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亜麻色の彼女  作者: 藍月ゆう
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上司と部下(2)

「それにしても今日は全然だったな。朝山課長のせいではないだろうが、ここまでダメだとちょっと根本から見つめ直さなきゃならんかもな」


「そうですね……あまりにも精度がと言うか、列車が暴走し過ぎますね。消えたりワープしたり、遅れ99分では、全然使い物になりませんからね」


「だよなあ。しかしよ、おかしいと思わねえか? 俺らがやってるこれは、言わば列車版のカーナビだろ? なんでこんなに上手くいかないのか、不思議で仕方ねえわ。昔ならともかく今のカーナビなんて精度も上がってるし、車両の発信機はちゃんとGPS通信ができているはずだ。列車アイコンが点滅するとか、遅れ表示がバグるとかならまだしも、ワープしたり逆走したりするってのが気に入らねえ」


 帰社後、オフィスで饅頭を食べながら高取は言った。

 その通りであった。彼らが作っているアプリは列車にカーナビを搭載し、それを遠隔で監視するようなシステムだ。

 今日は朝山課長が乗ってくれたので、ついでに発信機の表示ランプの状態を確認してもらったが、問題なく通信中のランプが点滅していたと言うし、エラーの赤ランプは一度も点灯しなかったと言っていた。

 ならば何が悪いんだろうか。少なくとも、車両に取り付けた装置は問題ないはずである。発信機には電源のパイロットランプのほかに、GPS通信ランプ、携帯回線通信ランプ、エラーランプがそれぞれあり、エラーランプ以外は緑色で、パイロットランプは点灯しっぱなしが正常、GPS通信と携帯回線通信のランプは、常時点滅しているのが正常だ。

 エラーランプが点灯すれば、それは機器本体の故障か、三分間以上GPSか携帯回線の通信ができなかった不具合を示す。

 だが高取の使っているスマホはNTTドコモだが、札沼線沿いを走っても全く問題なく電波は拾っているし、実際に発信機が何らかのエラーを検知したら指令の監視端末に「発信機異常」と表示されるように設定しているのだが、指令からその画面が出たと言われた試しもない。

 つまり少なくとも子機、即ち発信機は問題なく動作しているということになる。親の送受信サーバーが「異常ありません」と言っているのだから。

(いや、でも……それがそもそも違うのでは?)

 青木は考えた。親機が嘘を吐いていたらどうする?

 今日はたまたま朝山課長が乗ってくれたから、発信機の状態も見ながら試験ができたが、普段は彼らのような外部の人間が運転台になど乗せてもらえないので、運転士さんが運転しているだけだ。

 つまり発信機の表示状態など、誰にも分からない。運転士から見える位置に設置しているなら別だが、空いたスペースに仮設置させてもらっているので、発信機が今、どういう状態なのかは、送受信サーバーが異常を検知しているか否かに委ねられる。

 その送受信サーバーが、本来受け取るはずのエラー信号をなぜか受け取れない、もしくは受け取っているが上手く処理できずに、監視端末やアプリに嘘の情報を表示していたら?

 それは由々しき事態である。何たって送受信サーバーがあるのは、JRが沈黙する指令センター……まあ札幌市内なんだろうけど、そこである。

 指令センターはかなりデリケートな場所らしく、協力会社ならともかく、システムワークスのように無名な会社など入れてもらえなかった。それどころか正確な位置すら把握していなかった。

 何でも札幌圏を含めたかなり広いエリアを監視しているから、鉄道テロの恐れもあるので迂闊に場所を教えられないらしい。

 朝山課長も協力はしてくれるが、さすがに機密事項を簡単に漏らすような人ではなかったのだ。


「高取さん。考えたんですけど、やっぱり親機が怪しいと思うんです。親の送受信サーバーが、発信機のエラーを拾えてないとか、発信機とのやり取りが上手くできてないとか、そんなんじゃないかと思ってるんです」


