ああ素晴らしき我が青春
「なあ、松岡よお……」
情けない声を出して清水が言った。
「なんだ」
そんな清水を見て松岡が答える。
六月末の土曜の十七時過ぎ、発寒中央駅の南口から出てきた頃合いだった。
「今日の映画、全っ然! 面白くなかったよな?」
清水はやたら全然を強調して言った。二人は、札幌駅直結のJRタワーにある札幌シネマフロンティアで映画を観てきた帰りで、確かにフランス辺りの洋画は何だか終始説教臭く、観ていて何度も欠伸が出た。清水に至っては隣でいびきをかいていた。
週末で、テレビでもCMを流していた話題作だったためか席は混雑していたが、エンディングになると多くの客が足早に席を立った。それはつまり、スタッフロールを最後まで観るほどの価値を感じなかったのだろう。松岡たちも同様だった。
俺たちには、まだ早い映画だったのかもしれないな……。映画鑑賞中に松岡はそう感じていたが、世間の目も同様に「面白くない映画」と判断したことに、どこか安心感を覚えたのだった。
「確かに。ヒロインは美人だったけど」
「だよな! ああ、あんなデカいおっぱい、いいなあ」
下品な清水を松岡は小突いた。
長いブロンドの髪が綺麗なヒロインは胸が大きく、青い目をしていた。美人だなと思ったが、彼女を見る以外にはやはり無価値な映画だった。
(映画がつまらないと言っているが、お前のファッションセンスに比べれば、どんな映画でもつまらなく感じるよ)
松岡は清水の服装を心の中で皮肉った。
昼前に発寒中央駅で待ち合わせした松岡は、少し遅れて現れた清水の服装に仰天した。黒いジーンズに白いスニーカー。これはいい。
問題は上で、なぜかスワローズのホームユニフォームを着ていた。白地に赤いストライプで、胸に大きく紺色で「Swallows」と書かれていたその姿を見て、見なかったふりをして帰ろうと思ったくらいだ。
松岡だって、特別優れたファッションセンスを持ち合わせてはいなかった。ごくごく平凡なカーキのチノパンに、白いシャツ。だが、こいつよりは絶対にマシだと確信を持って言えた。
ユニフォームには背番号1、YAMADAと書かれていた。お前は山田ではなく清水だろうと思ったが、それを言うと「ヤクルトには清水って投手が入ったんだぜ」と頓珍漢な答えが返ってきた。違う、そこじゃない。
道行く人に「スワローズだ」とクスクス笑われるのが恥ずかしく、昼にエスタのら~めん共和国で飯を食う時も、映画館に行く時も、その後ヨドバシカメラで新作のゲームや家電を眺める時も、ずっと笑われている気がした。
「さあ、どうするべ。帰るか? 今日は結構涼しいし」
「そうだな。まだちょっと早いが、解散にするか?」
駅前でしばらく駄弁っていたが、清水の提案に松岡は乗った。夏至を過ぎ日の長い札幌だったが、夕暮れを迎えようとした今は曇り模様で、若干涼しかった。
夏になったはずなのに、どうも今年は気温がパッとしない。あまり暑すぎても参ってしまうが、七月を目前にしてこの涼しさでは冷夏になってしまうのではないか?
