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亜麻色の彼女  作者: 藍月ゆう
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夏祭り(1)

 岡本が再び札幌に帰省したのはちょうどお盆の季節、八月十四日の水曜日であった。

 本来、盆と正月、ゴールデンウィークなんてものは稼ぎ時であり、まとまった休みを取りづらいJR社員にも関わらず、今年は例外的にと言うか、半強制的に休みを取らされた。

 吉田副駅長が「岡本、お前十四日が特休になってるな。じゃあ十三、十五、十六と年休入れろ。そしたらほれ、十七の公休と含めて五連休になるべ? たまには家族連れて帰れや」と、本人の意向を無視して七月末に確定する勤務表へ勝手に年休を入れてしまったため、入社して初めてとも言えるお盆の大型連休が偶然にも実現した。

 岡本の妻は「信じられない」と驚きながらも喜び、それなら普段から顔を合わせている青森の両親ではなく、札幌のお義父さんやお義母さんに挨拶したいと言うもんだから、言葉を話し始めた娘の穂香も連れて、飛行機を利用して帰省する運びとなった。

 社員割が効くからJRの方が予算的には都合が良かったのだが、さすがに五時間を過ぎる旅を二歳の子供を連れて実施する勇気がなく、お盆という時期もあって若干割高になった青森空港発・新千歳空港行きの、往復の航空券を購入したのだった。

 穂香は「ひこーき! ひこーき!」と無邪気にはしゃぎ、耳鳴りや乗り物酔いを心配したが当の本人はあっけらかんとしたもので、飛行機に慣れていない岡本の方が若干気持ち悪くなってしまったくらいである。

 新千歳空港に降り立った三人は、そのまま真っすぐJRに乗り換え、快速エアポートで札幌駅へ、その後は小樽行きの普通列車に乗り換えて、発寒中央駅へ到着した際、南口から少し離れた場所に白いミニバンが停まっていた。父の乗るクルマだ。


「いやあ由美子さん、お久しぶりです! おお穂香ちゃん、遠いところよく来てくれたね! 飛行機どうだった? 楽しかったかい? 洋、お前運転代われ」


 岡本の父、治夫(はるお)がにこやかに迎えてくれた。岡本はやれやれと荷物を積み、運転席に乗った。

 岡本の実家は、発寒中央駅からクルマで十分圏内の西町にあった。二階建ての白い家はリフォームしたてで、入ると懐かしい匂いと一緒に新築の香りがした。

 「おうち! おうち!」とはしゃぐ穂香を見て笑みを浮かべる父と、「由美子さん、穂香ちゃん、いらっしゃい」と迎える母の芳江。「じいじ! ばあば!」と呼ばれて、照れ臭そうに両親は笑った。由美子は若干緊張しているようだったが、すぐに馴染んだ。


「お兄ちゃん。久しぶり」


 Tシャツに短パン姿の、一つ下の妹の麻美がいた。

(こいつは確か小樽で働いていた筈だが、帰省していたのか。それならそうと一声掛けてくれればいいものを、気の利かない女だ。それにしてもこいつは俺とよく顔が似ている。剃っているが濃い眉毛に、一重まぶた。黒いショートヘア。お世辞にも美人とは言えない。おかめさんみたいだ)

 岡本は久しぶりに会った妹を見て、そう思った。


「麻美さん、お久しぶりです」


 自分の方が年上なのに、畏まって由美子が挨拶をした。穂香は「だあれ?」と、少し人見知りしつつも興味津々な様子だ。


「お久しぶりです、由美子さん。お元気そうで何よりです。穂香ちゃん、私は麻美だよ。麻美おばさん」


「あさみおばさん……」


 オウム返しに呼ぶ穂香を見て、麻美は笑った。

 こいつも結婚適齢期になってきたと思うが、男の気配が全く無い。別に気の毒ではないが、俺も甥っ子とか姪っ子とか、見てみたいもんだがなあと、岡本は思った。

 その日は麻美も含めて六人で乾杯をした。穂香はジュースを飲み、すっかり麻美に懐いたようで、「ねえね! ねえね!」と呼んでいる。ねえねって面じゃないだろう、お前は。

 岡本の父は由美子に「さあ由美子さん、楽にして、まあまあ飲んで飲んで。いやあ、それにしても、相変わらず若々しくて美人ですねえ」とデレデレしていた。

 確かに俺の妻は美人だ。岡本は、自分で言うのもなんだがそう思っていた。ぱっちりとした二重まぶたに、小さな顔に、綺麗な黒髪。細い身体は子供がいると思えないくらい女性のラインを守っており、道行く人もみんな見惚れているように感じ、岡本は誇らしい気持ちになった。

 こんな美人がなぜ自分と結婚してくれたのか、まったく不思議だと岡本は思っていた。当の由美子は「本当にこの人でよかったのだろうか……」と何度も思っていたが、本人の親族にそれは言えず、適当に愛想笑いを浮かべながら過ごしていた。


「由美子さん。ここはあなたの家でもありますから、楽になさってください」


 母の芳江が言うと、由美子は「すみません、ありがとうございます」と笑みを浮かべた。

 それにしても春に来た時は古臭かった実家が、ずいぶんと小綺麗になったもので、畳張りだった居間はフローリングになり、狭かった台所は本格的なシステムキッチンとなり、使われていなかったブラウン管のテレビは、ソニーの巨大な最新型の液晶テレビと化していた。

