表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われた歌姫と、その絶望を愛した辺境伯 ~お前には価値がないと追放された私の声が、実は国を救う伝説の力でした~  作者: 九葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第8話 手のひらの上の正義

白狼城に、王都からの早馬が到着したという報せが入ったのは、それから数日後のことだった。

使者として現れた人物の名を聞き、カイル様の灰色の瞳に、燃えるような怒りの色が宿るのを、わたくしは初めて見た。


使者は、クライド殿下、その人だった。


謁見の間に通されたクライド殿下は、長旅の疲れか、以前の輝くような美貌には翳りが見え、憔悴した様子だった。

けれど、その態度は、相変わらず傲慢そのものだった。


「辺境伯、カイル・フォン・ヴァイスラント。貴様に、王命を伝えに来た」


玉座にどっかりと腰を下ろしたカイル様は、表情一つ変えずに、冷たく言い放つ。


「ここはヴァイスラントだ。王命が絶対の効力を持つと思うな。……それで、用件は?」

「……っ! 貴様……まあいい。単刀直入に言おう。我が国は今、危機にある。原因は、貴様が匿っているあの『呪われた女』にあると見て間違いない」


クライド殿下は、忌々しげに吐き捨てた。


「あの女を、こちらに引き渡せ。国の災いを祓うため、贄として利用してやる」


その言葉を聞いた瞬間、カイル様の周りの空気が、凍りついた。

謁見の間にいた兵士たちが、緊張に息を呑むのが分かる。


「……断る」


地を這うような低い声に、クライド殿下が怯んだように肩を揺らした。


「彼女は呪われてなどいない。エリアーナ嬢は、王家がその価値を見抜くことさえできなかった、この国の至宝だ。お前たちのような愚か者に、彼女を贄にする資格などない」

「なっ……! たかが辺境伯の分際で、王子である私に逆らう気か!」


クライド殿下が激昂し、腰の剣に手をかける。

だが、それよりも早く、カイル様の背後に控えていた兵士たちが一斉に剣を抜き、その切っ先をクライド殿下に向けた。


「力づくでも連れて帰る! どけ!」


その狂乱じみた叫び声を、わたくしは扉の陰で聞いていた。

足が震え、体が竦む。

怖い。あの人の、あの瞳が、怖い。


けれど、それ以上に、わたくしのために怒り、わたくしを守ろうと、たった一人で王家に立ち向かってくれているカイル様の姿が、胸を熱くした。


(もう、隠れているのは嫌)


わたくしは、扉を開け、震える足で謁見の間へと歩み出た。


「エリアーナ!」


カイル様の驚いたような声が響く。

クライド殿下は、わたくしの姿を認めると、一瞬目を見開いた後、醜く顔を歪めた。


「ちょうどいい、出てきたか、疫病神め! さあ、大人しくこちらへ来い! お前が国を救う、最後のチャンスをやろう!」


それは、施しを与えるかのような、恩着せがましい口調だった。

以前のわたくしなら、きっとこの威圧に屈し、言われるがままになっていたことだろう。


けれど、今のわたくしは、もう違う。


わたくしは、カイル様の隣に立つと、クライド殿下を真っ直ぐに見据え、はっきりと告げた。

凛とした、自分の声で。


「―――お断りいたします」


「……な、に?」


「わたくしのこの声は、もう、あなた方のためには使いません。この力は、その価値を信じ、認めてくださった方々と、このヴァイスラントの地のために使います」


クライド殿下は、信じられないというように、わたくしとカイル様を交互に見た。


「き、貴様……! この国を見捨てるというのか! それが大罪だと分かっているのか!」


その、あまりに自己中心的な物言いに、カイル様が嘲るように鼻を鳴らした。


「見捨てたのは、お前たちの方だろう。クライド」


氷の刃のような、冷徹な声が、クライド殿下の心を貫く。


「お前たちは、エリアーナ嬢の価値を見ようともせず、噂と偏見だけで彼女を断罪し、地の果てに追いやった。祝福を呪いと呼び、希望をゴミのように捨てたのだ。その報いを、今こそ受けるがいい」


「ぐ……っ!」


言葉に詰まり、屈辱に顔を赤く染めるクライド殿下。

彼は、わたくしを睨みつけると、憎悪に満ちた声で捨て台詞を残した。


「……覚えていろ! 必ず、後悔させてやる!」


そう叫び、彼は嵐のように謁見の間を去っていった。

その後ろ姿は、王子の威厳など微塵もない、ただの惨めな敗北者のそれだった。


静まり返った謁見の間で、わたくしは、自分の心に、確かな決意が芽生えるのを感じていた。


もう、誰かの評価に怯えない。

自分の価値を、自分で信じる。


そして、この声で、この力で、愛する人を、愛する場所を、守ってみせる。

わたくしの隣で、誇らしげに、そして優しく微笑んでくれる、この人のために。


物語は、最終決戦となる「結」へと、大きく舵を切ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