始めていたり、雑巾を丸めてキャッチボールをしていたり。隅では4人でトランプをしている。大富豪だった。


「自習中でしょ! 静かにしなさい!!」

 “敦子”は、机を両手で叩き立ち上がる。

「オマエが一番五月蠅いよ! 委員長!!」

 後ろの方の席の男子からチャチャが入り、笑いが起こる。クラス委員長の“敦子”は耳まで真っ赤にして再び席に座り直す。

 この時間。

 担任で数学担当の“岡本おかもと みのる”が、身内に不幸とのことで急遽自習となったのだ。


「コイツらはダメだ……」

 心の中で叫ぶ。

 無言で席を立ち、教室を出る。

 真っ直ぐに職員室へと向かった。

 今は授業中なので職員室は閑散としている。二年生の担任の教師達の‘島’へ向かう。机が並んでいる。

 体育教師で学年主任の“島田“がいた。

「どうした“田村”?」

 不思議そうな顔で“敦子”を見つめている。

「自習中なのに言うことを聞かないんです!」

 学年主任が喋り終わる前に言葉を重ねる。


「それより、お通夜にクラス代表で出てくれないか……」

 たばこ臭い口を耳元に近づけて喋って来た。

「え?」

 何の事だ?

「“岡本”先生の奥さんが亡くなられたんだ。教師だけでなく、生徒も出席しなくちゃならんだろ」

 そう言って椅子にふんぞり返る。軋む音がした。

 初耳だった。


「だって結婚したばかりで、つい最近お子さんも……」

 クラス全員でカンパして子供の誕生祝いを差し上げたのは4月だった。

 女の子用のベビー服だった。


「そうなんだよ。可哀想にねぇ~」

 あまり心がこもっていない様子だった。彼も勿論、葬儀に出席する筈である。色々と面倒だと感じているらしい。

「急ですね。事故か何かですか?」

 とがめるようにキツク言う。

 再び学年主任は顔を近づけて来てヒソヒソと話し出す。

「乳ガンだって……。わかったときには手遅れだったらしい……君らも気をつけなさいよ」

「はいはい」

 教師のセクハラを軽くかわし、教室へと戻る。


「“岡本”先生の奥さんが亡くなったそうです」

 教壇に立ち、クラス全員に向けて言い放つ。騒がしかった教室内も流石に静かになる。


「お葬式はいつなんですか?」

 クラスで香典も集めなくてはならず――副委員長の男子が手を挙げて質問する。

「詳しい日程はまだ決まっていません。とりあえず今日のお通夜に私がクラス代表で出席します」

 教室内は少しざわつく。

 委員長の専制政治にはウンザリしているのだ。



 ――夕刻。


 通夜の会場となっている町内会の集会場に足を運ぶ。主席者は、まだまばらだった。

「おお、“田村”か……」

 赤ん坊を抱えた担任教師が、自分を見つけて歩み寄ってきた。

 可愛らしい女の子だ。今は眠っている。

「こ、この度は……ご、ご愁傷様です……」

 お通夜に出席したのは初めてだ。過去に親戚の葬儀に出たことはある。その時は確か小学生だった。不幸の席の作法など教わっていなかった。

 ぎこちなく挨拶を交わす。


「いやぁ~僕はいいんだよ……僕は。彼女のご両親がね……見ていられないんだ……ホントに……」

 奥で塞ぎ込んでいる初老の夫婦の方を向く。

 憔悴しきった様子だった。奥さんはまだ24歳……さぞかし無念であろう。

「何を言ってるんですか! しっかりして下さい先生! お子さんもまだ小さいのに……」

 こんなに弱々しい担任教師は始めて見た。


 愛娘の頭を愛おしそうに撫でている教師。

 女の子は周囲の思いをよそに熟睡している。

「“田村”はいつも厳しいな」

 この人はいつもそうだ。優しすぎるから。


 自分の秘めた思い……告げられない思い。

 高校の入学式の後――

 担任となったこの人に一目惚れし……その日のうちに玉砕する。


 独身なのか――と他の女生徒に聞かれて、春休みに結婚したと教師は告白した。