二人の学校生活はというと、清水はバイトが忙しいからと帰宅部だった。松岡はロボット制御部に所属していた。
ロボット制御部は、八月末に琴似工業高校で開催される高等学校ロボット競技大会に向けて、順調に競技用ロボットの制作が進んでいた。松岡の方が父よりも帰宅するのが遅くなることが度々あった。
松岡の父は自営業の電気屋だったので、ロボット制作に勤しむ息子を見て大層喜び、あれやこれやと助言をしたが、父が組む複雑なプログラムに比べれば松岡のロボットは単純な構造で、コントローラを使って黒いゴムの輪を投げる、輪投げロボットだった。競技大会はロボットに輪投げをさせ、いくつ入ったかを競うものである。
ロボットは四輪駆動で、輪を飛ばす仕組みは松岡が考えた。プログラミングという難しい作業はなく、コントローラを作る際もリレーを使ったり、スイッチを使ったり、基板にハンダを付けたり、ネジ穴を開けたり、そういう作業を黙々とこなしていた。
工業高校らしい青春だった。男ばかりが二十人近く作業場に集まり、あれやこれやと策を練る。顧問の先生がマシニングセンタで部品を作る。
終わる頃にはとっぷりと夜の帳が下りている。ぐったりと疲れるが、皆、笑顔である。先生が「気を付けて帰れよ」と声を掛ける。「へーい」と適当な返事をして帰る。定時制の生徒と鉢合わせないように、全員慎重になっている。
定時制の生徒と会ってはならない決まりなど存在しなかったが、暗黙の了解でお互いに干渉し合わないのが礼儀となっていた。彼らは皆、各々の事情を抱えて夜に学校へ通う。松岡たちは朝から通う。なぜか定時制の生徒たちの方がずっと大人で、年は違わないかもしれないのに、遥かに遠い存在に思えた。
「歩いて行くべ。まだ早いしさ」
停めていた自転車を押し始めると、清水が言った。松岡もそれに続いた。
ぎんなん通りを少し南へ歩くと、前から女性が歩いて来た。見たことがある顔だと思った。ブラウンのTシャツとベージュのロングスカートを纏い、手提げ鞄を持っていた。
「あっ!」
清水が声を出した。清水も見覚えがあるらしい。
ああそうか、春に学校をサボった時、喫茶店で出会ったあの人だと、松岡は納得した。胸はやっぱり大きくなかった。
清水がナンパとも呼べないショボい声掛けをして、あっさりと玉砕したことを思い出した。
あの日も映画を観に行ったっけ。それにしても、なんとも間の悪い。今日の清水の格好を見れば、チャック全開の学ラン姿の方がまだ良いと、松岡は思った。
「あの!」
清水が女性に近付き声を掛ける。少し俯いて歩いていた女性は「ん?」と顔を上げて、「あっ」と小さく声を上げた。
(おいおい、やめとけって。フラれたの忘れたのかよ)
松岡はやれやれとかぶりを振った。
「あなたは……あの、春に喫茶店にいたお姉さんですよね?」
「ええ、そうよ。確か……博樹くん、だったわね。久しぶりね」
覚えていてくれたようだ。女性はニッコリと笑みを浮かべた。
幸い、清水の服装を見て笑ったのではなさそうだった。
「覚えててくれて嬉しいです! あ、こいつは松岡っていいます。俺の相棒です!」
清水が勝手に自分のことを紹介しているのを、松岡は無言で見守った。
(思えばこいつとは一年生の頃からつるんでいるが、相棒と思ったことはなかった。単に通学路が一緒で、自宅もそんなに遠くないから、たまにゲームをしに遊びに行く、それくらいの仲だ。これを世間では、相棒と呼ぶのだろうか)
自分のことをごく自然に「相棒」と表現した清水に対し、松岡は何とも言えない感情を抱いた。
「そう。松岡くんね。よろしくね」
女性に笑みを浮かべられて、松岡は少し照れた。
こんな曇天模様でも、亜麻色の髪が美しく輝いていた。清水のぼさぼさに伸びた茶髪とは大違いだった。「暑苦しいから、いい加減に切れ」と松岡も言うくらいだった。
女性の整った顔立ちは、化粧をしているのだろうが、そんなものは必要ないのではないかとすら思える。
