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2 訪れない春

 いつから、といわれるとマーヤに自信はない。

 いつの間にか、としか、彼女には説明のしようがなかった。

 妹は巫女なのに、から始まる一連の『否定』は、もはや日常の一部である。それでも男はそれなりに近寄ってきていたが、彼らの目当ては辺境守護とはいえ巫女となった妹リシェリ。

 亡き母によく似た妹を、兄弟みんなが愛していた。

 巫女はとても大切にされるが、決して幸せかというとそうでもない。

 両親を奪ったあの戦いの、首謀者となった大国の王女などがいい例だろう。

 あの国に最後に残った巫女であり、王女。彼女は戦勝国となった、竜が極端に少ないある国の王子に嫁いだ。ちょうどマーヤと年が近い王子は、現在は二十一になっているはずである。

 あの国の人間というだけで避けられることも少なくないのに、王族となれば石を投げつけられればまだいい方。誰が考えても、ロクな扱いはされていないとマーヤは知っている。


 その王女の役目は、王子との間に子を成すことだけ。

 いうならば、あの王族に竜という血を差し出すための生贄だ。

 子供さえ生まれれば、存在する価値などない。


 マーヤは一度あの王子に会ったが、あの様子では姫はヒトとしての扱いすらされていないのだろうと思う。あれで国内ではモテモテというのだから、世の中狂っていると思った。

 そんな王女は城の中に『丁寧に監禁されている』そうだが、前にマーヤが王女の護衛で出向いた時、その嘘は露見した。竜の気配が、自分と他国から来た騎士以外になかったのだ。

 おそらく、竜――竜族を伴った来賓はみんな知っているだろう。

 あの国は件の王女を『処分』したのだと。

 まぁ、問題はないようだ。かの大国の残り物達は、王女などどうでもいいようだったし。何より国内で新しい巫女が見つかったと聞く。敵国の姫を王妃にする必要は、消し飛んだ。

 処刑されたのか、どこかに放りだされたのかは知らない。

 ただ、妹と同い年というだけで、同い年の巫女というだけで。

 少し哀れだと、かわいそうだとマーヤは思ってしまう。

 あの国のせいで両親を失っていても、そう思ってしまうのだ。だから自分は甘く、騎士に向いていないと言われたのだろう。けれど巫女になれないマーヤに、これ以外の道はなかった。

 そういう意味では、巫女と同じだ。

 他に道がなかったという意味においては、同じだった。

 巫女は誰からも傅かれるが、道具としてやり取りされることもある存在。件のような『使われ方』をした例は、そう少ないことはない。だからあれは珍しいことではないのだ。

 幸いにも、妹の傍にいるあの領主はまとものようだ。

 彼の身内の方は相変わらずなのだが、妹に会うことはないから問題ないだろう。


 ――それにきっと、彼はリシェを守ってくれる。


 それだけがマーヤの幸いで、あとの悩みは未だ帰らぬ弟――でもない。弟の傍にはあの女傑国の女王陛下がいる。彼女がいるなら何一つとして問題などないと、友人として知っていた。

 あとは兄だが、王女のストーキングに拙い色仕掛けが加わっただけで問題はない。

 どうせとっくに陥落しているのだ。さっさと姫様は更なる色仕掛けで迫ればいいと思う。

 だいたい、中途半端に服を着ているのがよくない。脱いでしまえばいいのだ。できれば薬師殿と相談して酒と薬のあわせ技を使い、既成事実をでっち上げるという手もあるだろう。

 幸いにも国王夫妻は二人の仲を了承済みで、兄の逃げ場はすでにない。

 というか――いい加減、夜這いの誤爆を喰らうのは嫌なのだ。

 朝までぶつぶつ文句を言われ、寝不足になるこちらの身にもなってほしい。それもこれも兄がいつまでも素直に手を出さないからだと、マーヤはここにいない兄に全責任を押し付ける。

 もちろん、薬だの裸だのというめちゃくちゃなアドバイスはさすがに出せないので、押しの一手で、と伝えてある。兄から恨みがましい目を向けられるのは、全力で見ないことにした。

 三人の兄弟に悩みがなくなると、残るのは自分自身のことだ。

 そう、マーヤの悩みは、まさに己に関することである。

 昔は結婚なんてしなくてもいいと思っていたが、親しい友人の幾人かが結婚し、子を設けると急に憧れが沸いたのだ。妹や弟を抱いていた、在りし日の両親を思い出したのもある。