 結婚指輪を見せていた。

 まるでギャグマンガの様だ――自らの思いを封印した。

 ――が……奥さんの不幸の報を聞いて、心の奥底に何かの感情が芽生える。

 慌てて、それを打ち消そうとする。


「ここで、優しく迫れば……」

 ダメだ! 不器用な自分には無理な話だ。


 幼少の頃から人付き合いが苦手だった。人は好きなのだが付き合い方が下手だった。

 距離感が難しいのだ。今まで仲良くしていた友人から、いきなり一方的に嫌われてしまって遠ざかってしまった事が何度もある。


 この高校は、同じ中学の出身者が殆ど居ない。無理して遠くの進学校を選んで良かった。高校生になったら自分は生まれ変わるのだ!

 現在は親戚の家に下宿している。環境からも変えていった。


「肩に力が入りすぎてるぞ、まだまだ高校生活は長いんだ。リラックスリラックス」

 最初の時から緊張していたのだろう……入学式の時点から無理している自分の姿に気がついたのだ。新任の担任教師“岡本おかもと みのる”は教室に入るなり、優しく声を掛けてくれた。

 そして、好きになった。始めて好きになった男性だった。顔は割とイケメンの部類に入るのだと思う……あくまでも自分の主観だが。


「先生! しっかりして下さいね。お父さんなんだから……」

 彼の手を力強く握り励ます。

 静かな会場には不似合いな言葉だった。



 ――翌日。

 朝のホームルームで担任教師の状況を説明する。

 葬儀は日曜日の13時。

 通夜と同じ場所の町内会集会場。

 クラスの代表として自分と副委員長だけが出席すると告げる。すると、クラスの連中から異論が続出する。


「大勢で押しかけると、先方の迷惑になります」

 “敦子”はキッパリと言い切った。

「オマエにそんな権限はないだろ!」

 後方に座るクラスの男子が反論する。

「奥さんには、お子さんが生まれた時にみんなで病院にお祝いに行ったのに……」

 一人の女子が、そう発言して押し黙る。

 不用意であったと自分で気が付いたのだ。

 “敦子”にはそんな事実に覚えがない。

「バカ!」

 他の男子が、不覚な発言をした女子をたしなめる。


「何の事ですか……?」

 声が少し震えていた。

「“福永”! 話してやれよ!」

 女子をとがめていた男子が言った。

 “福永”とは副委員長の男子生徒の事である。

 本来ならば、入試でクラストップの成績の彼がクラス委員長になるはずだった。

 立候補者がなければ自動的に決定していた。クラス替えのない高校では3年間クラス委員の交代は無いのだ。


 “敦子”は、空気も読まずに立候補してしまった。自分を変えるため……ただ、それだけの理由。

 甚だ、有り難迷惑の行為だった。

 この行いはクラスの全員に負担を掛けることになった。

 自分の許容量を完全に超えていた。多くのミスを犯してしまい、解任動議を掛けられていたことは知っている。

 連絡の不徹底に、確認の不備。ケアレスミスが多すぎて呆れられていた。

 学校の購買部と食堂が休みである事を伝え忘れた日。

 皆は、弁当持参した生徒が分け与えたり、外のコンビニに走って行き購入していたりした。


「“田村”さんを辞めさせる為に、みんなで先生に会いに行ったんだ」

 “敦子”はその言葉を聞き、驚愕の表情で“福永”を見つめる。

 副委員長は容赦ない言葉を投げつけて来る。

「君には内緒でね……。お祝いにかこつけて先生と奥さんに会ったんだ」


「……」

 言葉が出なかった……。失敗した……自分で先走って失敗した。いつもそうだ、周囲の気持ちを考えない自分が悪いんだ。


「先生は謝っていたよ――君の替わりにね。中学校の先生からの内申書に丁寧な記述があったんだって――君を宜しく頼むとね。一人で何でも抱え込みすぎる君を、注意して見ておくようにと……それに従ったそうだよ」