「どうも。よろしくお願いします」
曖昧に松岡が答え、頭を下げた。女性もそれに続いた。
「スワローズが好きなの?」
女性が言った。
ああ、やっぱりか。目立っちゃうよなあ、どうしても。その格好はないって。絶対ないって。清水よお。お前もう少し考えろよな……松岡は心底うんざりした。一緒に立っている自分まで恥ずかしくなってしまった。
「はい! そうです! ほら、この、背番号1、山田哲人って選手なんですけど、スターがいるんです!」
よせばいいのに、清水は自分の背中を向けて律義に名前を見せる。松岡は無表情を貫いていたが、内心耐え難い羞恥心があった。
「そうなの。山田……聞いたことがある気がするわ。ふふふ。スワローズは東京なのに、好きなのね」
「はい! 俺、東京に行きたいんです! あ、そうだ……あの、お姉さんのお名前、聞いてもいいですか?」
それは松岡も気になった。
この女性と会うのは二度目だが、名前は聞いていない。前回は女性が名乗る前に撤退してしまったのだ。
「あ、そうだったわね。ごめんね。私は柴原と申します。柴原梨恵。柴原は柴犬の柴に、原っぱの原。梨恵は、梨に恵みって書くわ」
柴原さんは丁寧に自己紹介をしてくれた。
そうか、柴原さんというのか、良い苗字だなと松岡は思った。
名前よりも苗字に興味を示すのが彼の癖だった。清水は清い水なのに、こいつの心はちっとも清くない。
「ありがとうございます、その……梨恵さん!」
馴れ馴れしく下の名前で呼ぶ清水。
恋人でもあるまいし、なぜお前が柴原さんを梨恵と呼べるのか。まったくデリカシーのない男だと、松岡は変な笑いすら浮かびそうになっていた。
元々馴れ馴れしいというか、線引きが曖昧な男だが、女性相手にこれではまずいだろう。
「ふふふ。こちらこそ。そろそろ帰らなきゃならないから、またね、博樹くん、松岡くん」
「は、はい! あの、また、会えますよね?」
「どうかしら? この辺りにいれば、会えるかもしれないわね。したらね」
柴原さんは行ってしまった。二人とは反対方向の北の方へ、歩いて行った。
後姿すら可憐だと松岡は思った。清水はぽけーっと放心状態だった。柴原さんと話せたことが嬉しかったのか、それとももっと話していたかったのか、両方なのかもしれない。
しかし、柴原さんは野球が好きなんだろうか。スワローズのユニフォームを見て、すぐにピンときていたようだった。まあ、なんたって胸にデカく「Swallows」だし、英語が読めれば分かるか。松岡は得心した。
「うわ、雨だ!」
不意に清水が言った。確かに雨が降ってきた。
ぽつぽつと降り始めた雨はやがてざーざーとなり、土砂降りとなった。これはまずい、急いで帰ろうと自転車に跨ったが、自宅までは距離がありすぎる。どこかで雨宿りをするか、傘を買おうと松岡は提案した。
柴原さんは大丈夫だろうか……ふと、心配になった。
「そうだな。したら、そこでいいんじゃね? ほら、そこそこ。焼鳥屋さん。腹も減ってきたし、そうするべ」
清水の指差す方向に焼鳥屋はあった。「焼き鳥おみち」と書かれた古い店だった。
松岡も小腹が空いていたので、まあ焼鳥でも齧りながら雨が止むのを待とうと思った。どうせ通り雨だろう。
「いらっしゃい! おや、若いお客さんだ。なんだ雨降ってんのかい。濡れたでしょ、ほれ。おしぼり、暖かいよ。これで頭とか拭きな。席はカウンターでいいかい? ほら、そこ座って」
暖簾をくぐると、恰幅のいい店主が迎えてくれた。この人が「おみちさん」なんだろうと松岡は推理した。
店内は空いていた。夕食にはまだ早いし、お酒を飲む人もこれから来るのだろう。奥のテーブル席に親子連れがいた。
四十くらいのおじさんと、まだ小さい息子さん。おじさんはビールを飲み、息子さんは熱心に串を頬張っていた。店内は暖かく、雨に濡れた身体を慰めてくれた。
「すみません、どうもありがとうございます!」
