列車追跡アプリ(3)
会社に着くなり、青木はダッシュでオフィスへ向かった。高取も続く。
「高取さん。カーナビですよ、カーナビ」
「あん? カーナビがなんだってんだよ」
「列車にカーナビみたいな物を付ければいいんですよ。カーナビは、GPSで通信して、現在位置と、目的地と、おおよその到着時間を表示しますよね? あれですよ。ああいうのを作ればいいんです。GPSなら、日本全国どこにいたって、正確な、それこそ数メートル単位で居場所が掴める。いいですか、高取さん。まず、列車にカーナビみたいな物を付けます。こいつには、GPS機能が付いてます。液晶画面とか音声認識とかは必要ありません。列車番号を予め入力しといて、何時にどこの駅に着くのか、予定時刻も入れておく。そして、どこにあるのか知りませんが、JRの指令センターにサーバーを置かせてもらう。こいつに、列車からの在線位置情報を送り、リアルタイムで監視する。サーバーへの通信手段は、携帯電話の回線を使わせてもらえばいい。昔はともかく、今ならほぼ全域で携帯電話は使えますから。運転士さんには何もさせず、ただ、装置を置かせてもらって、電源を供給させてもらえればいい。列車が遅れれば、予定時刻から+何分と表示させる。そういうアプリを作って、サーバーからユーザー端末に表示させるようにしましょう。それならいけませんか?」
A4用紙にボールペンで図を描きながら捲し立てる青木を見て、高取は暫し悩んでいる様子だった。
額に汗がにじんでいた。熟考している証拠だ。青いTシャツに皺がよる。
「トンネルはどうする?」
「トンネルは、カーナビと同じシステムです。列車の速度信号をもらえればいい。クルマと違って列車はほぼ一定の速度で走りますから、加速度信号を発信機に覚えさせればいい。列車は、決められた線路しか走りませんから、カーナビよりずっと簡単に、正確に追えるはずです。そう、高取さんが作ってくれたマップを使えば!」
青木は興奮していた。
先ほどのカーナビを見て、電撃的に閃いたのだ。列車の在線位置を、軌道回路を経由して知ろうとするから分からなかったのだ。
軌道回路は安全システムだと、インターネットで調べて知った。だからシステムを変えられないと長岡課長は言ったのだろう。
だが、今はGPSがある。スマートフォンにも、カーナビにも、思えばどんな電子機器にでも、GPS機能は付いている。ならば、列車にもGPS機能を付けて、追い掛ければいいのではないか。
発信機のような物を運転台付近に付けて、電源をもらう。発信機には、予めその日走る分の列車番号と、各駅の到着予定時刻、現在時刻を正確に入力しておく。
そして、指令センターに専用の送受信サーバーを設置する。サーバーと発信機のやり取りは、携帯キャリア回線を使えば、キタカエリアをすべて網羅できる。運転士は操作が必要ないので、運輸部だって頭ごなしにダメだと言いづらいだろう。
列車はトンネルも通るし鉄橋も通る。だが、それはクルマだって同じだ。カーナビは、GPSが受信できないトンネル内でも現在位置を表示する。クルマの車軸から信号を受け取り、おおむねの位置を出しているのだ。列車でも同じように、おおよその速度を目安に追い掛けさせれば良いのではないか。
高取は何かをメモしていた。今、青木が言った内容を箇条書きにしていた。
「よっしゃ」
高取が小さく言った。うんうんと頷いた。やったと青木は思った。
これは、高取が納得し、了承したサインなのだ。二人はもうラーメン屋のことなど忘れ、システム構成について話し合った。
「何の騒ぎだね?」
昼休みにワイワイやっていたからか、井上社長が禿げ頭を光らせながら様子をうかがいに来た。グレーの背広を着ていた。
「社長、うるさくてすみません」
迷惑だったかなと、青木が謝罪した。
「いや、うるさいのはいいんだ。何をやっているのかね?」