 しかし、子供は欲しいといってもらえるような存在ではない。

 伴侶がいなければいけない。

 すでに年齢も二十歳となって、さすがに急がなければ行き遅れる。

 そこで、今更ながら結婚相手を探し出したわけなのだが。


「兄さんに尋ねたいことがあります」

「俺はお前に、一つ二つ言いたいことがあるが、後にする」

「では兄さんに質問です。兄さんに姫様をけしかける腹いせに、私の縁談を邪魔などしていませんよね? まさか私に行き遅れてしまえとかいう、ひどい感情はないですよね?」

「あるわけないだろうが。お前の方こそ、俺がどれだけ苦労していると」

「苦労しなければいいじゃないですか。一思いに楽になればよろしいと思います。姫様、あれでかなりお胸がありますよ。ほら、殿方はお胸が豊かな方がいろいろ楽しいという話ですし」

「そういう情報はいらん」

「閨でのことも勉強していますし」

「させるな」

「自分の意思で手を出すか、薬を盛られて襲われるか、そろそろ決断した方が、兄さんの今後のために必要なことだと妹として進言します。それで私の結婚についてなのですが」

 妹の淡々とした声に、わずかに兄の表情が曇る。

 マーヤは、実は十八の頃からそれなりに相手を探してはいたのだ。中には、彼女ならと話を進めようとしてくれた人もいた。しかし、いざというところで、みんな逃げてしまったのだ。

 そうこうするうちに『王子の女』という話は、いつの間にか『王子の恋人』まで進化してしまって、今では声をかければ逃げられてしまう状態にまで悪化している。

 慌てて王子に詰め寄るも、カーライルはそれがどうした、という態度を崩さない。どうも噂が一人歩きして楽しんでいるようで、まったく楽しくないマーヤはどうすることもできない。


 そもそも、ここ数年接点を極力減らしたのに、どうして噂がきえていないのか。


 これはきっと誰かが、裏で糸を引いているに違いないと、マーヤは思った。誰かがマーヤを陥れるか、マーヤのような不出来な女との仲を囁かれ王子が迷惑するのを狙っているのだ。


 その第一容疑者が兄トキである。

 疑いたくないのだが、アナスタシアとのことを散々勧めた過去が痛い。つまり、彼は妹に復讐するだけの動機があるし、それだけのことをしたという負い目が妹には一応あった。

 しかし、この様子では彼はまったく無関係のようだ。

 そうなると、まさか弟のシルス……というのはあるまい。彼は女傑国のヴィカに預けているわけだし、どうも彼女に片思い中のようだ。ヴィカとマーヤが友人であるからに、弟もない。

 さすがに妹のリシェリはないだろう。

 あっちから出てこない妹に、噂を流せるわけがない。

 つまりマーヤの身内に犯人はいない。ならば外ということになる。しかし巫女を姉妹に持ちながら巫女ではないマーヤは、いろいろと陰口を叩かれるちょうどいいマトのようなものだ。

 例の噂もあるし、何かと恨まれるような立場だと自覚している。

 妹を預けている領主の親類――姪らしいあの令嬢を筆頭に、あれこれ聞こえるように言ってくる者は後を絶たない。むしろだんだんと、団体という塊になってさえいる。

 とはいえ、彼女らにそこまでの力があるかというと、怪しいものだ。

 噂を流すことでマーヤを追い出すなら、さすがに数年経って効果なしとなれば作戦を変えてくるはずである。意識して噂を作り上げたならば、その程度の策士が向こうにいるはずだ。

 それがないということは、この噂は彼女らの意図したものではない、ということ。

 薄れるどころかほとんど尾ひれもつかない新鮮さからいって、誰かが絶えず意図して噂を流しているのは間違いない。その原因が不明なのが、おそらくマーヤにとって最大の問題だ。

「……やはり、お前になにかしらの原因があると見るべきだな」

「です、か」

 申し訳なさそうに言われた兄の言葉に、マーヤはやはりそうかと思った。

 お世辞にも、マーヤは自分が『かわいらしい』とは思わない。不細工ではないだろうが、とりわけ美人でもない。妹のような可憐さも、友人のような優美さも、自分にはない。

 護衛という任務でだが、それなりに華やかな場所にマーヤはよく行く。そこで目にする同世代の令嬢などは、実にかわいらしく『守ってあげたい』と思わせる子ばかりだった。

 じゃじゃ馬だがアナスタシアもそういう姫君だし、マーヤ同様結婚相手が見つからないヴィカでさえも、その内面は繊細な淑女。対する自分はと考え、マーヤはため息をこぼした。

 巫女として生まれなかった己を恥じるように、剣を握った十年間だった。自分という存在があり続ける限り、まるで母さえも嘲笑の対象になっているような気さえしていた。

 たとえ巫女でなくても、その姉妹に恥じないだけの力を手に入れたい。そう思って、兄や年の離れた弟がとめるのも聞かずに、ひたすらこの道をわき目もふらずに走り続けた十年。


 それが、結局何の意味ももたらさなかったのなら。

 どうして自分は、ここにいるのだろう。

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