「おう。俺もそう思う。なんたって心臓部だからな、このシステムの」


「はい。それで僕らがいくらプログラムを書き換えたところで、ハード的な欠陥を抱えていたとしたら、何度試してもダメだと思います。まあ今日みたいにバグだらけな日は、ソフト的にも問題はあるんでしょうけど」


「だよなあ。俺もそう睨んでるんだわ。だけど寺田もなかなか頑固な男だからな。うちが作った物が悪さするわけがないってスタンスを貫きやがるから、素人の俺らが開けたところで内部の基盤とかそんなのは分からんし、協力してもらわんとな」


「そうですねえ……。JRの指令の場所も謎ですし。本社ではなさそうですけど、こんなに失敗しているとそろそろJRに怒られませんかね?」


「その心配はないんじゃないか? 朝山課長はああいう人だし、気は長そうだ。JRよりもこの調子でずっと結果が出なかったら、うちの社長が怒るんじゃねえか?」


「ああ、そっちの方がやばいなあ。社長、今は出張中でしたっけ。いいなあ、僕も台湾行きたいな」


 はあ、と高取と青木はため息をついた。一応、青木の企画を承認してくれた井上社長は、今日から台湾旅行……もとい台湾出張中である。

 台湾人のエンジニアと親交を深めるためだと言い張っていたが、高取は「どうせ旨い中華でも食ってくるんだろ」と言っていた。

 台湾人と親交を深める前に、僕らとの親交を深めてくださいよ……。青木は本気でそう思った。

 井上社長はドライというか、世の中の社長はみんなそんなものなのかもしれないが、「ま、やってみなさい」と背中は押してくれるし、その後は急かすことはほとんどしないものの、だからと言って進んで助けてくれるわけでもなく、のんびりと「どうだい、最近は?」などと青木に聞いてくるだけで、青木は「ぼちぼち……ですねえ」と苦笑いを浮かべていた。

 どうだい?と聞くだけで、ああした方が良いとか、こうした方が良いとかは、一切口出ししなかった。

 だが金は出してくれたので、良い社長だと思った。たまにこうやって、「どう考えても遊びに行ってるだろ」と突っ込みたくなるような謎の出張で一週間ほど不在になるが、翌週には禿げ頭をさらに光らせて、艶々とした表情で「いやあ良かったよ。酒が旨いし、向こうは良い人が多いねえ」などと上機嫌になっていた。

(くそ、僕も台湾に行きたい! いや、台湾に行くよりも、まずはこの札沼線のアプリを始末したい!)


「高取さん」


 青木が高取に声を掛けた。高取は何かキーボードを叩きながら「なんだ?」と返した。


「社長が帰ってくるまでに、何とかしませんか? 社長が帰ってきたら、上手く動くようになりましたよ!って報告できたら、カッコいいと思いません?」


「まあ、カッコいいかもしれないが、口で言うのは簡単だけどよ。問題その手段だよな。社長は来週……九日の月曜日に出社してくるんだろ? 一週間なんてもんはあっという間だぞ。せめて寺田を連れて、JRの指令に行ければ良いんだがな」


 高取の言う通りだった。一週間なんてもんはあっという間である。

 それどころか一週間の最初の月曜日の大半を、朝山課長に恥を晒すだけのダサい試験で終わってしまった。残りを四日半としても、時間がない。


「何とか許可をもらえませんかね?」


「難しいな。社長なら伝があるから、かなり無理を言えばいけるかもしれんが、肝心の社長がいねえし」


「うーん。高取さんのJRとか協力会社の知り合いは?」


「いるにはいるが、そいつらもさすがにJR本社に無許可で教えられないと言ってた。まあそうだよな。それで機密事項が漏れちまって、万が一事故なんて起こったら、真っ先に疑われるもんな」


