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お茶を飲みながらチクチクやっていると、部屋の中が夕焼け色になっていた。
「あ、そろそろ夕飯の支度の時間かな?」
最近はアンナが食べたいものを良くリクエストしているせいか、辺境伯家の食事事情が改善されている。
「ん〜今日はコロッケな気分⋯⋯」
元の世界と違ってソースはないが、揚げたてのコロッケそのまま食べるのが一番美味しいと思っている。
「普通のソースじゃなくても、トマトソースでも美味しいのよね」
バジルを効かせたトマトソースも意外と万能だ。
「よし、トマトソースもついでに作ってもらおう」
マスコット作りの道具をしまい、アンナは部屋を出て厨房へと急いだ。
「ポールさーん」
厨房を覗くと、数人の料理人たちが色々な準備を始めていた。
「おや、お嬢様。今日は何のリクエストですか?」
アンナに気付いたポールは、腰を屈めてにこやかに問うた。
「今日はポテトコロッケが食べたいの」
「ポテトコロッケ?何だか可愛い響きですね」
「少し手間はかかるけど、凄く美味しいよ」
「⋯⋯ふむ。ではお嬢様お手本をお願いします」
少し戯けるポールにふふっと笑って、アンナは作り方をレクチャーするのだった。
「アンナローズ」
食事をしていると、兄がやって来る。
「美味しそうだね、今日のは何?」
「ポテトコロッケですわ、お兄様」
近頃アンナがメニューを決めると、兄がこうして一緒に食事するようになった。
彼は彼なりに距離を縮めようとしてくれているのが、何だか嬉しい。
一人きりで食事をするよりも、誰かしらいた方が美味しいのだから。
給仕が並べた夕食に手をつけると、兄は驚いたようにアンナを見た。
「これもすっごく美味しい。外はカリカリで、中はホクホクとしていて、塩っぱいのに優しい甘さがある。毎回思うけれど、アンナローズは凄いな」
ただ単にアンナが美味しいものが食べたかっただけなのだが、素直に賞賛されると嬉しくなる。
アンナはこの世界のあり方や歴史など知ったこっちゃないと、自分が快適に過ごすために前世知識を大盤振る舞いしている。
周りが多少訝しんではいるが、深く追求してくる者もいないので、割と自由気ままに生活していた。
まぁ、聞いてきても黙りか無視を貫いているのだが⋯⋯。
「美味しいものを食べると、あぁ〜美味しい、幸せ〜♡ってなりませんか?お兄様」
問われて兄はきょとんと目を瞬いた。
「⋯⋯うん、そうだね。今まではお腹を満たすために食べていたけれど、最近はご飯が楽しみになってきてるんだ」
そう言って小さく笑う。
「食を楽しむのは心の余裕でもありますもの」
「心の余裕?」
「そうです。落ち込んだりしても、美味しいものを食べて、また次頑張ろうってなりますし」
「成る程」
食は大事である。
どうせ食べるのなら、美味しいものを食べたいのは当たり前の感情だ。
「私、もっと研究して、美味しいものをたくさん作りますね」
アンナの言葉に兄は柔らかく笑った。
「うん、楽しみにしてる」
少しづつ歩み寄りながらも、兄妹は美味しい食事を楽しんだ。