コンビニでアルバイトをしている清水は、こういう時は礼儀正しい。
松岡も清水と同じく礼を言った。これでファッションセンスがまともなら、普通の高校生として彼女だって作れるかもしれないのに。
「なんもなんも、何になさいます?」
ああそうだった。何か注文しないとと、清水と松岡はメニューを読んだ。
いろいろな鶏の部位の名前が並んでいた。値段はどれも一本当たり百何十円くらいと、まあそんなもんだろうと言えた。
「じゃあ、モモを五本ください。あと、皮も五本。それとジンジャーエールをお願いします」
清水が勝手に注文をする。
おいおい、お前はどれだけ食うつもりなんだ。ジンジャーエールはいいとして、モモと皮を合わせて十本では、晩飯が食えなくなるんじゃないかと、松岡は心の中で突っ込みを入れる。
「へい毎度! そっちのお兄さんは?」
「えっと、俺はウーロン茶とモモを三本ください」
とりあえずと、松岡も適当に注文した。
すぐにジョッキに入ったウーロン茶とジンジャーエールが出てきた。ずいぶんと気前が良い。何となく店の雰囲気に任せて、清水と曖昧な乾杯をした。
すると店主は小皿に入った肉を出してきた。多分、牛肉だろう。付け合わせにブロッコリーが佇んでいる。
「なんですか、これ?」
松岡が尋ねた。
「ああ、お通しだよ、お通し。新しいのを今考えてるから、サービスしとくよ。いいから食べて食べて」
お通し。居酒屋なんて普段は行かないから、高校生の二人は顔を見合わせた。
だが、サービスで旨そうな牛肉が食えるなら、ありがたいことじゃないか。
「いただきます」
清水が手を合わせた。松岡も続く。こいつは本当に、普通にしていれば好青年として広く受け入れられるだろうに。
牛肉を口に運ぶ。
(う、旨い! なんだこれは、口の中でとろける! 脂身が良い感じに口で溶け、牛肉の味が素晴らしく生きている。旨すぎる。冷えた身体に沁みる……!)
「どうだいお兄さん、お味は?」
店主が聞く。
「旨いです! いや、これはなんま旨い! なあ松岡!」
「ああ! 旨いです! ありがとうございます!」
「はっは。よかったよかった。串はもう焼き上がるから、待っててね」
店主は満足そうだ。
ううむ、しかしこれは、牛肉……たぶん、バラなんだろうけど、どうやって作ったらこんなに旨くなるんだろう。この目の前で串を焼いているおじさんが、こんなに旨いものを作れるんだろうか……松岡は不思議だった。
「はいお待ち! モモ五本に、皮五本。隣のお兄さんはモモ三本ね!」
牛肉を食べ終えると串が出てきた。モモを齧る。
うん、美味しい。しかし先ほどの牛肉が旨すぎて、串の味よりも牛の味を身体が求めている。松岡はなんとなく申し訳ない気分になった。
清水はというと「旨い旨い」と言いながら次から次へと串を頬張っている。こいつには何を食わせても「旨い」のだろうと思った。
マクドナルドのハンバーガーでも「旨い」と言うし、適当に入ったラーメン屋でも「旨い」と言っていた。
別に自分がグルメなわけではない。しかし、マクドナルドのハンバーガーは美味しいが、そこまでありがたがるものでもないと松岡は感じていた。
「父ちゃん見て。スワローズだ」
奥のテーブル席から野球帽を被った子供がこちらを指差した。
しまった、忘れていた。こいつはユニフォーム姿だった。しかし、親子連れもユニフォーム姿だった。あちらはファイターズだ。そうか、今日は札幌ドームで試合があったっけ。
「本当だな。珍しいなあ」
おじさんがビールを片手に笑う。
機嫌が良さそうなのを見ると、勝ったんだろう。野球に興味がなかった松岡は、ぼんやりと考えた。
「へへ。な? 見たろ、松岡?」
「あ? 何を?」
清水がニヤリと笑う。何を見たというのか。まさに俺は今、恥をかいているのに呑気なやつだと思った。
「ヤクルトのユニフォームを見りゃ、野球好きは珍しいとか、おお、とか言ってくれる。俺はそれが嬉しいんだ」
