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#10「クリスマス・タイム・イン・ブルー」

この作品のタイトル名・サブタイトル名は、歌手の「佐野元春」さんの楽曲名を使用しています。次回以降のサブタイトル名も同様です。

文章内では歌詞は引用していません。しかし、簡単な単語は用いてます。名詞・固有名詞程度です。


   #10「クリスマス・タイム・イン・ブルー」



 舞台は戻っていた。“愛”は長らく父と母の若かりし頃を見せられていた。

 暖かい気持ちになっている。

 ――写真部。

 今度は、自分達の部室に戻っていた。


 “愛”は自分に同化していた。

 途端、寒さを感じる。制服の上に紺色のセーターを羽織っていたが、それでも足元から冷えて来ていた。

 部室の床は、コンクリートの打ちっ放しなのだ。

 暖房も無い。隅には石油ストーブが置いてあるが、冬休み期間中は使用禁止だった。


 写真部の部室の壁には写真が飾られていた。11月に行われた萩市の「時代まつり」の写真。毛利家の大名行列になぞらえた祭りの列。駕籠かごに乗った‘姫’に“金谷かなや 知美ともみ”が扮していた。母親に似て美人に成長している。

 “愛”が撮影した写真は、市から表彰されていた。

 パネルになって貼られているのだ。


 窓の外を見る。夕方だが、すっかり暗くなっていた。学校もこの場所しか明かりが点いていない。

 二日前は‘冬至’だった。

「悪い悪い、待たせちゃった……」

 そう言って顧問の“岡本おかもと 敦子あつこ”が入ってきた。

 大ぶりの外国製の三脚を抱えている。


「クリスマスイブ……」

 “愛”は思い出していた。去年の出来事だ。


「この度は、お目出とさん」

 “岡本”教諭は壁のパネルの方を見てから、“愛”に声を掛けた。

「ハァ……」

 “愛”は曖昧な返事をする。あの写真は構図からシャッタースピードなど丁寧にアドバイスしてくれた人物が居た。隣の彼の殊勲賞なのだ。

「先生は……鼻高々なのだよ。この勢いで、『椿まつり』に『夏みかんまつり』と『おしくらごう』の写真をジャンジャンお願いしたい――」

 “愛”の肩をポンポンと叩く。


「――で、今回も二人には『萩駅』前のイルミネーションの写真を撮ってきて欲しいのよ。上手に撮れたら、萩市の広報誌とか観光案内とかに採用されるかもだよ」

 “敦子”は二人の部員に続けてウィンクする。


 “愛”の隣には“国重くにしげ 俊樹としき”が座っていた。一眼レフとレンズ……そして、長時間撮影用のレリーズなどが入ったアルミ製の大きなカメラバッグを抱えている。


「何で今日なんですか?」

 “俊樹”は質問する。彼は防寒用に‘オリーブドラブ’のフライトジャケットを制服の上に着ていた。

 ベンジンを燃料とする‘白金懐炉’を懐に入れている。服の上から形を確かめていた。


「もう……先生も気を利かせているのよ……」

 意味ありげに微笑んだ。

「何時まで……ですか?」

 “愛”は確認する。今日からは冬休みだった。わざわざ顧問の教師に呼び出されていたのだ。

 それぞれの家庭でも、簡単なホームパーティーを開く。帰宅の時間が重要だ。

「今日は混むだろうけどさ……すっかり暗くなったから、早めに向かおうね」

 顧問は車のキーを指でクルクル回す。彼女の自家用車で現場まで向かう事となる。



「じゃ! 後で迎えに来るから……」

 運転席の窓から顔を出して“敦子”は言った。

 「判りました」

 “愛”は答える。

 そうして、教師の車は駅のロータリーをくるりと回って走り去る。

 ブレーキランプの赤い光が目立っていた。


 既に“俊樹”は三脚で場所取りをしている。顧問の話と違って見物客は殆どいなかった。

 ロマンチックな風景を楽しむより、家庭でのんびりとした催しを楽しむのだ。

 見物人も、時々現れては車に乗ったまま写真に収める程度だった。

 駅前の小さなロータリー。中心には花壇があり、冬季限定で大仰な飾り付けがされる。「萩イルミネフェスタ」その場所には、イルミネーションで形作られたツリーが並んでいた。

 すっかり暗くなり、青色のLEDが瞬いている。色温度が高いためか、より色彩が強調されている。


「この角度で良いかな」

 カメラを三脚にセットして“俊樹”が尋ねる。

「大丈夫だと思います」

 “愛”はカメラのファインダーを覗いて構図を確認する。二人は寄り添っていた。

 彼女はOKサインを指で出した。


 “俊樹”は隣に立つ“愛”を見つめていた。制服の上から白いダウンジャケットを着込んでいる。首元と袖口にはファーがあしらわれていて、彼女の可愛らしさが強調されていた。“俊樹”は思う――

