28話 それでも貴方たちは。
「えらい久しぶりやねぇ、ダレスはん。あんたが予言の子ら見つけ、あろうことか大女将に会わせろなんて言うもんやからお偉い方らはもう大騒ぎしてたんやでぇ?」
「シノネ様ご無沙汰しております。貴方様が直々お出迎えとは恐れ多い事です。お待たせ致しまして申し訳ございませんでした。」
ダレスさんの普段の口調は優しく柔らかい、話している相手を嫌な気持ちにさせない様徹底して喋っている気がする。その口調は完璧故に胡散臭さすらある様に俺は思う。でも今このシノネさん?と喋っているダレスさんは、普段の胡散臭さがない様な気がするな。
「嫌やわぁ。うちとあんたの仲やないの。そんな畏まらんと普段通りでええんやで?少し、冷たい風当たってただけやしねぇ。」
エルフのイメージといえば気高く、容姿端麗金髪美女がテッパンだが、これは…………いや、綺麗ではある。シルクの様な純白の肌、端正な顔立ち。品もある。だが、なぜ、日本のある地域を彷彿とさせる喋り方なのだろうか。それだけで勘繰ってしまうのは地球出身だからだろうな。
「それよか、さっきから一言も喋らんとまるで親キコルの後ろに隠れて怯えてる子キコル見たくなってはる皆様方が予言の子やろか?どうもぉ、お初にお目にかかりますシノネと申します。」
そう言うとシノネさんは、初めて俺たちに目を向けて挨拶した。1番最初に目があったのは俺だった。綺麗な顔立ちでそれだけで見惚れてしまうのだが、一際俺はその瞳に釘付けになってしまっていた。透き通る様な青色。その瞳は光を映すたび、空と水の境が揺らめく様に淡く煌いている。気づくと俺は口を開いていた。
「はじ……」
気づいたダレスさんが俺の口を急いで塞ぐ。
「シノネ様、お遊びにしてはやりすぎではありませんか……彼を殺すおつもりですか!」
「はぁ、あと少しやったのにねぇ?うちはなぁ?ダレスはん、あんたは同じ満月級として信頼もしとるし実力も認めとる。」
口を塞がれ我に帰るとあれだけ綺麗だった彼女の瞳は深海の様な深い青色に変わっていた。みんななぜ返事をしようとしたのかと各々俺に痛い視線を送ってくる。仕方ないじゃないか。俺も気づいたら返事しようとしてたんだから。
それはそうと殺す?どう言うことだ?異様な光景に俺たちは喋るなと言われるまでもなく喋れなくなっていた。
「うちなぁ、嬉しかったんやで?やっと予言のお方が見つかったって報告受けて。数日でここへ来るからって。出迎えも自分から申し出たんやでぇ?それやのにあんたとそこのおチビさんらが橋の向こう側から歩いてくるの見てな、柄にもなくムカついてもうてな。」
最初の優雅で気品のある彼女の表情は今その瞳と相まって冷たく、憐憫とも侮蔑ともつかない眼差しを俺たちに向けている。
「あんた予言のお方らがこんなおチビさんやと本気で思うてはるの?格好だけは一丁前みたいやけど?」
「はい。シノネ様がどう思おうが、この方達こそ予言のお方であると私ダレスはルイナ様に誓います。」
「予言のお方らがうちの魔法にまんまとかかるんやね?」
「彼らはまだ未熟ですが、私にも貴方様にも扱えない特別な力を有しております。使いこなせればきっと貴方様にも一太刀届きましょう。それに貴方様のあの魔法は初見殺しも良いところ。どんな猛者も初見でどうこう出来るものではないでしょう?」
「へぇ、あんた言う様になったねぇ?」
「貴方に認めてもらった冒険者ですので。」
ここから無言が続いた。気まずいが何か喋ろうとはもちろん思わない。
ダレスさんとシノネさんが無言で見つめ合ってしばらく経った後、シノネさんは諦めたかの様に話し始めた。
「はぁ、あんたもそんな顔する時あるんやねぇ?。いつも薄気味悪い笑顔貼り付けて、聴き心地の悪い表面上だけの言葉をペラペラ喋ってはるあんたがねぇ?わかりました。
