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呪われた歌姫と、その絶望を愛した辺境伯 ~お前には価値がないと追放された私の声が、実は国を救う伝説の力でした~  作者: 九葉(くずは)


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第2話 価値なき声

月の光が、クライド殿下の完璧な横顔を冷たく照らし出していた。

その青い瞳には、何の感情も浮かんでいない。まるで、道端の石ころを見るような目だった。


「単刀直入に言おう。エリアーナ・フォン・ラティス侯爵令嬢」


改まった呼び方に、心臓が凍りつく。

殿下がわたくしをそんな風に呼ぶのは、いつも、何かを断罪する時だけだった。


「貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」


凛とした声が、夜の静寂に響き渡る。


……ああ、やはり。


衝撃よりも先に、すとんと胸に落ちてきたのは、諦めの感情だった。

いつか、必ずこの日が来ると、心のどこかで分かっていたのだ。


「理由を、お聞かせいただけますでしょうか」


震えそうになる声を必死で抑えつけ、そう尋ねるのが精一杯だった。

侯爵令嬢としての、最後のプライド。


クライド殿下は、心底うんざりしたというように、美しい眉を顰めた。


「理由だと? 分からぬほど愚かではあるまい。その呪われた声だよ!」


吐き捨てるような言葉が、胸を抉る。


「貴様の声は、我が国に災いをもたらす不吉の象徴だ! 王家に嫁ぐ者として、あまりに不適格。いや、存在そのものが害悪だ!」


「そ、そんな……わたくしは、決して災いを望んだことなど……」


「黙れ!」


殿下の怒声に、びくりと体が竦む。


「貴様が歌った後に嵐が来たことも、庭師が大切にしていた薔薇が枯れたことも、すべて報告を受けている! これ以上、王家に災いを持ち込むのは断じて許さん!」


薔薇が枯れたのは、その年、日照りが続いたせいだと庭師自身が言っていたはずだ。

けれど、そんな事実は、殿下にとっては些細なことなのだろう。

わたくしを切り捨てるための「理由」にさえなれば、真実などどうでもいいのだ。


「殿下、もうおやめになって。エリアーナ様がお可哀想ですわ」


クライド殿下の腕にそっと手を添え、ソフィア様が慈悲深い聖女のような表情で口を挟んだ。

けれど、その瞳の奥には、残酷なほどの優越感が揺らめいている。


「ソフィア……。君は本当に心が優しいな」


殿下は、蕩けるような甘い声でソフィア様に応え、その小さな手を優しく握った。

その光景は、鋭いガラスの破片となって、わたくしの心をずたずたに引き裂いていく。


「それに引き換え、貴様はどうだ。エリアーナ」


殿下の視線が、再びわたくしへと戻る。

その瞳に宿るのは、憐憫すらない、純粋な侮蔑の色。


「ソフィアの可憐な声は、小鳥のさえずりのように人々の心を癒す。それこそが、次代の王妃に相応しい声だ。それに比べて、貴様の声には何の価値もない」


価値が、ない。


その言葉は、まるで重い鉄の鎖のように、わたくしの心に絡みついた。


ああ、そうか。

わたくしには、価値がないのか。

この声も、この存在も、すべて。


幼い頃、両親に「お前の声は天使のようだ」と褒められた記憶が、ふと脳裏をよぎる。

けれど、その両親も、度重なる「不吉な出来事」と世間の声に、いつしかわたくしと距離を置くようになった。


たった一人、信じてくれていた乳母が、数年前に流行り病で亡くなった時のことを思い出す。

人々は、「エリアーナの呪いのせいだ」と囁いた。

看病のために歌った子守唄が、乳母の命を奪ったのだと。


違う。そうじゃない。

そう叫びたかったのに、声は出なかった。

自分の声が、また誰かを傷つけるのが怖かったから。


「……承知、いたしました」


唇からこぼれ落ちたのは、空気の塊のような、か細い声だった。

もう、何もかも、どうでもよかった。


「ふん、物分かりが良くて助かる。明日には荷物をまとめて王都から出ていけ。……ああ、そうだ。北の辺境伯領に、使われなくなった古い離宮があったな。そこで静かに暮らすことを許してやろう。未来永劫、誰の耳にもその呪われた声が届かぬように」


それは、慈悲などではない。

事実上の、追放宣告だった。


わたくしは、最後の力を振り絞って、震える膝を叱咤し、淑女の礼を取った。

顔を上げた時、視界の端に、テラスの暗がりで揺れる人影を見た気がした。


(……誰か、いたの?)


けれど、確かめる気力も残っていない。

わたくしは、クライド殿下とソフィア様に背を向け、一歩、また一歩と、自分の足で処刑台を降りた。


もう二度と、この場所に戻ることはないだろう。

価値のない声を持つ、呪われた歌姫。


それが、わたくし、エリアーナ・フォン・ラティスの、すべてなのだから。

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