 可憐な真冬の天使だった。


「先生急いでいたな」

 その言葉に“愛”も頷く。

「先生のお子さんは二人共女の子だから……家族でパーティーを開いていると思いますよ……」

 明るい笑顔だった。青い光に照らされる。


 今回のカメラは、顧問から借りたデジタル一眼レフだった。30mmのやや広角の単焦点レンズが付けられている。長時間露光時のシャッター時間がどうしても難しいのだ。

 慎重に計算をする。

「ニコンの'D4'かぁ~50万円以上するからなぁ~。プロ用だし……」

 “俊樹”は自分の所有する中古のカメラ'F4s'との値段差を実感する。

 預かり物を丁重に扱う。ストラップには'NPS'と表示されていた。'Nikon Professional Services'――プロカメラマンとして登録している会員に支給される代物だ。

「先生のお兄さんは、市内で写真スタジオに勤めながら県内の野生動物を撮影しているんですよ――」

 始めて聞く話だ――“俊樹”は思う。


「――有名な方です。“田村たむら りょう”さん。写真集とか本屋さんに並んでましたよ」

 今日は良く喋る“愛”だと思った。彼女は手編みの毛糸の手袋に息を吹きかけていた。

「知らなかった。先生は教えてくれなかった……」

 プロカメラマンを目指す自分には、良い目標が出来たと思った。会ってみたい。

 身近にいるとは知らなかった。


「寒いですね」

 そう言って“愛”は足踏みを始める。

「今日は、底冷えがする――」

 “俊樹”の吐く息が白くなった。日が完全に落ちて、急激に気温が下がっていた。零度近くにまで冷え込んでいるかも知れない。

「――イブに雪が降ると、ロマンチックだな」

 “愛”の顔を見る。“俊樹”は自分用の懐中懐炉を彼女に差し出した。

「あ、ありがと――」

 両手で受け取った彼女は、冷たくなった自分の頬に当てる。

「――降りますよ」

「え?」

 小声だったので聞き返す。

「雪は降ると思います。私の特別な日は……」


 ――いつも雨降りだった。


 “愛”の意識は本人の体から剥ぎ取られた。

 仲良く寄り添う少年と少女とを空から眺めている。

 駅前の青いイルミネーションが煌びやかだった。

 仲の良い二人が眩しかった。

 意識は空高く舞い上がる。

 航空写真のような、街の夜景を見下ろしている。

 小さな光の一つ一つの中で、人々の生活が営われているのだった。


 客観的に――俯瞰的に、この風景を眺める“愛”は呟いた。

「何を見せたいの……」

 男を振り返る。またもマントを深く被っている。

 剥いで顔を見たいと思った。欲求があった。

 笑っているのだろう。


 自分は――

 皆の愛を裏切った!

 皆の愛を試そうとした。


「そうよ! 私は試そうとした! だから罰を受けた……当然の報いなのは知っている!」

 男の胸ぐらを掴む。

「もうやめて……もうゆるして……」

 男の足元に崩れ落ちていた。



 場面が変わった。


 自宅だった。“愛”の母親“陽子”が夕飯の支度をしている。テーブルには小さめなホールケーキが用意されていた。赤いサンタのロウソクが立てられている。

 ローストチキンとまでは行かないので、チキンのレッグをフライパンで焼いていた。

 リビング隅にはアップライトピアノが置いてある。母の伴奏でクリスマスソングが奏でられるのだ。

 家族の帰りを待つ顔だった。


 次は父親の仕事場だった。休日出勤だった。夜遅い建築現場……明かりが灯る中、ヘルメットを被った父親は仕事に勤しんでいた。

 設計図と睨めっこしている。

 普段見ることは出来ない作業着姿だった。



 次は……始めて見る風景。“金谷 知美”が赤い三角帽子を被ってテーブルにケーキを並べた。小さな苺のショートケーキ。チキンの丸焼きが中央にあった。切り分けるのは“知美”の母親。歳を取ったが未だに美人である。隣には中年男性。“知美”の父親はサンタに扮装していた。白いあごひげを付けている。