「先日、青木が出した企画書、社長も見たでしょう? JRの、列車位置を表示して遅れ情報を伝えるアプリです」
高取が言う。
「ああ、あったね」
細い目をさらに細めて、福耳を右手で触りながら井上社長は頷いた。深いほうれい線が見えた。
「あれの大まかなシステム構想が出来上がりました。ただ、予算が結構掛かりそうなんですわ」
高取の言葉に、青木はしまったと思った。
そうだ。予算のことをすっかり忘れていた。発信機にしても送受信サーバーにしても、どうやって調達して、いくら掛かるかまで考えていなかった。百万で済むのだろうか。もっと掛かってしまうかもしれない。JR北海道からも協力費を求められるかもしれない。
「ふうむ。いくらくらいだね?」
「まだ何とも言えませんが、百か二百あれば試験はできるんじゃないかと」
「はっは。なんだ、そんなもんか。じゃあやってみなさい」
あっさりとゴーサインが出た。
高取は「どうも」とだけ言い、青木は「ありがとうございます!」と頭を下げた。
「あの、社長」
「うん?」
「実は先日、JRの本社へ行ったのですが、そこで無理だと言われてしまって、また行っても門前払いされませんかね……」
青木は不安に思ったことを正直に伝えた。高取は淡々と彼の電話帳を開いていた。いろいろな業界の、名も知らぬ人々がわんさか載っている、いつものやつだった。
「そうかいそうかい。なに、JRの本社には俺の友達がいるから、後で電話してみよう。どこまで協力してくれるかは分からんがな」
それだけ言うと井上社長は足早に自分のデスクへと戻ってしまった。青木は再び礼を言い、深く頭を下げた。
(やった。まさか、こんなところにパイプがあるとは。そうか、昔この会社は電気通信工事をやっていた。その時に、JRの仕事を請け負ったことがあるのかもしれない。ならば、井上社長が懇意にしている人がいても不思議ではない。年齢から言って、長岡課長ではないだろう。もっとベテランの人が)
青木は高揚していた。
「ああ、川上か? 昼時にわりぃな、ちょっと頼みがあるんだ。お前んとこ、カーナビ作ってたろ? 今も作ってるか? ああ、そうか。よかった。それでよ、ちょっと相談なんだけどな……」
高取がカワカミという人に電話している。
カーナビ関係……おそらく電子機器の技術者らしい。先ほど青木が説明したことを説明し、技術的に発信機は作れるか、電源は何ボルト必要なのか、送受信サーバーへ電話回線を介して送ることはできるのかなどを聞いていた。
予算の時は、「俺と川上ちゃんの仲でしょ! 安くしてや。とりあえず一台でいいからさ」と軽快な口調で言っていた。
「次はJRに電話するぞ」
「えっ、JRにですか? JRへは社長が電話するんじゃ……」
「正確には、JRの技術者だよ。川上経由で連絡先を聞いた。車内で何ボルトの電源が供給されるのか確認して、川上に連絡しなきゃならん。それによって仕様も変わるしな。あと、置かせてもらえるならどこがいいのか、そこら辺も確認しないと、当日になって無理ですって言われたら困るべ?」
青木は本気で感心し、尊敬した。「仕事ができる」というのはこれを言うのだろう。
次から次へと人を集めて、物を調達し、金を決める。ヒト、モノ、カネ。なるほど。これがプロジェクトか。そしてこれこそ、高取が日頃から大切にしている、縁というものか。
「高取くん、青木くん」
井上社長が呼んだ。おいでおいでと、まるで孫を呼ぶかのように手を出した。
「連絡が取れたよ。明日の朝九時半、桑園の本社にシステムワークスで予約を取った。朝山課長という人だ。君たちの依頼を断った人ではないな? よし。朝山くんはいいやつだぞ。軽く話したが乗り気だったから、期待していいだろう」
「ありがとうございます、社長!」
青木は深々とお辞儀をした。高取も頭を下げた。
いよいよ進む。やっとスタート地点に立てた気がする。このプロジェクトは、座礁しない! 必ず港へ辿り着く! 灯台の火が見えた気がした。
