37話 迷宮を甘くみてはいけません。
昨日のシノネさんの家で世界樹周辺の迷宮に関する話を聞いた後、シノネさんは俺たちの素性について細かく問いただしてきた。地球について、スキルについて諸々聞かれたがやはり1番興奮していたのは地球の話だった。
翌日に迷宮に入る事を忘れているんじゃないかと思うくらいにあの綺麗な青色の瞳をキラキラさせながら話を聞いていたシノネさんと別れたのはもうすっかり日が暮れた頃だった。
聞き疲れ、喋り疲れた俺たちは昨日帰ってからは今日のことなど考える余裕もなく泥の様に眠っていた。
そして今俺たちは迷宮の森の入り口に立っている。
朝起きてここへ来るまで俺たちにしては珍しく一言も喋らずに来た。言わずもがな緊張と恐怖によるものだろう。入り口で合流予定のシノネさんは俺たちがついた頃にはすでに到着し、待っていた。
「またお待たせしてしまったみたいで申し訳御座いません。」
「ほんまになぁ。ダレスはんわざとなんちゃいます?」
ダレスさんは苦笑いしながら平謝りをしている。そんなダレスさんにシノネさんは何か小言を言っている様だが、この2人はこんな状況でもそこまで普段と変わらない様な気がする。潜ってきた場数が違うのだろう。
「揃いましたし、じゃあ早速入りますか。」
俺たち4人は依然として緊張と恐怖でガチガチなんだが、そんなことはお構いなしに飄々とすまし顔でそんな事を言うダレスさんに流石のシノネさんも助け舟を出してくれた。
「はぁ、ほんまあんたら難儀やね。こんな男が引率やなんて。大丈夫やで、なんかあったら私がおるし、実力だけは確かなダレスはんもおる。道中の魔物はなんとかするからあんたらは7つの厄災者に集中をしぃ。絶対守ったるから安心しや。」
会った時のツンケンした感じが昨日を経て少し緩和され、優しいお姉さんみたくなったシノネさんの言葉に俺たちは幾許か緊張と恐怖も和らぎ少し浅くなった呼吸も正常に戻った気がした。
「ありがとうございます。シノネさん。お陰様でだいぶ気が楽になりました。」
「あら、それはよかった。でも気ぃは抜かんことやで。昨日も言うたけど……」
「1人になるな。助けを呼ぶな。世界樹まで走れ。ですよね!」
アオイも調子を戻したのかシノネさんが言い終わる前に被せる様に昨日言われた忠告を言った。
「そうやね。よう覚えてるやないの。それさえ気ぃ付けてくれはったら迷宮は何とかなるから。多分やけど。」
最後の言葉に若干の不安がよぎったがまぁ1人にだけはならない様にしよう。
「で、では皆さんの緊張もシノネさんがほぐしてくれたことですし入りますよ。ここから何が起こるかわかりませんから気を引き締めて参りましょう!」
「シノネさんが言っていた通り霧がすごくて、でも世界樹はいつも前に見えますね。」
迷宮に入ってどれくらいの時間が過ぎたのだろう?霧のせいで太陽の光はほとんどが遮られ森全体は夜ではないはずなのだが薄暗く異様な不気味さが漂っている。
「そやろ。ほんま薄気味悪くてしゃあないわ。はよ世界樹向かいましょ。」
時々俺の―危険察知―のスキルが発動し、みんなに警戒する様に言おうとするのだが声に出す前に何故かスキルの警告の不快感が消えることがあった。
とは言っても迷宮に入ってからと言うもののスキルの警告である不快感は絶えず薄く感じてはいる。おそらくこの場所自体に反応しているんだろう。
それとは別の不快感が時々きてはすぐ消える。どうなってるんだ?そんな得体の知れない状況に不安になっていると、この濃霧で隣の人の顔もよく見えないのに俺の不安を感じ取ったのかシノネさんが話しかけてきた。
「トオルはん。あんたのスキル?いうんかな、危険察知。」
「はい。」
「今どないな感じ?」
「えっと、ずっと小さい不快感があるんですけどそれは多分この迷宮全体のせいだと思うんでそれはいいんですけど、気になることがひとつあって。」
「そやろねぇ。話聞く限りそのスキルは身の危険を知らせてくれはるんやろ。ほな多分この迷宮に入ってから10回?くらいはそのスキル発動してんのと違う?」
確かにそんくらいはあったかな。でも何で知ってるんだ?
