生きる意味(3)
帰宅してからパンドラボックスを開けた。うんざりするほど物で溢れていたが、何とか目的の白く小さなノートパソコンを発見した。
NECのラヴィだ。ラヴィは、柴原が二十歳くらいだった頃に家電量販店で購入した物で、「パソコンならNECだ」という父の言葉に従って選択した。当時の最新モデルだった。
電源ケーブルをコンセントに繋ぎ、起動する。ずいぶんと久しぶりに思えた。ウィンドウズ7の画面が表示される。
柴原はラヴィを全く使いこなせていなかった。ラヴィは動作も軽く、扱いやすく、見た目や名前も可愛らしい。
さらにいろいろなソフトがプリインストールされていたが、柴原が使うのはワードやエクセル、あとはインターネットブラウザくらいのもので、そもそもインターネットの環境がない彼女の家では、せっかくのラヴィも活かしきれていないのが現実だった。
とりあえず、アクセサリからメモ帳を開く。真っ白なメモ帳が表示される。日本語入力のキーを押して、試しに「ベジータ」と打ってみた。保育園で元気に働いていた頃はパソコンも使っていたので、キーボードはある程度打てた。
ううむ。ベジータ。ベジータの、何を書こう。そうだ、まずは、自分がベジータのどんなところが好きなのか、箇条書きにしてみよう。ベジータの何が好きで、どういうところを愛していて、まずはそこからだと柴原は思った。
ベジータは、強い。
ベジータは、サイヤ人の王子だ。
ベジータは、プライドがとても高い。
ベジータは、とても冷酷な男だ。
ベジータは、フリーザに立ち向かった。
ベジータは、フリーザに敗れる。
ベジータは、涙を流して悟空にフリーザを倒してくれと言う。
ベジータは、超サイヤ人になった悟空に嫉妬する。
ベジータは、自分も超サイヤ人になって人造人間を倒す。
ベジータは、さらに強い敵に敗れるがもっと強くなる。
ベジータは、ブルマとの間にトランクスを授かる。
ベジータは、親としてトランクスを愛し始める。
ベジータは、少しずつ人間らしくなってくる。
ベジータは、わざと悪人に戻ることで悟空と戦う。
ベジータは、もう一度悪人になりたかったと言う。
ベジータは、悪人になりきれない。
ベジータは、もう優しい父親になっている。
ベジータは、悟空に勝てないことを悟る。
ベジータは、最終的に悟空をナンバーワンだと認める。
ベジータは、悟空をナンバーワンと認めるがライバルで在り続ける。
ふう、とため息をついた。こんなものだろうか。
柴原が愛するベジータは、最初は残忍で、冷酷で、相手が誰であろうと容赦なく殺す悪人だ。
それが地球に住むようになってから、仕方なく他の戦士たちと手を組み、やがてトランクスという息子を授かり、少しずつ少しずつ父親らしくなっていく。
ベジータは基本的に悪人だ。誰かと協力することは基本的にない。敵ではないが味方でもない。一匹狼だ。作中のほとんどでは、そんな存在だ。
少し時間を空けて、もう一度悪人となって、ベジータは悟空に立ち向かう。昔の自分に戻りたかったとベジータは言う。悟空はそんな姿を見て、違うと見抜く。ベジータは無理をして悪人になっている。
それを悟空は理解して、それでもなお二人は戦う。だが、もっと強い敵が現れてしまい、二人の決闘は中断する。ベジータは自らの最期を悟り、トランクスに「ママを大切にしろよ」と遺して自爆する。自分のために戦っていたベジータが、初めて他人のために戦ったのだ。しかし、それでも敵は倒せない。
その後、死者となったベジータがもう一度登場する。ベジータはもう悪人ではない。地球を救うため、ライバルである悟空と協力して最後の敵に立ち向かう。
書いていて、柴原は自分が泣いていることに気が付いた。涙を流すほど、自分はベジータという男に惚れ込んでいるのだろうかと思った。
違う……と柴原は確信した。彼女はベジータについて書いている内に、兄と過ごした日々を思い出したのだった。
兄とふたりで遊んだ楽しかった日々を。誰にも邪魔されず、ふたりでドラゴンボールの漫画を読み、アニメを見て、来週はどうなるんだろうと、原作を先に読んでいるから展開は分かっているのに、そわそわする。