『こんばんは、梨恵、今日はすごくいい報告があるよ』既読
『こんばんは。どうしたの?』
『僕のプロジェクトが、やっと形になりそうなんだ。高取さんと、井上社長まで出てきて、明日もう一度JRの本社へ行ってくる!』既読
『すごい! すごいじゃない! やったね、智ちゃん! 偉いぞ!』
『うん、ありがとう! 調子はどうだい?』既読
『最近は良い感じ。天気も良いからかな。今日はお散歩したよ。ヒナがいたわ』
『よかった! ヒナって、あの野良猫だよね。いつも無愛想だよな笑』既読
『そうなの笑 今日も無視されちゃった。あら、もうこんな時間、眠くなってきたし、寝るね。ごめんね』
『なんもだよ、こっちこそ遅くにごめん。おやすみなさい』既読
『おやすみ』
JR北海道本社に再び乗り込んだのは、六月二十一日の金曜日だった。
そうか、今日は金曜日か、いつものバーには行けるだろうか。前回と同じく三階のB会議室へ招かれた青木は、ふと考えた。柴原の顔が思い浮かばされた。最近忙しくて会えていない。
高取は隣で説明用資料をじっと眺めていた。高取の作ったマップ、送信機の大体の大きさ、重さ、必要な電源、指令センターへ置かせてもらいたい送受信サーバー等々が書かれている。
「いやあ遅くなりすみません。朝山と申します」
高取に負けないくらい恰幅のいい人が入ってきた。
濃紺の背広はパンパンにはち切れそうで、白髪頭からは汗が噴き出している。ハンカチでそれを拭き、名刺交換を終えると、朝山課長はどっこいせとソファに座った。
北海道旅客鉄道株式会社
電気部通信課 課長
朝山一繁
この人は通信課の人らしい。前回は信号の人だったから、僕たちの言ったことが上手く伝わらなかったのだろうかと青木は思った。
「井上さんからお話は聞いています。早速資料を拝見したいのですが、よろしいですか?」
「ええ。よろしくお願いします」
書類が入った緑色の封筒を高取がテーブルに置いた。
朝山課長は封筒を丁寧に開けると、資料を一枚一枚、じっと見つめていた。何かを思案している様子だった。
「これは、発信機を設置する車両は、とりあえず一編成あれば良い、ということですな?」
「はい、そうです」
朝山課長の問いに青木が答えた。まずは試験をしたい。試験を終えて、やっと実用化なのだ。焦ってはいけない。まだこのシステムがちゃんと機能してくれる保障なんてないのだから。
再び朝山課長が資料に目を通し始めた。緊張した。背筋を伸ばし、青木はじっと座っていた。
ふむふむ。なるほどね。これはなかなか、面白いですな。
列車にカーナビを付けると発案されたのはどちらですか? ほう、青木さんの方ですか。お若いのに、良い着眼点をお持ちだ。
試験は、札沼線がいいでしょう。
私が札沼線を提案した理由は二つあります。まず一つは、我が社で数少ない黒字を見込める路線だということ。そしてもう一つは、トンネルが存在しないからです。
トンネルの問題についても記載がされていますね。キタカエリアで一番のトンネルは新千歳空港の駅になりますが、カーナビと同じように追い掛ければ、ある程度の誤差は生じても許容範囲でしょう。
ユーザーインターフェースも素晴らしいですね。このマップに列車のアイコンに、+何分。うんうん、分かりやすくていいではありませんか。
我が社は東日本さんほど過密ダイヤではありませんから、ズームアップできるマップに列車アイコンと遅延時刻を表示させるのは良いアイデアだと思います。
指令の場所ですか。それについては機密事項になりますので、ちょっとここでは言えませんな。なに、直轄で設置しますよ。大丈夫です。仕様と設置方法さえ教えてくだされば、こちらで設置させて頂きます。
我が社の若手は、最近は書類ばかりに手を付けて、技術的な内容はよく理解していない連中が多いですから、新入社員も交えてやらせてみますよ。いい経験になる。
一度、こちらへいらしたそうで。担当は誰でしたか?
