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冷酷王子の結婚相手を探す女官ですが、最終的に合格を出されたのが私でした

ご覧いただきありがとうございます。

 

 ――これは、誰の恋にも冷静な評価を下してきた婚前審査官が、ただ一人“審査できない相手”と出会った、一年間の物語である。



「はぁぁああ……なんで私の人生には、恋愛フラグが立たないんだろう?」


 アルセリア王国の王城にある小さな執務室で羽ペンを走らせていた私は、窓の外を見てため息をついた。


 外では、宝石みたいなドレスを着た貴族令嬢たちが、馬車で出入りしている。おそらく今日もパーティなのだろう。


(綺麗なドレスに立派な家格、持参金も婚約予定もばっちり、か……。対して私は、安物の灰色ドレスに没落貴族の肩書き、もちろん婚約の予定は無し)


 自分で思っていても若干泣けてくる。



 私の名はユーナ・エルディア。元伯爵家の娘、現在は“没落貴族”。王宮付きの婚前審査官として働いている。


 仕事の内容は、ざっくり言えば――


『王族や上級貴族の婚約候補の身辺を調べて、相性を判定する』


 というものだ。家格、魔力量、人柄、噂話。あらゆる情報を集めて「このご縁は幸せになりそうか」を冷静に見極める。


 なんでそんなことをって思うよね。だけど貴族のパワーバランスを上手くまとめるには重要なんだとか。


(他人の恋の行方にはやたら口を出すくせに、私自身の恋は影も形もないって悲しすぎる)


 そう心の中でぼやいた、そのときだった。



「ユーナ嬢。国王陛下がお呼びだ」


 ノックとともに、同僚の文官が顔を出す。


「……陛下が?」


 胸が、嫌な意味でざわついた。



 ◆


 玉座の間よりは小さいが、それでも十分広い王の執務室。重厚な扉をくぐり、頭を下げた私に、落ち着いた声が降ってくる。


「面を上げよ、ユーナ・エルディア」


「は、はい。陛下」


 顔を上げると、アルセリア王が鋭い眼差しでこちらを見ていた。その横には、私の家の事情をよく知る老臣・宰相も控えている。



「ユーナ・エルディア。そなたに極秘の任務を命じる」


 空気がぴんと張り詰めた。


「……極秘、でございますか」


「ああ。一年以内に、我が第三王子アルバートの妃候補を選定せよ」


「――っ」


 頭に浮かぶのは、“沈黙の王子”の異名を持つ第三王子の姿だ。


 戦場で無言のまま無詠唱魔法を連発し、敵軍を凍てつかせたとか。かつて政略結婚で婚約者を押しつけらた際には、その令嬢が裏で王子の悪口を言っていることを知り、自ら婚約を解消したとか。


 それ以来、人との距離を置くようになった――そんな噂の王子。



「……(おそ)れながら。なぜ、私に」


 せめてもの抵抗として問い返すと、国王はわずかに目を細めた。


「そなたは審査官として、人の本質を冷静に見抜いてきた。身分や欲に縛られぬ“目”を持つ者にしか、あやつの妃は選べぬ」


 そして手に持った一通の書状を、ヒラヒラと揺らした。


「ただし。一年のうちに適切な妃候補を選べなければ――王家からエルディア家への援助は打ち切る」


 心臓が、どくんと跳ねた。


 それは、今も私たちがどうにか飢え死にせずにいられる唯一の綱だ。なくなれば我が家は、本当に終わる。


 喉がひゅっと鳴る。



「そなたの家の事情は承知している。ゆえに今回の件で有能さを示せば、再び貴族として返り咲くことも可能であるぞ」


 優しさと残酷さを同時に含んだ言葉だった。


 逃げ道は、ない。


「……謹んで、お引き受けいたします。エルディア家の名にかけて、必ずや殿下にふさわしい方を見つけてみせます」


 それが、私に残された唯一の選択だった。



 ◆


「……今日からお前が、俺の婚前審査官だと?」


 国王との謁見後、その足で訪れた第三王子アルバート殿下の私室は、拍子抜けするほど質素だった。


 豪奢な装飾はなく、必要最低限の調度品のみ。冷たい光が差し込む部屋の中央に、彼は座っていた。


 漆黒の髪に、淡い銀の瞳。切り取れば絵画にでもなりそうな整った容貌。けれど、その表情には一片の感情も浮かんでいない。


(ひえぇ……この人に恋して幸せになれる令嬢、本当にいるのかな)


