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亜麻色の彼女  作者: 藍月ゆう
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覚悟(2)

 少年野球で一目置かれる存在だったワタルは、そのまま私立ではなく公立の中学校へ入学する。中学校の野球部は硬式と軟式があり、ワタルはプロ野球選手になりたいと思っていたから、硬式野球部を選ぶ。そして入学式を迎えて、無事に中学生になる。

 似合わないブレザーなんか着ちゃって、妹のミカが「お兄ちゃんカッコいい!」とか言って、両親から「立派になったな!」と褒められて、ワタルは照れる。

 ワタルが入学した中学の野球部は、はっきり言って弱い。公立で、それも家から一番近いから自動的に進学した学校なもんだから、強豪校とは程遠い。それに部員も少ない。ワタルを含めてたったの十三名だ。これでは部内の紅白戦すら開催できない。

 入部する際、ワタルは「頭を坊主にしろ」と顧問の先生に言われ、「どうしてですか」と抵抗する。

 でも先輩たちはみんな坊主だし、今までもそうだったし、坊主にしなきゃならない暗黙のルールが野球部には存在している。

 ワタルはそんなルールがあるなら野球を辞めようかと悩む。しかし野球は大好きだし、続けたいと葛藤する。

 悩んでいたワタルは、先輩から「お前、三番ショートだったんだって? ちょっと俺がノックしてやるから見せてみろよ」と持ち掛けられる。

(俺のショートの守備を見れば、髪型になんて誰も文句を言えなくなるぜ)

 自惚れたワタルは思う。

 ワタルは確かに守備の名手として少年野球のチームでは有名で、しかも打力もあったので右投げ右打ち三番ショートのレギュラーを掴んでいた。

 しかし先輩たちのノックは想像以上の打球で、ワタルはエラーをしてしまう。

 なぜだ。守備の名手なはずの俺が、どうしてエラーするんだ。ワタルは絶句する。

 そんなワタルを見て、「自信満々だった割には大したことねえじゃん」と先輩が挑発する。何をとワタルは思うが、実際に結果は散々だった。中学生の先輩が放つ打球は小学生と違い、力強く速い。周りから「天才」と称されたワタルが初めて挫折するのだ。

 だが、ワタルは打つ方にも自信があったので、先輩にバッティングピッチャーをやってくれないか直訴する。俺が打ちますから、打球を見てくださいと。

 仕方ねえなと、渋々先輩は承諾してくれる。

 するとどうだろう。ワタルの打球は、とりあえず形だけでもと守備陣形を組んでいた外野手を遥かに超えてしまう。

 バッティングピッチャーを買って出た先輩は「あれはたまたま、俺が適当に投げたから偶然だ! 今度は本気で投げるから、絶対打てない!」と悔しがる。

 次は本気だ。ワタルは気合を入れる。顧問の先生もどれどれと見物している。右打席に入るワタル。睨みつける先輩のピッチャーに対し、鋭い眼光を返す。

 先輩が右のワインドアップから速い直球を投じる。しかしボールゾーンに外れる。選球眼の良いワタルは冷静に見送る。キャッチャーの先輩が「お前、どうして振らないんだ?」と聞くが、「今のはボールだからです」と淡々と答える。

 ピッチャーの先輩が怒る。「俺が投げてやってるんだから、ボールだろうがストライクだろうが振るのが礼儀だ」と、理不尽に怒る。

 いつの間にかワタル対先輩になり、それぞれの選手が守備位置に就き、「だったら俺も手伝うか」と顧問の先生がアンパイアを務める。

 ワタルと同級生のアツヤは冷や冷やしながらベンチで見つめる。これでワタルが生意気なことばかり言ったら、自分まで先輩にしごかれてしまう。それは嫌だからやめてくれと心の中で叫ぶが、対決は止まらない。

 再び打席に入るワタル。「プレイ!」とアンパイアを務める先生がコールし、ピッチャーの先輩が再び振りかぶって投じる。今度は変化球、カーブだ。

 カキンと金属バットの音が鳴り響く。三塁線へのファウルだ。これでワンボール、ワンストライク。

 繁々とバットを見つめるワタル。今振ったのは確かにファウルになったが、先輩が投じたのは変化球だった。

 予想外の球にも空振りすることなく自然と身体が反応した。「ボケっとすんな! 早く打席に入れ!」と先輩が怒る。

 やれやれと再び構えるワタル。今度は高めに外れてボールになり、ツーボール、ワンストライクとなる。

 だんだん周囲がざわついてくる。投げているのは弱いと言えど、野球部のエース・リョウスケだ。リョウスケの投げる球なんて、他の先輩も見極めたり当てたりするのが難しいのに、ワタルは冷静にボール球をボールと見送り、変化球にも対応してファウルにして見せた。

 こいつは何か違うぞ。アンパイアを務める顧問の先生も思い始める。キャッチャーの先輩も「強い学校と対戦してるみたいだ……」と緊張してくる。

 いや、キャッチャーだけではない。気が付けば守備に就いた全員が、まるで他校との試合に挑んでいるかのような錯覚を抱いている。

 リョウスケはキャッチャー・ツトムのサインに何度か首を振る。ツトムは実戦さながらのサインを出し、やがてリョウスケは頷く。

 ワインドアップから投じる。ストライクゾーンからボールに変化するフォークボールだ。これもワタルは冷静に見送ってしまう。

 「ボール!」とアンパイアを務める顧問のタチバナ先生が高らかにコールする。タチバナ先生も、やや緊張している。これでボールカウントはスリーボールワンストライク。

 こいつには俺の変化球は通じない。リョウスケは悟る。

 悔しいがワタルは選球眼が良いし、微妙なボールはカットしたり当てにくる技術を持っていそうだ。

(ならば、全力のストレートを投げてやる!)

