おっとり令嬢は、言い返せない
あたくしは幼い頃より体が弱く、頭もあまり良くないので両親に疎まれていた。それに比べてローザ姉様は美しく、教養もあるため両親に愛されていた。
そんなあたくしだけど、素晴らしい婚約者がいる。
子爵のイザヤーク様だ。イザヤーク様はバカなあたくしに呆れつつ、可愛がってくれる優しい男性だ。
家族には嫌われているが、イザヤーク様さえいればいいと思っていた。
ある日。
お姉様に呼ばれて部屋に向かうと、ブローチを見せられた。
スズランの可愛いブローチだ。確かお姉様のお気に入りのはず。
なぜ見せてくれるのかと不思議に思っていたら、お姉様が上機嫌で言った。
「このブローチ、あなたにあげるわ」
「え? でも、悪いわ。お姉様のお気に入りじゃない」
「いいのよ。受け取ってちょうだい」
「……」
いつもあたくしに素っ気ないお姉様がこんなことを言ってくださるなんて……。
あたくしはブローチが貰えることより、お姉様の優しさが嬉しかった。
これを機に、お姉様と仲良くなれるかも……。
そんな期待を胸に、ブローチを受け取った。
「ありがとう。お姉様!」
それからこのブローチは、あたくしの一番の宝物となった。だからいつも身につけて、大切にしていた。
そんなある日、イザヤーク様が家に遊びに来てくれた。
二人でテラスでお茶を飲んでいると、お姉様がやって来た。お姉様は手作りのケーキを持参してニッコリ微笑んだ。
「わたくしもたまにはイザヤーク様とお話ししたいわ」
あたくしはお姉様とおしゃべり出来ることが嬉しかったので、喜んで受け入れた。
しばらく三人で仲良くおしゃべりをしていたのだが、お姉様が「あら?」と言って顔をしかめたので、会話が中断された。
「マリアンヌ。そのブローチ、わたくしのではないですか?」
「え?」
「ずっと探していたのですが、あなたが盗ったのですね?」
盗ったと言う言葉に、あたくしはギョッとした。
もしかしてお姉様は、ブローチを下さったことを忘れているのかしら?
「え……? お姉様がくれるって……」
「そんなことは言っていません! ああ、マリアンヌ……あなたは悪い子ね? 人のものを盗むなんて……。もうこんなことはしてはいけませんよ?」
お姉様は、悲しそうに目を伏せた。
なぜ……? あのときお姉様は確かにあたくしにブローチをくれるとおっしゃったのに……。
イザヤーク様が軽蔑の眼差しであたくしを見ている気がする。怖くてイザヤーク様の顔が見られない。
スカートの裾をギュッと掴み、しょんぼりうつむいていたら、イザヤーク様の声が聞こえた。
「マリアンヌ。本当にそのブローチを盗んだのか?」
真意を確かめようとしてくれたイザヤーク様の心遣いが嬉しい。お姉様には悪いと思ったけど、あたくしは正直に話した。
「盗んでないわ……。お姉様が下さったのよ……」
お姉様は「まあっ!」と叫ぶと真っ青な顔をした。
「悪い子ね! 人のせいにするなんて! イザヤーク様、申し訳ございません! この子は一族の恥ですわっ。婚約を考え直した方が良いかもしれません!」
お姉様の言葉に、あたくしは涙ぐんだ。
大好きなイザヤーク様と結婚できなくなるなんて、嫌。
でも、もう嫌われてしまったかも……。
あたくしは頭があまり良くないので、こういうときなんて言い返せばよいか分からなかった。
すると、イザヤークがふんっと鼻を鳴らした。
「俺はマリアンヌを信じるぞ。この性悪女」
「え?」
お姉様は信じられないものを見るような目でイザヤーク様を見つめた。
だが、イザヤーク様はお姉様には視線を合わせず、あたくしの方を見ながら話を続けた。
「この女、俺によく手紙をよこしてたんだ。妹は手癖が悪くてよく人のものを盗む。だから婚約は取りやめた方がいいってな」
イザヤーク様の言葉に、あたくしはギョッとした。
「な、なぜお姉様がそんなことを?」
「さぁ? 俺に惚れてるから、お前との結婚を破断にしたかったんじゃねーの。この女、よく熱っぽい目で俺を見ていたしな」
え? お姉様はイザヤーク様のことが好きだったの?
だけど、そう言われてみればイザヤーク様のことをよくお聞きになっていた。あの方はどういう食べ物がお好きなの? とかどんな本をお読みなの? とか……。
お姉様は図星を突かれたのか、真っ赤に顔を染めている。そんなお姉様を軽蔑したような眼差しで睨むと、イザヤーク様は話を続けた。
「でも、身内の悪口を言う性悪女なんて、俺は興味ねーよ」
お姉様はショックだったのか、わなわな震えながら口を開いた。
「わたくしが嘘をついている証拠などあるのですか? わたくしは本当にブローチを盗まれたのです」
「ああ、そうかい。じゃあ、俺がマリアンヌの代わりに謝るよ。盗んでごめんな。ブローチを返してやれ、マリアンヌ」
本当は盗んでいないのだが、その証拠を突き付けるのは難しかった。
だからイザヤーク様は謝罪し、あっさり引いたのだろう。
あたくしは泣きながらブローチをお姉様に返した。
ブローチを受け取ったお姉様は、まだ怒りが収まらないのか、冷たい目であたくしを睨んだ。
「謝れば良いというものではありません」
「じゃあ、嘘はいいのか? 俺、不審に思ってお前のとこの使用人にこっそり聞いたんだ。マリアンヌは盗み癖があるやっかいな小娘なのか? ってな」
その瞬間、お姉様のお顔は真っ青になった。
それをじっくり観察しながら、イザヤーク様は静かに言った。
「そうしたら侍女は答えたよ。マリアンヌは大人しくおっとりしているが、人のものを盗むなんて悪いことはしない子だってな」
「……」
「俺は実の妹の悪口ばっかり言っているお前じゃなく、親切な侍女を信じるよ」
お姉様は怒りの表情を見せたあと、椅子から立ち上がった。
「……そうですか! では、もういいです! イザヤーク様! 後悔しても知りませんからねっ」
そう言ってスタスタとお屋敷に戻っていってしまった。
残されたあたくしは、イザヤーク様の優しさに安心してわんわん泣いた。
「イザヤーク様! 信じてくれてありがとう!」
あたくしの涙を拭いながら、イザヤーク様は冗談っぽく笑った。
「だってさぁ、バカなお前が盗みなんてする知能あるわけないじゃん」
「ひどいっ。イザヤーク様のバカ!」
「でも、この家腐ってるな。使用人に色々聞いたよ。お前、家族に疎まれてるらしいな……」
「……」
この家には誰もあたくしの味方なんていないと思っていたけど、心を痛めてくれた優しい使用人もいるのね。
その使用人に心の中で感謝していると、イザヤーク様が優しく微笑んだ。
「早く結婚しよう。お前をここから逃してやる」
「……。ありがとう、イザヤーク様」
それからあたくしはすぐにイザヤーク様の家に嫁いだ。
ちょっとおっとりしているのでイザヤーク様にはいつも呆れられているけど、子供にも恵まれて幸せだ。
お姉様はまだ独身を貫いている。
イザヤーク様が言うには「アイツは自分に自信があり過ぎるから、高位貴族に見初められるのを待ってることしか出来ないんだ。行き遅れるのも時間の問題だな」ですって。
ここまで読んでくださりありがとうございました。




