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亜麻色の彼女  作者: 藍月ゆう
10/11

野球音痴(1)

『バッターは近藤です。構えて……打ちました、華麗な流し打ちでレフト前ヒットです!』


 テレビの実況がシングルヒットに大喜びしている。解説が『相変わらず綺麗に打ちますねえ』とべた褒めする。

(左打ちのこの選手は近藤というのか)

 柴原はぼんやりと、発寒中央駅から南へ徒歩五分の青木のアパートにお邪魔していた際、適当に合わせたチャンネルでやっていたファイターズ戦の中継を眺めていた。なんとなく、右手で亜麻色の髪を触った。

 今日は青木との夕食を終えたところであった。なんてことはない、ボーダーのTシャツと黒いパンツ姿だった。

(私は左打ちの選手が好きかもしれない)

 のんびりとテレビを見て、彼女はそう思った。左打ちの選手が、レフト方向へ打つ。これを世間では「流し打ち」と呼ぶらしいが、その瞬間、何かぐっとくるものがある。

 右打ちの選手は何かが違う。右打ちの選手がライト方向へヒットを打つのも、やはり「流し打ち」と呼ぶらしい。

 だが、右打ちの選手が流し打ちをすると、押っ付けたような姿になる。左打ちの選手が流し打ちをすると、なるほど確かに打球を流しているような気がする。バットにボールが当たった途端、さっと走り出す姿が美しいと思った。


『バッターボックスに入った中田! いやー北海道に梅雨はないのですが、この人が湿っぽいとファイターズも打線が繋がりませんねえ』


『そうですねえ。もっとこう、リラックスして打てればいいんですけどね。変に力んでいるというか……』


『ああーっとこれは、ショートゴロ。ゲッツーコースです。奥村が捕って山田に送りセカンドフォースアウト、ファースト中田もアウトでスリーアウト! うーんファイターズ打線、どうにも石川に手が出ません。六回終わって五対〇、スワローズリードです』


 実況が悔しそうにしていた。

 中田翔の顔は知っていた。彼が右打ちだということも、ここのところ当たりが出ず、苦しんでいることも、夕方のローカル番組でやっていた。

 プロ野球は交流戦という、なんだかややこしいものを開催しているらしい。

 セ・リーグとパ・リーグが戦うのは日本シリーズとオールスターだけ。柴原はそう思っていたが、そうではなく、この季節になるとセ・リーグ対パ・リーグの試合になるそうだ。

 さっぱり分からなかった。そもそもどこがセ・リーグで、どこがパ・リーグなのかすら、怪しかった。スワローズはセ・リーグらしい。確かジャイアンツもそうだったと思う。ベイスターズはどっちだろう。そもそも、何球団あるんだっけ。

 ファイターズがパ・リーグなことくらいしか予備知識がないものだから、交流戦なんてチンプンカンプンだった。そもそも、ファイターズがいつ、どこで、どこのチームと戦っているのかすら、普段から考えた試しがない。

 ファイターズはいつも札幌ドームで野球をしていると思ったが、青木が言うには東京ドームでもやっているし、京セラドームでもやっているという。

 京セラドームがまず、分からなかった。大阪ドームと言われてようやく、大阪にはUFOみたいな形をしたドーム球場があった気がする、と理解したが、彼女に野球を教えるのは幼稚園児に九九を教えるくらい難しかった。

 そもそも、野球はどうしてこうも試合が長いのか。サッカーは前半後半合わせて九十分にアディショナルタイムと相場が決まっている。点が入った入らないもゴールネットが揺れたかどうかで判断できる。どっちが有利なのか、どっちが押しているのか、一目見れば分かるのだ。

 それに比べて野球はどうだ。一回の表に始まり九回の裏、長ければ十二回までやるというのだから、柴原は呆れ返った。点が入る入らないも、ホームラン以外は犠牲フライやタイムリー、他にはスクイズ、エラー、押し出しだの、場合によってはフィルダースチョイスなんていう早口言葉みたいなルールもあるらしい。

 さんゆうかん、うちゅうかん、さちゅうかん。意味が分からない。一体どこを指しているのか。

 ポジションの名前はどうにか分かる。兄がショートだったから、ショートの位置がキャッチャーから見て左から二番目の内野、という知識はあった。

 しかし、ショートの守備位置を表す6の数字が理解できなかった。ピッチャーが1で、キャッチャーが2。これは何となく分かった。ピッチャーが一番大事だからだろう。それを受けるキャッチャーが二番目に大事なんだろう。そう納得した。

 しかしファーストが3、セカンドが4、サードが5と並んでいるのに、ショートはなぜか6なのだ。おかしいではないか。セカンドが4なら、ショートが5でサードが6でないと、辻褄が合わない。なぜここだけあべこべなんだ。

 柴原は青木にしつこく質問したが、それについては青木も上手く答えられなかった。

 ボール、ストライク、アウト。これは、なんとなく分かる。ピッチャーがちゃんと投げればストライクだし、外れればボールになる。ファウルはストライクカウントなのも合点がいく。