 リョウスケは意地になる。

 バシッ!と小気味いい音を立ててキャッチャーミットに白球が吸い込まれる。

 「ストライク!」とタチバナ先生が叫ぶ。外角低め、微妙なコースに決まったストライクだ。

 だが、これはもしかしたら審判の匙加減……それこそ、今は素人同然のタチバナ先生が務めているが、タチバナ先生がボールだと言えばボールになってしまいかねないくらい、絶妙な位置に投じられている。

 リョウスケは汗を拭う。春先のまだ隅には雪が残る札幌のグラウンドで、汗をかいている。

 身体を動かして暑いからだけではない。緊張しているのだ。まるで一流打者を相手にしているような貫禄がワタルにはある。身体こそまだ小さいが、絶対にこいつは大物になるとリョウスケは思う。

 そして羨む。三年生の俺は、中学で三年間やっても初戦敗退しかしてこなかったけど、こいつはもしかしたら、この弱い野球部を変えるかもしれないと。

 リョウスケがワタルを睨む。ワタルも睨み返す。リョウスケは、もうツトムのサインなど見ていない。ワタルのことを見ている。

 スリーボールツーストライク。最後の一球をリョウスケが振りかぶって投じる。


「ストライク! バッターアウト!」


 タチバナ先生が叫ぶ。空振り三振。内角直球、全力の球。

 勝った。リョウスケは安堵する。まさかエースの俺が、一年坊主になんざ負けてたまるかと思っている。

 しかし……と思う。じーっとバットを見つめているワタルを見て、(もしあと一球分外れてたら、外野を越されていた……下手すりゃ柵越えだったんじゃないか?)と恐れる。

 たまたま今は良いコースに決まったからワタルは空振りしたが、もしももう少し甘いゾーンに入っていたら、今のフルスイングはホームランにしていたかもしれない。

 リョウスケがそう思った理由は、他の選手たちと比べ、スイングの音が違った気がしたのだ。

 それはタチバナ先生も感じていた。もし当たっていれば、間違いなく外野を超えていたと。そしてボールを受けていたツトムも、他の守備に就いていた面々も、ベンチにいたアツヤも、皆が皆、そう感じていた。

 やがてバットを置きヘルメットを脱いだワタルは、「先輩、ありがとうございました。俺の負けです。坊主にします」と言う。

 リョウスケが答える。「お、おう。そうしろ。それがルールだからな! お前、なかなか良いスイングするが、まだまだだな! これから俺らがビシバシ鍛えてやるから覚悟しろ!」と威勢は良いが、圧倒されている。

 タチバナ先生は思う。(ワタルの勝ちだ)と。







 ……ふう。こんなところかしら。

 ちょっと生意気なところは、初対面の人には案外内気だったお兄ちゃんには似てないけど、坊主頭にしなきゃならないルールに異を唱えさせて、先輩と勝負させるのは面白いかもしれないわ。

 いつも自信満々なワタルには気弱なアツヤって同級生がいて、アツヤはサードを守ることにしよう。

 いつだったか智ちゃんの家で野球を観て、「さんゆうかんって何だろう……」と思ったけど、今なら分かる。三遊間。サードとショート。

 お兄ちゃんはショートだったから、ショートにとってサードは相棒みたいな存在。だからワタルにもアツヤという相棒を作って、三遊間を守らせよう。

 ワタルは結構上手だけどアツヤは下手っぴで、ワタルにとっては足手まといなんだけど、アツヤとは親友になって、二人で熱い友情を交わす。うんうん。これで良いわね。

 キーボードを打つ手が止まらない。筆が乗ってきたのを感じる。

 お兄ちゃんの姿を見てる気がする。私の指が死んだ兄を甦らせている。康太からワタルという名前になり、兄に代わって青春を送ろうとしている。

 何だかそれだけで、私は満足できる。散らかった部屋も、脱ぎ捨てた靴も、そんなのはどうでもいいわ。今はとにかく書くこと。書ける時にいっぱい書く!

 あ! もう、日を跨いでるじゃない。晩ごはん食べてお薬飲まなきゃならないのに……いいや、適当にゼリーでも食べて、飲んで寝よう。明日もIFの続き書きたいけど、そろそろ智ちゃんに会いたいなあ……。

 智ちゃん。私、あなたのことがとっても好きになってる。最近なかなか会えないけど、毎週金曜日、あのバーで会えた時は、いつだって嬉しい。

 列車のアプリが上手くいかなかった時、何度もバーでうなだれてたけど、その姿すら愛おしかった。

 智ちゃんが頑張ってるから、私も生きていける気がする。

 そうだ、私は覚悟を決めよう。このIFを書くまでは死ねない。死なない。

 いつかIFを書き終えて、もしもこれが遺作になったとしても、智ちゃんには必ず読んでもらおう。そして、たった一言でも良いから、感想をもらおう。

 そうすればきっと、例え死んじゃっても悔いは残らない。IFを書くために私は生きる。

 さ、ゼリー食べて寝よっと。あ、お風呂も入らなきゃ……ほんと、生きてくって面倒くさいなあ。

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