第九話 会議
「――それでは、第五回、アン会議を始めます」
議長の宣言により、記念すべき第五回となるアン会議が開幕した。
「……なんですか、それは?」
困惑する様子の少女――フィッチ先生が、訝し気な目で私を眺めている。
アン会議はアン会議だ。
何を説明することがあるのだろうか。
「今日の議題は、ユウリのことです」
「ああ、なるほど……」
私が本日の議題を口に出すと、フィッチ先生も理解を示してくれた。
ユウリはいまだに部屋から出てこない。
厳密には、ここ数日はまったく出てきていないわけではないらしい。
食事は使用人に運ばせ、トイレは周りに誰もいないときを見計らって行っているのだとか。
風呂も一応、夜の遅い時間に入りに来ていると使用人は言っていたが……。
それでも、私はユウリとかれこれ十日ほど顔を合わせられていなかった。
私が、ユウリから避けられているからだ。
「私が部屋の前にいると、部屋から出てこないのよね……」
昨日のことを思い出す。
「今日こそはユウリとちゃんと話をするぞ!」と思った私は、ユウリの部屋の前に陣取ったのだ。
朝から晩まで部屋の外にいたが、結局ユウリは現れなかった。
後から聞いた話では、窓から食事を受け取ったり、トイレに行ったりしていたらしい。
我が弟ながら、そこまでするかと呆れてしまう。
このままではいけない。
だが、具体的にどうすればいいのかわからない。
だから今回はスペシャルゲストをお呼びしたのだ。
「ということで先生。何かいい案をください」
「そう言われましても……」
フィッチ先生は、最初こそ渋っていたが、ハッと気づいたように顔を上げて、
「……でも、ユウリ様が落ち込んでいるのは私のせいですし。なんとかしたい気持ちは私も同じです。わかりました。一緒に考えましょう」
「うん! ありがとう、フィッチ先生!」
とりあえず、考えてくれる人間が一人増えた。
まずは、現状の確認をしようと思う。
「そもそも、ユウリはどうして部屋に籠っているんでしょう……? 私の傷はもう治ったんだから、ユウリが気にすることなんて、何もないはずじゃない?」
私の腕が、まだ治っていないのであれば、それは理解できる。
自分が負わせてしまった傷が治らない、という負い目に押しつぶされているのだと、想像がつく。
だが、私の傷が完治した今も引きこもっている理由がわからない。
私の傷が治ったことは、ユウリも知っているはずだ。
治ったからもう大丈夫だと、扉越しにではあるが何度も伝えた。
それでもユウリは、部屋から出てこない。
それとも、何か他に理由でもあるのだろうか。
フィッチ先生は、何事かずっと考え込んでいる様子だったが、やがておもむろに、
「……多分、怖いんだと思います」
「怖い? 私、ユウリのこと怒ってなんていないわよ?」
ユウリに対して、怒りなどあるはずがない。
原作のアンニに対してならともかく、今の私は弟に甘々だ。
彼が怖がるような要素があるとは思えない。
しかし、フィッチ先生はかぶりを振る。
「そうではありません。ユウリ様はきっと、自分の力でアン様が再び傷つくことが、怖いのです」
「――――」
「ユウリ様は今、自分の力を制御できていません。今回はたまたま、アン様も無事でしたが……これから先も魔法を使う以上、
魔力の暴走というリスクは常につきまといます。強い力を持っていればいるほど、自分の力に対する恐怖は大きなものになるのではないでしょうか」
フィッチ先生の言葉に、私の思考が停止する。
その言葉の意味を咀嚼して、
「…………なるほど。その発想はなかったわ!」
本当に、その発想はなかった。
たしかにそれなら、これまでのユウリの態度にも納得がいく。
同時に、とても嬉しくも思う。
ユウリはそれほどまでに、私のことを大切に思ってくれているのだという感動があった。
そして、今までの呼びかけがうまくいかなかった理由も、思い知った。
ユウリは私を傷つけたことで追い詰められているのではなく、これから先ずっと、自分のせいで私が傷つく可能性が付きまとうという事実に追い詰められているのだ。
「――私、ユウリのところへ行ってくるわ」
もう、ユウリが引きこもり始めて十日が経過している。
これ以上長引かせれば、それこそずっと引き籠ってしまうかもしれない。
動くなら早い方がいい。
「私も同行します。アン様だけだと、ちょっと不安なので」
「ちょっと、どういう意味よ!!」
「いえ、別に他意はありませんが」
何もないのについてくるはずがないだろう。
そう思ったが、あまり引きそうでもないのでついてきてもらうことにした。
こうして、第五回アン会議は閉会となった。