なに、長岡課長ですか。長岡課長は優しいのですが、少し保守的なところがありますからね。信号屋にはこういう通信の話をしてもなかなか通じません。信号屋は信号屋なのです。鉄道の信号システムは私もあまり分かりませんが、凄まじく複雑で専門的なのです。
その発信機とサーバーはいつ頃に仕上がるのですか? そうですか、恐らく来月には仕上がると。ふむふむ。
回線はどこをお考えですか? NTTドコモですか。それはいい。ドコモが一番安定していますからね。
運輸部が首を縦に振らない? はっはっは。何を仰いますか。発信機の大きさなど、たかが知れているでしょう。もっと機能が充実したカーナビがあんなに小さいのに、機能を縮小してサイズがデカくなることはあり得ません。
普通列車の運転台の一部分、それもたった一編成に取り付けることくらい、私が許可をもらいますよ。
なに、いいのです。私も興味があるのです。このシステムが本当に上手くいくのか。
もしもこのシステムが上手くいって、列車在線位置をリアルタイムで知ることができれば、私らにとっても助かるのです。
どういう意味かと申しますと、駅員はあなた方が仰る通り、お客様からのクレームを受けることが減るのもありますが、私ら技術屋にとって、列車がどこにいるのか、どこで止まっているのかなどの情報は、宝のようなものなのです。
例えば、シカを轢いたとしましょう。鉄道にはキロ程という概念がございまして、基点から何キロ何百メートル付近に在線しているかという、国道の標識にもよく見ると書いているのですが、そういうのがあるのです。
ですが、何もない場所でシカを轢いて応援を呼ぼうにも、運転士がパニックを起こしてどこにいるのか分からないと列車無線で指令に言われたら、私らが応援に行くのが遅れてしまいます。
普通は沿線電話という、緑色の電話が五百メートル毎に設置されていますから、沿線電話に書いてあるキロ程を読めば済む話なのですが、若い運転士は経験が足りなかったり、沿線電話の使い方を知らない社員もいる。
沿線電話というのは高速道路にもありますね。時々、電話の標識がある、あれです。鉄道も道路と同じなのです。何かあった場合を想定して、指令とのホットラインを必ず作っている。
このシステムが生きれば、何線の何番列車が、どこで立ち往生しているか一目で分かるではありませんか。そうです。私はこのシステムを業務用にしたいと思っているのです。
我が社は最近、ようやくタブレット端末が各職場に貸与されるようになりました。
しかしながら、当然我が社のアプリなどありませんし、ソフト専門の部署もありますが、人手が足りませんし、せいぜいテレビ会議やらグーグルマップやら、そんなことにしか使えていません。これはいけないと思っていた矢先に、井上さんから連絡があり、今日あなた方に会った。
これはきっと運命なのですよ。私が井上さんと知り合いだったことも、今日いらっしゃったあなた方が持ち込んで下さった企画も、運命的な出会いなのです。
私はこのシステムを推しますよ。必ず札沼線で試験を実施できるようにして見せます。ですから、高取さん、青木さん、あなた方にも頑張って頂きたい。発信機と送受信サーバーを準備してください。
ああ、それと。これは個人的なお願いなのですが、このシステムの試験をする際、私のスマホにもアプリを入れることはできますか?
大丈夫? ああ良かった。私はこういう新しいものに目がなくて。是非、モニターとして参加したいと思います。
そうだ、我が社の職場ケータイもスマホに代わってきていますから、このアプリを入れさせましょう。社員がモニターする。もっと試験が大きくなってきたら、お客様にモニター頂くのも、いいかもしれませんね。
高取さん、青木さん。素晴らしい案を今日はありがとうございました。わたくし朝山が全面的にバックアップしますから、JR北海道の動向は気にせず、気楽に開発を続けてください。
もしダメだった場合ですか? そうですねえ。井上社長に一杯奢ってもらうとしましょう。なあに、いいんですよ。これくらい。
時代は今変わっています。世の中はどんどん進歩しています。鉄道だって変わっていかなければならないのです。いつまでも旧態依然ではいられません。新幹線の技術が素晴らしい勢いで進歩しているように、在来線も進歩しなければならないのです。
では、この資料、ありがたく頂戴いたします。お帰りはお気を付けて。井上さんによろしくお伝えください。
青木が発寒中央駅に到着したのは二十時過ぎだった。
いつものバーに行って、柴原とマスターに素晴らしい報告をしようと思った。
ふと、自分が持っているスマホでグーグルマップを開いた。
現在位置情報が表示された。自分は確かに発寒中央駅の南口に立っている。この画面に列車アイコンと遅延時刻が表示されるようになる。考えるだけでワクワクした。
「さあ、行こう!」
珍しく声を張り上げると、すぐ近くのバーに青木は飛び込んだ。




