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「え、普通に美味しそうなんだけど⋯⋯」
ポツリと料理人の一人が零す。
料理長や料理人が出来上がったフレンチトーストを眺めてる間に、使った器具やフライパンを洗って片付けてしまうと、カトラリーと飲み物を用意してトレイへと乗せる。
「お邪魔しました」
葵衣を脇に挟み、トレイを持って厨房を去る。
隣の食堂へ入ると人影もなくガランとしていた。
家族が集まることがないのに、食堂のこの広さは如何なものか⋯⋯。
一先ずトレイを置いて、椅子へ腰掛ける。
隣に葵衣を置いてふふっと笑うと、両手を合わせて『いただきます』と小さく頭を下げる。
カトラリーを操り、フレンチトーストを口にして何度も頷く。
うん、いつもの味。
本当はここにメープルシロップやバニラアイスが欲しいのだが、流石に見当たらなかった。
「葵衣は蜂蜜で、私がメープルシロップだったね」
うちに泊まり来ると、朝はいつもフレンチトーストを頼んだ葵衣。
『だって杏奈のフレンチトースト大好きなんだもん!』と言って笑ってくれた。
大学から一人暮らしを始めた私と、実家住みだった葵衣。
『家事って才能もあるよね』なんて言いながら、得意料理は《茹で玉子!》なんて堂々と言い張ってたっけ。
私はその茹で玉子で作ったサンドイッチが大好きだった。
滲みそうになる涙を拭って、皿の上の物を片付けてると、奥のドアから家令のアドニアスが入って来る。
「お嬢様。あの三人は⋯⋯」
「要らない」
アドニアスに視線を投げず、アンナは言い切る。
「しかし⋯⋯」
「仕事も真面目にしない給料泥棒を雇うほど、うちって慈善家だったかしら?」
思わず目を見張るアドニアスを見て、アンナはため息を吐き出した。
「あれらがいなくても、人は充分だと思うわよ」
大体常に世話をする相手が兄と私だけなのだ。そんなの各二人くらいをローテーションすれば済む。
カップの牛乳を飲み干して、アンナはアドニアスを見た。
「あぁ、紹介状なんて書かなくていいからね」
そう言って椅子から下りると、葵衣を脇に抱えトレイを持って食堂を出る。
厨房で食べ終わった食器を片付け、皿を拭いていると、料理人が声をかけてきた。
「あの⋯⋯お嬢様」
「なに?」
「先ほどの料理なんですが⋯⋯」
「フレンチトーストのこと?」
「フレンチトーストというんですか?あのお料理は画期的です!」
「え?」
「これで硬くなったパンも美味しくいただけます!素晴らしい発想ですよ、お嬢様」
その言葉に冷や汗が背中を伝う。
「え?フレンチトーストないの?」
「お嬢様が考案したんですよね?」
いや、違う。
「いや〜あれは、前に人から聞いて〜」
モゴモゴと言い訳をすると、料理人はパァっと笑った。