…………名前も聞かんとえらい失礼なことしました、そこのおチビさんほんま堪忍な。」
ダレスさんはほっとしたのか、俺たちの方を見てもう大丈夫ですよと言わんばかりにそのいつもの薄気味悪い笑顔を向けて来た。
「あ、えーっと、紫苑トオルです。よろしくお願いします。」
「シノネの姉貴、天竺アオイって言います!」
「……ジュンです。」
「姉崎モネですけど、一つ言わせてもらいます。私達も急に予言とか言われてよくわからないままここへ来ました。だけどみんな本気でこの世界を救うと誓って来ました。貴方にそこまで嫌われたり殺されかける筋合いはありません!」
やっと収まったと思ったら次はモネかぁー。仲間が殺されかけたんだ怒って当然だがここは落ち着いてくれ……
それにしても返事したら死ぬってどんな魔法だよ……初見殺しすぎるだろ。
怒ってるモネを何とか落ち着かせてようやくお互い自己紹介を終えた。モネが落ち着くまでシノネさんは何度も謝っていたが、何となく子供をあやす母親の様な感情が乗ってない言葉に感じた。まぁ、落ち着いたならいいか。
「あんたとそのお嬢さんがそこまで言うなら一旦は信じましょう。大女将の所にも案内します。その先は好きにしたらええ。」
そう言って後ろを振り向きシノネさんは1人歩き出した。俺たちはその後をついて行った。
「ダレスさん、あのシノネさんって人さっき何をしたんですか?返事したら死ぬってどんな魔法ですか?」
シノネさんに聞こえないくらいの声でジュンがダレスさんに聞いた。
「あ、いや厳密にはあれだけでは死にません。恐らくトオルさんはシノネさんの瞳がそれはもう綺麗な澄んだ青色に見えていたんじゃないでしょうか?」
「え?そうだけど?」
みんなの表情からして俺が見たものとみんなが見たものが違うと言うのはわかった。
「あれは、シノネさんが得意とする幻想魔法の一種です。あの魔法が込められた瞳に魅入られ返事をすると幻術にハマって、最悪戻って来れなくなります。簡単に言えば植物状態ですかね?いやぁ昔食らった身としてはもう2度と食らいたくありませんね。自力で解くのに3日ほど掛かりました。あはは……」
そんな強烈なもの出会い頭にやって来ないでよ!未熟なのは認めるけどさ。
「シノネさんも満月級って言ってたからダレスさんと同じくらい強いの?」
ジュンは俺が死にかけたことよりもあのシノネさんに興味津々な様だ。ダレスさんはその問いに少しハッとしながらも笑いながら答えた。
「まさか。僕なんて彼女の足元にも及ばないですよ。そもそも満月級という位は彼女のために作られた階級ですから。そしてそれ以来彼女が認めた者しか満月級になれません。」
「彼女に認められる?」
ジュンが不思議そうに聞き返した。
「はい。満月級の最終審査はシノネさんと模擬戦ですからね。以前食らったって言うのもその模擬戦で最後不意にやられました……激しい攻防の中、満月級を目指した理由は何だと聞かれまして、つい答えてしまいました……まぁ、結果は当然負けで、落ちたなと思ったんですがどうやら勝ち負けが重要じゃないらしいですね。今考えれば当然ですね、彼女負けたことないらしいんで、あはは。」
なんかすごい人に会ってるんだな、ダレスさんが畏ったのも頷けるななどと他人事みたいに考えていた。気づけば正面に一際大きく真っ直ぐ伸びた木が見えて来た。
「これから大女将に会いに行くんやけど、くれぐれも粗相はせんように。」
振り向きそう言うシノネさんの顔は一見優しく見えるが、本音はこうだろう。
粗相なんかしやがったら次こそマジやったるからな。
俺たちはその言葉を肝に銘じ上まで何段あるかもわからない長い階段を登り始めた。




