7 一時の美酒
あれから――結構な時間が流れた。
私の日常は、基本的に同じことの繰り返しになっている。
朝昼晩と、彼が会いにきて。
食事を一緒にとって、夜はその腕の中で眠る。
その繰り返し。
それ以外の時間に風呂を済ませたり、あるいはいろんなことを教わる。遠くに見るばかりだったダンス、ちょっとした、気づかないような立ち振る舞い、国の歴史や人の名前。
彼は、私をどうしたいのだろうと思う。
そんなものを覚えても、なんの役に立たないのに。
役立てるような身分でも職業でも、ないのに。
これがリシェリなら、いろいろと役に立つのだろうと思う。巫女は偉い人と会うことも少なくないから、やはりそういう知識はあると何かの時に役に立つだろう。
私なんかじゃ、そんな機会はない。だから意味なんてない。巫女ではない竜の女は、子を成すことだけが使命になる。若い世代はそうでもないけど、古い世代は声高にそれを叫ぶ。
新たな巫女を生み出せないなら、その存在に価値はないと言い切る。
わたしは、いつもそういわれ続けてきた。
お前は巫女ではないのだから、子をたくさん産むように。お前は姉妹に巫女がいるのに何も持たなかったのだから、せめて次の巫女となる命をたくさん、たくさんはぐくむように。
それ以外に価値はないのだから、騎士になどなるべきではない。
それでも私は剣を手にとって、普通の娘として生きる道を捨ててしまった。それ以外の道は存在しないんだって、言い聞かせるように仕事だけをやってきた。
きっと、彼の妨害がなくても、私の結婚はうまく行かなかっただろう。
こんな面白みのない女をもらっても、きっと誰も喜ばない。
そんな女にあれこれ仕込んだって、たかが知れている。
意味は、ないのに。
だけどそれを言ったら、今が終わってしまうような気がして。それがもったいないと思っているのか、くすぶっているばかりの憧れのような彼への恋が、縋るように泣いているのか。
私は彼が求めるままに、ありとあらゆる勉学と教養を受け入れた。
どうして、とさすがに問うた私に、彼はにこやかな笑顔で。
『必要なことだから』
そう答えて、終わった。これ以上は答えそうにないので、先生や侍女にも尋ねるが、基本的には王子の意思のままにやっているらしく、何の収穫もないままだった。
まぁ、何もすることがないから、ある意味では助かっているけど。
ただ……ほんの少し、思ってしまう。そんな自分がいるのだけが面倒だった。
ありえない期待が、実現するのではないかと。
御伽噺のようなものを期待して、どきどきする愚かな自分が育っていく。彼にずるずると惹かれて行く自分を見つけ、それがなぜだかたまらなく『嬉しい』と思ってしまう。
そんな私の心を諭すように、年配の侍女は淡々と告げるのだ。
「ここまでのことは、今までありませんでしたが」
「はい」
「王子の『悪い遊び』であることに、代わりなどありません。ゆめゆめ、お忘れなきよう」
「はい」
少しでも期待した素振りを見せてしまえば、彼女はそうして現実を突きつける。彼女はきっとそうやって、私が最後にズタズタになるのを防ごうとしてくれているのかもしれない。
王子に焦がれて、身を滅ぼした少女の数は結構いる。彼は二股とか不誠実なことはしない人だったけれど、次から次へと相手を乗り換えていくひどい人ではあった。
今は、それはある種の『仕事』だったと知っているけど、知ってもなおわたしの心はつかまれたまま逃れることができない。知っていてこれなら、知らなければのぼせ上がってしまう。
彼女が突きつける言葉のおかげで、私は現実を忘れずにいられた。
いつか、ここをたたき出されて独りになっても、きっと私は歩き出せる。
だってこれは、『仕事』だから。
こうして多くの接点を持ち、兄にも妹にもできないことをするのが彼の『仕事』。
私は、さしずめその相棒といったところだ。
だから、期待なんてしちゃいけないの。
そんな覚悟を携えた監禁だか、軟禁だかの生活も半年。私はすっかりと貴族令嬢のような仕上がりとなって、なぜか先生方からは涙と共に合格を言い渡されるようになった。
少しは彼の傍にいるに値するものに、なれただろうか。
ほんの一時期でも、一緒にいても彼を損ねないようなものに、なれただろうか。もしそうならとても嬉しく思うのと同時に、それでもいつかは離れなければならないことが悲しい。
そんな時に、ふと、私は思い出す。
もうじき――カーライル王子の、誕生日だと。