時々、野球中継なんかでドラゴンボールが放送されないと、兄も柴原もカンカンに怒った。なんで今日はドラゴンボールじゃないのと、柴原が駄々をこねて、彼女よりは少し理性のあった兄はまあまあと宥め、夜は隣同士の布団で、来週はどんな話になるのかを語り合う。両親にもう寝なさいと怒られるが、ふたりともクスクス笑いながらドラゴンボールについて話すのだ。
そんな日々に憧憬の念を抱いていた。二度と戻らぬあの日々に。
(もしも記憶を持ったまま戻れるなら、夏の暑いあの日、野球へ行こうとする兄を、どんな手段を使ってでも止めて見せる。だけど、時間は決して巻き戻らない。兄も戻ってこない)
『どうだい? ベジータについて書けてるかい?』
『うん、なんか箇条書きとかしてみたんだけど、私って相当ベジータが好きみたい』既読
『そうなんだ笑 気分転換になってる?』
『うん。気が付いたら夢中になってたわ。昔読んだドラゴンボールを思い出したりして』既読
『それは良いね。夢中になれるのは良いことだよ。箇条書きができたなら、物語を作ってみたらどうかな?』
『物語って、どんなの? ドラゴンボールは終わってるじゃない』既読
『原作のドラゴンボールは確かに終わってるけど、昨日説明した通り、二次創作は結構自由なんだ。ベジータの描かれてない過去とか、空白の時間とか、そういう時、彼はどう過ごしていたかを描いてみる。そんなのはどうだい?』
『楽しそうだけど、難しそうね』既読
『そうだね。難しいかもしれないけど、やってみなよ。梨恵ならきっと良いものが作れるよ』
『ありがとう。頑張ってみるね。またね』既読
『うん、おやすみなさい』
『おやすみなさい』既読
柴原のベジータ物語は順調に進んだ。彼女はベジータの過去について知らなかったので、原作の漫画で七年が過ぎた……としか説明がされなかった期間について書こうと思った。
作中、ライバルの悟空が敵との戦いで死んでしまい、ベジータは戦う理由を失ってしまう。しかし新しいエピソードで再登場するベジータは、トレーニングルームで大きくなった息子のトランクスと修業をしている。つまり、戦う理由をどこかで見つけたのだ。
ならばその理由について書いてみよう。例えば、ライバルの悟空は死んじゃっているけど、その間に違う敵が出てきて、ベジータや悟飯といった生き残ったメンバーがその敵に立ち向かい、倒す。これでいこうと、柴原はやる気が出てきた。
方針が決まれば、不思議とキーボードを打つ手は止まらなかった。悟空が死んだことにより、無気力となってしまったベジータ。そんなベジータを見て、妻のブルマが心配する。
ベジータは苦悩している。ライバルを失ってしまい、戦う理由がない。しかし自分はサイヤ人の王子だ。戦うために生まれてきた存在だ。
そんな矢先、悪者が地球を滅ぼそうと企む。ベジータは最初、戦うつもりがなかった。ベジータにとって地球は故郷ではないし、何となく住み着いているような場所だから、地球を守ろうなんて気はさらさらない。
だが幼いトランクスと、妻のブルマにも危険が及ぶのを見て、怒りを覚える。ベジータは気が付いていないが、本能的に父として家族を守ろうとしている。
ベジータは苦戦する。敵は手強い。なかなか倒れないが、最後は戦士たちが協力して何とか敵を倒す。ベジータはその戦いを経て、結果的に地球を守る。
その後、少しずつ成長していくトランクス。ベジータは、いつか悟空の息子の悟飯よりも、トランクスが強くなるのを夢見るようになる。家族への愛情が芽生え始めているが、それを認めたくない。
しかし確実に、ベジータは父親になっていく。残虐で、冷酷で、敵を殺すことにしか興味がなかった男が、徐々に徐々に人間らしく成長していく。
ベジータは葛藤する。
自分はサイヤ人の王子だ。穏やかになっていく自分をどこかで許せない。居心地の良い地球も好きになってきてしまっている。そんな自分を許せないが、気が付けばブルマのこともトランクスのことも、心のどこかで愛している。
一人でトレーニングルームに籠って修行をするベジータ。戦う理由は、はっきりとは見出せていない。しかし、いつかトランクスを悟飯より強くしたい、親子でトレーニングをしたいと考えるようになってくる。