 内心で震えつつ、私は淡々と名乗る。



「ユーナ・エルディアと申します。一年間、殿下の妃選びをお手伝いさせていただきます」


 殿下は、しばし黙って私を見つめた。銀の瞳に、わずかな探る色が宿る。


「……一年か」


 低い声が落ちる。


「無駄な時間にならないと良いがな」


「……はい?」


 いきなり不穏な言葉が出てきた。


「お前は、没落しかけた家を繋ぎ止めるために、この役目を必要としている。違うか」

「……仰る通りです」

「つまり己の実家を援助してくれそうな貴族家を優遇して、妃選びをする――とも限らないわけだ」


 淡々とした口調、やけに容赦がない。


(あり得なくもないのが、これまた辛いかな)


 心の中で乾いた笑いを浮かべて、私は頭を下げた。


「心配はご無用ですよ、殿下。私情を挟まず、あくまで“仕事”として審査いたします」


 ――このときの私は、本当に信じていたのだ。

 この契約が、私情とは無縁のまま終わるのだと。



 ◆


 第三王子付き婚前審査官としての生活は、想像以上に忙しくて、想像以上にハードだった。


「ユーナ。今日の候補者一覧だ」


 朝一番、殿下の執務室に入るなり、どさりと書類の束が置かれる。


「……殿下。これ全部、妃候補ですか?」


「ああ。侍従たちが“是非に”と持ってきた」


(名門貴族フルラインナップ……さしずめ、王子の婚活卒業アルバムかしら?)



 一枚一枚目を通しながら、私は報告する。


「第一候補の侯爵令嬢、魔力量も家格も申し分ありません。評判も悪くないです。ただ――」


「ただ?」


「以前、殿下の印象を尋ねたら、『陛下にそっくりのイケメンですわ』と言ってました」


 殿下の手がぴたりと止まる。


「……俺は、父上のコピーではない」


「ですよね。なので『殿下は殿下だけの良さがありますよ』とフォローしておきました」


「余計なことを言う」


「フォローですよ!? 感謝される案件なんですけど!?」


 思わず声が大きくなると、殿下はじろりとこちらを見た。



「……ちなみにお前は、俺のどこが“良い”と思うんだ」


「えっ」


 思わぬ直球に言葉が詰まる。


(どこが、って言われても……仕事ぶりとか? でも性格の良さを本人に列挙するのも気恥ずかしいし)


 迷った末に、とりあえず無難なところから挙げる。



「魔術の腕前ですね。無詠唱であれだけの氷魔法を行使できる方は、王族の中でも殿下だけですし――」


「仕事の評価はいらない」


「じゃあ性格面で言うと、約束は必ず守られますし、私が夜遅くまで残業しているときは必ず――」


「それもいらない」


「じゃあ何を聞きたかったんですか!?」


 殿下は少し視線をそらし、「……さあな。忘れろ」とだけ呟いた。


(いや、そっちが振ってきた話ですよね!?)



「……最近、殿下とユーナ嬢って仲良くないか?」


「分かる。あれ、ほとんど夫婦ゲンカだよな……」


 執務室の壁に控える侍従たちがひそひそ声で話しているのが聞こえた。


(否定したいけれど、否定しづらいところもあるのよねぇ……)


 殿下は、いつもさりげなく歩幅を合わせてくれる。私がつまずきそうになれば、気づかないふりをしながら腕で支えてくれる。夜更けまで仕事をしていると、無言で温かい茶を置いてくれる。まるで熟年夫婦の旦那様である。


(……そういうところ、優しいんだよなぁ)


 もちろん、口に出すつもりはない。絶対に。



 ◆


 季節は流れ、気づけば一年の半分以上が過ぎていた。


 妃候補の名簿は何度も更新されたが、殿下と“しっくりくる”相手はなかなか現れない。


(大丈夫かな……このままだと、うちの実家が没落コースなんだけど)