 テーブルには小学生の男女。“知美”の弟と妹だ。大きくなったと……“愛”は感心する。

 小さな家だった。居間の直ぐ隣には和室があり、仏壇には写真があった。見知った老婆の顔だった。笑っていた……ちゃんと歯があった。



 もう一度“愛”の自宅に戻る。しかし、今度は様相が違っていた……リビングには小さなクリスマスツリーが飾られている。

 ツリーのそばにはベビー服や赤ちゃん用の玩具が置いてあった。

 テーブルに小さなケーキを置いたのは“浩一”だった。テーブルは新品同様だ。現在は所々傷が有るのだが……ピカピカに輝いていた。

 テーブル前の椅子に座るのは……お腹が大きな母……“陽子”だった。編み物をしている。


「こんなのしか買えなかった……」

 “浩一”は済まなそうに妊婦に頭を下げた。ケーキの他に、出来合いのオードブルを数点並べる。

 “陽子”は苦労して立ち上がり、台所に向かっていく。


 “愛”の意識は父親の“浩一”に同化していた。


「いいのよ、先輩……」

 戻って、テーブルに食器を並べながら言った。

 出産間近で臨月の妻。少しの家事も辛そうだった。彼女の母親が昼間に家事を手伝ってくれている。

 義母の“素子”との同居を申し出たが、彼女は古い家を守っていくのが役目だと笑って語っていた。


「何を編んでたの?」

 “浩一”はテーブルの上に置かれた編みかけの毛糸を見つめる。

「帽子を作っているんです。母に教わりながら……赤ちゃんの……パンツやセーターも作ってあげたいの……」

 毛糸の玉を優しく抱きしめる。

「俺には作ってくれなかったじゃないか……」

 “浩一”は少しむくれてみせる。

「先輩! 嫉妬ですか? いやぁ~昔にね、マフラーをプレゼントしようと思ったけど……おぞましい物体が出来上がったの――」

 上目遣いに夫を見やる。

「――今度は、チャンと本も買って勉強中!」

 そう言いながら、皿に料理を取り分けていた。



「先輩は、生まれ変わりとか信じます?」

 食事も終わり、不意に“陽子”は“浩一”に尋ねてくる。優しく低い声だった。部屋を暗くしているので、ツリーに飾られた麦球の明かりが眩しい。

 久しぶりにビールを飲んで、少し酩酊している“浩一”だった。“陽子”の質問の意味が理解出来ないでいた。

「生まれ変わり?」

 呆けた顔で聞き返す。

「輪廻転生……リインカーネーションです……」

 妻の意外な発言に驚く。“陽子”は極めて現実的な女性だと認識していた。精神世界スピリチュアルな話題は、殆どしたことは無かった。

六道輪廻りくどうりんねの事かい?」

 大学時代に宗教学を多少は囓っていた。この言葉に“陽子”は首を傾げる。

六道りくどう……って?」

 隣の椅子に座る彼女は夫にもたれ掛かる。

六道ろくどうとも言う。生まれ変わる先には六つの世界があるんだって……。多くは人間界に生まれ変わるけど、前世の行いによって天上界から地獄界まで振り分けられる。そのぐらいしか知らないけれど……」