やがて家族を守りたがっている自分に気付くのだ。ベジータは、もう優しさを知ってしまっている。ブルマという妻を持ち、トランクスという息子を授かり、父親として一緒に生活している内に、周囲に感化されている。
再びベジータは苦悩する。自分が修行を続けるのは地球を守るためなんかじゃない。強く在りたいからだ。そう自分に言い聞かせ続ける。
大きくなり言葉を喋るようになったトランクスが、「パパ」と呼ぶ。パパと呼ばれたベジータはピンとこないが、悪い気はしない。ブルマに「あんたもパパなんだから少しはトランクスの相手をしてよ」と怒られる。
そこに広がっているのは、不器用で家族に対し冷たいが、心の隅では愛情を持っている父親と、そんな夫をたしなめながらも愛する妻と、両親を当たり前のように愛する息子がいる。知らぬ間にベジータは、幸せな家庭を築いている……。
「へえ、面白いじゃん! なかなか読み応えがあるよ、これ。いいねえ、ベジータが苦悩しながらも、ちょっとずつ優しくなっていく描写なんか、とても。ブウが登場するまでの期間だよね」
「うん。文才とかないから、恥ずかしいけど……」
七月五日の金曜日、いつものバーで青木と会った。
柴原は青木に読んでもらいたいと思い、ラヴィを持参していた。青木は嬉しそうに、真剣に読み耽ってくれた。
マスターは「ドラゴンボールという名前は知ってますが、内容までは詳しく知りませんねえ」と言っていた。
思えば月曜に青木から提案されてから、ずっと夢中になって書いていた気がする。誰からも評価されず、誰からも手直しがされず、そんな執筆は気楽なもので、液晶に映し出された真っ白なメモ帳に、黒い文字がどんどん埋まっていった。
楽しかった。自分が燃えているのを感じた。自分と兄が愛した作品を、自分の手で甦らせているような気がしていた。
兄が死んでからの空白の時間を、自分はベジータという男を借りて埋めているのだと、ふと柴原は気付いた。
月曜日に伊藤先生から注意されてから、柴原はなるべくお酒を飲まないように心がけていた。今週は定番になっている金曜日のバー以外、一口もお酒を飲んでいない。
それくらい柴原は没頭していた。物を書くという行為がこんなにも楽しく難しいとは思ってもみなかった。自分と同じくらいの世代なら、誰でも知っているドラゴンボールという作品を借りてだが、自分の頭の中にある物語を展開させるのは、こんなにも心嬉しいこととは。
その日はお酒もそこそこに帰宅して、続きを書いた。気が付けば、土曜、日曜と過ぎ去り、月曜日になっていた。
さてどうですか、今週は。
ほう、状態がなかなか良いと。朝も起きれるし、ご飯も食べれてますか、それは良かった。
先週お会いした時とは、何か目の色が違いますが、どうかなさいましたか?
ほうほう、物を書き始めたと。どんな物語ですか?
ドラゴンボール。はて、古い漫画でしたよね、確か。ドラゴンボールについて書いていると。ふむ、確かドラゴンボールは男の子向けの雑誌に掲載されていた気がしますが、ああそうか、お兄さんの影響ですね。そうそう、テレビでも放送されていましたね。
ずっとパソコンに向き合いっぱなしですか。はっは、あまり無理をなさらないように。目も悪くなりますからね。
しかし、楽しいと思えることを見つけて、夢中になれるのは素晴らしいことです。そうですよ、素晴らしい。それが例えどんなものであったとしても、生産性のあることをするのは、治療としても目覚ましい効果が見込めます。
何と言っても柴原さん、あなたは暇を持て余していたでしょう。今まではお散歩をしたり、読書をしたり、漠然と過ごされていた。
しかし今は、物を書くという作業をされている。そのドラゴンボールの話がもしも書けなくなったとしても、それ以外の話を書くようにすればいい。全く新しい、今度は他人の作品ではなく、あなた自身が作るのですよ。ストーリーも、登場人物も、あなたが作るのです。
柴原さん。仕事をしていた頃を思い出してください。子供たちを相手に奮闘されていたと思いますが、あの頃と同じように、今は集中して、緊張感を持ってやれていると思いませんか?