 さすがに焦り始めた頃、事件は起きた。



 その日は、私は王城の資料室で一人、遅くまで婚姻記録を漁っていた。柔らかなランタンの明かりが棚の背表紙を赤く染め、静かな空気が漂っている。


 ――ギィ。


 重い扉が軋む音がした。


 侍従の見回りにしては時間が遅すぎる。胸の奥に冷たいものが走り、私は振り返った。


「……ユーナ・エルディア」


 低い声。威圧感のある影。暗がりの中に立っていたのは、私を快く思っていない高官の一人だった。その背後には、黒装束の男たちがぞろりと並ぶ。



 細かい言葉は、正直よく覚えていない。ただ、「王子の妃選びに余計な口を挟みすぎた」「お前が“不合格”にしなければ、姪が妃になったのに」「没落貴族が調子に乗るな」という類の言葉を浴びせられたことだけは、やけに鮮明だ。


 男の指にはめられた魔導具が、どす黒い光を放つ。


「――っ!」


 足首から先が、一瞬で重くなった。感覚が消え、膝から崩れ落ちる。


 次に聞こえたのは、ガシャン、とガラスが割れる音。油入りランタンが床に叩きつけられ、炎が一気に燃え広がる。


 乾いた羊皮紙に火が移り、棚が赤く染まっていく。



(……あ)


 喉が焼ける。熱気で目が痛い。足も、腕も、指一本動かない。


(ここで、死ぬんだ)


 妙に冷静な思考が浮かび、私はぎゅっと目を閉じた。


 その瞬間――空気が凍った。


 炎が悲鳴を上げたみたいな音を立て、一瞬で白い氷に閉じ込められていく。熱が奪われ、霧散していく。


 恐る恐る目を開けると、私の周囲をぐるりと囲むように、純白の氷壁が立っていた。



「……俺の審査官に、勝手に触れるな」


 低い声が、冷気よりも鋭く響く。


 氷色の魔力が奔り、足元から氷刃が無数に射出される。宰相や黒装束の男たちが次々と床に倒れ込み、悲鳴を上げる間もなく動きを封じられた。


 氷の向こうから、歩み寄ってくる足音。


 漆黒の髪、銀の瞳。それを確認した瞬間、全身から力が抜けた。



「……殿下」


 アルバート殿下は、私のそばに膝をついた。私の手を取り、その指がわずかに震えている。


「遅れてすまない、ユーナ」


「い、いえ……」


「どこか、痛むところは」


「足が……麻痺してるせいで……でも、そのうち」


 そこまで言いかけて、殿下は首を縦に振った。



「……そうか。なら、歩けと言うほうが無理だな」


 言うなり、視界がふわりと浮く。


「えっ――ひゃっ!?」


 背と膝裏に添えられた力強い腕。お姫様抱っこ。人生初体験。


「で、殿下!? 肩を貸すとか、もっと普通の運び方が――」


「麻痺した足を引きずらせるわけにはいかない」


 さらりと言いながらも、その声は震えていた。



「……ユーナが無事で本当によかった。お前が炎に呑まれていたら、俺は、俺を許せなかっただろう」

「私が居なくても、きっと殿下なら素敵な女性を見つけられますよ」


 自分で言っていて胸が、ぎゅっと締めつけられる。


(――って、あれ?)


 そのとき、私は初めて気づいた。


(どうしよう……私、もしかして)


 ずっと妃になる相手を探してきたけれど。この人が、誰か別の令嬢と並んで笑っている姿なんて、本当は想像すらしたくないのだと。



 ◆


 それからの時間は、怒涛のように過ぎた。


 襲撃の首謀者は捕らえられ、彼に肩入れしていた貴族も次々と失脚した。資料室の一部を焦がしちゃったけれど、私は“巻き込まれた被害者”として王から正式にお咎めなしを言い渡され、表向きには静かな日常が戻ってきた。