「はあ。なんで?」
「だってよ、俺が東京に憧れてることとか、ヤクルトが好きだってことをアピールできるじゃん。服を着るだけでアピールできるって、便利だべや」
ううむ。そういうもんだろうか。松岡は疑問を抱いた。
そりゃあ球場でユニフォームを着るのは分かるし、あの親子連れみたいに観戦帰りにユニフォーム姿なのも、まあ余韻に浸っているのだろうと理解できるが、別に札幌で試合をしているわけでもないのに、スワローズのユニフォームを着て街中をうろうろするのは、なんか違うと思った。
しかし、松岡は何かに気付かされた。
(こいつは、少なくともアピールの仕方は下手というか間違えているとしても、自分が好きだと言い切れる確固たるものを持っている。俺はどうだろう。ロボットを作ってるが、ロボットが死ぬほど好きかと聞かれれば、そうではない気がする。勧誘されて入った部活だからやってるだけで、自ら進んで始めたわけではない。それに比べて、清水は自分から好きなものを作り、見つけ、憧れ、アピールしている。こいつは何となくファンをやってるんじゃない。筋金入りのファンなんだ。きっと生き甲斐すら感じてるんだろう。あの親子連れだって、ファイターズに生き甲斐を感じてるのかもしれない。人生を捧げるほど好きなものがあるとは、どんな感じなんだろうか……)
松岡は不思議と考えさせられた。串はもう食べきっていた。
「毎度あり! 雨も上がったみたいだね、気を付けてね!」
人の好さそうな店主は笑みを浮かべて、威勢よく送り出す。
二人が外に出ると、先ほどの雨が嘘のように星空が見えた。
「いやー旨かったな。たまには焼鳥ってのも悪くないな」
ニヤニヤしながら清水が言う。街灯に照らされるユニフォーム姿が、何だか少し様になっている気がした。
「そうだな、清水」
「おう、また来てもいいな。じゃあ帰ろうぜ」
松岡は、自分も何かを見つけたいと思った。好きな人でも、ものでも。自分の人生を、七十だか八十だかを生きるとして、その人生を捧げてまで愛せる何かを。
きっとあの親子連れの父親は、家族とファイターズを愛しているのだろう。息子さんは、同じように幼いながら家族とファイターズを愛しているんだと思う。
(俺は家族を愛してるかもしれないが、別に清水は愛してないし、清水だって俺のことを愛してはいないだろう。俺らは相棒だからだ。相棒であって、それ以上でもそれ以下でもない。相棒は相棒なのだ。彼女を作れば良いんだろうか。それとも好きなゲームを極めることが、「愛する」ということになるんだろうか……)
松岡は悩んだ。悩んでも悩んでも、答えは出なかった。
二人はとぼとぼと自転車を押しながら歩いた。焼鳥屋から南の、桑園・発寒通りへ出た。
「なあ清水」
「なんだ?」
「お前はどうしてヤクルトが好きなんだ?」
「どうしてって、どうしてだろうなあ……気が付いたら好きになってたからな。理由なんてないな。好きなもんは好き。嫌いなもんは嫌い。俺は巨人が嫌いだ」
ううむ。松岡はまた悩んだ。清水が巨人を嫌いなのは初耳だったが、そんなことはどうでもいい。
好きなもんは好き。この感覚を、いつか自分も知ることができるのだろうか。
松岡は好きなものが欲しいと願った。心の底から好きだと言えるものを。
「そうか。そういうもんなのか」
「そうだよ。じゃあな松岡。今度また俺んち来いよ。パワプロやろうぜ」
手を振って清水が自転車に乗り走り去っていく。松岡はしばらく立ちすくんだ。
彼も何かを見つけようと思った。きっと好きなものの方から飛び込んでくる。それが一体何かは分からない。
外国かもしれないし、もう持っているのかもしれない。何でもいい。俺も生き甲斐が欲しい。何となく生きるのは、何だか損をしている気がする……松岡は、初めて清水博樹という男が羨ましく感じた。
「帰るか」
松岡は誰ともなしに呟くと、自転車に跨った。