「はい。その通りです。でもみんなに言おうとしたらすぐ消えちゃうんですよね。何なんですかね。バグっちゃったりしてたらやばいんですけど……」
「うーん。やっぱそのスキル便利やね。すごく便利やわ。そのことで不安がる必要はないから安心しぃ。スキルは正常です。さっきから消えるんはウチと誰かさんが排除しとるからやから。」
「あはは、誰かさんとは手厳しいですね。いやトオルさんすみません。言っても良かったのですがあの程度の魔物に一々反応していては皆さんもお疲れになるかと思いまして何匹かは排除させていただきました。」
何だそう言うことだったのか。それにしても濃霧で視界が悪い中、スキルを使わないと敵がいるのかすらわからない俺とそもそもその状況すらわからないアオイとジュン、モネ、この4人に対しこの2人は即座に敵の位置を特定し排除していたのか。これが満月級冒険者の実力ってわけか。
「なんかわかんねーけど助けられてたのか!ありがとなダレスのおっさんとシノネの姉貴!」
「そう言うことなら良かった。スキルが正常だったってことが分かっただけでも安心できる。」
「ダレスさんはいつも魔法を打つ時名称を唱えて打ってましたが声に出さなくても打てるのですか?」
こんな状況でもジュンの知識欲は止まらない様だ。
「あー、はい。一応そうですね。あまり誇っていいものではありませんがね。なんせ省略魔法は威力が半減しますからね。って言ってもそれで事足りる時はそうしてますよ。つまりまだそのレベルの魔物しか近寄ってきていないってことです。なのでこんなに歩いてもさほど入り口から離れられていないかも知れないですね。」
うん、まあそう言うことになるよな。昨日のシノネさんの話によると魔物は世界樹に近づくにつれ強くなっていったと言っていた。省略魔法で倒せる魔物ならまだ入り口に近いと言うのも頷ける。
「ってことはあの蜘蛛より弱い魔物もこの周辺にはいんのか。」
「アオイさん。鋭いですね!ですから皆さんでも簡単に倒せますよ。ただ万全を期す意味で守らせてもらってます。」
「でも結構歩いた気がするけどまだ入り口に近いんだね。世界樹までは結構距離があるみたいだね。」
モネの疑問には少なからず同じ事を思っていた。シノネさんの記憶が曖昧なのは仕方ないが、話を聞く限りじゃ世界樹に行くだけなら簡単な様な口ぶりだったのに。
「そうやね。そこがウチも少し気になってはいたんやけど……!!」
「っ!!」
瞬間身体中の毛が逆立ち、毛穴から一気に嫌な汗が吹き出た様などぎつい不快感が体全体を覆った。
「ドレスはん、気ぃ引き締め。そこそこのやつのお出ましみたいやで。」
「ええ。これは少し骨が折れそうですよ。皆さんは極力束になって私の後ろに隠れていて下さい。」
不快感が。もといスキルがこれでにないくらい拒否感を示している。道中の魔物でこれなのだからラクシャや世界樹の麓にいるかも知れない絶対の死をシノネさんに感じさせたものはどうなってしまうのか。
こんなにスキルが警告しているのに濃霧のせいで相手の姿がいまだに確認できない。とにかく今はダレスさんとシノネさんに任して俺たちは集まるほかないだろう。
「ダレスさんの言う取りにアオイ、ジュン、モネ全員ダレスさんの後ろに避難しろ!」
「納得いかねーが今はそうするしかねーか。」
「わかったよ!私はダレスさんの隣だったからもう大丈夫だよ!皆はやく!」
モネが言うのとほぼ同時に俺とアオイはダレスさんの元へついた。そして、最悪の状況になっていた事をこの時初めて知ることになった。
「おい、ジュンは!?」
「え?」
「ジュンならさっきまで……」
濃霧が覆う森の中、ほぼ声だけでお互いの位置を確認し声を頼りにダレスさんの元へやってきた俺たちはお互いの顔が認識できる距離まで近づいてようやく見知った顔が一つないことに気づいたのだ。