 このぐらいで話題を切り上げようと考える。

 確かに、妊娠してからの“陽子”は不思議な言動が多くなった。妊娠初期から赤ちゃんは女の子だと云い、生まれ来る日も断言していた。

 名前まで考えていると言っていた……確かに、プレゼントされたベビー服は女の子用だけだった。

 彼女が、家族や友人達に自慢げに語っていたのを思い出す。


 病院の産婦人科の診断で女児だと判明し、出産予定日が告げられると……彼女の思いは確信に変わってしまった。

 最近の彼女は、少し怖いぐらいだった。


「お腹に耳を当ててみます?」

 “陽子”が聞いてきた。断る理由は無かったので、椅子から立ち上がり彼女の隣に跪く。ゆっくりと大きく迫り出したお腹に右耳を当ててみる。

「ん?」

「聞こえた?」

 何も聞こえない。妻の声が響いているだけだ。

 ――と、頬に突き上げられる感触を感じた。

「う、動いた!」

 驚きの声を挙げる。

「あはははは――」

 思わず大きな笑い声を出していた。何時もの“陽子”に戻っていた。

「――パパを蹴っているのよ。お転婆さんに成長するのかしら……」

 自分のお腹に声を掛ける。

「来年には、二人はパパとママになるのか……」

 しみじみと“浩一”は言う。長かった二人の歩み。立ち上がり妻の肩に手を載せる。

「先輩って云うのも……‘パパ’って……呼び方に変わるのかしら――」

 椅子に座ったまま、夫の顔を見上げる。

「――先輩は……先輩のままで、いて下さいね」

「な、何だよ急に……」

 顔を赤らめて下を向く。



 舞台は現代に戻っていた。


 “岡本敦子”は店に注文していたフライドチキンを持って食卓に顔を出す。

「ママァ~」

 二人の娘は甘えていた。テーブルでは夫がケーキを取り分ける。

 ロウソクには火が点いていた。

「直ぐに帰って来るわ。二人の教え子もクリスマスをお祝いしないとね」

 娘達にウィンクする。

「直ぐに帰って来てね」

 二人の幼女はユニゾンで話す。

 “敦子”は小さく手を振って赤いダッフルコートを着込む。

 ストールを巻きながら玄関から出る。手に息を吹きかける。

 車に乗り込もうとして――

「あ!」

 ――空を見上げる。



 場面が戻る。“愛”も自分と同化していた。


「雪!」


 彼女は声に出していた。

 ハラハラと空から小さな白い六花りっかが降り注いでいた。

 やがて本格的に降り始める。

 青いイルミネーションが、瞬く間に白いベールに覆われる。


「カ、カメラ!」

 撮影は終了していた。撮影時間を工夫して何度もシャッターを切っていた。高価なカメラが濡れないように“俊樹”は慌てて片付けを始めていた。

 そんな彼に“愛”は話しかける。

「年明け……最初のクラブ活動は、ポートレイト撮影にしましょうか? お互いの顔写真を写し合うんです」

「え?」

 “俊樹”には良く聞こえないでいた。遠くで走る車の音が大きくなっている。

「何でもないです……」

 勇気を出した“愛”の提案だったが、聞き逃されてしまった。


 シャーベット状の濡れた路面を車が走ってきた。

 “岡本”教諭の車ではなかった。黒い軽自動車。スズキのワゴンRだった。

 二人の前に停車した。レトロな駅舎を背景に、雪華を頂いた電飾のレアな風景を収めに来たのだろうか。

 運転席の窓が開く。


 中年女性が顔を出してきた。

「アラ――お嬢ちゃん、お久しぶり……」

 “愛”に向けて話していた。

 この時点での“愛”には面識は無かった。

 同化した“愛”は見知っていた。パグ犬の様な愛嬌のある黒目がちの顔……。

 父親が入院したときの病院の看護師だった。


「婦長――お知り合い?」

 助手席の若い女性が声を掛ける。“安藤あんどう 真弓まゆみ”は今では婦長を務めているのだ。


「小さいお嬢ちゃんは変わらないわね――」

 婦長は“愛”を見て話しているわけでは無かった。微妙に視線が外れている。

 “愛”の右隣。誰も居ない。

 駅前のロータリーにはうっすらと雪が積もっていた。黒い車の屋根にも積もって来た。

「――さ、夜勤! 夜勤! クリスマスも正月も関係ないわ!」

 “安藤真弓”はそう言って車を発進させる。窓を閉める。

 アクセルを急に踏み込んだためか、前輪が少し空回りしていた。

 やがてゆっくりと走り去る。


 直ぐ後に“岡本敦子”の車が到着した。水色の日産マーチ。ワイパーが忙しなく動いていた。室内灯が点く。車内が暖かい色に包まれる。

「寒かったでしょ。さ、さ、乗って!」

 後部のハッチバックを開けて、“俊樹”は荷物を積み込んでいた。

 行きは助手席に座った“愛”だったが――

 帰りは、後部座席の“俊樹”の隣に座る。


「あ、暖かい……」

 車内は暖房が効いている。“愛”は思わず言葉に出していた。こわばった顔も緩んでくる。

「ホイ!」

 “敦子”は暖かい缶コーヒーを二人に差し出す。


「ホワイトクリスマス……」

 “俊樹”が窓の外を見て言った。

 本格的に積もってきた。


「早く帰らないとね……スノータイヤだけじゃなくてチェーンが必要になる――」

 “敦子”はタイヤが滑らないようにゆっくりとアクセルを踏む。そして――

「――メリークリスマス」

 バックミラーに映る少年少女に向けて、聞こえないように囁いた。


 青い車は駅から遠ざかる。

 駅前からは人々が居なくなった。

 寒い屋外から暖かい家庭に……それぞれが戻っていく。

 暗闇の中、銀雪は青いイルミネーションを映し出す。

 意識だけの“愛”が残されていた。


 “愛”はその風景を脳裏に焼き付けようとしていた。

 いつまでも――

 いつまでも……。


『クリスマス・タイム・イン・ブルー』(Christmas Time In Blue)は1985年発売の「佐野元春」さんの企画12インチシングルの曲です。

1986年発売のアルバム「Cafe Bohemia」に収録。「No Damage Ⅱ」や「Moto Singles 1980-1989」などにも収録されています。

彼には珍しいクリスマスソングなのですが――「佐野元春」さんらしく、少しほろ苦い内容の歌詞になっています。

一人で過ごす――シングルクリスマスの定番ソングですね。


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