0 はつこい
ずっと欲しかったものがある。
何より、傍において、愛でていたいものがある。
ぶどう酒のような緋色の姿に、何度恋焦がれたことだろうか。こちらには決して向けられることがない、家族にだけ向けられる笑みに、どれだけこの胸が高鳴っただろうか。
あの笑顔が欲しい。
存在が欲しい。
望めば、得られないこともない娘だった。だからこそ、どうか自らこの手の中に降り立って羽を休めて、甘い声で囁いてほしいと願った。現実は、そんな簡単なものではなかったが。
遠くから眺める姿。
五年待った。
だけど、もう待てない。
三年前なら、もしかしたら逃がしてあげられたのかもしれない。いい縁談もあったし、妥協するにはちょうどいい相手でもあった。同じ瞳が、それなりに愛でられそうだった。
だけど、結局はダメだった。
彼女が僕の縁談が纏まるよりも早く、纏めようとするより早く、将来の相手を探し始めてしまったから。さすがの僕も浮気といった不貞はしない。だからもっと遅ければ。
きっと諦めてしまえた、諦めようとすることができたはずなのに。
君が僕を避けているのは知っている。嫌っているのも。兄の上司だから、仕えるべき立場の存在だから、それなりの礼節を持って相手はしてくれるけれど、心は決して許さないのは。
あまつさえ僕の目の前で、僕以外の誰かに将来の話をするなんて。
でも残念なことに、僕の周りには使い勝手のいい連中が多い。それとなく、君の相手を彼女らに寝取らせた。一人、二人、と数は増えて、半年前に十人になって、君は探さなくなった。
だから今が好機だろう?
「マーヤ」
力なくベッドに沈む彼女に、そっと囁きかける。
かすかに香るのは、女性が好む甘い口当たりのぶどう酒のものだ。彼女はうっすらと笑みを浮かべている。どんな夢を見ているのだろう。優しく、幸せなものだったら嬉しい。
「どうして、いなくなろうとしたのかな」
城を、騎士を辞めてどこに行こうと、していたのかな、君は。
僕はちゃんと、ちゃんと君に伝えたのに。ずっと君だけを見ていた、愛していたと、ちゃんと伝えたのに。つもりではなく、声に出して。覚えている、赤くなった彼女を。
彼女は、人の心には真摯に答えてくれる人だと思っていた。
なのにどうして、逃げたのか。
無理だと、断ってくれればこんなことは、きっとしなかった。
諦めたかどうかはわからないけれど、ここまでのことはしなかった。
装飾が施された首輪に、そっと指を這わす。これと、これに繋がる鎖が、彼女をここに縛りつける。もうどこにも、行かせない。僕の傍から消えることなど、決して許さない。
ずっとここにいればいいよ。
寝ても覚めても、僕の傍にいればいいよ。
ここに、君を傷つける存在はこない、僕が決して許さない。ここは君が、穏やかに過ごすことができる場所、そのために用意した場所なのだから。ここに入れるのは僕だけだ。
「さぁ、早く目を覚まして」
そしてそのきれいな赤い瞳に、どうか僕だけをうつしてほしい。
いつかのような、可憐な微笑みを添えて。