 聞いたこともない話だ。中学の時の担任教師の事は、寧ろ嫌っていた……事あるごとに衝突していた。この高校を選んだことでも揉めていた。

 だから……信じられない。

 自分を気にしていたなんて……。


「“岡本”先生は、中学の先生の真摯な態度にえらく感動したらしいよ。だから、僕達の前で頭を下げた。一年間様子を見て欲しいと――最後は土下座までしたんだ」


 それを聞き、“敦子”は大粒の涙を流していた……自分は知らなかった。知らされて無かった。皆に大迷惑を掛けていた事実に――そして、教師達の自分に対する寛大さに――始めて感謝をする。

 涙は……その為の涙だ。


「……ずみまぜん……」

 鼻声で言葉になっていなかった。

 “敦子”が土下座をしようとするのを、見かねた女子数名が止めさせる。

「いいの! 謝らなくていいの!」


「委員長! しっかりしろ!」

 いつも自分を茶化す男子が励ましの声を掛けてくる。

 立ち上がり涙を紺色のセーラー服の袖で拭う。


「わかりました。みんなでお葬式に出席します! でも静かにするんですよ……委員長命令です!」

 キッパリと言い放つ。

「はい! 委員長!」

 全員がそう答えた。



 ――時は流れる。


 教育実習生として、同じ教室の教壇に立つ。

 教師を目指そうとは微塵も思っていなかった……あの日のあの時までは……。

 生徒達を見渡す。教室の後ろでは自分の担当の“岡本実”が優しく見つめていた。


 この教師のようになろう……いつも優しく。

 中学の時の教師のようになろう……生徒の全てを見渡せるように……。


 そして、教育実習の期間が終わったら……告白をするのだ……今も好きだという変わらない気持ちを……。



 そして、場面は変わる。雨上がりのあの時の校庭。

 自分は失敗した……何を見逃した?

 全てが上手くいってると、自惚れていた。


 そうだ!

 ――靴。


 何かの偶然――悪い偶然。

 中学の教室の一つ。防音工事が行われていた。

 工事関係者が出入りする際、ダンボール箱に紛れて入ってしまった――“藤田愛”の靴。

 靴の中敷きに名前が書いてあった。校務員の“三村”を介して自分の元まで届いたのだった。

 それを渡そうとした時、彼女は――“愛”は、“敦子”の言葉を無視して早足で学校の外に出て行った。


 そういえば、その数日前から様子がおかしかった。

 元々、表情の乏しい少女だった。

 その少女が更に、少しも笑わなくなった。

 クラブ活動で“国重俊樹”と揉めたのか?


 そもそも、靴が紛れ込むとはおかしな話である。

「イジメ……?」

 そんな考えに行き当たった時。

 顧問をしているクラブの生徒から声を掛けられた。

「先生……失敗って……?」


「“国重”君……何か……知らない?」

 彼も押し黙り、沈黙してしまった。

 心当たりは無いらしい。


 “愛”はその様子を俯瞰で黙って見つめる。

 “岡本敦子”の体からは引きはがされていた。

 言葉が出なかった……。

 後ろにいて顔の見えないはずのマントの男。その顔が笑っているように感じた。



『Sweet16』は1992年発売の「佐野元春」さんのアルバム「Sweet16」の中の曲で、アルバムの表題曲です。

アルバム「Sweet16」は「佐野元春」さんの充実期の作品です。全曲含めて完成度の高い一作です。

16歳の男子高校生をモデルとした歌詞は、アルバムジャケットに採用された「チェリーパイ」と同じく、甘さの中に青春の酸っぱさを感じる内容です。

「チェリーパイ」は当時流行していたアメリカのTVドラマ「ツイン・ピークス」から影響を受けていたのでしょう。

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