 ところが、ツーストライクからファウルチップをキャッチャーが掴んでいた場合は空振り三振になると聞いて、柴原はまた意味が分からなくなってしまった。

 なぜだ。バットにボールが当たったのに、どうして三振なんだ。

 三振といえば、振り逃げなんて知らない言葉も出てきた。バッターが空振り三振に倒れても、キャッチャーがボールを逸らして、バッターランナーが一塁に送球よりも早く辿り着ければセーフで振り逃げになる。でも記録は空振り三振だから、打率は下がる。ああ、意味が分からない。

(大体、どうしてみんな、打球が飛んだら「ああこれはフライだな」とか、「行ったか?」とか、判断できるんだろう。そりゃあ私だって、ふわりと上がった打球をライトが捕ればライトフライでアウトってのは理解できるけど、強烈な打球……これをライナーと呼ぶらしいけど、これをライトが捕ったらライトライナーだし、ファーストが捕ったらファーストライナー……。ライナーなんて言葉はJRの「いしかりライナー」くらいしか知らないし、速い打球なのにどうして審判や選手はすぐに「アウトだ」と判断できるのかな……)

 柴原は混乱し続けた。

 ピッチャーの調子の良し悪しだって分からなかった。ストライクが入れば良くて、入らなければ悪いのではないかと思ったが、そうではないという。

 ストライクを取れても打たれてしまっては調子が悪いし、ストライクが入らなくてもアウトにしてしまえば調子が良いのだと聞いて、やっぱり理解不能だった。


「だったら、全球ボールにして、振るのを待ったら勝てるんじゃないの?」


「いや、それは無理だろ。バッターには選球眼ってもんがあるし、プロの選手ならストライクかボールか判別が付くんだよ」


 柴原の提案を青木があっさりと退けた。

 なんだ、せんきゅうがんって。漢字が浮かんでこない。がんは、眼の字だろうか。


『七回の表、スワローズの攻撃が始まります。名物の傘を振った東京音頭が札幌ドームに鳴り響きました』


 実況が言った。

(なんだ? 名物? 傘を振る? 傘は差す物であり、振る物ではないだろう。危ないじゃない。東京音頭は、東京の盆踊りだろう。なぜ? ああそうか、スワローズは東京のチームなのか。あれ? でも東京はジャイアンツって父が言っていた気がする。どうして東京に二つもチームがあるの? お客さんを取り合って、仲が悪くなるんじゃないの?)

 柴原が聞くと、寝っ転がっていた青木が「ファイターズも東京にいたんだよ」と続けた。柴原はますます混乱してしまった。

(ファイターズが、私が中学に上がるくらいに北海道へ来たのは知ってる。でも、どうして東京なの? 東京に三つもチームがあったなんて、そんなの絶対におかしい)

 柴原は青木に抗ったが、何と関西にも三つチームがあったという。

 バファローズとタイガースとブルーウェーブ。

 ブルーウェーブは、あのイチローがいたチームだと分かった。タイガースは、ジャイアンツのライバルか。ああ、そうか、タイガースはセ・リーグなんだなと理解できた。

(うん? バファローズは、この間ファイターズと試合をしていたけど、ブルーウェーブは最近聞かないな)

 「ブルーウェーブはどこのチームなの?」と柴原が聞くと、「ブルーウェーブはなくなってバファローズになったよ」と意味不明な回答が返ってきた。何を言っているのだ。バファローズはバファローズじゃないか。何をどうしたらブルーウェーブがバファローズになるんだ。


「吸収合併されたんだよ。正確には、ブルーウェーブがバファローズを吸収して、バファローズになったの」


「え? 全然、意味が分からないんだけど。なして? ブルーウェーブが吸収したなら、ブルーウェーブでいいじゃない。バファローズが消えたんじゃないの?」


「消えたよ。バファローズは消えた。ブルーウェーブとバファローズが合体して、新しいチームとしてバファローズができたんだ」


 ダメだ。もう、まるで理解不能だ。なぜだ? 親会社がブルーウェーブなら、ブルーウェーブでいいではないか。バファローズになる理由が理解できない。

 それにしても、ブルーウェーブとバファローズのファンは、その吸収合併に賛成していたんだろうか。私みたいに混乱して、「意味が分からないからやめてくれ」と、誰かが叫んだりしたのではないか……柴原はプロ野球という組織が混沌として、意味不明なものに思えてきた。


「セ・リーグとパ・リーグで、全部で何球団あるの?」


「十二だよ」


「あれ? でも、古いバファローズは消えたのよね? したら十一になるんじゃないの?」


「そうだね。消えたバファローズに代わって、ゴールデンイーグルスができたんだよ」


 聞いたことがある名前だった。確か東北……仙台に本拠地を構えるチームだ。「新チーム参入」と、だいぶ前にニュースで騒がれていた記憶があった。

(そうそう、震災の二年後に日本一になった。ああ、そうだ。駒大苫小牧の、田中将大くんがいたチームね。なるほどなるほど。そうすれば十二球団、全部揃う。あれ? でも、元々、古いバファローズにいた選手と、ブルーウェーブにいた選手だけで、新しいチームを作ったのかな? 人手不足に困らなかったのかしら。田中将大くんはもっと後にドラフト指名されたとして、岩隈久志って人もいた気がする。この人は、バファローズじゃなくて、ゴールデンイーグルスを選んだのか。ゴールデンイーグルスは、確かとても弱いチームだった気がするのに、物好きね)

 柴原はクスっと笑った。

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