仕事をする感覚を思い出すのも、非常に重要です。何しろ世の中はどんどん進歩していますから、あなたが休職を始めた頃と今では、システムなんかが変わっているかもしれません。保育園がどんな業務をされているのかは、私もあまり知りませんが、職場復帰したは良いが、浦島太郎のような状態である……これは、うつ病の患者によくあることです。
パソコンは保育園でも使いますよね。ならば話は早いです、その趣味を続けましょう。
そうですよ、趣味です。あなたが今やっているそれは、立派な趣味だ。
内容までは分かりませんし、出来も定かではありませんが、あなたは小説を書いていらっしゃる。それは、「小説を書く」という趣味をお持ちになったということですよ。
私が先日、手芸だの園芸だの申し上げたのは、要するに手先と頭を使えと言いたかったのです。人間は、何もせずだらだらと過ごしていると、生産することを忘れます。今はニートなんて言葉がありますね。何も生まず、親の金に頼って生活する、要するに無職の人です。
いや、無職と呼ぶのは、無職の人に失礼かもしれませんね。無職の人は、好きで無職であるわけではないかもしれませんから。それに比べてニートと呼ばれる方々は、自ら進んで無職になる道を選んでいますから、これではいけません。そんな人で溢れかえってしまっては、日本がダメになってしまいます。
あなたは以前と変わりましたね。何か、生きる意味みたいなものを見つけていらっしゃいます。それがドラゴンボールの話を書くことなのか、或いは他のことなのかは私には知る由もありませんが、どんな形であれ生き甲斐みたいなものを感じるのであれば、どうぞ続けてください。
誰かに迷惑を掛けているのでもないのでしょう? そのドラゴンボールの話を書いたとして、作者からクレームが入るような、そんな酷い作品ではないのでしょう?
ならば何の問題もないでしょう。仮にネットに掲載しても、黙認されるはずです。ドラゴンボールの評価を著しく貶めるような内容ならともかく、あなたはドラゴンボールを愛しているようですし、もしかするとお兄さんのことを思い出していらっしゃるのかもしれませんね。
柴原さん。あなたは今、一歩一歩前進しようとしています。私がずっと求めていたのは、それです。その感覚を忘れないようにしてください。
ね? 何かに熱中すると、死にたいとかそういう下らないこと、考えないでしょ?
あなたは多分、ドラゴンボールのことで今は頭がいっぱいでしょう。それで良いのです。どんなことでもいいですから、周りが見えなくなるくらい熱中できれば、鬱々とした考えなど吹き飛びます。
死にたいなんて言葉は忘れてください。生きましょう。人間、待っていりゃいずれお迎えが来るのです。焦る必要はありません。
ああ、そうでした、忘れるところだった。どれ、ちょっと舌を診せてください。うん、うん、前回より遥かに良いですね。脈も。おお、元気元気。全然違いますよ。びっくりするくらい違う。
これなら、また二週に一度で良いでしょう。次は、ええと七月二十二日ですね、月曜日にお越しください。薬はまだ変えませんが、順調なら次回にでも減らせるでしょうから、引き続き元気にお過ごしください。
それでは今日はこの辺で。
兄が私を救ってくれたと思った。
天国にいる兄が、「お前はまだ来るな。俺の分までドラゴンボールの話を書け」、そう言ってくれたんだ。
そうだ、やっぱり智ちゃんは、お兄ちゃんに似てるんだ。智ちゃんがドラゴンボールの名前を出さなければ、パソコンを使って何かを作ろうなんて考えもしなかったと思う。きっといつも通り、ふらふらと出歩いて、ヒナに挨拶して、帰って死にたくなるような、そんな一週間を送っていたに違いない。
智ちゃん、どうもありがとう……私はあなたに救われたよ。元気になる切っ掛けを掴めた気がする。
生きる意味みたいなものが、ずっと遠くに見えてきた……そんな気がするの。
在りし日の兄が笑っている。私が書いたドラゴンボールの話を読んで、これはもっとこうした方が良いだとか、悟飯はもっと強いだとか、いろいろ指摘してくれる。兄が敵の設定についてあれこれと考える。敵の強さはさらに際立った方が良いとか言ってくれる。
さあ、帰らねば。帰って続きを書かねば。
私のドラゴンボールは、まだ終わってない。