 けれど、私の心はもう、元通りとはいかなかった。


(殿下が、炎の中に飛び込んできたとき……「ああ、この人なら絶対に奥さんを大事にしてくれるんだろうな」って、変なこと考えてたな)



 そして――遂にやってきてしまった。

 審査官としての職務と、個人としての感情。両方を抱えたまま迎えた、一年の期限の日。


 王城の大広間には、王族や臣下たちがずらりと並んでいた。私は殿下の少し後ろに控え、緊張で手のひらがじっとりと汗ばんでいる。



 王が低く告げる。


「ユーナ・エルディア。前へ」


 足が、鉛みたいに重い。それでも一歩ずつ進み、殿下の横へと歩み出る。


「一年の選定期間は終わった。そなたが選ぶ、アルバートの妃は誰だ。名を挙げよ」


 ――言わなければならない。


 この国のために、王家のために、そして没落しかけた自分の家のために。



(でも……)


 唇が震えた。


(殿下が誰かと結婚するところなんて、見たくない)


 ようやく気づいた自分の感情は、あまりにも身勝手で、あまりにも手遅れだ。


 喉が詰まり、声が出ない。


 王の視線がわずかに鋭くなった、そのとき。



「……申し訳、ありません」


 自分でも驚くほど情けない、かすれた声が、広間に落ちた。


「私には……誰の名も、言えません」


 ざわ、と空気が揺れる。


「何?」


 王が眉をひそめかけた瞬間――



「では、俺が言おう」


 よく知った低い声が、私の隣から響いた。


 アルバート殿下が一歩前に出る。私の手を、迷いなく取った。


「俺が選ぶ妃は――ユーナ・エルディアだ」


 世界が止まったような気がした。


「でっ、殿下!? む、無理です、私は没落貴族で――」


「知っている」


 即答だった。


 銀の瞳がまっすぐに私を見つめる。その瞳には、もう氷のような無表情はない。


「お前の“人を見る目”は誰よりも確かだ。そんなお前が一年間、俺の隣で俺を見続けた。そして誰の名も挙げなかった。つまり誰もいないんだよ――ただひとりを除いてな」


 殿下は短く息を吐いた。ほんの少しだけ照れくさそうに。


「お前ほど、俺に合う女はいない。だから俺が断言する。俺は、お前がいい」


 胸の奥に、あたたかい何かが流れ込んでくる。


 (せき)を切ったように、涙がにじんだ。



「……ずるいですよ、殿下」


「お前が誰の名も口にしなかったとき、確信した」


 殿下の口元が、ふっと緩む。

 いつも私が見てきた、“気を許した相手にだけ見せる”わずかな笑みだ。


「俺と同じ気持ちだと」



 王は、私たちをしばらく見つめてから、ゆっくりと頷いた。


「――よかろう。アルバートの妃は、ユーナ・エルディアとする」


 大広間に、歓声が広がる。侍従も兵士も文官も、皆が笑っている。


 殿下は私の手をぎゅっと握り直した。


「これで、この一年の“契約”は終わりだ」


 私は涙を拭いながら、笑う。


「……はい。終わりです」


 そして、そっと続ける。


「でも……ここからが、始まりですよね」


 殿下は少し驚いたように目を瞬き、すぐに柔らかく微笑んだ。


「ああ。ここからだ」



 氷の王子と、人を見ることだけは得意な没落令嬢。


 互いに「恋愛なんて縁がない」と思っていたはずの二人は、こうして一年間の“恋愛抜き契約”を越え、本当の夫婦になる第一歩を踏み出したのだった。


 ――これは、運命の伴侶に「合格」を出されてしまった婚前審査官と、心を閉ざしていた王子が、ゆっくりと恋に気づいていく、最初の一年の物語である。

拙作をお読みいただき、本当にありがとうございます。

読者の皆さまの応援が書く原動力となります。

もしよろしければ、★評価などいただけますと、作者の励みになります。

今後の創作にもつなげていきたいと思っております。

心より感謝をこめて──今後ともよろしくお願いいたします!


↓こちらも新作公開中!

「余計なことはするな」と言われましたが、冷血王子の心を溶かしてしまったようです。

https://ncode.syosetu.com/n2951lj/

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