 この様変わりが岡本を無性に悲しくさせた。

 そうか、俺はこの家を出てそんなに経つのか。知らぬ間に両親もずいぶん老けちまって、何だか申し訳ねえなあと、そう感じた。


「そういや親父、もう太鼓叩くのはやめたのか?」


 ふと気になって岡本は聞いた。

 治夫は以前町内会の会長補佐をしており、近くの公園で行われる夏祭りでは太鼓を叩くのが定番になっていた。


「ああ、もうやめたよ。身体が付いてこねえわ」


「そうか。穂香に見せたかったが、しゃあねえなあ」


 ぐびっとビールを飲んで岡本が続けた。

(そうか、親父も老けたもんだなあ。毎年あんなに張り切ってたのに。まあ、しょうがねえか)


「じいじ、たいこ?」


 目をキラキラさせながら穂香が聞いた。その様子を見て、麻美はぷっと吹き出した。

 穂香は太鼓が大好きだった。青森のねぶた祭りに連れて行っても、太鼓の音に驚いて泣き出すかと思えばキャッキャとはしゃぎ、ねぶた祭りの映像を見ても「たいこ! たいこ!」と、ねぶたそっちのけで太鼓に反応していた。


「ああ、じいじは太鼓を叩いてたんだよ。穂香ちゃんにも見せたかったなあ」


 治夫はニッコリと笑った。


「太鼓って言えば、子供盆おどりってあるじゃん? あれって北海道だけなんだな。青森では聞かんと」


「ほお、そうなのか」


 岡本親子でかなりローカルな話になり、由美子は若干気まずそうにしていた。

 子供盆おどりは北海道の夏祭りの定番で、一時間くらい延々と子供たちが踊り続け、踊りが終わるとお菓子がもらえる。岡本も少年時代はよく踊りに行ったもので、父の叩く太鼓に合わせて踊り、終わった後にお菓子が入ったビニール袋をもらい、麻美と家に帰って食べた記憶がある。

 特徴的なメロディが耳に残るため、札幌に住む子供たちはみんな知っており、岡本もその例に漏れず、てっきり子供盆おどりは日本全国どこでも扱われているものだと思っていたが、青森に出てから妻の由美子に「何それ?」と聞かれ、説明に困った記憶がある。

 その後、改めて調べてみると、どうやら子供盆おどりは北海道の、それも全域ではなく道央を中心に流れているもので、全国区なんてメジャーなものではなく、かなりマイナーなものであるらしい。

 岡本はそれを知った時、「井の中の蛙大海を知らず」と思い知らされたのであった。


「せっかくお盆に帰って来たんだし、明日はお祭りにでも行ったらどう?」


 母の芳江が提案してきた。それも悪くないなと岡本は思った。

 穂香は太鼓が見られるし、由美子に「これが子供盆おどりだ」と説明もできる。


「そうだな。由美子はそれでもいいか?」


 ビールを片手に岡本が頷く。


「うん。私はいいけど」


 にこやかに由美子が言った。


「じゃあ、私もご一緒していいですか?」


 図々しく麻美が割って入ってきた。夏祭りにデートとか、ないのかよ。

 岡本はそう思ったが、思った以上に穂香が懐いているみたいだし、まあ旅は道連れってところだろうか。


「麻美さんが一緒なら心強いわ」


 由美子が頷きながら笑う。

 治夫が「それはいい。みんなで行っておいで」と背中を押し、穂香は「おまつり? たいこ?」と嬉しそうにしている。

 こうして、岡本親子に麻美というおまけが付いて、十五日の夜は夏祭りに繰り出すことになった。その晩、穂香は麻美と一緒に寝ることになり、岡本夫妻は久しぶりに二人っきりでぐっすりと眠った。







「おまつり! おまつり! たいこ! たいこ!」


 キャッキャと騒ぐ穂香の手を引き、「そうね」と由美子が笑う。麻美は「懐かしいわあ」としみじみとしていた。

 岡本にとっても札幌の夏祭りなど久しぶりで、青森のねぶた祭りは迫力もあり見応えもあるが、札幌の夏祭りは牧歌的で優しかった。

 真夏と言えど夜になると心地良いくらいの気温で、晴れた空には星が瞬き、月が明るく輝いていた。満月ではないが限りなく円に近く、真夏の夜空を藍色に染めている。

 麻美と由美子に連れられて、ヨーヨー釣りをやってみたりと、穂香はすっかり夏祭りを楽しんでいる。麻美が来ることはイレギュラーだったが、想像以上に穂香は麻美にべったりで、父親と似た空気を感じるのかくっ付いて離れなかった。

 おかげで、実家の近所にあるショッピングモールの駐車場で開催されたささやかな夏祭りも、平和に過ごすことができた。

 金魚すくいに失敗した穂香を慰める麻美に、射的に夢中になる由美子。夏休み、それもお盆の真っ只中とあって、祭り会場は多くの人で賑わっていた。

 子供盆おどりが流れ、太鼓を叩くおじさんは汗を流し、子供たちが輪を描いて踊っている。穂香は真似っこをして、麻美と共にそれに加わった。まあ、あの二人は勝手に遊ぶだろうから、放っておいても大丈夫だろう。岡本はそう安心し、麻美に感謝した。

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