 二人はううむと唸り、同時にため息をついた。

(だよなあ。だって僕が協力会社の社員だったとして、高取さんみたいなお友達がいたとしても、JRが「教えないでね」と念を押しているような場所を、簡単にペラペラ喋ったら信用を失くすし、下手をすればJRが契約してくれなくなる。それにしても指令は一体どこにあるんだろう? なんかニュースで「札幌市内の……」とは言ってた気もするが、市内のどこかまでは詳しく言っていなかった。それは明かせない理由があるからだろう。それこそテロ対策だったり、いろいろな理由が。そんな場所をどこの馬の骨とも分からない僕らに話してくれるはずがなく、朝山課長と仲良しな井上社長は台湾にいるんだから、相談もできやしない。仮に社長に相談したとしても、「うーん。そうだねえ。難しいかもねえ」なんて簡単にあしらわれてしまうかもしれない)

 青木は腕を組んで考え込んでいた。


「青木、お前はなんか伝とかねえのかよ。この業界で生きていくには、そういうのも大事だぜ。人脈がないと人間生きていけねえんだ」


「はあ……。僕もJRに知り合いがいるものなら何とかしたいですが、そんな人いませんし、そもそも高取さん経由で知り合った人ばかりですからね。以前、社内の他の人にも聞いてみましたが、みんな知らんの一点張りですし」


 青木が答えると、小さく「ちぇっ」と舌打ちして、高取は饅頭を食い終えた。青木は頭を掻いた。まったく、どうしてこう僕には人脈がないんだ。そう自分を呪った。

(例えば梨恵に相談してみるとか? いやいや、彼女は保育士だし、この間なんか「智ちゃんのお仕事はよく分からないわ」とか言ってたし、僕だってもう、自分が何の仕事をしているのか分からなくなってきている)

 毎日のように列車を追い掛けて、夜遅くまで残ってバグの修正をして、もううんざりだったのだ。白石から発寒中央まで帰るためJRに乗るのも嫌になっている。JRどころか、グーグルマップを開くことすらなくなっていた。


「まあ、なかなかなあ、鉄道関連のアプリなんて作ったことないからな、うちも。ちょっと寺田に相談してみっかな。あいつ怒らせなければ話は通じるから、ちょっと掛けてみるわ」


 そう言うと、高取はごそごそといつもの電話帳を開き始めた。

(今はデータで電話帳なんて管理できるのに、この人は律義に手書きの電話帳を使っている。なぜこんなにもアナログなんだろうか? 曲がりなりにもソフトを扱っている会社の人間が、こんなアナログ主義で良いんだろうか?)

 青木は疑問に思ったが、高取はそんなものに気付くわけがなく、「ああ、あったあった」と指差して電話の受話器を取った。


「もしもし、お世話になってますー。システムワークスの高取と申します。寺田さんいらっしゃいますか? ああ、そうですか、外出中。何時頃、お戻りになりますか? 夕方ですか、では折り返しご連絡もらえます? ええ、表示されている番号で良いです。高取と言えば伝わりますので、よろしくどうぞ」


 ガチャっと乱暴に受話器を置き「使えねえな、あいつ」と悪態をつく。

 寺田が使えない人材かはともかく、あまり協力的でもないよな……と青木は思っていた。

 思えばシステムワークスにサーバーを持って来た時、「うちの自信作です!」なんて言っていた。確かにシステムワークスに仮設置して生かした時は問題なく動いたし、監視端末ともちゃんと連動したし、仮試験時、電源装置を搭載した社用車に発信機を付けて走らせてみたところ、ちゃんと情報を拾って国道12号線上を、列車アイコンが走っていた。

 列車が国道を走ることはないけど、「列車アイコンなのはデフォルト設定ですから」と笑っていたし、高取も「おう、いいんじゃないか?」と笑っていたし、あの頃は幸せだったのに、どうしてこうも行き詰ってしまったのか。

 結局、今日も夜遅くまで高取と青木の二人は社内に残り、バグチェックをした。軽度なバグはいくつか見つかったし、遅れ時刻がおかしくなるのはこれじゃないか?と言える不具合もあったが、明日の試験で成功するとは思えなかった。寺田からは、折り返しがなかった。

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